阿修羅の牙   作:ダブルM

2 / 16
本部、相撲編でまたでないかな


第二話 武

 

トーナメントが終って半年―――

“超人”理人、もとい中田一郎は岐阜県に居た。

場所は飛騨。ふもとからは遠く離れたアルプスの山中である。

 

その山中で一郎は修行をしていた。

荒く、手入れのされていないそのままの丸太を『素手』で削り、

仏像を彫るというものである。

 

(…この修行、何の役に立つんだ?)

 

いわゆる山籠もりの修行であった。

 

(でもオッサンがやってるんだ。無意味なことじゃねえよな。

…多分。)

 

「…」

 

理人の横で黙々と、目にも止まらぬ速さで突きを繰り出し丸太から仏像を彫り出している男がいる。

黒い道着に、無造作に生えた黒い髪と髭。

黒木玄斎

この男に手痛い敗北を喫して以降、一郎はこうして半ば強引に黒木の元を訪れては共に修行をしていた。

 

黒木は弟子入りを認めているわけではないが、突き放すわけでもなく、勝手についてくる分には構わないというスタンスで一郎の同行を許していた。

 

半ば強引に、しかし妙に人懐っこくかわいげのある一郎に黒木は声をかけたり教えたりした。教えるといっても黒木の『怪腕流』ではない。心構えや体の動かし方等である。

金はとらない。無料で教えた。

気が向いたり一郎が悩んでいたりすれば声をかけ、そうでないときは己の修行をしている。

 

黒木の修行――練習はスパーリングパートナーを置かない。

そういうパートナーが居なくてもよいから置かないのか。それとも務まる相手が居ないから置かないのか。一郎にはわからなかったが、独りで修行を行っている。

内容も様々だ。

滝に打たれることもあった。

周囲に火をつけ三日間眠らずに立ちっぱなしで念仏を唱えることもあった。

今回のように材木を素手で削り取り何かを作ることもあった。

 

そうかと思えば、相手が眼前に居るかのような動きをすることもあった。

ボクシングでいう所のシャドーに近いが、一郎がみた黒木のそれはまるで別次元だった。

相手が目の前に『現れる』のである。

ホルスターを見ると、そこに入るモノの形がわかるように。何もない空間に見えてくるのだ。そのあまりの完成度に、一郎には世界ランクのボクサーが行うシャドーですら、健康体操か何かに思えてきたほどであった。

異次元の修行を垣間見た後、夜になると一郎が炊事を勝手に行い、酒も勝手に勧めるので黒木もそれを拒むことなく付き合う。

 

拳願試合最強の男の修行に付き合い、自身のレベルアップを図ることができる一郎としては充実した日々であると言っていい。その日々に変化をもたらしたのは一人の男の出現であった。

 

ある日のことであった。

桜の花びらが舞う頃。一郎が美的センスのかけらもない、ヘッタクソな仏像らしきものを丸太から素手で掘り出している時、呼びかけられた。

 

「一郎」

 

黒木幻斎である。手を止め、そちらを見ると黒木は背を向けてただ一言だけ言い放った。

 

「ついてこい」

「お、おう」

 

背を向け、どこにいくのかも告げずに歩き出す黒木。

珍しいことではない。口数の多い男ではないので、何か用事がある際も必要最小限しか告げない。こういうことはしばしばあったので、一郎も特に理由を聞くことなくついていくことがままあった。

「一郎」

「なんだい、オッサン?」

「以前お前に言ったことを覚えているか」

「……?」

「『お前は圧倒的に経験が足りない』」

「あーーー。あれね。覚えてるよ、うん。」

 

一瞬間を置いたのち、黒木が続ける。

 

「…強くなりたければ『見ろ』。誰の戦いを見ようとも自由だ。」

「おう!それは覚えてるぜ!!だからこうやって…」

「だから、これから起こる戦いを見るのも見ないのも、お前の自由だ。」

 

そういって黒木が足を止めたところで、一郎は目を見開いた。

 

異様な空間だった。

ぽっかりと開いた空間に、木だけで組み立てられた小屋がある。

宿泊用のそれとは違い、人ひとりがかろうじて寝泊りできる程度の大きさしかない。

それだけならば人嫌いの猟師が小屋でも建てたのかと思う所だろう。

事実、一郎も最初はそう思いかけていたが、周りに立ち並ぶモノを見て考えを改めた。

 

(木偶人形に、巻き藁…しかも刺さってんのは…苦無?

