阿修羅の牙   作:ダブルM

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第三話 黒

 

黒い男であった。

全身が黒い。黒い靴を履き、黒いズボンを履いていた。

黒いシャツを着て、そのボタンを一番上まできちんと止めていた。

ボタンの色まで黒い。

長い髪も黒かった。

鉄のような顔の皮膚も黒い。

何から何まで黒い男。

吐く息さえも黒く見える。

そういう男だった。

 

「……ッッ!!??黒木さん、アンタ…!?」

 

男は鋭く切れたような細い目で、焦ったように叫ぶ本部以蔵をじろりと一瞥する。

久我重明であった。

 

「本部以蔵…噂にたがわぬ武芸百般ぶり、見せてもらったよ。」

 

そういったその声までもが黒い。

 

「そういうアンタの噂も聞いているよ、暗器の重明」

「どんな噂だい?」

「大変危険な男らしい…『中』でもアンタのことを口に出すのはタブーだというくらいにね」

「クク…否定はせんよ」

 

久我重明は頷いた。

 

(こ、これはアレだ…ッ!!見ただけでわかる…ッッ)

 

曲がりなりにもこの何か月かを黒木と共に修行したからわかる。

この男は違う。自分が知っているどの闘技者とも違う。

大久保とも違うし、金田とも違うし、氷室とも違う。これまで戦った、誰とも違う―――

否、そうではない。

この久我重明の放つオ-ラと近い男を自分は知っているではないか。

加納アギト。

黒木幻斎。

 

この男が放つオーラはそれに似ている。圧倒的強者が放つ、危険で、悪魔的なオーラ。

以前の自分であったなら、このオーラを感じ取ることができなかっただろう。その差が理解らぬほどの実力差。そんな男に今の自分がどれだけできるのか。

 

(闘りてェ…ッ

今すぐこいつを引き裂きてェ…ッ!!)

 

獰猛な、それでいて甘く蠱惑的な誘惑が一郎を襲う。

闘ってみたいのだ。この男と。

力量差?勝つ?負ける?それが何だというのだ。

この男は闘いに来たんだろう?だったら――――

 

「黒木幻斎。」

 

久我重明が口を開いた。

 

「あんたんとこの坊や、何かやばい事を考えているらしいぜ。」

「考えてたら、いけないかよ?」

 

一郎が挑発するように、じりとにじみよる。

「いけなくはないさ…」

 

久我重明は何もしない。一郎の方を向きさえしない。

 

「だが…例えば。本日この場で坊やがオシャカになる—— それを承知してもらえるかな…黒木幻斎…」

 

また、一郎が半歩前に出る。もう間合いの手前だ。かなりぎりぎりのところまで来ている。それでも久我重明は動かない。黒木もまた、動かないまま久我重明に答えた。

 

「例えば…それは困るからやめてほしい―――そう言ったところで聞く耳を持つ久我重明とは思えんが」

 

クスリと、重明が笑った。

黒く、闇そのものに表情がついたような笑みだった。

 

「クク…弟子の稽古をつけてほしいと連絡もらった日には俺の事なんか忘れちまっているのかと思ったが」

 

重明が一郎の方を初めて向き半歩、距離を詰めた。

間合いだ。

重明は自ら死地に入って来たのだ。構えもなく、無造作なままに。

 

「来な、ぼうや。」

 

誘われている。

一郎はそう思った。

 

「開始ってるぜ」

「…死ぬなよ。一郎君」

 

挑発である。重明が明らかに自分を誘ったのだ。

本部の言葉など届かない。思ったときには、もう動いていた。

 

「シャアッ!!」

 

気合いと共に拳を繰り出した。

迷わずに、打つ。シンプルだが、力強い。

自然に伸びた右の拳であった。

一歩踏み込みながら右の拳を重明に打ち込む。完全に間合いだ。

 

(―――当たった!!)

