メインの話には絡みませんがこの作品でもダンベルキャラを出す予定ができたのと、
このお話にもダンベル的要素が含まれるので作品タグを追加しました。
宜しくお願いいたします。
追記。
規約的に危ない場所があったので、いろいろ修正しました
「全く…つくづく驚かせてくれる患者だね、君は」
白衣の男がポケットに手を突っ込みながら言った。
手入れのあまりしていなさそうな無造作な金髪に、眼もとに大きい隈が広がるどことなく不健康そうな男であった。
身長は170センチ中盤。体重は60キロ台であろうか。
至って並と言える体格であるが、青いシャツの胸元から覗く大胸筋にはほどよく張りがあり、相当に鍛えこまれていることがうかがえる。
この男の名は英はじめ。
絶命トーナメントの医務室担当の医者であり、あの『ドクター紅葉』と並ぶ日本が誇るスーパードクターである。
同時に日本政府のエージェントでもあるため、『こういう』荒事はなれっこであった。
なれっこであるため、目の前の男を見てもいつもと変わらない薄ら笑いを浮かべていた。
「――――――」
男は答えず。
代わりに嗤った。
朗らかに。
しかし、獲物に牙をむく獣のように嗤った。
大きい男であった。
それは、目の前にいる英と比べるとことさら顕著であった。
英は決して小さくない。
170センチ中盤と男性の平均身長より少し大きいくらいなのであるが、その英が完全に見上げていた。
ゆうに2メートルはあるだろう。
異様な男であった。
全身―――顔面以外の至る所に施された刺青もそうだが、眉毛以外の毛が全身どこにも見当たらない。
何より、顔と体のギャップがすごい。
顔にはそれ相応の皺が入っており、50代前半か40代後半くらいを思わせるが、身体がすごかった。
全身に肉が張り詰めている。
腕も、脚も、頸も。
どれも太い。
どこもかしこもが、よく絞り込まれている。
これが、何か月も前からつい昨日まで意識を失っていた入院患者の肉体だと言って誰が信じるだろうか。
「ここにきて急に肉体が若返り始めたかと思ったら、急に意識を取り戻していきなり暴れ出すとはね。
ますます君に興味が湧いてきたよ、スペック君。」
男の名はスペック。
かつて東京に上陸した最凶死刑囚の内の一人。
刃牙を手玉に取り、警察をあざ笑い、一般人を虐殺。
暴虐を尽くしたのち花山に敗れ再起不能となったはずの男であった。
現に昨日までは全身をチューブで繋がれており、骨と皮だけの肉体であった。
動く事すらままならない、重病患者のそれのはずであった。
しかし。
先週くらいからであろうか。
急に肉に瑞々しさが戻り始めたのだ。
そのことに興味を持った英が今日秘密裏にこの病室に入ったのだが――――
「そりゃアンタが悪いんだぜ、センセイ。」
「なぜだい?」
「解剖しようか、なんて言われたら誰だって暴れるだろう?」
「そうかい?」
「そうだぜ」
「――――フフ。元気がいいのはいいことだが、元気が過ぎるのも困りものだね。
そこんとこどう思う?ご老人」
「俺はまだ97歳だ。元気いっぱいだぜ。」
スペックが微笑みながら答えた。
「十分高齢者だと思うが」
「遅れてるねえ、先生。今や人生百年時代って言うじゃねえか。
こんくらいの年で運動してるやつくらい、めずらしいことじゃあるまい。」
「ベッドをぶん投げてくる97歳は珍しいと思うがね」
「そうかな?」
「そうだよ。」
そこで、スペックが笑みを深くした。
闘いのための笑いではない。
近所の人に笑顔で会釈する時のような。
隣人に気軽に挨拶をする予期のような優しい微笑みであった。
目じりをさげ、口元をV字に吊り上げて笑っている。
その原因は英の背後にあった。
正確に言うならば、この病室の入り口にあった。
「せ、先生…これは?!?!」
金髪の、肉がエロチックに張り詰めた女性だった。
白衣にミニスカート、網タイツ。
開いた胸元からは肉の張りつめた、豊満な乳房の上部が見て取れる。
英の助手ともいえる看護師、吉沢心美であった。