忍者でも住んでるってのか?話の流れからして師匠が戦うんだろうけど…)

 

それだけではない。

マキビシのようなもの、木に突き刺さった小太刀、鎌に手裏剣。

拳願会の闘技者として荒事には慣れている。

慣れているが、さすがに手裏剣みたいなものはTVでしか見たことがない。そんなものがところかしこに転がっているのだ。

 

(一体どんなやつが出てくるんだ?!)

 

雑に放り投げた武器と共に捨てられているタバコの吸い殻に嫌悪感を示したところで、一郎は小屋の横の大きな桜に目が止まった。

満開の桜であった。このあたりで桜が咲くのはちょうど4月の半ばちょうどこのころである。

その桜の木の陰から一人の男が現れた。

「『レア映像』だ。」

 

(こいつが????)

 

一郎から見たその男の第1印象は、間違いなく良くなかった。

ざんばらで白髪交じりの総髪。

顔には濃く無精ひげが浮かんでいる。

背もあまり大きくなく、茶色のジャケットに見ただけで安物とわかるシャツに使い古したジーンズ。

見た目はどう見ても冴えない中年そのものであった。

この格好で公園にでも居ようものなら間違いなくホームレスと疑われるであろう。

 

「弟子を連れる黒木幻斎。

話には聞いていたが、実際にこうしてみると…なかなか」

「弟子入りを認めたつもりはないがな」

 

混乱する一郎をよそに黒木と男はお互い歩み寄っていき、迷いなく手を交わした。

「息災の様だな、本部以蔵。」

「どうも黒木さん、お久しぶりです。そして君が弟子の一郎さんだな」

「ア…どうも…」

(こんなやつがホントに強いのか?!)

 

迷いながらも握手をする一郎に、手を離した後本部はクスリと笑みを浮かべる。

 

「驚いたかい?」

「え?」

「あの拳願試合トーナメントを制した師匠の相手が。

こんな冴えない中年でさ。」

「ア…いや、その…」

 

心中をずばり言い当てられた一郎は何と言っていいのかわからない表情をした。

図星なだけに、面と向かっては言いにくい、という感じの一郎に師匠は苦笑いのため息をついた。

 

「まだまだ観察が足りんな。」

「え?」

「フフ…」

 

一郎が黒木の元に目をそらした瞬間。一瞬きらめいた何かが自身のほほをかすめ飛んでいき

 

「………ッッッ!?」

 

数メートル背後の木に突き刺さった。

 

「――――本部以蔵。拳願会にも煉獄にも、どこにも属さず。

『超実戦』柔術を極めた男だ。徒手だけでなく、あらゆる武器に精通しているこの男に勝てるものは闘技者でもほとんどいるまい。」

「すまないね。隙だらけなのでついからかってみた。」

「苦無、手裏剣。小太刀一振りに仕込み武器数種。ジャケットには少なく見積もってもこれくらいか。」

「さすが…」

(武器の種類までわかんのかよ…)

 

一郎が師の洞察力に驚き言葉も出ない間に、本部はポケットから取り出した煙草に火をつける。

ゆっくりと紫煙を吐き出しながら、黒木の方を向いた。

 

「さて…武術家二人、お喋りばかりっていうのもね…

そろそろ闘りましょう。」

「うむ。」

 

言うと同時に、黒木はゆっくりと構える。左手左足を前にして拳を開き。

半身になったいつもの構えだ。本部以蔵はいまだタバコを咥え、左手をポケットに入れたままなんの構えも取っていない。

 

「ルールは…やりながら決めますか。」

 

言うが否か、本部が何か動いた。少なくとも一郎には何をしたかわからなかったし、何が起こったかもすぐには理解できなかった

 

――――――――――――――――ちゅどッッ

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!????」

 

 

 

 

――――その当時のことを、中田一郎は後にこう語る。

 