 

そう思った。打った瞬間にそう思い込むほどのタイミングだった。

これを外すなんてことは闘技者をやってきた経験上ありえない。十鬼蛇にもオッサンにも当たる。そういうタイミングであった。

その拳が空を切った。

重明の姿がない。今その瞬間にまでいたはずの男がいない。

重明が居た空間に一郎の拳が伸びている。

空を打った拳を戻そうとしたとき、高くぞっとするような悲鳴が聞こえた。

それは紛れもなく一郎自身の口から出た悲鳴であった。

 

(え、えげつねェ~~~~~~~ッ)

 

武芸百般、なんでもありの本部でさえドン引きしてしまうような光景がそこにあった。

鼻だ。側面に出た久我重明の右手の人差し指が一郎の左の鼻の穴に深々と根元まで突き刺さっていたのだ。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

めちゃくちゃに一郎は手を振った。苦痛と予想外の攻撃で思考はない。ただ、狂ったように手を振り回した。

 

重明は冷静に。暴れる一郎を黒い鉄のような目で見ながらフック状にした人差し指をそのまま思いっきり引っ張った。これに耐えられる人間はいない。

どう、ともんどりうって倒れる。否、倒れかけたがかろうじてひざをついた。鼻血と涙を出しながらも顔を上げた一郎の顔に黒い革靴の甲が叩き込まれた。顔面に対する中段の回し蹴りである。

 

「グウッ!?」

 

それをたえた。のけぞった顔と同じように鼻血が噴水のごとく湧き上がる。反撃はできない。だが、王馬の阿修羅的な技巧による技と黒木の重厚な打撃をたたきつけられた経験のある一郎には耐えることができたのだ。

追撃をしようと迫る重明。

倒れずに立ち上がろうとするが、何かに引っかかる。

 

「!?」

 

髪だ。頭頂部付近の髪の毛が久我重明によってとらえられていた。

そのまま膝が顔面に叩き込まれる。

 

めじり、といやな音がした。

 

眼前が黒く染まる。もう一撃膝が入る。めじゅあっという血の入り混じった音が聞こえる。今度こそ一郎はあおむけに倒れた。

その顔面に重明の拳が撃ち込まれる。

 

(すげえな、このオッサン…)

 

気持ちのいいくらい手を抜かない攻撃であった。

 

(全然手ェ抜いてねえや…)

 

もう一度、拳が撃ち込まれる。

凄い衝撃だった。あの十鬼蛇や黒木の攻撃にはまだ『心』があったように感じる。

ふとそんなことさえ思った。

顔を踏みつけられた。頭蓋骨が歪んだかと思った。

 

踏みつける重明。その向こうに何かが見えた。

男だ。男が空に立っている。くせっけで撥ねた髪で、精悍な顔立ち。

ギリシャ彫刻のような肉体を持った男だった。

十鬼蛇王馬であった。

 

(――――こうでなくっちゃあ)

 

一郎は十鬼蛇のことを思い出していた。力の潮流を乱されて、顔面を踏みつけられた。

その十鬼蛇王馬が頭から血を流してこちらを見て笑っていた。

 

(―――――勝負ってのはこうでなくっちゃあ)

 

たまらぬ男であった。

そう思った瞬間、一郎の体が右に動いた。

 

「ほう?」

 

僅かに驚いたような声をあげ、踏みつけようとした足を止めた。

一郎の意識があることにも驚いたが、それ以上に驚いたのは自分の足から出た出血だ。

 

「…す、ハァ。す、げえな、アンタ」

 

一郎は重明から3メートルほど転がって離れた後、立ち上がった。

口の中に固いものがあった。折れた歯である。それを血と共に吐き出した。

よろめきながらも、その血を右手で拭う。右手には拭った血とは別に、血がついてた。

 

「―――3度。」

久我重明が出血する足を下ろし、つぶやいた。

 

「下段突きを二度。かかとでの踏みつけを一度。

これを耐え、かつ意識が残っているとはな。

巽さんのところの坊やよりはましにできているってことか。

それに―――」

 

ちらりと足を見る。足の脛が何かに削り取られたように肉がそげている。深くはそげていないが、それでもすぐに血が止まるほどの浅さでもなかった。

 

「――――ピンチ力か」

 

