ザ・スペランカーズ ガラスの高校球児たち   作:GT(EW版)

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チームメイトは全員故障者リスト

 

 野球選手にとって最も重要なのは技術(テクニック)か、それとも体格(フィジカル)か。

 その二大要素のうちどちらか片方に絞るのであれば、それは当事者の経験によって意見が分かれるところかもしれない。

 しかし、いずれも大前提として第一に「健康な肉体」がなければ成り立たないことに異論はないだろう。

 才ある選手がいかに技術、体格に恵まれていようと怪我をしてしまっては本来の実力を発揮することは叶わない。野球を生業とするプロ野球選手になる為には才能が第一とも言われるが、卓越した技術や超人的な肉体は健康で頑丈な身体にこそ身につきやすいものなのだ。

 故にこそ、野球選手が活躍する上で「健康な肉体」というものは技術や体格を作り上げていく為の前提条件となる。

 

 

 その最たる一例が、ここ「私立硝子館(がらすかん)高校」の野球部だった。

 

 

 秀麗な富士山の姿を校舎窓から窺うことが出来るこの学校は、全国的にはサッカー部の活躍が有名だが、近年は野球部の運営にも力を入れている私立の進学校である。

 

 その野球部は今から三年前、元プロ野球選手を監督として招聘し、県内外から有望な中学選手のスカウトを積極的に行っている。設備面も大幅に改良し始め、校外に新しく増設した野球部専用の練習場は甲子園常連の私立校と比較しても遜色ないほどだった。

 

 優秀な監督に優秀な設備、そして優秀な選手も集まれば部の改革はスムーズに果たされた。

 

 それまでは一回戦で敗退か、良くて二回戦で敗退する程度の弱小チームだった硝子館高校野球部は大きく成績を伸ばし、二年生と一年生中心のフレッシュなメンバーで挑んだ昨年度夏の選手大会予選では、見事ベスト16にまで名を連ねた。未だ強豪とは言わないまでも、強豪になりうる可能性を確かに秘めていたのだ。

 

 

 

 ……そこまでこの高校のことを語れば、順調な躍進に見えるだろう。

 

 しかしこのチーム、勝利の数に比例して余りあるほど凄まじい勢いで怪我人を発生させていた。

 

 

 大黒柱たるエースピッチャーは昨年度夏の三回戦終了後、突如発症した肘の違和感により離脱。靭帯を傷めてしまい、今年度の三月に入ってようやくキャッチボールをすることが出来たほどである。

 

 キャプテンたる正捕手もまた、試合中中学時代に故障した右肩の痛みを再発してしまい、エースと共に力尽きた。

 

 一塁手(ファースト)は三回戦前日に左脇腹を疲労骨折していたことが判明し無念の離脱。

 

 二塁手(セカンド)は二回戦前日に不運な交通事故に遭い全治五か月。

 

 三塁手(サード)は二回戦開始前の練習中に左足を肉離れし無念の離脱。

 

 遊撃手(ショート)だけはレギュラーメンバーの中で唯一五体満足の健康体で大会を終えたが、その事実が何より深刻なチーム状態を物語っていると言えるだろう。

 

 左翼手(レフト)は元々中学時代から肩を壊していたのだが執念のフルイニング出場を果たす。その打棒から中心打者としてチームを引っ張っていたが、最後の試合ではキャッチボールすらままならないほど肩の具合は悪化してしまっていた。

 

 中堅手(センター)は彗星の如き俊足の持ち主だったが、三回戦にてダイビングキャッチを敢行した際、地面に胸部を強打したことで負傷。医師の診断の結果、今後のプレー事態にドクターストップを掛けられる。

 

 右翼手(ライト)は三回戦にてホームラン性のライトフライを捕球した際、勢い余ってフェンスに激突し骨折。それだけならまだしもこの男は日頃から何気ない段差につまづいたり自転車で事故ったり、仕舞いの果てにはドアノブに触っただけで突き指を多発する問題児だった。

 

 

 以上が硝子館高校レギュラーメンバーの惨状である。

 怪我の内容は選手自身の過失もあればやむを得ない事情もあったりと、全く嬉しくないバラエティーに富んでおり、私立硝子館高校はまるで何か邪悪なものに呪われているかのように次々と離脱者の山を築き上げていった。