いや、もうほんとにいきなりだったよ。

ちゅどッ、って。すんげー音がしたぜ。一緒に白い煙がグワーッとあがってさ。

あらゆる武器を使えるって言ってもいきなり爆薬使うとはおもわねーじゃん。

 

だから面喰っちまって声が出なかったよ、俺は。

いや、俺だけじゃねーと思う。拳願試合出てるような連中でも普通はああなると動けないと思うわ。

でも、そこはさすがっていうのかな。

 

「…」

 

オッサンはすぐ飛び出してきたよ。本部さんも。爆発と同時位かな。

二人の間の距離は5メートルかそこらくらいだったような気がする。

でさ、すぐに本部さんが上着から何かを取り出したんだよ。俺はちょっと遠い所から見てたんですぐにはわかんなかったけど、多分あれ手裏剣じゃねーかな?

 

ん?おう、そうだ、あの手裏剣だ。忍者とかがよく使うアレだよ。

しかもあれをさ、オッサンがガンガン叩き落としながら近づいていくんだよ。手裏剣だぜ?色んな方向にとんがってるあれを、平面の部分だけ狙って叩き落してんの。アンタ、信じられるかい?ハエじゃああるまいのにさ。

 

ありえねーってのは俺も思ってたけど、現にオッサンは近づいてくんだよ。んで3mくらいかな。そのあたりになった時にしかけたんだよ。

 

「ヌン!!」

 

そう、魔槍だよ。あー、魔槍ってのはあれだ。平たく言うと『突き』だよ。

オッサンのやる『怪腕流』ってのは部位鍛錬が半端なくてさ。巻き藁、砂鉄、鉄砂掌、結んだ竹…そういうもんに日がな一日突きをかますらしいぜ。脱臼しようが折れようが続けた果てに、槍と化した四肢が手に入る…って言ってたな。

俺もピンチ力や切り裂きには自信あるんだけど、アレはちょっと次元が…

 

当たったかって?ハハ。アンタ気が早いな。

 

「拳願トーナメント覇者…素手でやりあうにはちと荷が重い。」

「小太刀か。」

 

止めたよ。本部さんが小太刀を、こう逆手で持って魔槍の軌道上に置いてっからさ。

そうなると迂闊にオッサンも踏み込めねーから構えなおしてよ。膠着状態さ。

どうなったかって?まあまあ、焦んなよ。

 

「フフ…こういう緊張感も悪くねェが…一郎君も見ていることだし――――なッ」

 

そっからは本部さんが仕掛けたさ。こう、地面を蹴って土と石を目つぶしみてーにさ。

 

「小細工に窮したか、本部」

 

ああ。もちろんオッサンにゃ通じねーさ。つっても目開けたまんま微動だにしなかったのは驚いたけどよ。今思うと手で弾かなかったのも、読んでたんだろうな。

 

「ハナから真面目に闘る気はねェよ」

 

そのままぶん投げられた小太刀を即キャッチしたからな。どこまで先を読んでんだよって思ったけどよ。

 

「ッッ!?」

「だから、こういうのも使用(つかう)

 

本部さんもそれを読んでたみたいでな。オッサンが小太刀をキャッチした右手。そこに鎖がぐるぐる巻きになってたぜ。鎖分銅っつーんだっけ?鎖のさきに重しみたいなのがついてる武器。いつ取り出したのかもわっかんねーけど、あれを巻き付けてたんだわ。

だけど、オッサンの反応も早かった。

 

飛び出してんだよ。あのまま引っ張られて体制崩されるくらいならさっさと前に出て殴ろうって考えだろうな。多分俺もそうしたよ。

ああ、刀?捨ててたぜ。前に出る前にさ。

使えばいいじゃんと俺も思ったんだけど、『慣れぬ刀を手にすると、人はそれしか使わなくなる。武芸百般の男にそれは愚行としか言いようがない。』だってよ。

 

話がそれちまったな。オッサンが前に出た。そう感じた瞬間本部さんも迷いなく鎖を手放したよ。んで向ってくる師匠相手に『突いた』んだ

 

「手槍か。扱えるのか?」

「それなりに…だから、使用(つかう)ッ!!」

 