離れたところで本部以蔵がつぶやいた。

闘技者の中でも随一の身体能力を持つ一郎。中でもその指先の力――――ピンチ力は人間の域を超えている。断崖絶壁を登ることですら、一郎にとっては階段を歩くに等しい行為である。

そんな指先を持った男がそれを攻撃に使えばどうなるか。簡単に言えば肉を“こそぎ落とす”ことができるのである。

これこそが闘技者『超人』理人の必殺技、“こそげ落とす十指(レイザーズエッジ)”である。

 

「―――――――――――っしゃぁッッッ!!!!!!!」

 

咆哮と共に指を繰り出す。

完全に避けきれなかった重明の胸元が浅く切れる。

いける。そう踏んで前に出た一郎の顔面に何かが刺さる。

 

「グッ!?」

 

いいタイミングで重明の右ひじが顔面に入った。

鼻っ柱に思いっきり当たった。しかし、それだけのことだ。

構う事は無い。ひるみながらも右でレイザーズエッジを放つ。

だが、当たらない。当たる直前で右手が止まる。

 

「うまい。手首を抑えている。」

 

本部以蔵が見た所、重明は既に理解していた。ピンチ力による指先の攻撃は確かに脅威だ。

生半可な防御は逆に出血を生みこちらが不利になる。だが、その攻撃は“指先”だけでのものだ。

指さえ触れなければ意味がないし、こそげ落とすように使うためには腕を『振りかぶる』必要がある。距離と軌道の問題だ。さらに閉じた拳で攻撃すればこそげ落とせない。

当たりさえすれば。捉えさえすれば一郎の土俵である。

 

だが捉えられない。立て続けに攻撃をもらう。

みしり、とどこかの骨のきしむ音が聞こえた。

 

(久我重明ほどの男にもう同じ手は通用しまい。どうする、一郎)

 

黒木は腕を組みながら、一郎の様子をじっと見ていた

 

 

一郎の顔面にカウンターで拳が撃ち込まれる。2発か、3発。

それと同時にボディにも何かが撃ち込まれていた。膝なのか、拳なのか。

わからない。まるで見えない。

――――強い。と一郎は思った。恐ろしくつよい。

大久保よりも強いだろう。

多分十鬼蛇よりも強い。

恐らくは黒木ともそう変わらない。

だが、同時に思うこともあった。

 

(おんなじだ。)

 

黒木と初めて戦った時。その拳を撃ちこまれた時。

 

(オッサンと。戦った時とおんなじだ。)

 

―――――だったらいけるぜ!!

 

「それでいい。」

 

黒木が頷いた。同時に、鮮血が舞った。

 

「…驚いたな。」

 

久我重明が出血した右腕を見る。

かすっただけ。それだけだったが、確かにとらえたのだ。

しかもその手の形。先ほどまでのような平手ではなく、指を閉じた貫手である。

これはまさしく――――

 

「――――『魔槍』か」

 

『魔槍』だった。それはまさしく、黒木幻斎の代名詞である魔槍であった。

黒木のものと比べるとまだまだ粗削りな部分は多いが、日々木材を素手で削り出すことによって磨かれた貫手の技。それに一郎の指先の力が加わり、爆発的な破壊力を生む。

今までの経験が生きた瞬間だった。

 

(―――ありがとよ、オッサン)

 

構える一郎。左手左足前の開手の構えだ。

これはまさしく師、黒木幻斎の構えであった。

重明はそれをじっと見た後、流れ出る血をなめとった。

 

「うれしいね、坊や。少しは楽しませてもらえそうだな―――」

 

血が止まる。それを見た瞬間一郎は前に出て、突いた。

魔槍だ。しかし重明がそれをかわす。ほんの一ミリか二ミリ。少しだけ後ろにずれることによってかわしていた。それと同時に一郎の耳が重明のつぶやきを捉える。

 

「腹」

 

なんのことか。そう聞こえた瞬間鋭い何かが腹部に突き刺さる。

激痛。呼吸ができなくなる。

多分前蹴りだと思った。

見えないから多分、としか思えなかった。

膝を突きそうになる。

こらえて前を向く。

 

