M.A.R.C.I.E   作:エーブリス

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「核(CORE)」から抜け落ちたソレは「領域(ZONE)」。



「 」

 

 

 

 [薬品投与シーケンスを開始]

 

マッドサイエンスのテンプレのような単語を発音する電子音声が聞こえた。

ロボアームに取り付けられた注射針が俺の首筋に近付く。

 

 

「…フゥゥゥ」

 

コレ、昔ながらの雇われ仕事なんだがな。

…なんでこんな事をするか?金…いや、憂さ晴らしか。

 

 

しかしまあ金が欲しいのも一応事実だ…家の金を賭博で潰したくない。

 

とは言ってもだな、24件…出禁にされた賭博場の数だ。

殺されかけたのもあったしその時は暴れ回ってもよかったが皆(家族)に迷惑かける訳にもいかない、稼いだ分と「二度と近づかない」という誓約を結んで毎度毎度事なきを得ていた。

 

別に金欠でもなし、金に執着はない。

あんなもん、いくら積み上げようが無駄だ…必要分とその5割増しほどあればいい。

 

 

「…あー、やだやだ」

 

賭博をやった理由?憂さ晴らしだよ、タダの。

出禁になった理由?強化人間パワー全開にしたからさ、負けたくはないんでな。

 

 

 

「ッ…」

 

ぱちっ…という音をたてて、注射針が俺の皮膚を貫いた。

そこはかとなくだが、確かに液体が体内に流れてゆくのを感じる。

 

 

――――結局ただそれだけ、だった。

当たり前だ、ただ“制御用ナノマシン”を身体に入れただけだからな。何を制御するのか全くもって分からんのだが。

依頼主を信用するのならば、の話ではあるが。

 

 

 

『ご苦労様…とは言っても、仕事はこれからなんだけれどね』

 

今の、イラつく声と口調をした男が今回の依頼主…雇用主?だ。

安定の財団(アイザック)なんだがな。

 

「思いのほか早く終わったな」

 

『まあ、ね。

やりたい事は前にやったし…そのせいで今は出来る事が少ないんだ』

 

 

前…ああそうだ、大戦のどさくさに紛れてアップデートしたんだってな。俺の身体を。

随分と神経質な身体だ…おまけに左腕,両足が出来ていない未完成品という追い打ちまでかけてきやがってる。

 

「今は?

また今度何かやるの?」

 

身体の事思い出して腹が立ったので、あからさまに訝しそうな顔を作って、財団の言葉を聞き返した。

―――しかし俺の顔、奴は認識しているのか?

 

『…さあ?

君次第、と言っておくよ』

 

「あっそ…」

 

相変わらず、人を苛立たせる。

コイツという人間は――――――おっと。曰く、人間だったのは昔だったな。

 

ふと「顔を見せない奴を信用できない」なんて言葉を呟きそうになったが、思い返してみれば自分も人の事を言えない過去がある。

 

 

 

何はともあれ仕事をしたい、態々ハローワークの感覚でこんな変態外道の巣窟へ足を踏み入れたのだから…ちゃんと憂さ晴らしになればいい。

 

持ちこんだ荷物を手に取って、手術台から立ち上がった時の事だった。

 

 

『あ、そうだ。

というか君…殺せるのかい?』

 

財団に問われた。

 

 

“殺せるのか?”

そう問われてしまうのも分かる…奴等は―――俺の憶測ではあるが―――あの時俺を監視していた、というより現在進行形でもある程度している。

 

人の些細な感情を解するような奴等とは思ってない…が、(おそらく体内の随所の機器か、血液中のナノマシンによって)精神状態の分析という形で此方の心境を悟っている……のだろう。

あまり論理的な事は言えてないが、大体合っている気がする。

 

 

 

 

 

それはそうと、結果だ。

人を殺せるかって――――――そりゃ。

 

「…問題ない」

 

勘違いされては困る、有象無象の他人が殺せない?

