けものフレンズR Remember   作:mono(もの)

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第2話 ゆきやまちほー -2

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「わらわはここから雪景色を眺めるのが好きでの、ともえにもお勧めじゃ。今日は泊まっていくとよい」 

「ありがとうユキヒョウちゃん」

 針葉樹の森を登っていった先に、ユキヒョウの巣はあった。木造の家屋。4人くらい住めそうな広さだが、調度品はほとんどなく、宿泊所、臨時的な拠点といった方がよいだろう。壁は厚く、窓も調理場に1つ、明り取りの窓が2つと、小さく少ない。けれど、向かいの山に向かった側だけ、縁側が設けられていた。厚い引き戸。おそらく建てた者も、ユキヒョウのようにこだわりがあったのだろう。

 向かいの白い山に雲がかかる。眼下の白化粧した森。

 縁側で4人を迎えたのは灰色の着物を着たフレンズ、ユキヒョウだ。マンモスに簡単に事情を告げられた彼女は、快く宿泊の許可をした。気に入った雪景色の見られる場所に滞在しているだけで、ユキヒョウ自身のものという意識はないらしい。ゆきやまちほーの外のフレンズと会うのは珍しいのだと、ともえとイエイヌを歓迎した。イエイヌも会うのは初めてになるフレンズであった。

「わたしは走り回りたくなります」

「あ、あたしもー」

「ふふふ」

 自分と異なる反応が面白いのか、ユキヒョウはそう静かに笑うのだった。長旅の後だというのに元気だ。あるいはだからこそ長旅をするのか。

「マンモスちゃんはどう?」

「晴れた日の雪景色ですか?…のんびり出かけたくなりますね」

 その質問自体が意外なようで、けれど自分の中に答えのあったマンモスは嬉しそうだった。

 アムールトラはユキヒョウと同じが答えだと言わんばかりに、座るユキヒョウの後ろに寝そべりウインクをする。

 日差しが暖かい。

 

 お昼寝を始めたアムールトラとユキヒョウにつられるように、イエイヌもうとうとしていた。動物図鑑の、アムールトラとユキヒョウがどちらもトラ属であることをともえとマンモスが話している声がしていた。それから心地よいペンの走る音がする。インクのにおい。ともえのそばで自分だけ眠っているときと、条件づけられてきて、それだけで幸せをかみしめそうになる。10分?20分?そんな時間が経つ。

「それはなんじゃともえ?」

 静かに尋ねるユキヒョウの声がする。

「これは絵だよ。雪景色を描いているの。残しておけるんだよ」

 静かに答えるともえの声がする。

「面白いフレンズじゃ。よきかな。特に今日は雪が一段と深いのじゃ」

 ヒトを知らないユキヒョウは、素直な感嘆をともえに告げる。キレイじゃのう、とそのまま雪に感嘆する。

「はい、覚えている中で一番雪が積もっていますねー。寒いから溶けないで積もっていっているみたいです」

 静かに語るマンモスの声がする。と、ペンの走る音が止まった。

「それで橋が落ちたのかな」

 静かにつぶやいたともえの声は、ゆきやまちほーの雪に吸い込まれていった。

 イエイヌは体を起こして、ともえの顔を見る。マンモスと、ユキヒョウと、同じように起き上がったアムールトラとも目が合う。

 そしてミシッと音がして5人は天井を見上げる。ミシッ。

「ユキヒョウちゃんの巣の雪下ろしって、しないといけないかも? ううん、泊めてくれるお礼にさせてほしい!」

 お昼寝タイムは終わり。雪下ろしの時間が始まった。

 

「屋根の上から雪を下ろす役と、下で雪を運ぶ役があるんだ」

「高いところは得意じゃ。屋根の上はわらわとアムールトラに任せるとよい」

「おねがいします。わたしは運ぶのは得意ですねー。下で雪を運びます」

 ユキヒョウとアムールトラはするすると屋根に登り、爪で雪を切り分け落としていく。次々に積み上がっていく雪を、マンモスはあっさり運んでしまう。

「わ、すごい」

「ね、すごいですね」

 イエイヌも下で雪を運ぶ役目だ。まずはマンモスの運ぶ道を歩きやすいように寄せていく。マンモスが雪を動かすが、それでも降りてくる雪のほうが多そうだ。がんばらないと、とイエイヌは思った。

