けものフレンズR Remember 作:mono(もの)
1
真っ白な道に並ぶ足跡。
イエイヌとともえはイエイヌのなわばりであるせつげんちほーを離れ、ゆきやまちほーへ向かっていた。
ともえがゆきやまちほーへ向かうのは、さとやまちほーに行くためだ。さとやまちほーに行くのは、ガイド機能を持つラッキービーストに会うためだ。ガイドラッキービーストを探すのは、ジャパリパークを旅をするためだ。旅をする理由は、…イエイヌには分からない。旅自体がすでにともえの「好き」、根源的な自発的な感情なのかもしれない。あるいは、イエイヌは、ヒトもヒトとの約束を大事にする動物だからこそ、忘れてしまった約束がともえの旅に関係しているのかもしれないと思う。
イエイヌが一緒に行く最大の理由は、目覚めたばかりのヒトの女の子のともえを、守るためだ。それが本能と、使命だ。もう一つの理由は、ただ一緒にいたいからだ。ヒトと。ともえと。旅を楽しそうに語る目が、イエイヌは無視できなかった。ともえが遠くを望めば、本能がイエイヌに同じところを見るようにさせる。視界に入ってはいても意識することも忘れたものを、もう一度意識するのだ。発見の喜び。感情の同調。きっと自分にとっても楽しい旅になるという幻想を抱く。そして、おそらく幻想ではなく、予測、あるいは未来そのものなのだろう。…最後の理由は、独りで待つのはつらいからだ。
せつげんちほーとさとやまちほーの地理関係は、鞍を挟んだ形をしている。2人の前には高い山脈が左右にそびえている。そこもゆきやまちほーと呼んでいるが、この山脈部は寒すぎる。フレンズも多くはいない。鞍点である丘、針葉樹林の広がる高度の低いところを、2人は越えていく予定だ。
徒歩で体が温まり早朝の寒さにも慣れた頃、針葉樹林帯に入る手前にて、旅の最初の出会いは空からやってきた。
「おでかけですか?イエイヌさん、…と?」
「マガモさん」
旅の最初の出会いは、マガモのフレンズだった。
「ともえです、よろしくね。マガモちゃん」
「はい、ともえさん、マガモです」
シンプルな自己紹介がよかったのか、マガモは嬉しそうだ。
「あたしたち、これからさとやまちほーにいくところなんだ」
「旅ですね! 案内…したいところですが、私も旅の途中です、残念です」
それでも同じ日に旅を始める仲間がいるのは、なんとなく嬉しかった。心強いというか。それはおそらくここのところ雪が続いたからだろう。
マガモは少し寒そうに体を縮こませて言う。
「もうすこしあたたかいちほーへ渡ろうかと思いまして」
マガモは夜に渡りを行う。日中の旅に付き合ってしまえばマガモ本人の旅が続かない。
「ちょっと最近寒いですね。そうだ、マガモさん。ともえさんはヒトなんです。わたしの探していた」
ときどきこうして旅に出て、そしてまた戻ってきてくれるマガモに、イエイヌはヒトの情報について尋ねていた。
「わ、よかったじゃないですか。うん、たびさきでフレンズに伝えておきましょうね」
マガモはイエイヌの意を汲んでそう答え、飛行を開始する。
「おねがいします」
「はい、おみやげ話ができてうれしいです」
「またね、マガモちゃん」
「はい、お二人とも、また」
そう言い残してマガモは飛び去っていった。
次の出会いはゆきやまちほーの針葉樹林帯に入ってしばらくしたところだった。鬱蒼と、まではしてはいない林だが、起伏もあるためせつげんちほーに比べて視界が悪い。イエイヌはいっそうにおいにも気を配っていた。だからこそだろう隠れているものに気づくのが早かった。
「そこにいるのは、…ホワイトライオンさんですね」
「はわわ、雪の中でもみつかるとは、さすがイエイヌさんです」
ともえをかばうように念のため前に出たイエイヌの前方、雪の塊からホワイトライオンが現れた。もっともイエイヌの視線の先とホワイトライオンの現れた場所は違っていて、しっかり隠れられていたわけだが。
「ともえです。白い、もふもふ。全然気づけなくて驚いちゃった」
「ホワイトライオンです。誉めてくれてうれしいです、ともえさん」
ホワイトライオンは雪の中に隠れるのが好きなようだった。
「ボスを脅かそうとして、寝ちゃって、気づかれなくてじゃぱりまん食べそこねたりします」
そして自虐なのか自慢なのかよくわからない自己紹介をするのだった。
「2人はいってらっしゃい。ボスを待ちますー」
そしてまた雪の中に隠れ始めるのだった。
「いってきます、ホワイトライオンちゃん」
「いってきます、寝ちゃだめですよ」
そう別れてしばらく歩いて振り返ってみれば、やっぱりどこに隠れてしまっているのかわからないのだった。
2
そして3度めの出会いは、ホワイトライオンと別れて1度朝の休憩をして、日も高くなってきたところだった。休憩のポイントは地図通りだ。道は間違えていない。それに何度かイエイヌも通ったことのある道だ。このまま予定通りなら、ヒトの使っていたとされる小さな小屋へ、お昼後には着くだろう。そう思っていた矢先であった。
あるはずの渓谷にかかる橋がなかった。
「ええー!」
「橋がありません!」
ともえが見下ろすと、そこには橋であっただろうものが雪に埋もれていた。イエイヌもつられて下を見る。…高さがある。周囲も、ちょっと無理して渡れそうなものではない。
「別の道から行きましょう」
「うん、まだまだ歩けるよ」
頼もしい表情のともえ。その時。
近くの茂みから音。飛び出す影。
「――ともえさん!」
橋に気を取られていた。こんなに近くに。セルリアン!?