「顔」

 

考えたわけではない。即座に腕を上げるが、顔面にパンチが突き刺さる。

右か、左かわからない。

もう一発入った。

負けるか。くそ。

もらいながら右の貫手を前に出す。

重明の左手がそれを流した。

 

「足」

 

ローだ。刃物が突き刺さったような感覚で、足にもらったことに気付く。

刺さってから切り返しざまに左手の貫手。

重明は体の中心軸をずらすことで最小限の回避を行う。

 

これは『予報』だ。一郎はそう思った。『打撃予報』なのだ。

黒木とも、王馬とも、誰とも違う。わかっていても防げない攻撃はこれが初めてであった。

だが、これならこれでやりようはある。

 

「顔」

 

重明はまだ構えをとっていない。そこからノーモーションで何かが伸びてきた。

撃たれた瞬間に右拳だと気づいた。

のけ反らず、そのまま左の貫手を返す。

右に体をそらしてかわされる

 

――――読んでいた。一郎はそう思った。

 

右の貫手を出す。魔槍のワンツーだ。狙いは重明の顔面。

確認してから左手で払われる。

 

―――――――――読んでいたッッッ!!!一郎は、笑った。

 

 

 

「あ、当たったッッ!!」

 

本部以蔵が吼えた。

『あの』久我重明の右掌が横一文字に深々と切り裂かれ、血が滴り落ちているのだ。

 

「おうよ。わかってきたぜ、あんた」

「…」

 

左の手に付着した血を払い落としながら言った。その手の形は貫手でもなく、平手でもなく、閉じられた拳であった。だが、握り方が今までと異なった。

正拳の握りから中指だけを突出させている。それは中高一本拳や、カーヴィングナックルと呼ばれる形であった。

 

(そうだ、一郎。指先の使い方次第で可能性は無限に広がる。)

 

黒木が口には出さずに賞賛する。

重明は当初、ワンツーからの左レイザーズエッジが来ることは読んでいた。

故に、掌の関節を指で押さえて切り裂きを防ごうとしていた。

だがその手の形が直前で切り替わったのだ。重明もこれには反応できず、開いた手の平を一郎の立てられた中指が切り取っていったのだ。

 

(い、一本拳かァ~~ッ!!!)

 

本部以蔵がその発想に驚き、同時に納得する

レイザーズエッジを読んで手を押さえようとする相手には一本拳で切り裂く。くしくもそれは、死刑囚・シコルスキーが好んで使った攻撃方法に酷似していた。

こうなると攻撃方法が特定しにくい。直前で貫手、一本拳、拳と変えられるとピンポイントでの防御が難しくなる。

かといって汎用的な防ぎ方をすればレイザーズエッジでこそげ落とされる。

 

「黒木幻斎」

 

重明が黒木幻斎を呼んだ。一郎から視線を外すことのないまま。

 

「弟子を取らないあんたが抱え込むこの坊や。

珍しいこともあるもんだと思って話に乗ってみたが…蓋を開ければなるほどという感じだ。」

「…」

「黒木幻斎の『怪腕流』を継ぐことのできる男。

要するに相当な秘蔵っ子ということだろう。」

「…」

「あんたとは古い付き合いだ。今までは壊さぬように手心を加えぬわけではなかったが…」

 

重明が動いた。

左手を開き、半身になり。

右手を引き、拳を握る。

構えたのだ。ここにきて、久我重明が初めて構えた。

 

「そうも言っておられんようだ。」

「もとよりそのつもりよ。」

(本気なのか黒木幻斎!!あの暗器の重明とまともにやらせるつもりなのか!?)