その心美が、部屋の惨状を見て震えていた。
「いいところに来たね、吉沢君。」
不自然に真っ二つになったベッド。
割れた花瓶。
凹んだコンクリート製の壁と床。
まるで、今まで巨大な二頭の獣が闘っていましたと言わんばかりの有様であった。
「オヤ…もうちょっと遊びたかったが、そうも言ってられないようだな」
「え?え?」
「吉沢君。気持ちはわかるが、まずは警察に連絡をお願いしたい。」
「じゃあな。ウォーミングアップとしては楽しめたぜ、センセイ」
そういって、スペックは窓を開けた。
開けて、そのまま下に飛び降りた。
はじめは追いかけて、窓の外を見たが――――
「やっぱりね」
肩をすくめて、病室を後にした。
スペックの姿がそこには既になく、追いかけることは不毛だと判断したからだ。
――――――スペック、再び東京の地に舞う。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「対抗戦?」
「そうだ。昨日西品治君から聞いたよ。」
2人の男が並んで歩いていた。
金髪をポニーテルに縛り、黒いシャツにベージュのパンツに白い上着を着た少年と。
金髪をポニーテールで縛り、黒いシャツに黒いハーフパンツを着た男だった。
「先輩からかー。俺はまだ聞いてないなあ」
「まだ水面下だしなあ。それに、対抗戦先があの地下闘技場だ。
先に俺に連絡しておきたかったんだろう」
「――――師匠、知ってるの?」
「ああ、よーく知ってる。あのじっちゃんのことはな。」
今、師匠と呼ばれた黒いハーフパンツの男の名は暮石光世。
総合格闘ジム、「クレイシ道場」の師範であり現役の総合格闘家である。
「だって、俺あそこで闘ったことあるし。」
「まじ?」
「マジだよ、コスモ」
そして今コスモと呼ばれたこの少年こそが、過去行われた絶命トーナメントにて参加者中最年少ながらも準々決勝まで駒を進めた逸材。
数多くの闘技者から天才と呼ばれ続けた男。
最年少闘技者『今井コスモ』である。
「あそこって―――――ああ、そうか。代打ちの場じゃないんだ」
「そ。だから俺も気楽にやれるのさ。
拳願会みたいなしがらみとかがなんもねえから、『超天才』の俺の才能を活かしまくれるってワケ。」
「全く…何回も言うけど、そんなに自身あるなら拳願試合に出でもいいじゃん。」
「やだ」
「やだってアンタ――――」
「俺、人のために闘うとかマジ無理だし。」
「はあ」
「そうため息つくなよ。お前、今度拳願会代表して地下闘技場との対抗戦出ることになるんだから。」
「へ?」
「昨日じっちゃんと電話したらそういう話になったし。」
「聞いてないんだけど!!???」
驚くコスモをしり目に、暮石は腕を頭の後ろで組んで話を続ける。
「受けといた方がいいと思うぜ。
あのじっちゃんとコネ作っとけば、マジで誰とでも戦えるし。」
「――――範馬とも?」
「ああ。
それだけじゃねえ。
武神・愚地独歩、
達人・渋川剛気、
なんなら死刑囚とだって戦える。」
「――――いいね。」
コスモが笑った。
口角だけを吊り上げた、好戦的な笑みだ。
それを見て、暮石も笑った。
願ってもない条件であった。
地下闘技場、範馬の話は以前から聞いていた。
聞いていただけではない。
実際に目撃もした。
あの親子喧嘩、あれを最前列で見物したのだ。
震えた。
あそこまで―――
あそこまで人間はやれるのか。
強さとはあそこまでいけるものなのか。
そう感動したと同時に、興奮もした。
俺も。
俺もたどり着けるのか。
辿り着いて、超えることができるのか。
あいつらとやれば。
あいつらを倒せば、
手に入るのか。
「地上最強」の称号が。
そして、今の話では自分はその「地上最強」からそう遠くない位置にいるように思える。
闘ってみたい。
闘って勝ちたい―――そういう想いが、炎のように燃え上がって来た。
「よかったなあ、コスモ。俺が師匠でよ」
「確かにね…師匠の言うとおりだよ。」