 その結果、エースピッチャーの魂のピッチングによりどうにか三回戦まで突破することが出来たものの、そのエースすら最後には負傷してしまったことで、チームはショートとレフト以外全員控えメンバーで四回戦に挑むこととなり――結果、30点差を付けられる圧倒的なコールド負けとして昨年度の夏は終わった。

 

 

 そして怪我をしたレギュラーメンバーたちの中には、悲劇の夏から一年近く経った今もまだ復帰出来ていない者たちが多数存在している。

 

 彼らを指導する監督もまた、この負傷者続出の敗退の影響を受けていた。

 

 元プロ野球選手という得難い実績を持ち、それまで熱血指導によって選手たちを鍛え上げてきたチームの監督は、次々と襲い掛かる選手たちの怪我の原因が自身の指導のせいだと精神を病んでしまい、秋の大会を前に責任を取る形で退任してしまったのである。

 

 因みに当時の怪我人はレギュラーメンバーだけではなく、控えメンバーにも同様に頻発しており、退部者も続出していた。野球には怪我が付き物とは言え、この硝子館高校野球部のそれはあまりに度を超し過ぎていたのだ。

 

 

 絶頂時には60人以上の部員がいたチームも、今や三年生が2人、二年生が9人(内4人が今も離脱中)の計11人にまで落ち込んでしまった。新たに加わる新入生次第では、部の存続さえ危ぶまれる事態だった。

 

 

 さらにさらに、野球部の不幸は終わらない。

 退任した元プロ選手の監督に代わって新たに着任する予定だった新監督候補は、直前にセクハラ事件を起こし就任が白紙になった。理事長もこれには激怒。

 今もまだ後任の監督は決まっておらず、現在はやむを得ずキャプテンが事実上のプレイングマネージャーを務めている状態だった。

 

 そうして怪我人だらけの新チームで迎えた秋季大会は、当然のように一回戦コールド負けに終わった。

 

 このような体制では新年度を迎えた今になっても有望な新入生が入部してくれる筈もないだろうと、故障歴持ちメンバー多数の硝子館高校野球部は今、昨年度ベスト16のチームとは思えない窮地に立たされていた。

 

 

 しかし、それでも硝子館高校野球部には希望があった。

 

 

 何故ならば彼らは「怪我さえしなければ」という致命的な条件がつくものの、個々人の実力は非常に高いレベルにあったのだ。

 

 何かが上手く噛み合えば、再び浮上することが出来る筈だと……彼らは必死にリハビリを行っていた!

 

 

 

 

 

 

【ザ・スペランカーズ ~少女と守る生命線(センターライン)~】

 

 

 

 

 

 

 

 蔦谷(つたや) (たけし)は私立硝子館高校に通う二年生である。

 幼い頃から野球にのめり込み、小中と白球を追い掛け続けてきた彼は今も野球部に所属している。

 彼は天才児――というほどではないが、地元ではそれなりに名の知れた選手だった。

 ポジションは内野の花形であるショートストップを務め、俊足巧打の打撃で一年生時から公式戦に出場している。

 そう、彼は昨年度の夏の大会ではレギュラーメンバーの中で唯一健康体のままフルイニング出場を果たした猛者だった。そんな彼はチームの中で一二を争う練習好きでもあり、この日も授業が終わってから一目散に校舎を飛び出し、颯爽と愛車のママチャリで路上を駆け抜けていた。

 ペダルを漕ぎ回すその顔は、有頂天とばかりの上機嫌だ。

 この日は蔦谷にとって、一週間ぶりの練習だった。

 

「ふぅー! 最高にテンション上がってきたぜぇ!」

 

 下り坂の勢いに任せながら、蔦谷を乗せた自転車が猛スピードで走る。

 練習着のままペダルを漕ぐ彼が今妙なテンションで吠えているのは、この一週間に溜め続けた「練習が出来ないこと」へのフラストレーションの解放だった。

 

 季節は四月の上旬。入学式が終わってまだ日も浅いこの季節に、不覚にも彼はインフルエンザを患ってしまったのだ。

 

 それ故に彼は新年度早々部活は愚か登校さえままならず、二年生になって最初の一週間を丸々棒に振るうこととなった。

 しかし一週間安静にしていた甲斐もあり、今やインフルエンザは完治。そうなれば部員の中で数少ない健康体の一人である彼が久方ぶりの練習に燃えるのは、至極当然の話だった。

