M.A.R.C.I.E   作:エーブリス

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…どうして?


「A」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    握った手を開くと、細かな灰が空へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塵芥の蛇が行く末をじっと見つめ続けるが、とは言え周囲は灰の丘…いつしか黄昏の空の向こうへ、他の灰と混ざってしまった。

 

少し足を運ぶと突然ちゃぷっ…と、液体の溜まりに足を踏み入れた。

 

 

それは紺色の、酷く濁った液体。

かなり広いな…歪んでいるが一応長方形の形をしている。縦が4m、横が5m程だな…。

 

ともかくこんな場所を渡る気はない。

水たまりを避けるように回り道をすることにした。

 

 

 

 

 

――――何かに、足首を掴まれた。

何に?………色白の、細くて大きな手だ。

 

腕の生える先を見ると、気食の悪い白面が浮かんでいた。

 

知っている、深淵の説教者だ。

コイツは皆食欲に我を忘れて生者を見るや否や襲いかかるような奴等だと思ったが…この個体はそうでもないようだ。

 

 

しかし先程から、俺の脚を掴む以外に口をモゴモゴと動かすくらいしかしていない。

コイツは何を訴えている…?何を伝えたい…?

 

 

 

 

気味が悪かった…強引にその手を振り払い、だが再び掴もうとしたソレの手首を思いっ切り踏み潰した。

 

ゴグシャッ…と、骨と肉とが同時に潰れる音と共に、白面の腕は濁った沼へと帰っていった。

 

 

攻撃すれば奴等は食欲を思い出す…面倒になる前に、その場からさっさと立ち去ってしまおう。何よりこの沼の臭いは酷い、鼻が捻じ曲がって軟骨がへし折れそうだ。

 

だから、比較的速足で歩き去った。

 

 

 

 

ただ、何かすぐ後ろで這い上がる音がする。

きっと白面の虫だ、奴等の食餌に付き合わされるのは御免だ…。

 

そう思いながらも振り返ってしまった。

何があるのか知りもせずに…。

 

もし振り返って無ければ俺は足を止めなかった、足を止めなければ俺はそのまま何も知らなかった。

 

 

知らなくてよかった、見なくてよかった。

 

 

 

 

…虫じゃなくって、ずぶ濡れの“彼女”が居るなんて。

 

喉が詰まる。

そして彼女は、右腕を上げた…それは手首から先が、グチャグチャになってポッキリ折れている。

 

嘘だ、と…何度も呟いた。

先程の白面の虫が彼女?悪い談だ、まだ[イカの宇宙人が侵略してきて人々を発狂させた]なんてジョークの方が真実味がある。

 

 

腕の次に顔を上げ、バンダナと髪に隠れた眼が露わになる。

…それは憎しみと恨みに満ちきった眼だった。

 

その眼に射貫かれて、心臓が止まりそうになった。

 

 

すぐ近くで、ボトッ…何かが落ちた。

恐る恐る振り向くと、それは――――腐った、左腕?

 

肝が冷えて、咄嗟に左手を握ろうとするが感覚がない。

―――――気が付けば、顎が震えて歯と歯がぶつかり、ガチガチと音を立てていた。

 

 

そうだ、落ちたのは俺の左腕だ。

しかも義手じゃない…生々しい、というか生の腕だ。

 

それが沼の水によるものか、グチャグチャに腐っていく。

 

 

痛い、左腕が痛みだしてきた。

 

 

 

足音がひた、ひた…と。

彼女が不気味な程おぼつかない足取りでこちらに迫る。

 

逃げるため、後ずさろうとしたが…不意に、世界がずり落ちた。

いやちがう。俺が落ちたんだ…背中から。

 

 

灰の丘に背中を打ち付けても痛くはなかったが、今度は両足から痛みが湧き出てきた。

すぐに事態を把握できた、両足も腐って取れたんだ。

残ったのは右手だけ、ソレを使って地を這いずって彼女から逃げる。

 

…少しづつ、地を掴む右手が痛くなった。

 

 

依然、俺の目は彼女を見つめ続けたままだ。

暗殺者としての殺気じゃない、まるで怨霊のような殺気を放ちゾンビの様な足取りで来る彼女をずっと見ている。

 

恐怖で眼が釘付けなのだ。

それゆえか、腕の疲労すら忘れて何処までも這いずった。

 

 

 

 

…しかし、突如として落ちた左腕が動きだした。

俺と同じ様に地を這い始めたそれは、いきなりこちらに飛び掛かった。

 

一体どんな力を働かせたのか分からなかった。

あまりにも一瞬で…。

 

 

飛び掛かった左腕は俺の顔を握り潰せるほど強い力で掴んだ。

顎の骨が軋み、肉も千切れてきている。

 

逃走を一度止め、その左腕を振り払おうとするが、俺の右手は左腕の力に全く歯が立たず何もできていない。

 

 

そしてゆっくりと、左腕が人差し指と中指を立てる。

一件ピースサインの様に見えるが、よく見れば掌と手の甲が裏返っていた。

 

その2本の指先はそれぞれ、俺の目を指している。

「指す」が「刺す」に変わるのなど、時間の問題だ。

 

―――その先に突然、彼女が現れた。

変わらずに、俺を怨嗟の目で睨みつけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  左腕の指が、眼球を潰した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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酷い悪夢だ、ロッキングチェアごとひっくり返ってしまった。

寝ぼけが覚めたのを確認して、立ち上がろうとするが左腕と両足に力が入らない。

 

…まさかと思い、右手で左腕を探るが感覚が無かった。

ヒヤリとした心のまま両足を探っても同じだ。

 

 

 

―――一気に恐怖が湧き出てきた、アレは悪夢などではなく現実だったのか…!

逃げようにも、あまりに怖くて逃げだせなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、徐々に記憶が戻っていく。

―――ああ、そう言えば義手義足を外したままだったな。

 

寝ぼけは覚めてなかったようだ。

 

 

「マーシィ、大丈夫…!?」

 

「んぁ…ベルカ…」

 

やはり、ってか当たり前だけど、身体ごとロッキングチェアがひっくり返れば大きな音が出る。

 

ソレに驚いた様子で、ベルカが部屋に駆け込んできた。

 

 

 

   幸いなのか、亡霊の目はしてなかったし身体も生気に満ちている。

 

 

 

 

「いやぁ…少し寝ぼけてさ……ハハハ」

 

取り敢えず笑顔で答えると、彼女は安心してホッと息をついた。

 

 

「よかった…。

立てる?」

 

「寝る前に義手義足を外してたみたいだ…手伝って」

 

「分かった…。

何処に置いた?」

 

「うー…あ、ベッドの上だ」

 

 

彼女が俺の義手義足を持って来た。

それを接続部に繋げて、ようやく左腕両足にも力が入るようになった。

 

差し伸べられた手を使ってどうにか立ち上がり、衣服に付いた埃を払う。

 

 

「ありがとう」

 

「ええ…

もう、夕飯出来たわ」

 

「そか…」

 

 

 

…なあ?

お前は、ずっと…このままなんだよ、な…?

 

 

 

 

 

 

 


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