「なら、やることは一つだけだ」
「ひとつ?」
「これだよ」
暮石が右手で拳を持ち上げて作った。
ごつんとしたいい拳だ。
「練習して、闘って、強くなる。これしかねえだろ。」
「そうだね…」
コスモは頷いた。
「アダムのやつも、最近強くなってきてるぜ」
「それは実感してるよ、毎日ね」
「ああ。確実に、毎日強くなってきている。
体重も増えてる。
ついこの間、拳願試合で漁師のおっさんをぶちのめしていたよ。」
「ああ、あの人か」
「なあ、コスモ。うかうかしてられねえぞ。
最近の成長スピードだけならお前より上かもしれねえ。」
「かもね。でも――――」
「でも?」
「勝つのは俺さ。」
「いうね」
「言うさ。だって俺は、師匠の弟子で、『天才』だから。」
「なるほどね」
そう言いながら、道場の前の扉を開く。
開いたと同時に、否。
開く直前、二人はジムの異変に気付いた。
闘技者としてのカン――――とでも言うべきものなのか。
人間として本来備わっている第六感というべきものなのだろうか。
どちらかは判別がつかなかった。
つかないが、二人の男は何かを感じていた。
何かが。
何かがおかしい。
「しゃっ」
暮石がドアノブに触りかけた手を引っ込め、代わりに足を思いっきり前に出した。
暮石の脚によってぶちやぶられたドアは道場の奥の壁までノーバウンドですっ飛んでいき哀れな姿にひしゃげた後、地面に落ちた。
それを確認する前に、コスモと暮石がジムの内部に踏み込んだ。
「―――――ッッッ」
「なんだよ、これッッッ」
つるされていたいくつものサンドバックが――――
中身と共に地面に散らばり。
昨日まで新品のようにきらめいていた鉄製のトレーニング用具が――――
べっとりと赤黒い色に変わって無秩序に転がっており。
今朝まで元気よく挨拶をかわしていた道場の門下生たちが―――――
今や一言も発せぬ状態で地面に転がっていたり、天井に埋め込まれていたり、リングのロープに洗濯物のように引っかかったりしていた。
皆一様に、ピクリとも動いていない。
骨が飛び出していたり、頭部が半分ない者もいた。
「ヨウ、オカエリ。」
片言の日本語で、リングの上からロープに腕でもたれかかっている男が朗らかに二人に語り掛けてきた。
「――――アンタ、誰だ?」
知らない男であった。
ジムの練習生でもコーチでもない。
近所の男でもない。
こんな、上下黒のジャージで頭が剥げた大男など暮石も、コスモも見たことなどないからだ。
「スペック…ッテモンダ」
その足元には、アダム・ダッドリーが白目を剥いて横たわっていた。
「マア…アンタノ敵ダ。多分ネ。」
―――――――――――――――――――――――――――――
「ムンッ」
男が、台の上に仰向けになって、鉄のバーを握っていた。
そのバーの両端には巨大な鉄の塊がくっついている。
よく見れば、中央に穴の開いた円盤がバーの両端にいくつもセットされているのだが、傍目に見ただけでは巨大な鉄の塊にしか見えなかった。
肉がぱんぱんにはりつめた、大きい男だった。
天然の金髪に、頭頂をワックスで立たせ、両サイドを刈り込んだソフトモヒカン。
黒のタンクトップから見える太い腕には、派手な模様の刺青がこれでもかというほど書き込まれていた。
バーを上げ下げし、呼吸をするたびに男の口から『FUCK』と書かれた金の前歯が光る。
男の名は『アダム・ダッドリー』。
かつて絶命トーナメントに出場したレジェンドの一人にして、コスモに一回戦で敗れた男。
今は自身を鍛えなおすためにコスモと同じ暮石道場にて修行を積んでいる。
「ムンッッ」
一気にバーを持ち上げる。
鋼鉄のバーがしなる。
一回。
二回。
三回。
四回。
五回。
持ち上げて下ろす。
同じ動作を五回繰り返してから、アダムはそのバーをフックに戻した。
バー自身の重さを合わせて200キロ。
もう10キロ増やすか――――
そう思った時、人の気配があった。
「たいしたもんだねえ」
