決して、灰ならざる者。
それが名前。
今日、熊の死体を見つけた。
赤い斑点だらけの体に、顔は左右対称に裂けていた。
何かを怖れ、絶望した顔だ。
戦争以来、人と魔獣との格差は劇的に縮まりつつあった…獣は脅威ではなくなってしまうのだ。
近頃はこの中世ファンタジーの世界も鉛玉と硝煙に侵されている。国軍、盗賊等見境なく…例えるなら首輪の無い暴れん坊だ、今じゃコイツが一番の「獣」だろう。
既に、いつでもジャイアントキリングが成立しうる世界となってしまった。
例え剣聖でも、パラディンでも、時代の流れが分からぬ者はきっとこの熊と同じ運命をたどる事になるだろう…。
時代は変わりつつあるんだ。
「…変わらんな」
貧民街の治安は、戦争が終わって尚悪い。
相変わらず、と殺場ばりの喧騒でいっぱいいっぱいだ。
…嘗て、この街の片隅で一つの約束が生まれた。
男女の約束だ。その約束が為、男は目がくらみ女は変わった。
―――世界は狭い。
あるロシア系ユダヤ人の兄弟はそう言ったが、本当にそうだ。
けれどたった一つじゃない、個人がそれぞれの世界を持っている。
少なくとも俺は、自分含めてたった3人だけの世界に生きているつもりだ。
この世界に、外界からの干渉は決して許されない。
それは絶対に妥協しない、例え世界が壊れても…。
―――とはいえ、世間一般的にまず思い浮かぶ概念での世界は、既に不純物なのだが。
「ようニーチャン、夜道を一人で歩けるのかい?ヒャハハ…!」
「歩けなきゃダメだよなぁ。
なんせこの国はずっと夜なんだぜ?」「だはは!ちげぇねえや!」
…最早この街とは切っても切り離せない存在、チンピラだ。
うち一人がアサルトライフルを担いでいる…熊を狩ったのはコイツ等だったか。
後、何故か頭がちょんまげなのだが、気にすることじゃないだろう…多分。
確か、白夜でもちょんまげは見かけなかったハズなんだが…。
「…」
「おい、シカトかよ?ええ!?」
先頭の男に胸倉を掴まれた。
もうこれで正当防衛は成り立つな…元々、そんな事気にするつもりもなかったのだが。
―――鳩尾に一撃、ボディーブローを叩き込んだ。
前かがみになった男の、ちょんまげ頭へ追撃として肘を叩き落とし、〆に自己流のボディスラムで背骨を粉微塵にしてやった。
それで即死した男の脚を掴んで、今度は嘗ての愛剣のように振り回した。
ぼきり、ぐちゃり、…肉と骨と臓物と脳味噌とが激しくぶつかり合い、辺り一面を綺麗に彩っていく。
クソが死に絶えるいい音だ、気分がいい。
「貴様らのッ…!せいでッ…!俺とッ…!あいつと、あいつはッ…!
何度もッ…!何度もッ…!何度もッッッ…ッ!!」
まだ、まだ足りない。
コイツ等のような存在は5593298578269243762337334455737回の繰り返しのうち、923885783273866回ベルカを…45827323209回スミカを殺した。
罰せられるべきだ、魂までも。
―――少し感情的になったが、気が付けば全て終わっていた。
「ひ、ひぃ…ひひ、ひぇ…やめ、やめて…」
訂正、あと一人残っていた。
義手を付け替え、ソレで男の右手の小指を掴む。
この義手なんだが、個人的に『ミンチグローブ』と呼んでいる。
「な、なんだよぉ…よせってぇ…」
「一つ、俺に手を出すな」
―――義手のモーターを起動し、手のひらに仕込まれた無数の刃をフル回転させた。
無論、小指は「ミンチ」と化す。
「ぎぃぃいアアアアアアアアアアアッ!!!」
「―――二つ、俺達に手を出すな」
今度は薬指をミンチにした。
「ァアアアアアアアアアアア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!!」
「―――――三つ、死ね」
今度を首を掴み、喉元からゆっくりとミンチにした。
最後は(声帯を潰したので当たり前だが)声すら出さず、やがて首が転げ落ちて死んだ。
…幸い、服は汚れていない。
不思議なもんだな。
しかし当然血だらけの義手は仕舞い、生活用のモノを取り付けた。
この先は…日本で言う歌舞伎町のような場所だ。
とにかくそういう店が多い。
ここの何処でも、何処を見渡しても露出の多い売女どもが客引きをしてる。
俺にもそう言った類いの奴等がすり寄ってきたが、相手をせず歩き去るだけだ。俺はもう、あいつ以外の女体になど触る気すらない。
きっとこの中に、俺の後ろ姿へ中指を立てる者もいるだろう。
やがて下品な街を抜けて、森に入って少々歩けば俺達の家だ。
…そしてこれを前にして、あの男が目を覚ます。
――――ドアを開けると、外とは正反対の温かい空気があった。
彼女が俺を迎え、笑みを浮かべた。
男の名はマーシレス。
名前ばかりの、弱々しくてメソメソ泣くだけの軟弱野郎だ。
これが男か。
我が名は「lAW ShaRK」、見張りであり断罪者。