冗談言っちゃいけない…今も昔もそこはドライで居られてる。

(昔…とは言うが大体5、6年程前からだが)

 

 

ただ………ただ、アイツに死なれるのは、もう…やだ。

 

 

 

 

でもやはり、少しだけ不安が残る。

いつもそうだ…俺という人間は、いっつも自分を肯定出来ていない。

 

自分に否定的になるおかげで、毎度災いを呼び寄せる。

主に自分…時に(それも最悪な形で)自分の“世界”に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………1か月程の仕事から1週間たった今ならハッキリと言える。

また、自分が見出した答えを失いかけている。

 

 

仕事で殺した奴は、分かりやすく酷い…というか醜い男―――たった一言で言えば下種って呼べるような奴だった。本当に“人間臭い”…それも「良くも悪くも」では無くて「悪い意味で」という風に…殺しやすさも相当だった。

 

 

それだけで済めば、どれ程に…。

 

 

「…」

 

「…父さん?

本当に大丈夫?

すっごい上の空だったよ?最近そんな感じだって聞いたから様子見に来たけどさ…」

 

 

「ッ!

ああ…大丈夫だ。っと、紅茶冷めちまったな…まあ飲み時か」

 

「―――…ねえ、いっつも思うけど、そのティーカップの持ち方どうにかならない?

見るたびに笑いそう」

 

「気にせず笑え、気にしたら禿ると思え」

 

「禿るって…」

 

「ハゲに性別は無ぇ…男だって女だってハゲはハゲなんだ、以上」

 

 

変な話でちょいと熱くなったので、冷めきった紅茶を喉の奥へ一気に流し込む。

こうも渋い味のモノを飲んでいると、安っぽい甘さが懐かしくなる…例えば、そう、コーラとか。

 

だが、仕事中飲んでいたコーラの味と一緒に胸糞悪い記憶もよみがえったせいで、またうんざりした気分に悩まされる羽目になる。

 

 

 

しばらく無言の時間が続いた。

スミカも此方の様子を窺うように、じつと見ているだけで特に一言も喋ろうとはして来ない。

 

この文章だけだと、俺が娘に疎まれているようにしか見えないのだが…まあ間違ってない、と言いたいがそうだったら今彼女は目の前じゃなくて自分の勤務先の研究施設にいる。

 

あの、中世ファンタジーをぶち壊しにかかっている…えらく20世紀チックな建物だ。

旧ソ連染みた建築は嫌いじゃないし好きだがね。

 

 

俺も俺で、彼女の研究内容を(俺じゃ到底理解できなかったので断片的だが)思い出しつつ、鳶が鷹を生んだなと…多少の羨ましさを含みつつ嬉しく思っていた。

 

同時に、自分の経歴がいつしか彼女を妨げるのではないかと不安になる。

 

 

「…また暗い顔した」

 

今のスミカの発言は、ぼそっとした小さくて細い声の…所謂独り言だが、どうも“耳が良すぎて”拾ってしまったようだ。

 

 

…自分の左手を見た、あの無機質なヤツだ。

よくもこんな身体で妻を、子供を持とうと考えたなと…自己否定が極まったような自虐的思考をしてしまう。

 

 

 

やはり無言が続く。

どうやら茶を飲み干したようで、そして茶菓子も切らしたので彼女は手持ち無沙汰なわけで、もじもじとティーカップの持ち手を弄っていた。

 

そして急に思い出したように、こちらへ顔を向ける。

 

 

「ねえ、父さん…」

 

「なんだ?」

 

唐突な問いかけに、思いのほか冷静に反応出来たような気がした。

だが、この後すぐにその冷静さを大きく欠くことになる。

 

 

 

 

 

「…あの戦いの最後、何を見たの?」

 

 

 

 

 

 

…恐ろしく正確に、俺の不安の核心を突いて来た一言だった。

いや…多少誤りがあるのだが誤差だ、最初から最後まで…ずっと同じような物を見ていたのだから。

 

 

「…地獄、だよ」

 

どうにか絞り出せた答えが、このありきたりで曖昧な答えだ。

地獄など…あの旅の中でいくつもあったしスミカもそれを見ていた。

 

 

「地獄って、どんな?