何て言うのかな…余裕があったよ、オッサンには。いや、確かにはええんだよ、本部さんの槍は。でも…なんていうのかな。焦りみたいなのがなかったんだ。オッサンには。

一発二発かわしたところで、もう手で捌き始めてさ。『見切った』と言わんばかりだったぜ。

はたき落としたところで、またオッサンが攻めた。ああ、魔槍だ。

だけど、本部さんはそれすらも読んでいた。

 

「!?」

「一発…ここは突くでも切るでもなく…」

 

い~~い音がしたよ、どうってな。俺ら闘技者には聞きなれた、重いミドルが入った音だ。

いつの間にか槍を手放した本部さんが蹴りぃ、入れてたんだよな。

体制の崩れた師匠にダメ押しの蹴りを放とうとした瞬間だった。

 

「けっとば…ッッ!?」

「見事なり、本部以蔵」

 

刺さってたよ。右の肩辺りのあたりに、ザクっと。魔槍がな。

 

「しかし不用意が過ぎたな。この黒木に対し徒手で挑むという行為がどれほど危険か。

知らぬ貴様ではあるまい。」

「~~~~~~~~~~ッッッ!!」

 

やっちまったみないな顔でさ、相当焦ってたよ本部さん。まさかこれが読まれるとは、みたいな感じでな。急いであの人は距離を取ったんだけど、師匠はそれを追わなかった。

なんでかって?そりゃアンタ―――

 

「…ここまでだな」

「ああ。ここまでだな。これ以上は――――そう、見せるものじゃあない」

 

――――決着だからよ。

 

 

―――――――――――――――――――

 

「すいませんでしたァッッッ!!!」

 

 

終って早々、本部の元に駆け付け頭を下げる一郎。

 

「ン…?」

「オレ…さっきは本部さんに――――」

 

見誤っていた。本部の風貌と年齢に目を取られ侮っていた。

そう謝ろうとした一郎を本部は笑いながら遮った。

 

「――――大丈夫だ、一郎君。

こいつに師匠の相手はムリ!!!正常な判断だ。」

「…え?」

「…」

 

驚き見つめ返す一郎を、黒木は黙ってみていた。

 

「黒木幻斎といえばあれだ。拳願トーナメントの覇者。武の体現。

言っちまえば新時代の王だ。

その相手がこんな冴えない。

こんなよくわからない。

こんな小さい中年が挑む。そりゃあ誰だってムリだと思うわな。」

 

微笑みながら本部がタバコを取り出し、火をつける。

 

「黒木さんから話を聞いた時、ぴったりだと思ったよ。

いいモノは持っているが、経験が足りないので力量を見誤る癖があるとね。」

「…オッサン?」

「…さてな」

 

褒められてんだがそうでないんだか。微妙な表現をする本部に黒木の方を見るが、師は明後日の方を向く。

 

「『だから』俺がいい。そう思って黒木さんから持ち掛けられたこの試合、受けることにしたんだ。」

 

本部以蔵。金竜山に最大トーナメントで敗北を喫して以降、多くの闘技者からよくわからない扱いをされることが多かったが、黒木だけは見抜いていた。

本部以蔵の本筋は柔術というよりもそこから派生した武器術。すべてを使ってこその男だということを。

 

だからこそ、この本部との試合を見せるのが良いと思ったのだ。相手を過小評価せず力量を見誤らない。何を使われても対応する。そしてその対応の仕方。

そういった経験を付けるにはこの男との試合を見せることがベストだと黒木は考えたのだ。

 

「―――――燃えてきたぜ。」

 

一郎の脳裏にこみ上げてきたのは拳願試合だった。

勝った試合もあった。手痛い敗北を喫した試合もあった。だがどの試合も肉体のぎりぎり、精神のギリギリ。そこへ自分の肉体と精神を持って行った。

その濃厚な時間を、また体験したくなった。要するに、試合を見てたぎって来たのだ。

抑えきれない肉体と精神の猛りが一郎を突き動かす。

 

「オッサンッッ!!俺も闘りたくなってきたぜッ!!」

「そう思ってな…」

 

それを見て黒木はふっと笑い、一郎の背後にある桜の木――――正確には、その陰から出てきた男を見ながら言った。

 

「久我重明だ。」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。