 

 その気分、まさにテーマパークに来たかの如く。

 半分精神異常者みたいな顔をしていた。

 

 そんな彼が交通事故に気を付けながら向かっている先は、市街にある校舎から十キロほど南へ向かった場所にある野球部の練習場である。

 硝子館高校は私立校ならではの強みか、運動部に対して公立校以上に金を掛けている。

 学校の校庭とは別にサッカー部、野球部、テニス部等に関してはそれぞれの部活動の用途に合わせた専用のグラウンドを校外に構えており、もちろんナイター設備も万全である。

 

 ただ、今の蔦谷のように自転車で移動する際にそれなりの移動時間を要してしまうのは難点だった。

 それでも校舎から誰よりも早く飛び出す彼は、最も多く練習場に一番乗りすることで部員たちの間では有名だった。

 

 この日は信号に捕まる回数も少なく快適なサイクリングを行った蔦谷は、市街から外れた海沿いの場所に出てきたことでそのペダルを漕ぐ足を緩める。

 

 彼の目に映るのは緑色のネットに覆われた練習施設――黒土と人工芝が張り巡らされた広々とした空間は、私立硝子館高校が誇る野球部の練習球場施設だった。

 

 

「ほんと、練習場だけは名門校級だよなぁ」

 

 一週間ぶりに練習場に到着した蔦谷は、野球部員ながら生意気に思うほど立派なグラウンドを眺めながら、併設する駐輪場に愛車のママチャリを停車させる。

 荷台からエナメルバッグを下ろしながら、今日も一番乗りだと心地良い気分でグラウンドに入ろうとする蔦谷。

 

 しかしその時、彼は駐輪場に見慣れない二輪車が停まっていることに気づいた。

 

「あれ? なんだこのバイク……」

 

 それは、赤色の派手なカラーリングを施された中型のバイクだった。

 男心を絶妙にくすぐる、鋭角的なデザインをしたMT車だ。自然とその形に目を惹かれた蔦谷だが、過去に見覚えのないそのバイクに首を傾げた。

 

「このバイクは足利のじゃないな。誰のだろ?」

 

 硝子館高校は自由な校風であり、生徒によるバイク通学も認められている。

 野球部員の中にもバイク通学を行っている生徒はいた為、駐輪場にこのようなバイクがあること自体は不思議なことではない。

 しかし今蔦谷の前にあるトリコロールカラーのバイクを運転していた者は彼の記憶になく、疑問符が浮かんだ。

 新入生部員が乗って来た……とは考えられない。免許を取れるのは十六歳からだと、蔦谷は過去にバイク通学者から聞いたことがあった。

 

 二年生か三年生の誰かが新しく買ったのだろうか? そんなことを考えながら蔦谷は駐輪場を後にし、気を取り直して練習場へと向かった。

 

 

 

 練習場の鍵は開いていた。

 どうやら一番乗りはあのバイクに乗っていた誰かに取られたようだと、少しだけ出鼻を挫かれた気分で蔦谷は入り口から施設に足を踏み入れた。

 

「あ」

 

 

 ――そこで、彼は出会った。

 

 

 蔦谷が荷物のエナメルバッグを置く為、練習場のベンチに入った時、先にグラウンド入りしていた人物と対面したのである。

 身につけた腰のベルトを締めていたその人物は、今しがた制服から練習用のユニフォームに着替え終わったばかりの様子であり、ベンチに腰を下ろすなり彼はこの場に訪れた蔦谷の存在に遅れて気づいたように振り向いた。

 

「……ん」

 

 声変わり前の少年のような声を漏らしながら、その人物は少しだけ驚いたように蔦谷の目を見つめる。

 それに対して「うおっ」と大袈裟に見えるほど驚いたのは、蔦谷の方だった。

 

「あ、ああ! もしかして新入部員か?」

 

 見慣れない姿だ。そしてその容姿にこそ、蔦谷は驚いた。

 やや目尻のつり上がった大きな目に、ベビーフェイスな顔立ち。

 への字に曲がった口はどこか仏頂面に見えるが、それらを差し引いても容姿はすこぶる整っていた。

 しかしユニフォームが似合っていないというわけではないが、身体つきは一年生男子として見ても随分と華奢に見える。今はベンチに座っている体勢だが、おそらく身長は160センチもないだろう。175センチの蔦谷からは、余計に小さく見えた。