絶対そこらの死線の連続なんかじゃない、そうでしょ?」

 

これ以上の会話が、とても辛くなった。

続けていられない…逃げたい。

 

「………出来る事なら、言って欲しい…言って、楽になれるのなら…」

 

「…」

 

「…痛いのを我慢させるのは、ごめんなさい。

でも…――――」

 

 

無言で席を立ち、スミカへ背を向けた。

もう何が怖いのか分からない…有るのは、得体のしれない後ろめたさへの恐怖だけだ。

 

 

 

「…もう帰りなさい、寮の門限があるんだろ?

父さんはちょっと………」

 

手が震え、鼻の奥から喉あたりがゾッと冷え、動揺しているのが明らかな状態だ。

 

「ちょっと、何?」

 

 

「…ちょっと、用事を思い出したから」

 

逃げるように、早歩きで立ち去った。

だが家に帰れるかと言えばそういう訳にはいかず、だが立ち寄る当てもない。

 

昔っからの仕事仲間は論外だし、カムイ一行の同僚には碌に話せる奴もいない。

良くてモズメだが、アイツは今じゃ王城住まいで碌に会えるワケないし、そう言うのは一番やっちゃいけない裏切りに繋がりそうにも思えた。

例えその気が最初こそなくとも、何かが崩れれば脆く砕け去ってしまう…どうせ俺なんて、その程度だ。

 

 

いいよな、アイツらは…易々と固い誓いを結べて。

どうせ各々の家で幸せにやってのけているのであろう一行メンバーの顔を思い浮かべ、自分の惨めさが身に染みた。

 

これも全部…。

 

 

 

 

「ッ!」

 

一瞬、誰かの笑い声が聞こえた。

…いつの間にか森の中だ。こう言う所の開発は進んでいないようだ。

 

 

「誰だよ…誰か、笑ったか…?」

 

しかし見渡しても何も見当たらないし、“気配”も感じられない。

幻聴だったようだ。

 

そんな物にカッカしていたと思うと惨めさが加速する。

 

 

 

また行く当てもなく、何処かを彷徨った。

しかし…今度は幻聴ではない、“気配”もある、影も見かけた…何かがいる、何かがある。

 

久しく感じていなかった感覚を思い出していく…。

 

 

“気配”によれば周囲を取り囲むように3、4体…体感でも鋭く感じられる程の気配だ。

内一匹がもうすぐ見える…すぐそこの、あの木の後ろ。

 

 

あの感覚に震えているのか、身体がとても…とてつもなく熱い。

チラリと視界にかぶせられたディスプレイの表示に目をやると、体温指数がえらく非現実的な事になっていた。

 

 

「…ァァァァ”ア”ア”ア”…ッ!」

 

 

戦意がこれでもかと刺激される…身体中に走る熱と痛みがそうしているのか。

最早襲撃者が何なのか、そんな事はどうでもよくなってきた。

 

 

戦わせろ、さっさと出て来い。

 

 

「マ”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!」

 

ホントに体幹で分かるぐらいに堪忍袋の緒が切れ、叫びながら“敵”へ駆け出した。

 

 

 

 

――――――――不味い、と思った時にはとっくに手遅れだった。

ブレーキがバラバラにぶっ壊れてた。

 

 

 

 

この瞬間、この場所は【静かな暗い森】という肩書から【凄惨なる殺人(キル)[“ゾーン”]】という物騒な烙印へと書き替えられた。

 

 

 

 

なりふり構わず、敵へと爪を振り下ろした!

