中華の片隅からこんにちは(完結)   作:笹倉

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兄に妹の生態は分からない

 政は、蓮伽という人間に誰より近しいのは、兄である自分だという自信がある。

 政にはよく分からない価値観を持ち、よく分からない世界に体半分置いて生きているような妹だし、時々妙な知識を持っているし、ヘンな生き物だなあ、と思うことも、実は儘あるけれど。

 ツッコんだり、呆れたり、半目になったり、チベットスナギツネみたいな顔になったりしながらも、政は確かに、蓮伽を大事な妹として愛している。

 

「なー、いい加減詳しく教えろよ! このままじゃ気になって落ち着かねぇよー!」

 

 首尾良く――と言っていいのか、山の民を味方につけた後、出撃の準備が整うまでを山で過ごすことになり。

 

 山の王との作戦会議を終え、何となく一人で出窓に座って夜闇に染まる山肌を眺めていれば、ずかずかとやって来た信が何度目になるかも分からない質問を投げてきた。

 

 信が聞いているのは、先日政が匂わせた、漂の生存のことである。

 ごつい兵士や見るからに荒くれの山の民から逃げるように、こそこそ信の後ろにくっついてきた河了貂も、気になるのか信を止める様子はない。

 

 身長差の大きい二人組をちらりと見て、政は素っ気なく告げた。

 

「以下略」

「その返答初めてだな!?」

 

 漂については確信があるわけではなく蓮伽の行動も読み切れない、なおかつ王弟派の暗殺者や王騎という不確定要素が多いために明言は避けあくまで可能性を告げただけなので、詳しくは蓮伽か漂本人と会ってからでないと無責任な希望を抱かせることに云々。

 今まで幾度となく繰り返された質問の数だけ返してきた説明にいい加減飽きて、政は妹がたまに使う言い回しをブン投げた。実際に使うのは初めてだが、確かに便利だなこの台詞。

 

「なあ、政ー! 確信がないっつったって、お前の妹が絡んでるんだろ? だったらいい感じに予想がつくんじゃねぇの?」

「お前は手綱もついていない暴れ馬で崖道走破できるのか」

「えっそこまで?」

 

 真顔の政に、信も真顔になった。確実に振り落とされて空中遊泳するオチである。墜落死付き。

 

「予想はできるが、それは充分に情報が出揃ってからの話だと言ったはずだ。今回はそれに該当せず、妹も不確定事項の多さを踏まえてか、あまり情報開示をしなかった。

 下手に推測しても予想を外すだけの危険は大きいし、何より今漂が生きていようといるまいと、俺たちの計画には恐らく関わりがない」

 

 ついでに、実はこれが最大の理由ではあるのだが、政は、蓮伽が漂の生死に介入し得ると考えた理由――彼女と漂の間で交わされた『賭け』について、信や河了貂に教えるつもりがない。

 賭けの内容を知っているのは、当事者である二人と、その場に居合わせた政と昌文君だけだ。

 

「つまり、実際に反乱を片付けて、妹様に直接話を聞かない限り、信は漂に会えないってことか?」

「再三言うが、漂が『本当に生きていれば』の話だぞ」

 

 あくまで推測ではあるが――もしも蓮伽が漂を匿っているとして、彼女が漂を再び表舞台に出すのは、この反乱に決着がついてからのことだ。

 その時、政が生きているか否かによって、漂の立ち位置も変わってくる――そういう内容の『賭け』だった。

 

「なんか、我が道を行く人だなあ……。政以外に誰か、妹様をうまく扱える奴っていないのか?」

 

 河了貂がそう聞いて、政は少し目を泳がせた。昔の記憶を少し漁って、ぼそりと言う。

 

「……蓮伽は、昌文君の言うことならそこそこ聞く」

「なんだ、暴れ馬な妹も、やっぱり兄貴の仲間は認めてるんだな」

「認めていなかったら、多分昌文君の人生を断頭していた」

「なんて?」

 

 唐突に激しい混乱に陥った信をよそに、政は遠い目をした。

 

 何年も前、昌文君が政の教育係に就いた頃。

 政が授業を受けるようになってしばらくしてから、蓮伽は昌文君の授業をちょこちょこ覗きに来るようになった。

 

 多分、人格を査定していたのだろう。

 三回目くらいで昌文君が蓮伽を部屋に招き入れ、政と並べて教えを与えるようになってから、蓮伽は昌文君を師と認めたようだった。

 最初こそ大人しいお姫様ぶっていた態度は七回目くらいで猫が剥がれ、昌文君は政に「よいですか殿下、おなごはみな生まれながらの女優です。ウッ、頭が……」などと言うようになったが、まあ、なんやかんや可愛い生徒と扱っていることは知っている。

 

 ちなみに、昌文君がたまたま領地の用事で三月ほど任を外れた時、代わりに入ってきた代理の教育係は、蓮伽が顔を出すようになってわずか十日で、庭で女官を襲おうとしてクビになった。

