ザ・スペランカーズ ガラスの高校球児たち   作:GT(EW版)

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マネージャーは全員男

 

 夕日が沈み始め、照明に灯かりがともり始めたグラウンドで甲高い金属音が響き渡る。

 

 右打席に立ちながら内野各ポジションに打球を打ち分けていくのは、私立硝子館高校野球部によるノックの風景だった。

 各ポジションにそれぞれ待機している内野手は二人ずつ。

 仮入部中の新入生を含め、内野陣の守備練習は合計八人で行っていた。

 後方の外野人工芝ではそれとは別途に外野ノックが行われており、男子マネージャーたちがノッカー役と補佐をそれぞれ務めている。

 

 この硝子館高校野球部。地元では怪我人続出によるチームのグダグダぶりで有名だが、逆に考えればグダグダであるが故に他の私立校よりも各部員に活躍のチャンスがあると言える。そう考える者はやはり一定数いたのだろう。今のところ野球部に仮入部している入部希望者の人数は案外多く、幸いにして過疎で困り果てるようなことはなかった。

 

 

 それに加えて硝子館高校野球部は、怪我人だらけでもなお練習に必要な人数だけは十全に確保されていた。

 と言うのもこの野球部は選手の総人数に対してマネージャーの数が不釣り合いなほど多く、計七人と妙に充実しているのだ。

 

 野球部に所属するマネージャーたちは皆、元々は選手として部に所属していた者たちである。

 彼らが選手の立場からマネージャーに転身することになった理由は、例によって怪我による離脱や前監督によって行われた猛練習に耐えられなかったという珍しくもない挫折だった。

 しかし彼ら七人は選手として戦うことを諦めた今でも野球に対する情熱を失っておらず、リタイアした者たちでサポートチームを結成し、裏方として部員たちを補佐する立場に就いたのである。

 

 それがこの硝子館高校野球部の名物であるマネージャー連合「ザ・スペランカーズ」だった。

 

 そんな彼らは時にノッカーや打撃投手、リハビリトレーナーやスコアラー、ブルペン捕手等を務め、縁の下から選手たちを支えている。全員マネージャー歴は浅いが研究熱心であり、見学や仮入部に来た新入生たちが引くほどプロ意識の高い集団だった。

 「監督もいなくなっちゃったし、全員選手復帰してくれてもええんやで」、とはプレイングマネージャーたるキャプテンが彼らに掛けた言葉だが、彼らは彼らで今の立場に満足しているらしい。

 そんなマネージャーたちの中で最もノックの上手い三年生の打田マネージャーが、いかにも鬼コーチめいた厳ついサングラスから輝きを放ちながらゴロを打ち分けていく。

 

 ショートから二塁ベース寄りに転がって来たその打球を、素早いダッシュで反応した蔦谷のグラブがショートバウンドで掴み取る。

 ゴロを軽快に捌いた蔦谷は素早く右手にボールを持ち替えるとスナップを効かせて送球し、危なげない軌道でファーストのミットへと叩きつけた。

 

「ふっ……蔦谷は問題なさそうだな」

「はい! 完全復活、パーフェクトTSUTAYAですぜ!」

 

 インフルエンザにつき一週間もの間練習から離れていた蔦谷だが、ショート守備の感覚はその程度のブランクで忘れるものではなかった。

 足腰も肩肘も絶好調だとノッカーの声に応じると、振り向きざまに同じポジションを守る美少年に対してどや顔を披露する。

 

「ん、上手いね」

「まっ、当然っしょ?」

 

 美月光――転校生の野球部員もまた、蔦谷と同じくショートにて内野ノックを受けている。

 ノックと言う守備練習には、初めて見る選手の実力を測るのに丁度いい要素が含まれている。

 特にショートストップと言えば守りの要だ。守備に定評と自信のある蔦谷は同じポジションを狙う転校生に対し、自らの実力を誇示するように自慢の守備力を見せつけてやった。

 そんな蔦谷のどや顔に一瞥くれた後、きゅっと帽子を締め直した光がグラブを挙げるなりノッカーにボールを要求した。

 

「お願いします」

 

 ノッカーの打田マネージャーはその要求に応じると、自らの左手でトスを上げノック用の細長いバットを振り抜いた。

 

 流石は名ノッカー、痛烈な打球だ。打球を見て蔦谷が高みの見物を決め込むように光の動きを見つめる。

 