防御に使った斧か何かを丸ごとバラバラにして、次いで右から迫る別の敵を腕のヒレ状のカッターで斬り裂く。

 

得物をブツ切りにされて困惑しているヤツをそのまま蹴り飛ばし、自身もすぐ近くの木までひとっ跳びする。

 

真っ直ぐな木のど真ん中に着地して間髪入れずにまた別の木へと飛び移り、そしてまた別の木へと飛び移るのを高速で繰り返す。

 

 

無様に背中を晒している阿呆を後ろから爪で貫き、そのまま臓器(おそらく心臓か肺)を引きずり出した。

血でてらてらとしているソレを投げ捨て、殴りかかったソイツの拳を逆に握りつぶし、手を放さぬまま対の手で胴体へ執拗にパンチを繰り出す。

 

 

何度血を吐こうが、臓物が潰れようが構いなく、気が済むまで殴り続けた。

 

 

ボキリ―――――音からして背骨が逝ったらしい。

最早立つことすら叶わないソイツの身体を投げ飛ばし、トドメにヒレで真っ二つにした。

そうバッサリ…心地よいくらいにバッサリと。

 

 

 

 

止まらない…求める本能が止まらない。

このまま何処までも戦えそうだ…いつか息の根が止まるまで…!

 

 

 

どれだけの血が飛びかっただろう、どれだけの肉が引き裂かれただろう。

どれだけの臓物が零れただろう、どれだけの脳が漏れ出しただろう。

 

どれだけの眼球が潰れ、どれだけの爪が割れ、どれだけの毛が毟られ、どれだけの皮が剥がれ、どれだけの歯が砕け、どれだけの神経が悲鳴を上げ、どれだけの、どれだけの、どれだけの―――――――――。

 

 

 

 

――――――どれだけの絶望を感じたか。

 

 

 

 

ああ、今なら分かるさ。

あの地獄はまだ…まだ終わってすらなかったのだ。

 

そうだ、そもそも何が根拠で終わりがあると思ったんだ?

人の生き死にに、「あり得ない」がある事などッ…。

 

 

 

 

高速で迫る木々を避け続け、我が家へ走った。

見える、見えてくる俺の…俺らの家。

 

形の歪んだ鍵を鍵穴に刺し、こじ開けるかの勢いで施錠を外した。

 

 

「ッ!!」

 

 

必死でベルカを探した。

…この時間だ、もう眠っているのは分かっていたのだが…いや、本当の事を言うと一瞬頭になかった。

 

焦りのまま探し求めるのだから、思考が及ぶはずもない。

 

 

 

だが、代わりに…今の俺にとって何よりもトドメになり得るモノを見た。

 

異形――――――それを見た瞬間に、全身を急に凍らされ身動きが取れなくなるような感覚が迸った。

 

 

 

 

 

 

―――――鏡に映る異形、おまえ(おれ)が人殺しの化物だよ。

 

一周回ってしまったのか、今の己の姿を冷静に見つめる事が出来た。

筋張った、昆虫を思わせるような気食の悪い体表に…だが歪な顔と合わせて見れば鳥の化物の様にも見えない、どっちつかずの異形。

 

そしてよく見れば、その全体が、嘗て自分を蝕んでいた“うみ”の乾燥したものだと分かった。

あの膿だ、あれが乾燥して固まって…それがまるで鎧か何かのように…。

 

 

…下顎が震えだした。

飛蝗の顎の様に左右二つに分かれた肉食的な下顎が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

膝を付き、声にならない悲鳴を上げた。

それが最後となり、ぷつりと意識がなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…マーシィ?」

 

「―――…何だ?」

 

 

「…何でもない。

少し、呼んでみただけ…あまりにも動かないから…」

 

「ああ、悪かった…大丈夫だよ」

 

 

 

「…………そう」

 

「大丈夫には、見えないってか?」

 

「…ええ。

やっぱり……」

 

 

 

「もし、迷惑だったら…」

「そんな事、ない…!」

 

「っ…。

出てたか…声、に」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、マーシィ?」

 

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナンデコロシタノ?

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ッ!!?」

 

夢のナイフを持った手を振り払おうとして空を切り、現実に戻った。

目覚めると暗いままで、しかしベルカは調理場で朝食の準備をしていて…ただ、日常があるだけだった。

 

全部、悪い夢だったってワケだ。

仕事も無かった、昨日?はスミカとも会ってない、そして飛蝗と鴉の衝突事故なんかは起こってすらいない。

 

 

まああんな悪い冗談があるわけないか。

それこそあの戦で燃え尽きた膿が今更出てくるなんて―――――――――――。

 











































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