ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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手と手 手と手

海賊船で村に戻ったぼくたちを、港のそばというよりはそのなかに小屋を建てて

住んでいる、昔からの知り合いが出迎えた。シャークアイたちにとっては

それこそ彼らの時代、数百年以上前からの付き合いだった。

 

「おっ!今日はキーストンも一緒なんだ!親子三人揃っているのはやっぱりいいね」

 

ぼくのことをそう呼ぶのだから彼女も過去のコスタール出身だ。名前は『トレヴ』、

正式な名前は長すぎて覚えていない。ガマデウス・なんとかかんとかの何世だとか

そんな名前だ。コスタール大陸の魔物たちの長、ガマデウス一族の娘だった。

 

「相変わらず元気そうだな、お前も。まだ詐欺みたいな真似を続けているのか?」

 

「詐欺じゃないって。これは互いにとって利益になる協力関係と呼んでくれなきゃ」

 

緑色の髪をした、一見幼く見えるトレヴはいま、この村で神様のように扱われている。

フィッシュベルを魔物が襲ったときに全て返り討ちにしたことで皆の信頼を得て、

それからぼくたちが魔王を倒しに行く間にどううまくやったのかはわからないけれど、

大漁の神として崇められていた。彼女が満腹になるまで魚を食べさせたらそれ以上に

漁では網が千切れてしまうほど数えつくせない数の魚が獲れるという言い伝えが生まれた。

おそらくは最初の一回か二回だけ何かを仕込んで人々が信じるように仕向けたのだろう。

 

(まあ・・・みんなわかってて乗っているんだけどね)

 

村のみんなはすでにわかっている。トレヴは神ではない、ただの中途半端な生き方を

しているモンスター人間だということを。でもあまりにもおいしそうに魚を食べる

ものだからその顔が見たくて魚はもちろん畑の収穫やお菓子までも持っていく。

小さな体だというのも大人たちの人気を集めたのだろう。子どもや孫、ペットを

可愛がる感覚のようだ。モンスター人間は外見こそ若いが、実は数百歳数千歳という

例がほとんどのなかで彼女はぼくとそう年齢は変わらない。

 

「最初は驚いた。まさかお前にも会えるなんて。見た目が変わらずに齢を重ねると

 聞いていたがそうではなく、キーストンたちと旅の扉を通って移住していたとは」

 

「全てはあなたがいなくなった後だもの、取り残されるのも仕方がないわ」

 

「ふっふっふ、キーストンがアルスって呼ばれてるこの時代は平和だっていうし、

 食べ物もずっとおいしくなっている。引っ越して正解だった。でもその直後に

 あの偽の神と魔王の騒動だからね。なかなかうまくいかないよ」

 

コスタールに平和を取り戻し、現代に戻ろうとしたときトレヴはぼくたちと共に

行きたいと言った。彼女をその気にさせたのは洞窟での出会いの時だった。

 

 

 

『・・・ケロ?何だお前たち・・・コスタールの人間か?それともやつらか

 ホビット族に頼まれてここまで来たのか?』

 

『いや、違う。ぼくたちはあんな連中とは何の関わりもない。ただの旅人だ』

 

たまたまぼくの精神状態が荒れていた時期だったのが幸いだった。勝手にぼくを

シャークアイの息子だと決めつけるアニエスさんたちのことも、文句ばかりを

口にして自分たちは何もしないホビット族のこともうんざりしていたときだった。

だからこそ街の人々から虐げられこの洞窟の底まで逃げてきた彼女と話ができた。

 

『きみは人間じゃないな?かなりの強さを持っているはずだけど・・・』

 

『ケロロ、よくわかったね。ワタシの正体を一目で見抜いたのはこれまでシャークアイ

 だけだったのに。シャークがいた時はよかった。ワタシも街や城を自由に出入り

 できた。でも魔王軍が攻めてきてシャークがやられたら人間たちは急変したよ』

 

そのときの彼女は服はぼろぼろ、髪の毛もぼさぼさだった。歴史ある有力な魔族

ガマデウス一族の娘として人間たちとも友好的に生活していたというが、魔王軍に

よりコスタールが壊滅的な一撃を受けた後、仕方のないことではあるけれど

人間たちは魔王とは関係のない彼女を迫害した。この洞窟の奥にしか人間と

魔王軍の両方から逃れられる場所はなく、ひかりゴケをもそもそと食べていた。

 