「え、あ、」
茂みから、ヒトの背丈ほどの高さに跳躍した影。速い。視線で追う。薄暗い森で輝く金色の目とともえの目が合う。2つ。攻撃的な、狩るものの、射抜く黒い瞳にともえ自身が映る。間に入ろうと飛び出すイエイヌも映る。そこで目の輝きが急に静まる。
何かに驚いたかのように。何かに気づいたかのように。…あるいは我を取り戻したかのように。
飛び出してきた大きな人影は空中で器用にバランスを取って、ともえの前に4つ足で着地した。
それはフレンズに見えた。虎のフレンズだ。落ち着いた優しい目だ。けれど何か困惑も目に宿る。直立姿勢に戻りながら、彼女はガオッと吠えて、喉を抑える。
「アムールトラさん、ひさしぶりです」
虎のフレンズの姿を認めたイエイヌは警戒を解く。
「待ってー」
茂みのむこうからガサガサと音を立てて、もうひとりのフレンズの声がする。新しく現れた影は、
「マンモスさん」
「あ、イエイヌちゃん、ひさしぶりです」
あたたかそうな毛皮を身にまとった、マンモスだった。アムールトラは抑えた手を胸の高さまで下ろして、頼るような視線をマンモスに向ける。
身をこわばらせたのは一瞬で、落ち着いた優しい目を見たともえは、持ち前の好奇心ですでに目を輝かせていた。イエイヌの横に出る。
「あたしはともえです。はじめまして。アムールトラちゃん、マンモスちゃん、よろしくね」
深くうなずくアムールトラ。
「こちらこそはじめまして、ともえちゃん。アムールトラちゃんは今、言葉が出せないかぜを引いているんです」
「そうなんだ。無理しないでね」
喉の抑え方は痛々しかった。そういう風邪もあるのだろうか。イエイヌにとっても初耳であった。
深くうなずくアムールトラ。言葉を出さなければ平気らしい。よかった。
「おふたりにまた会えてうれしいです。そうだ、さとやまちほーに行ける道をごぞんじですか?」
橋が落ちたのは最近のように思われた。ただ2人はここに過ごすフレンズだ。詳しいだろう。
「ここ壊れたのですねー。向こうの道から行けます。それに今日はユキヒョウちゃんの巣に泊めてもらうといいと思いますよ」
答えはあっけなく得られた。渡りに船とはこのことだろう。
三度深くうなずいたアムールトラは、率先して歩き出す。うでが大きくしっかり振るからか、王者の虎が4つ足で歩くような威厳が感じられる。そして手でともえとイエイヌを招く。ともえはもう警戒心なくアムールトラについていった。
マンモスとともえ、そしてイエイヌが会話し、先行するアムールトラが時々振り返って静かにうなずく。歩きながらおおよその位置を聞いてみると、実はユキヒョウの巣は、ヒトの簡易宿泊所らしい。ともえの持つヒトの地図の印と一致しているようだった。
4人はお昼ご飯の休憩を取る。食べてゆっくり横たわるアムールトラ。目を閉じる。
「アムールトラちゃんを知りたいな。アムールトラ。体が大きく、寒い地域で過ごすトラ。群れをつくらず茂みから跳びかかって狩りをする。力が強く、大型の草食動物なども単独で倒すことができる。ネコ科では珍しく水浴びを好み、泳ぎも得意とする」
アムールトラは、耳をぴくぴくとさせて、特に否定もしない。合っているのだろう。
「それは、本ですか」
マンモスが興味深そうに尋ねる。
「動物図鑑だよ。フレンズの元の動物のことが書かれているの」
「ともえさんはヒトなんです」
アムールトラが首を持ち上げてともえをじっくり見る。驚いたように。マンモスは、
「イエイヌちゃんが探していた動物!良かったですねー」
マフラーと腕でイエイヌを抱きしめた。
「はぐぅ。ありがとうございます。ともえさんは、文字もたくさん読めますし、すごいんですよ!」
「えへへ。うん、そしてともだちの印をつけていくんだ」
ともえは動物図鑑のアムールトラのページに丸を描く。
「アムールトラちゃんは、セルリアンハンターなんです。なんでも、変な粘液にやられてしまったとかで言葉が出せないんです。元々お喋りではないですけれどもね」
動物図鑑はフレンズ図鑑ではないのだ。アムールトラの代わりにマンモスが彼女の紹介をした。少し照れくさそうに、アムールトラはまた頷いた。
図鑑の説明をともえは読み上げた。大きな牙の説明で、長いもみあげをマンモスは自慢する。自分の好きなところが書かれている図鑑か。いや、逆か、特長が自分の好きなところになるのがフレンズなのか。
「いいなあ。こんな風にわたしも、ともだちのことまとめてみたいですー」
マンモスを含むゾウのフレンズ達の記憶力はよい。ヒトを探すイエイヌは何度となく彼女たちを頼ってきていた。そしていつも彼女たちはそれに答えようとしてくれていた。覚えることが好きなのだろう。