 

 蔦谷は見覚えのない彼の姿を見て、自分がインフルエンザで休んでいた間に入部してきた新入生の一人なのだろうと当たりを付ける。

 寧ろマネージャー希望者と答えてくれた方が納得出来るほど華奢な彼は、蔦谷の問いにコクリと小さく頷きを返す。

 

「……あんた誰?」

 

 そして、無礼な調子で問い返す。

 無表情ながらも微妙に警戒している様子が窺える彼に、蔦谷は野良猫みたいだなと苦笑を返す。

 彼が新入生ならば無礼千万も良いところの態度であるが、その点について蔦谷は特に気にしない性分だった。お互い初対面なら、先輩として後輩相手に余裕を見せるべきだろうという心持ちで自分が最初に名乗ることにする。

 

「俺は蔦谷(つたや)蔦谷剛(つたやたけし)、二年生だ。あだ名はTSUTAYA。ポジションはショートで、一応このチームのレギュラーなんだぜぇ?」

 

 ニヤリと笑みを溢しながら小粋なジョークを交えつつ、ついでに己の立場を自慢しながら蔦谷は自己紹介をする。

 言いながら荷物をベンチに下ろすと「次はお前の番だぜ」と、新入生らしき彼に名乗りを促す。

 彼は猫のような目でじっと蔦谷を見据えた後、鈴を転がすような透き通った声で言い放った。

 

「あんたもショートなんだ……ボクは美月(みづき) (ひかり)。二年生」

「光……ヒカリねぇ……」

 

 女みたいな名前だなぁと思いながら彼の名前を聞くと、蔦谷はその後に続いた彼の学年に驚く。

 

「っていうかお前、二年生だったのか!」

「……ん」

「てっきり一年の新入部員かと思ったぜ」

 

 二年生と語った美月光という少年を、同学年である蔦谷は過去に見た記憶がなかったのだ。

 少し頭に来るが、これほど美形と呼んでいい同級生がいたのなら、学年内で有名になっていてもおかしくはない。光の姿は大袈裟ではなく、蔦谷にとってはそれほどの美少年に見えていた。

 そんな彼の疑問を解消する説明を、彼――美月光は簡潔に告げる。

 

「転校生」

「ああ、なるほど! そうか、転校生か……珍しいなぁ」

 

 華奢な体格や見慣れない姿から、入学してからまだ間もない一年生かと思っていた蔦谷だが、どうやらこの少年は新年度を機に他所の高校から転校してきた同級生だったようだ。

 盲点だった彼の答えに納得すると、今度は蔦谷の頭を強い好奇心が襲った。

 

「転校する前の学校でも野球やってたのか? ポジションはどこ守ってたん?」

 

 同級生ならば尚のこと、わざわざ言葉遣いの無礼を咎めることはないかと、蔦谷は気さくに親交を深めるべく転校生との会話に講じる。

 光は詰め寄る蔦谷を前に鬱陶しそうにするわけではないが、笑みを浮かべることもなく質問に答えてくれた。

 

「色々」

「ほう、色々ねぇ。ユーティリティープレイヤーって奴か」

「守備には、自信がある」

「やるねぇ! それは楽しみだ」

 

 依然仏頂面で語る光に、蔦谷は笑みを溢す。

 チームは今怪我人だらけで監督もいない惨状だが、戦力になる二年生が加わってくれたのなら喜ばしい限りだ。

 そんな切実な思いで蔦谷は彼の転校入部を歓迎したが……その思いは次なる彼の発言で硬直した。

 

「だが、ここではショートを守りたい」

「……は?」

 

 澄んだ目をした美少年めいた顔で、光が蔦谷の目を直視し、宣言する。

 それはチームの正遊撃手を務める彼に対する、宣戦布告と呼んでいい一言だった。

 

 

「ボクがショートストップだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私立硝子館高校――それはガラス細工で出来ているかのように、脆く儚い野球部である。

 

 この怪我人だらけのチームを立て直す第一歩となったのが……後にチームの生命線(センターライン)を守り合うこととなる、少年と少女(・・)の会遇だった。

 

 

 

 

 

 





 最近小説が思うように書けなくなって辛いです……ということで、初心を思い出す為に野球小説を連載します。フラフラした作者ですが、宜しければお付き合いください。
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