 鋭く三遊間を破ろうと地を這うその当たりは、ヒットになっても仕方が無いと言える酷な打球に思えた。

 しかし光の守備範囲はこともなげに追いつき、痛烈打球は逆シングルで繰り出した光のグラブに収まる。

 

「よっ、ほっ」

 

 そこから流れるようにボールを持ち換えた光は、軽いジャンプで体勢を直しながら右腕を横手に払う。

 光が放った送球は低い軌道で一塁に向かっていくと、ワンバウンドでファーストミットに捕球された。

 アウト――と言っていい処理速度だろう。ヒット性の当たりを眉一つ動かさず捌いてみせた光は、何食わぬ顔で蔦谷の後ろに戻っていく。

 

「う、上手いじゃねぇか」

「……別に、普通でしょ」

「あ、ああ、そのぐらいやってくんなきゃな!」

 

 一目見た瞬間、思わず見とれてしまった。

 光は当たり前のようにやってのけたが、今の処理は簡単なプレーではない。今のような逆シングルからのジャンピングスローは、ショート守備の腕の見せ所と言って良いプレーだった。

 果たして自分にも同じ動きが出来たか……と思うと、蔦谷の胸中は穏やかではなかった。

 自分からショートストップを奪うと豪語した彼の発言は、彼自身の実力に裏打ちされたものだったのだと蔦谷は理解した。

 

(このチビ……狙うならセカンドにしろよ!)

 

 小物的な言葉を胸に仕舞いながら、蔦谷は病み上がりの身体は関係ないとばかりに気を引き締めて次のノックを受けていく。

 

 一年生から試合に出続け、ショートのレギュラーとしてスタメンに定着していたところで現れた転校生である。

 張り合いのある競争相手が出てきたと言う意味では良い刺激にもなるが、競争に負けてあっさりとレギュラーを奪われるなど到底許されることではなかった。

 

「さあ来ーい!」

 

 ノックの順番がセカンド、ファースト、サードと内野を一周した後、再びショートに戻って打球が走る。

 蔦谷の中では既に、試合は始まっているも同然の意識だった。

 

 

 

 

 そうして何球、何十球とノックを受け続けていくと、この日の守備練習は一旦の区切りがついた。

 この時間の中で美月光の守備を間近に見ていた蔦谷が彼に感じたのは、最初から最後まで一切の無駄な動きがないということだった。

 彼は自分と比べれば身長は小さいし歩幅も狭い。にも拘わらず、彼の守備範囲は蔦谷のそれよりも一回り上にあったのだ。

 その要因は彼の、未来予知のような一歩目の速さにあると見える。正直に言うと内野手として是非ご教授願いたいレベルであったが、それは今の蔦谷にはプライドが許さなかった。

 そんないかんともしがたい心境が表に出てしまっていたのか、蔦谷の様子に気づいたチームメイトが声を掛けてきた。

 

「おうおう、さっきのノック、病み上がりのくせに随分気合い入ってたな」

「馬鹿、病み上がりだからだよ。腑抜けたプレーで一年や転校生に舐められてたまるかってんだ」

 

 休憩時間中水分補給を行っていると、先ほどのノックでは一塁で彼の送球を受けていた二年生、清田力也の言葉に蔦谷が言い返す。

 彼自身、目の前で堅実な好守を披露する光に、触発されるように激しい運動量でノックを受けていたのは事実だ。

 そんな病み上がり早々気合十分な蔦谷は、自分が休んでいた間のことで清田に問い掛ける。その目はマイペースにベンチに腰掛けながら、ちびちびと水筒の水をすすっている美少年の姿に向いていた。

 

「……アイツは何なんだ? お前から見て、どんな選手に見える?」

「ん、美月のことか? ははーん、TSUTAYAさんともあろうものがアイツのことが気になるのか?」

「チームメイトなんだし当たり前だろ。しかも俺の前でショートストップ宣言しやがったんだからな」

「おお、早速宣戦布告かまされたのか! そりゃいい!」

「よかねーよ見せ筋野郎」

 

 蔦谷のアピールポイントが守備ならば、清田の自慢は高校生離れした筋肉にある。意味も無く己の上腕二頭筋を見せびらかすように腕を組む能天気な清田の姿が、何か無性に苛立たしかった。

 そんな彼は一瞬意味ありげな目で光と蔦谷の顔を交互に見やった後、蔦谷の質問に答えた。

 

「美月ね……アイツは一言で言うと「職人」だな。ノックで見た通りの守備職人だ」

 