 ともえは自分も何かできないか家の中を探すことにした。ここはヒトが使うことを想定した宿泊所だ、それだったら。屋根で待ちになっているユキヒョウに一度来てもらう。2人は土間にスコップとそりを見つける。それから、壁に書かれた見取り図。間取りと思われる四角い図形に、それらをつなぐような線の連結。ユキヒョウは覗き込み、わからないと仕草で示した。

 しばらくして、イエイヌのところにスコップとそりを持ってともえが帰ってきた。成果はあった、という笑顔でともえは手をふってくる。ヒトが雪下ろしのために使っていた道具なのだろう。

「あたしも集める、イエイヌちゃんがそりで運んでくれる?」

「はい!」

 イエイヌはそりにつながる頑丈に編まれた縄を体にかけてみる。それで引っ張ってみるとどれだけ雪がのせられていても運べそうな気がした。これで雪を遠くまで運ぶことができる。屋根組とのバランスも取れるだろう。すっと屋根に跳びのったユキヒョウが満足げに言う。

「わらわたちも退屈せずにすみそうじゃな」

 バランスを取って雪を下ろす。うまく集めて雪を運ぶ。雪下ろしはその身体能力の高さから危険の少ないフレンズたちには、面白い催しものになった。とはいえもちろん重労働でもある。各々は適宜休憩を取りながら雪下ろしを進めていく。

 ようやく屋根の1面が終わろうというところだった。イエイヌがそりを引いていると遠くから休憩中のともえの声がした。

「イエイヌちゃーん、みんなー、ちょっとこっち来てくれるー?」

 家の裏手から駆けて出てきたともえが手をふってイエイヌに、マンモスに、そして屋根の上のユキヒョウとアムールトラを呼びかける。

「はい、どうしました?」

 家の裏手になにかあるのか。イエイヌが向かってみる、ともえは隅の方に走っていき、そして、何かの前にたった。ともえの前には地面から突き立った金属の管。

「ここね、温かいんだ。このバルブを回すと熱い蒸気がこの管を通って天井を回って、雪が溶けるみたい」

「ほうほう、…すごいですね」

 イエイヌはともえの指し示す指の先と視線の先を追ってみる。様子を見にこちらの屋根に来ていたユキヒョウとアムールトラと目が合う。お湯を流していく感じだろうか?でもお湯が天井に登るのはなんでだろう?蒸気だから?蒸気ってええとお湯から出ているものだったか。なんであれ熱いものが流れるなら雪が溶ける、と思われる。たしかに雪が溶けるならすごい。

 ユキヒョウとアムールトラが屋根から降りるのを見届けて、ともえは力強く宣言する。

「回してみるね」

 ともえがバルブを回す。キリキリと鳴る音に混じって、小さくコォっと音がなる。バルブの先のパイプの周りの雪が白から透明に変わる。雪が溶けていく。

「ともえちゃん、氷が溶けてますねー!」

 すると、このまま屋根からずるずると雪が落ちてくるのだろうか?そうイエイヌとマンモスが期待したところだった。彼女らの鼻が異常をとらえる。

「温泉のにおいがします、もれているのかも」

 臭いをおって走り出したイエイヌをマンモスが追いかける。やっぱり屋根の上だ。イエイヌがどこから登ったものか迷っているとマンモスと目が合う。

「いきますよーっ」

 マンモスは、イエイヌのふともとをつかんですっと持ち上げ、投げ上げた。屋根の上に4つ足で着地するイエイヌ。イエイヌは臭いを、パイプをたどっていく。

「ユキヒョウちゃん、このパイプってほかにあるのかな」

「このつつに意味があるとはのう…、あっちじゃ」

「見つけましたー!」

 イエイヌの言葉を受けて、ともえは一度バルブを閉じてユキヒョウの案内する家の中へ向かった。それから間もなく交換用のパイプや止め具と、それから必要な工具を見つけることができた。

 屋根の上にマンモスの助けを借りて上がったともえと、アムールトラ、イエイヌで、漏れた箇所の修理をする。不安定な屋根の上でパイプを持つのはアムールトラ。漏れた箇所を示すのはイエイヌ。修理をするのはともえだ。万一のためにマンモスが下で待機していてくれている。

 屋根の上からはこうげんちほーと、向かいの山と、そしてさとやまちほーが望める。

「よし、今度こそ。ユキヒョウちゃんお願い!」

 ユキヒョウがバルブを回す。イエイヌはにおい漏れがないことをうなずいてともえとアムールトラに伝える。

「どれ、暖かくなってきておるのじゃ」

「ではでは、落ちてきた雪に潰されないところで待ちましょう」

 屋根の3人も降りて離れ、5人は待つことにした。日差しが暖かい。屋根の上の雪が滑り落ちていくのは、それから長い時間はかからなかった。どさ、どさと落ちていく雪を見て、5人は喜ぶのであった。