流ちょうな英語であった。
よれた黒のジャージを上下に来ている男だった。
年は顔から見るに40代後半か50代前半だろうか。
ただし、身体がおかしかった。
身長が190センチ代のアダムよりも高いこともそうだが、肉体に異常な張りがあった。
その肉の瑞々しさは、ある種同門の今井コスモと並ぶ若々しさを備えていた。
アダムが上半身を起こしてそいつを見た時には、そいつはフックに戻ったバーベルをポンポンと叩いていた。
「こいつは200キロくらいあるんじゃないの?」
「何の用だい。」
アダムが訪ねた。
剣呑な目で、男を見ながら台の上で座っている。
じろりと。
睨んでいる調子に近い視線を向けているのはこの男が怪しいから。
そういう意味もある。
しかし、それだけではない。
どこかで見たような―――――
「あら?アララ?そういや、どっかで見たことのある顔じゃん」
わざとらしく言ったのは男であった。
つるつるの、髪の毛一本ない頭をこりこりとかきながら言った。
その間にアダムが立ち上がる。
ほかの門下生たちもやにわにざわつき始める。
「きみ、あれだよね?昔テキサスでストリートファイトやってた――――」
「何の用だって聞いてるんだ」
「そんな怖い顔しなくたっていいじゃないか。」
男がおどけた調子で言った。
「いやでもするさ。
アンタが合衆国でも、こっちでも有名なサイコ野郎――――死刑囚、スペックだからな。」
アダムの言葉に周囲が一層ざわついた。
―――死刑囚?
―――あのちょっと前に脱走した…
―――スペック!!スペックだ!!
スペックであった。
「クスクス…有名人ってのも困りものだなァ」
「だから何の用だって聞いてんだよホ●野郎。」
「試合さ。」
「―――――」
アダムは黙っている。
「結構やってるんだろう?
「――――」
「最近ダークウェブで見たよ。ケンガン?ってのに出てるらしいじゃないか。」
「出てるぜ」
「そういう試合を俺にやらせてくれって言ってるんだよ」
「試合を?」
「まあそういうことだわなあ…」
スペックは首だけ動かしてちらりと道場の中を見渡した。
彼の見立てでは、他の門下生と比べてもアダムの強さは頭一つ抜けているように見えた。
自身という不審人物が入ってきているにも関わらず、この場はアダムに任せよう。
彼ならなんとかしてくれる。
そういう空気が漂っていた。
「アダム君、よほど強いんだ」
「かなり、つええよ」
アダム本人が笑って言い返した。
その顔を見ていたスペックが口元を手で押さえて下を向いた。
下を向いて、クスクスと笑った。
「いいねえ」
笑いながら言った。
「実にいいじゃないか、ボウヤ」
「――――」
「ここって、総合格闘のジムなんだろう?」
「ああ」
「ちょっと興味出てきたぜ、それ」
「――――」
「拳願試合じゃなくていいや。ボウヤ。ちょっとわたしとやってみないかい?」
「――――いいぜ」
道場が、ざわついた。
「グローブはあるかい?」
アダムが、スペックから目を離さないまま背後に声をかけた。
「あります」
道場の若手が答えた。
すぐにその若手がオープンフィンガーグローブを出してきた。
全部で四つ。二人分だ。
はめた時指先が出るようになっているグローブである。
「あそこでやろう」
アダムが親指で背後を指さした。
四方を柱で囲まれた台座――――リングだ。
「いいよ――――けど、それはいらないな」
スペックは快諾したが、若手の持ってきたグローブの受け取りを拒否した。
アダムが首をかしげる。
「何故だ?」
「だって――――ボウヤ、アンタいつも拳願試合ではめてんのかい?」
「いいや」
「ホラ」
「――――」
「だったら、いらないさ」
「へえ」
「だからさ、それ悪いんだけど――――」
「―――じゃあ、おれもいらねえや」
「へえ」
「おい、返して―――――」
そう言って、アダムが若手の方に振り向いた。
その瞬間だった。
「シュッ」
呼気と共に、スペックがいきなり蹴った。
右の蹴りだ。
どん!!