 

一郎はそれを見てにやりと笑った。

認められたうれしさ。

本気で来る怖さ。

伸びていく自分の力。様々な感情が入り混じるが、それでも顔に出たのは笑いだった。

 

「オラァッッッ!!!!」

 

咆哮一閃。右の魔槍を踏み込みと共に全力で突き出す。

重明が構えた状態で、左手で捌こうとする。

読んでいた一郎はそれを直前で停止()める。

開いた手を閉じ、中指を立てて手首を返す。魔槍読み防御に対するカーヴィングナックルだ。

重明の左手が赤く塗れる。

休ませる間もなく左のカーヴィングナックルを見舞う。

バックステップして避けようとするのは読んでいる。

途中で拳を開き、レイザーズエッジに切り替える。

関節一つ二つ分を読み間違え、重明の頬に赤い切込み線が入る。

更にもう一歩下がり距離を――――

 

(取ろうとするんだろう!?)

 

読んでいた一郎がここにきて蹴りを放つ。ワイルドな横蹴りだった。

空を蹴っていた。

同時に、ふぅっと。右の頬を風が撫でた。

まがまがしい風だ。

 

「ちぃっ!!!」

 

一郎は声をあげた。

次は拳だった。一本拳の裏拳を風を感じた方向に振る。

振ったその姿勢のまま、後ろから優しく顎に腕が回された。同時に反対の手が側頭部に添えられる。

がこん、と何かが鳴った。

正確には音はしていない。一郎の中で、そういう音が聞こえたのだ。

 

「~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!????」

「あ、顎を外したッッ!!」

 

下あごがゆりかごのようにぶらんぶらんと下がっている。

閉じようと思っても閉じられない。

顎に、横から何かがぶつかって来た。拳だ。

口の中が何か固いものが当たって切れる。

歯が折れた。

顎が気になるが、腹につま先がささる。

体が九の字になる。

頭が下がっている間に顎ははめた。

ハメて手がふさがっている瞬間にアッパーを入れられる。

これはかわせない。

 

のけ反った顔を戻そうとしたら、下半身で何かが爆発した。

得体のしれない温度の塊がそこで爆発した。

激痛が襲ってきたのはその次であった。

強烈だった。

耐えられるとか、耐えられないとか。そういう次元ではない。

圧倒的な痛み。

睾丸を蹴られたのだ。膝で。

 

「ぐうううううう」

 

悲鳴を堪えた。だが、痛い。

股間を押さえてうずくまろうとしたが、それも叶わなかった。

上段の回し蹴りが一郎の側頭部を襲う。ものすごい衝撃で、数メートル先の木に衝突する。

 

「ハァッ!!ハッ!!」

 

だが、一郎はこらえた。ぶつかりながらも、木を支えに立ち上がった。

余り思考はない。闘技者の本能のようなものが一郎を支えていた。

まだまだ。

これから。

強い。

このやろう。

そんな思いが、立ち上がった一郎の脳裏をほんの一瞬だけはしり抜ける。

しかし、それもほんの十分の一秒くらいだった。

すぐにそんなことを思ったことも忘れた。

久我重明だ。黒い男がもう眼の前にいる。

それがこの日の一郎の最後の記憶だった。

 

 

 

寄りかかった木と密着状態からの拳で人体を挟み込み、一気に肩から先を除いた全身17か所の関節をフル稼働させて突き刺す。

その衝撃は木で挟み込まれることによって逃げ場のない衝撃を臓腑に与え、心房にまで達する。いわゆる寸勁で、木にくし刺したことが、決着の一手となった。

 

「見事なり。久我重明。」

「…」

 

久我重明が突き刺した手を抜くと同時に、支えを失った一郎の体がどさりと地に倒れ伏す。

 

「大丈夫かッッ!!?一郎君ッッ!!」

 

本部が駆け寄り、脈を確認する。

どくん、どくんと、心房は特に異常もなく脈打っていた。命に別状はない。

 

「もう、十分に見せた。」

 

安堵する本部に、重明が背を向けながら声をかけた。

 

「黒木幻斎に本部以蔵。

この二人の前でこれ以上は見せられん。」

 

背を向け歩き出す重明だったが、そこでぴたりと止まる。

 

「黒木幻斎。―――次はアンタとかもな」

 

黒木もまた、その黒い背に向って答えた。

 

「いつでも来い。」

 

黒い背が再び歩き出し、少ししたら見えなくなった。

 

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