 チームとしては頼もしいが、蔦谷としては面白くない話だった。

 

「俺は初日からアイツがミスしているところを見たことがねぇ。モノが違うっていうのは、俺よりお前の方がわかるんじゃないか?」

「……やっぱり、いつでもああいうレベルの守備が出来る奴なんだな。まぐれだったら良かったのに……」

「おう、俺たちの中で一番上手いんじゃないの? ははは、二年生の即戦力が来て大助かりだぜ!」

「勘弁してくれよ。こっちはポジション被ってるっていうのに」

「悪い悪い! でも、いい競争相手が出来て良かったじゃないか」

「まったく……」

 

 そんなお前に特性のプロテインをやろう、と脈略なく筋肉教への勧誘をしてきた清田の手を突き返しながら、蔦谷は軽く溜め息をつく。ファーストのレギュラーであるこの筋肉野郎は気楽なものだと、身長186センチ、体重95キロの姿を恨めしく見つめた。

 清田は高校生の一塁手としては理想的なほど恵まれた体格を持ち、一桁台の体脂肪率からなる絞り込んだ筋肉はチーム屈指の長打力を生み出している。

 昨年度こそ例によって何度も怪我でスタメンを外れることはあったが、今はこうして練習に復帰し充実した毎日を過ごしている。そんな彼はチームにとって外せない必要戦力であり、怪我さえしなければレギュラーが約束されている男だった。

 

「まあなんだ。お前ならショートの競争に負けてもセカンドなりコンバートすれば試合に出れるだろうさ。だってお前、病気はするけど俺らの中で珍しく怪我しないし」

「そうだな。じゃあ、今度お前が離脱した時はファーストにコンバートしようかね。戻ってくる頃にはお前の席ねーから覚悟しろよ」

「やめろ」

 

 そう軽口を叩いてみせるが、蔦谷としてはショートに対して拘りがあり、おいそれとコンバートに動く気はさらさらない。

 今しがたの証言と先ほどの練習から美月光という転校生(ライバル)が相当な守備力を持っていることはわかったが、レギュラー選手に求められるのは守備力だけではないのだ。

 野球は点を取り合うスポーツである以上、レギュラーショートたるもの守備だけではなく高度な打撃力も必要なのだ。

 

(見てろよ……力の差を見せつけてやんぜ)

 

 一年生からショートで試合に出ていた蔦谷は、決して天才と言われていたわけではない。

 しかし天才に及ばないまでも三拍子揃ったバランスの良い選手だと、前の監督から評されていた。

 名手とは言えないながら守備が上手く、チーム一とは言えないまでも足が速い。そして打撃もまた、チームで五番目以内には確実に入っていると自負していた。

 

「よーし、休憩終わるぞー。次は予定通りバッティング練習な」

「よしきた!」

 

 お誂え向きにも、次は打撃の練習である。

 プレイングマネージャーを務める三年生キャプテン古川が機材箱からキャッチャー防具を掴みながら周りに声を掛けると、部員達は威勢よく返事を返しそれぞれのポジションに散っていった。

 

 一方でショートの守備位置ではなくその場に一人残った蔦谷は、この心に燻る思いを胸にキャプテンに申し入れた。

 

「キャップ! 最初、俺打っていいっすか?」

「ん、構わんよ。仮入部連中も含めて、どうせ全員打たせる予定やし。バッティングピッチャーはそうやな……今日はマネージャーの誰かに任すより、一年にやらせてみるか」

 

 メガネを掛けた一見優しそうな外見をしているキャプテン古川はあっさりと蔦谷の申し入れを受け入れると、次に打撃投手の指名を行う。

 

 白羽の矢が立ったのは、これ見よがしに両肩をグルグルと回しながらベンチ前で待機していた派手な金髪男だった。

 

「篠原ー! 投げてくれるか?」

「え? マジっすか!? うおーやります! マジやっちゃいますよ俺! うはっ、篠原くんデビューキタコレ!」

 

 赤いグラブを右手に嵌めている金髪の男は、現在仮入部中の身分である新入生の一人だった。 

 彼はどうやら中学時代投手だったらしく、この指名を待っていたのか、意気揚々とマウンドに向かっていった。

 

「キャップ、今年の一年も変っすね」

「お前が言うな。お前らも大概酷いからな。……まあ、アレもああ見えて悪い奴やない……と思う。それに、中々面白いボールを放るピッチャーやったぞ。チャラいけど」

「くっそチャラいっすけどね」

 