 

 屋根から下ろした雪を片づけた頃には、山の夕暮れは早かった。あっという間に夜。

 朝早くから旅をしてきたイエイヌとともえは深く眠りについていた。よりそって眠る2人を夜行性のアムールトラとユキヒョウ、そしてマンモスが優しく見守る。

「みんなありがとうなのじゃ。ともえは不思議な動物じゃなあ」

 ユキヒョウは寒くないようにと、ともえとイエイヌの腕を抱く。

「イエイヌとともえは、明日早くに出発するそうじゃ。わらわはそうじゃなあ」

 ユキヒョウの確認をするような視線に、アムールトラとマンモスは笑顔でうなずいた。

 

4

「慣れぬ道じゃろう、わらわたちが案内しよう」

「ありがとう、うれしいな」

 翌朝、ユキヒョウの巣を5人は出発する。ユキヒョウとアムールトラが先行する。こうげんちほー、ゆきやまちほー、さとやまちほーを結ぶ元あった橋のある道と違って、踏み固められていない針葉樹林の下を進む道だ。ユキヒョウとアムールトラは大きな尻尾で不安定な場所でもバランスを取りながら、岩場を跳び跳ねて進む。そうしてともえとイエイヌの歩きやすい道を教えてくれる。倒木があればそれをマンモスとアムールトラがどかす。

 山道はそれでも過酷だ。小さな泉のそばで休憩を取る。早めのお昼となった。

「ともえちゃんはお食事後も絵を描いたりできるんですねー」

「うん、あの景色の絵と、3人のことも描いておきたいんだ」

 食後にのんびりとくつろぐ4人と対照的に、ともえは熱心に絵を描いていた。ともえは休憩で絵を描くのだ。イエイヌには、自分がうとうとする合間で大きく進んでしまうともえの絵は、例えるなら魔法のような、否、ヒトの不思議そのものに感じられた。

「どれ、あの絵は完成したのかい」

 ユキヒョウがともえの正面から4つ足で近づくと、ともえはスケッチブックを裏返してユキヒョウに見せる。自信作のようだ、目が輝いている。

「うん」

「ほう、よく出来ておるな」

 縁側で雪景色を見るときと同じように、ユキヒョウの目も輝く。

「それでね」

 いいかけたともえをユキヒョウがさえぎる。

「絵を見て、この景色とわらわのことたびたび思い出すのじゃぞ。旅の先のフレンズにも見せてやるとよい。そしてまたこの絵と、いろんなともえが描いた絵を見せにくるのじゃ」

 輝いた目のまま、ユキヒョウは楽しそうに、そうともえに告げた。

「…うん、わかったありがとう」

 ともえが抱えるスケッチブックには、昨日のゆきやまちほーと3人のフレンズが切り取られていた。

 

 3人の案内のおかげで、イエイヌとともえは渓谷を渡る橋を無事見つけることができた。ここが3人との別れる場所になる。

「ありがとう、ユキヒョウちゃん、マンモスちゃん、アムールトラちゃん。またね!」

「いってらっしゃい、また会いましょう」

「たっしゃでな」

「どうもありがとうございました」

 暖かな日差しの下、ユキヒョウ、マンモス、アムールトラの3人は、イエイヌとともえが見えなくなるまで手をふり続けた。

 見えなくなったところで一息ついてユキヒョウは上げた手をそのまま伸びをする。

「わらわは帰って寝るのじゃ」

 あくびをするユキヒョウに、アムールトラもあくびで応える。伝染ったようだ。3人は笑う。

 

「つぎ会えたときはアムールトラちゃんともおはなしもできるといいな」

 ともえはふりかえる。けれどももう橋も3人も針葉樹林の奥で見えない。

「はい、やさしい方ですよ」

「うん、さとやまちほーではどんなフレンズとともだちになれるかな。ガイドのラッキーちゃんも」

 向かう先は緑の山。振りかえれば白い山。

 隣には笑顔のともだち。冒険をして気づく、2人だと心が温かいと。




ようやくともえちゃん像がかたまってきました。
1話がイエイヌのお話なら、2話がともえのお話。
絵を描かせるために休憩が多くなってしまうのですが、この辺りやっぱり難しい。

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