そういう音がした。
強烈な蹴りである。
上手い蹴りではない。
自己流と言っていい。
ただ、ほとんど動きに予備動作がなかった。
アダムが背を向けた瞬間、その頭部に向って思いっきり足を出していたのだ。
空手やキックのセオリーにない蹴りであった。
その蹴りがいま――――
「――――――――焦んなよ、早漏野郎。」
「ホッ♡」
アダムの右の掌で止められていた。
背を向けたまま、後頭部に手をかざしスペックの蹴りを掌で受けていたのだ。
スペックは感心していた。
「やるじゃん」
自身の不意打ちを止めたこともそうだが、よろめきすらしないことに感心していた。
スペックの今までの経験上、背後からけりこめば大抵の相手はダウンした。
ダウンしなくても、最低バランスを崩すくらいのことはした。
そこから一気に決め切る――――そういう算段であった。
しかし、この男は耐えた。
耐えたというか、バランスを崩すそぶりすら見せなかった。
まるで、背中に一本の強力な鉄柱が入っているような――――そういうイメージがスペックの脳裏に浮かんだのだ。
「俺を誰だと思ってやがる?
こんなファッキンキックじゃあ、おねんねする気にもならねえぜ」
言いながら、アダムが足を思いっきり後ろに出した。
十分な威力を持った左の後ろ蹴りであった。
スペックはそれに対してかわすことはしなかった。
「――――――いいね」
ただ、右手を出した。
右手をアダムの左脚に沿わせた。
それだけで、アダムの左足は軌道をそらし。
スペックの身体に当たることなく地面に落ちた。
その隙をスペックが攻撃しようとして―――やめた。
「よっと」
アダムが右脚を軸に左方向に回転する。
回転することで、アダムはスペックの正面を向き――――足の位置も、正常の構えの位置に戻す。
派手に動いてはいるものの、体幹が全くずれていない。
ずれていないがゆえに、隙が無かったのだ。
すさまじいバランス感覚である。
「リングに上がる必要はねえな」
アダムが金歯を剥きながら笑った。
合わせてスペックも笑った。
「今まさに
アダムが言った。
「いや、
「What!?」
混乱するアダムに、スペックは笑いながら背を向けた。
背を見せて、さっきまでアダムがトレーニングをしていたベンチプレス台に目を向けた。
目を向けた後、
「アダムくん、すまんね。」
思いっきり振り返った。
アダムがさきほど見せた軸を中心にした回転よりも速く、鋭く振り向いた。
そして振り向きながら
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!?????」
「やっぱり、君を殺すことにしちゃった♡」
片手で持ったベンチプレス台を、アダムの頭頂部に思いっきりぶつけたのだった。
アダムがふらつく。
―――――やろうッッッ
―――――くそが
―――――ぶっ殺してやる
思い思いの。
しかし、皆一様に殺意をこめた言葉を発しながら、道場生達がスペックにとびかかった。
壁際で見ていたものも、リングの上で見ていたものも、シャドーを行っていたものも。
我がアダムの仇を討たんととびかかった。
それを見て、スペックは笑った。
瞳がぐるん動いて白目になると共に、目じりが思いっきり下がり、逆V字の形になった。
同時に口角を思いっきり吊り上がらせた。
悪魔的な笑みだ。
人間ができる表情とは思えなかった。
殺戮の悪魔が下界に降り立ち、愉悦のために暴虐の限りを尽くすとしたらこういう顔をするのだろう。
そういう貌をしていた。
「―――――♪」
その顔のままスペックは片手でベンチプレス台を振り回した。
タオルのように軽々と、前後左右に八の字に振り回した。
「がっっ」
「いでええッッ!!」
「うわああああ!!!」
「…ッッッ!!!」
腕に当たったものは腕が折れ。
脚に当たったものは足から骨が飛びだし。
顎に当たったものは歯がぶっ飛び、関節が外れたりした。
壁まで吹っ飛んだり、地面にそのまま転がったりした。
「あ…そういえば」
脚の部分しか残っていない台座を放り投げた後、スペックは明後日の方向に視線をうつす。
自身の足元に転がった道場生の頭をぐちゃりと踏みつぶしながら、何かを思い出すように言った。
「FUCKッッ!!!!」
震える視界も収まらぬまま、アダムが腕を振る。
豪快な右のフックだ。
スペックはそれを、顔だけそらすことで回避する。
「中華マンジュウ。その辺のコンビニで買ってきたの忘れてた。
食うかい?」
「Damn it!!!!」
右。かわす。
左。かがんでよける。
右。空を切る。
アダムが繰り出すパンチのことごとくを避けながら、後ろ手にコンビニ袋を取り出した。
「オイオイ。人の親切は素直に受け取るもんだぜ。」
取り出したコンビニ袋を、アダムにぶつけた。
軽く、ふわりとした投げつけであった。
ダメージを与えることが目的ではない。
一瞬でも手を使わせることができればいい。
そういう目的の投擲であった。
少なくとも、アダムはそう思った。
思ったからこそ、サイドステップでかわした。
「冷めないうちにな♡」
かわしたところで、構えた左腕に何かがぶつかって来た。
――――硬。
アダムが最初に感じた事はそれであった。
(左ッ
重ッ
響ッ
飛ッ
痛ッ
折ッッ
――――――FUCK!!!!!)