 趣味の悪い火遊びをするのに何故かわざわざ大貴族の後ろ盾のある女官を選んだこととか、犯行現場に人通りの多い庭を選んだこととか、その女官がたかが臨時の教育係に襲われかけて黙っているわけがない気の強さで知られる娘だったこととか、いろんな疑問が飛び交ったが、当時まだまだ足場の弱かった政は勿論殊勝に口を噤み、「惜しい教師をなくしました」と棒読みで言っただけだった。

 

 ちなみにその半年後、政と蓮伽を下等な舞妓の子供と舐めくさり、二人を騙して迷路のような古い地下通路に放り込み、行方不明に仕立て上げようとした血筋至上主義な高官がいたが、そいつはその三日後には城から消えていた。

 懐から太后の下着(スケスケのやつ)が出てきた瞬間を、運悪く政敵に発見されたらしい。政はその時もやっぱり棒読みで、「ありふれた悲劇だったのさ……一枚の下着に踊らされた、哀れな操り人形の、な……」とコメントした。

 

「やべー……城やべー……」

 

 高貴な美女を妻に迎える夢を持つ信が、高貴な美少女の振るう血みどろの鉈に全力で顔をひきつらせている。政はふっと息を吐き、苦笑してみせた。

 

「まあ、俺にとっては可愛い妹に変わりはないがな。蓮伽も色々あったんだ、あの子のアレは自己防衛も含んでいる」

「なんか妹に理解のある兄貴みたいなこと言ってるけど、お前もたいがいアレだからな」

「えっ」

 

 真顔でツッコまれて、今度は政が顔をひきつらせた。

 マジで? まさか自分、既に色々染まってた?

 

 お前もそう思うよな、という信の目と、まさか本当にそうなのか、と問うような政の目が、同時に河了貂に向く。

 理不尽な注目を受けた河了貂がビクッと肩を跳ねさせ、うろうろと目を泳がせた。

 

「……あー、えー、ええと、ええとその、そりゃ勿論ー……あ、そうだ、妹様って、王弟についてはどう思ってたんだ?」

 

 物凄くあからさまに話を逸らした。

 

 どっちにも応とは言いにくいです、と顔面にでかでか書いてある河了貂に、信が「逃げやがったな」と呟いた。

 大した意味のない話題だとは分かっていたが、流れる冷や汗がちょっと哀れだったので、政は乗ってやることにする。

 

「成蟜か。蓮伽は、別に成蟜を嫌ってはいない。むしろ、色々割り切ってもう少し大人になれば、いい男になるだろうと言っていた」

「意外と評価高いんだな」

 

 蓮伽と政を虐げる人間をざかざか排除している割に、その筆頭である成蟜を嫌ってはいないらしい。

 考えてみれば、成蟜はまだまだ子供だ。蓮伽が将来性を見出してもおかしくない――まあ、その成蟜に、今政は追い込まれているわけだが。

 

「あと、そうだな……『ベジータみある』と言っていた」

「なんて?」

 

 信は幾度目かも分からない混乱に襲われた。高貴な女ってみんなそうなの?

 

「秦にも趙にもそんな言葉はなかったはず、とは思うが……」

「なら、どこの言葉だ? ええと、ベジータミアル?」

 

 もしや山の民の、というような顔で、信が河了貂を見た。この中で唯一山の言葉を使える河了貂は眉を潜め、首を傾げる。

 

「似たような言葉は知ってる。椅子の角にぶつけてしまって肘が痛い、って意味だ」

「政の妹は、王弟を見ると椅子の角に肘をぶつけるのか?」

「だいぶ違う」

 

 政が控えめにツッコんだ。本当に控えめだった。

 

「蓮伽曰く、『初めは超強い敵として登場したけど、負けた後は対抗心を保ちつつもそのうちだんだん丸くなって、ついでに弱体化しつつ味方になる、嫁と我が子には甘い、額の広い男』の意だそうだ」

「弟、額広いのか?」

「まあそれなりに」

 

 説明が長かったせいか、信が拾ったのはラスト一言だけだったらしい。

 ツッコむのを諦めて、政は首肯した。

 

 

※※※

 

 

 ちなみにその頃、噂の王妹は、

 

「――それでね、彼らは無事に山小屋で夜を過ごして。

 でも、朝になって気付いたの。

 四つの隅がある四角い部屋で、四人の人間が角から角へ辿っていったなら、それが途切れずに続くはずがないんだって。

 四人目は必ず、『人のいない』隅に辿り着くはずなんだって――」

「あああああああああ!!」

「おやめください! 蓮伽様! もうおやめください!」

「もう雪山に行けないぃぃぃ!! うちの実家の裏山、すごく雪が積もるのにぃぃぃ!!」

 

 ささやかな八つ当たりを込めて、女官たちを怪談話でビビらせていた。


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