 チャラい。そう、仮入部の投手経験者はチャラかった。

 髪は肩口よりも長いロン毛で、毛先まで派手な金色に染められている。軽薄そうな顔つきと言い、見るからにお調子者そうだった。

 

 

 ――野球部は全員坊主頭でなければならない――と言うようなしきたりは、令和三十年の今では随分と下火になっている。

 

 

 ある年を境に連盟が中心となってもたらされた高校野球界の大規模な改革によって、かつて平成以前まで蔓延っていた従来の伝統や文化は大きく見直されることとなったのだ。

 そんな変化の中で移り変わっていったものの一つが、このような「球児たちの頭髪の多様化」である。

 もちろん今でも洗髪が楽なこと、夏の暑さに対する対策という合理的な理由から坊主頭に刈り上げている者は多いが、今や甲子園大会でも坊主頭でない選手は珍しくなくなっていた。

 

 ここ硝子館高校野球部の面々もまた、蔦谷やキャプテンを含めほぼ全員が非坊主頭の球児だった。

 

 しかしそんな寛容な時代においても田舎の不良の如き金髪のロン毛とくれば、やはり一般的な高校球児とは違うアウトローな存在だった。

 

「もちろん、本入部したら金髪はやめさせるけどな」

「そっすね」

 

 キャッチャー防具をその身に着け終えたキャプテンが苦笑交じりに言うと、蔦谷が引きつった顔で相槌を打つ。

 硝子館高校野球部キャプテン、古川 伸太(ふるかわ しんた)。丸渕メガネの似合う彼は見た目こそ国民的猫型ロボットアニメにも出てきそうなおっとりとした風貌だが、締めるべきところはきっちり締める男だ。

 そうでなければ不幸な出来事があったとはいえ、高校生でプレイングマネージャーなど務めていない。

 

 閑話休題。

 

 捕手のポジションについたキャプテン古川のミットに向かって、チャラ男がマウンドから投球練習を開始する。

 彼は左投手(サウスポー)だった。セットポジションから二段モーションの溜めを作ったチャラ男が、マウンドからオーバースローで白球を投げ放つ。

 バシンッと音を上げて古川のミットに収まっていく彼のボールを横から見る分には、確かに面白いモノを感じた。

 

「新入生にしちゃ結構速そうだな」

 

 伊達にチャラついてないようだと蔦谷は彼の脳内評価を改める。

 その球速は、大体130キロと言ったところか。

 この時期の高校一年生としては中々の速球であり、確かに将来への期待を抱けた。

 体格に関してはまだ細いが上背は170センチ台後半ほどあり、エースがリハビリ中の今は頼もしく見えた。

 

「準備OKッス先輩! よろしチョリーッス!」

「しかしほんとチャラいなコイツ……」

 

 笑顔で奇怪な挨拶をする新入生の態度に呆れながら、蔦谷は右のバッターボックスに入る。

 足元をならしながらバットを右肩に担ぐと、一週間ぶりに体感した打席の空気を楽しんだ。

 

「サウスポーが相手なら、スイッチヒッターの本領発揮ってね」

「ああ、そういやお前無駄に両打ちやったな」

「無駄じゃないです」

 

 蔦谷はこのチームで唯一のスイッチヒッターである。

 相手が右投手であれば左打席に入り、左投手であれば今回のように右打席に入る。

 そんな蔦谷はマウンドに立つ新入生の姿を見据えると、彼の名前を改めて問い掛けた。

 

「お前、名前はなんて言うんだっけ?」

「俺っちは篠原(しのはら) (すすむ)ッス! 雄太(ゆうだい)と呼んでもいいっすよ!」

「なにそれ」

 

 チャラい新入生……篠原は何だかよくわからないあだ名を提案してきたが、蔦谷はやんわりと拒否し本名を記憶する。

 篠原進なのに雄太。雄大ではなく雄太などと言われれば、もはや意味がわからなかった。

 

 そんなやり取りは始めからなかったかのように扱われ、実戦形式の打撃練習が開始する。

 

「三打席交代な」

「了解っす」

 

 面をつけた古川がキャッチャーボックスに腰を下ろし、ミットを構える。

 蔦谷がオープンスタンスの構えからバットを構えると、篠原がセットポジションから右足を大きく振り上げた。

 グリップを握る手が自然と強まる。

 やはり打席に入った時の胸の高揚は、学生の本分である授業とは比較にならないほど心地良いものだった。

 

 

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