次には重いとか、響くとか、痛いとか一瞬であらゆる文字が脳裏をよぎった。
実際にこういう文字を考えたわけではない。
反射である。
反射的にさまざまな思考が脳裏をかけぬけて、アダムは地面と水平に吹っ飛ばされた。
折れたことは即理解できた。
飛んでいる最中に理解できた。
左腕が、見たこともない方向に曲がっているからだ。
壁と激突した時、自身の腕が折れた理由が嫌でも理解できた。
バーベルだ。
あいつが今手に持っているバーベル。
さっき、おれが使っていたあれだ。
200キロのバーベルだ。
そこまでは理解できた。
しかし、おれが持ち上げるだけで精いっぱいのあれを振り回したというのか。
普通の人間であれば持ち上げるどころか、片づけることすらままならないアレを横薙ぎにぶん回したのか。
――――
驚愕のまま壁に折れていない方の手をつき、立ち上がろうとした。
立ち上がろうとして、崩れ落ちた。
(
立て!!立ちやがれ!!!
言う事を聞きやがれッッ!!!)
そんなアダムの様子を見て、スペックは笑っていた。
さっきの貌のまま、にこやかに笑っていた。
しかし、その手にもうバーベルはない。
別の何かが握られていた。
「アダムくん。君は―――」
「――――――ハアッ!!ハアッ!!!」
「――――――ダンベル何キロ持てる?」
握られていた何かが――――鉄の塊が、立ち上がったアダムの顔面に直撃した。
「――――――ッッ」
自分の意志に反して顔がのけ反る。
スペックがダンベルをアダムに投擲しながら、楽し気に歌う。
実に、楽しそうに歌っていた。
「お願いマッスゥ~めっちゃ●テたい~~~~♪」
「――――――――――――」
10キロのダンベルが頬にめりこむ。
頸の筋肉がきしむ。
「お願いマッスゥ~めっちゃ●せたい~~~YES♪」
「――――――――――――」
「お願いマッスゥ~めっちゃ●テたい~~~~なら筋肉にお願いだッ♡」
15キロのダンベルが口に直撃する。
金の歯が飛ぶ。
「レッグカール♪
ハックリフト♪
泣く子も黙る大腿●ッ♡」
脚に鉄の円盤が突き刺さる。
「バックプレス♪
サイドレイズ♪
肩にちっちゃい重●のせてんのかーいッ♡♡」
肩に。胸に。ガードした腕に。手にしたダンベルが暴力的にぶつけられる。
アダムが横にぐらりと転げ、うつぶせになる。
「ベントオーバー♪
ラットプルダウン♪
背中に鬼神が宿っ…ちゃいねェな♡」
200キロのバーベルが背中にたたきつけられる。
一回。
二回。
三回。
ビクンとアダムの身体が跳ねる。
「仕上がってるよ♪仕上がってるよ♪」
撥ねて、もう一度振り下ろそうとしたところでスペックの眼が見開かれた。
戦闘不能と思われたアダムの肉体が跳ね上がり、そのまま右の拳を振りかぶって来たのだ。
「
バーベルを両手で持ち、今まさに振り下ろさんとするスペックに回避する手段はない。
ぼこりと盛り上がったアダムの右腕の筋肉が、今まさに復讐を果たさんとスペックの顔面に迫っていた。
どぐん。
重い音がした。
肉に肉がめりこむ音だ。
直撃した。
確かに、スペックの左頬にアダムの右拳がヒットしている。
しかしアダムの脳内で現れたイメージは、現実とは全く異なる。
岩だ。
何百年も前からあるような、巨大な苔むした岩に拳を打ち込んでいるような。
そういうイメージが脳裏を疾り抜けた。
同時に、激痛がアダムの顔面と頭部に襲い掛かって来た。
何が起こったのか。
凄まじい力がアダムの頭部を圧迫してきたのだ。
顔をつかまれた。
スペックの30センチを超える巨大な掌がアダムの顔面を圧迫している。
とてつもない力だ。
「~~~~~~~~~~~ッッッ」
両手でつかんで引きはがそうとするが、びくともしない。
呼吸もできない。
スペックの手の隙間からかぼそい息をするだけだ。
それを見たスペックは嗤った。
嗤ったまま、アダムを右手一本で持ち上げて
「頑張るあなたは美しいッ♡」
後頭部から壁にたたきつけた。
衝撃の余波でコンクリート製の壁にクレーターができる。
ぐったりとしたアダムを見て、スペックは更に笑いを深めた後、
「マッチョアネー●ッ♪」
壁にアダムをたたきつけた。
「イッツマイ三角●~~~~♪」
幾度も。
幾度も。
「―――――――――――」
アダムが完全にこと切れ、全身の穴という穴から血を流しているのを見た所で
「ンフ♡」
満足し、片手でアダムをリングに放り投げた。
そして自身もリングに上がり。
ロープに上半身をもたれかけながら、道行く人を笑顔で観察していた―――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「敵…ねえ」
「ここまでやった上でそんなこと言っちゃってさあ…
ただで帰れると思うわけ?」
暮石がにらむ。
コスモもにらみつつ構えた。
腰を落とし前傾姿勢になり、手を胸の下に添えたいつもの構えだ。
「イイヤ、帰レルサ。今日ノトコロハナ。」
そう言いながらアダムをの髪の毛をつかんで右手一本で引きずり起こす。
アダムの状態は傍目から見てもひどいものであった。
眼がぐるんと白目を剥き意識がない。
腕があらぬ方向に曲がっている。
骨が皮膚を破って突き出ているところもある。
何より身体中のあらゆるところが紫とか黒にうっ血していた。
アダムが白色人種ではなく、もともとこういう肌の色をしていたんじゃないかと思えるくらいであった。
まともな肌の色のところはほとんどない。
そのアダムを、スペックはぶん投げた。
リングの上から、コスモに向って思いっきり。
「何――――!!??」
ぶちぶちと頭皮と髪の毛が破れた音と共に、100キロを超す肉の塊がコスモに肉薄する。
「コスモッッ!!!!」
暮石が叫ぶ。
「だ、だいじょう―――――――」
コスモは無事であった。
尻もちはついたものの、なんとかアダムを無事キャッチすることに成功はした。
しかし、大丈夫と言い終えることができなかった。
「ぐはッ!!!??」
「ハハハハハハハハハッッッ!!!!!!!!!!!!!」
スペックが一足でリングを飛び越え、アダムとコスモの上に飛び乗ったからだ。
そして飛び乗った二人を踏み台に再び飛び上がり―――――
「ジャーナボウヤ!!!!!!!!!!!!!
ハハハハハハハハハハ!!!!!!」
暮石道場の天井を突きやぶって、屋外に姿を消した。
「コスモッッ!!!無事かッッ!!!??」
「無事だよ…それよりもさ、師匠。」
アダムを床にそっと下ろしながら、携帯を取り出す。
アダムは死んではいないが、急を要する状態である。
スマホのキーパッド画面を出し119番を入力しながら、コスモは暮石に尋ねた。
暗い、ぞっとするような瞳であった。
「徳川さんってさあ。頼めば戦いたい相手と戦えるんだよね。」
「―――――――ああ、闘える。」
「俺さ、対抗戦出ることにするよ。相手は―――――わかるよね?」
―――――――――――対抗戦第二『死合』
スペックVS今井コスモ。
ここに決定。
コスモ、切れた!!
誤字脱字報告、感想等お待ちしております。