『ワタシだって二人の親友、たっつんとシードラを殺されたんだ。でもやつらは

 聞く耳を持たずに・・・だからもしアルス、キミたちがあいつらの指示で何かを

 しに来たというのなら・・・・・・殺しちゃうところだったよ、ゲロリ』

 

実際は大灯台を上るためにひかりゴケを取って来いという話だっただけに

ほんの少し何かが狂えば戦闘になっていただろう。コスタール王やホビットの

長老に、もし変なやつが邪魔をしたら殺していいとも言われていた。仲間たちも

ここは慎重に事を進めようとしていたところでガボがひかりゴケに目をつけた。

 

『・・・ところで姉ちゃん、それ・・・うまいのか?ちょっとだけわけてくれよ』

 

『う~ん・・・どれだけ食べても生えてくるしまあいいか。あげるよ』

 

『ありがとうな、どれどれ・・・・・・オエ—————ッ!!』

 

お腹を壊すとアイラから忠告されたのに無視した代償は重かった。ガボはその場で

胃の中のものを残らず吐き出して悶絶、そのまま気絶してしまった。あまりの

まずさだったようで、しばらく意識は戻らなかった。

 

『・・・・・・こんなものを毎日食べているのか!きみの舌はどうなっているんだ?』

 

『最初はワタシも嫌な味だと思った、でもほかに食べ物もないからね。だんだん

 慣れてきたよ。ところで・・・このコケが欲しくて来たんなら持っていきなよ。

 キミたちが城のやつらの使いなのは察していたけれどアルス、キミの顔が

 シャークに似ているからそれに免じて許してあげる。もしかしたらキミは・・・

 いや、それはないか。ついこの間妊娠したばかりだとアニエスも言っていたしね』

 

『・・・・・・ありがとう。そのお礼・・・ってわけじゃないけれど』

 

ずっとここでコケしか食べていなかったせいで味覚がおかしくなってしまったのだろう。

ぼくはかわいそうになって、袋の中にあったアミットまんじゅうとせんべいを両方

取り出して彼女に渡した。フィッシュベルの名産品をぜひ食べてほしかっただけで、

これが彼女の運命を大きく変えてしまうことにつながるとは思ってもみなかった。

 

 

『ケ、ケロ—————!!こんなおいしいものがこの世に存在していたなんて!』

 

それからすぐにトレヴは洞窟を出た。敵は同じだからとぼくたちの後についてきて

親友やシャークアイの敵討ちだとして魔王軍の幹部バリクナジャをいっしょに倒した。

最後のとどめをさしたのも彼女だった。そして現代の食物に魅了されたトレヴは

旅の扉を使ってフィッシュベルにまで同行してきた。しばらくは旅を中断していた

マリベルの部屋に住みついて、アミット家の料理を堪能していたという。

 

 

「あの親切心がワタシを救ってくれた。あのときまんじゅうとせんべいをもらって

 いなければ今日生きてはいなかっただろうからね、ケロケロリ」

 

「ははは・・・偶然だよ。運が良かっただけだ」

 

「いや、キーストンの優しさがあったからこそだ。会話になる前にこいつと

 戦ってしまう可能性だってあったし、コケを持ち帰ってもいいと言うのだから

 先を急ぐためにすぐに去ってもよかった。ただ使命や正義感に燃えているだけ、

 そんな勇者であれば救えなかった命を数多く守ってきたのはお前だ!」

 

シャークアイの言葉にアニエスさんも頷く。買い被りすぎだって。あんまり

ぼくを持ち上げても意味がないと言おうとしたその時だった。空から誰かが

降り立ってきた。トレヴと同じ、外見は人間でも実は魔物との混血の少女だ。

 

 

「ああ、わたしも同感だ!わたし自身がそれを味わった者なのだからな」

 

「きみは・・・ヘルクラウダーのラフィアン!どうしてここに?」

 

「・・・いや、ちょっと遊びに来ただけだ。アルス、何を謙遜する必要がある?

 全て事実なのだから堂々と胸を張っていればよいものを」

 

彼女とは戦闘は避けられず、どうにか勝利したけれどとても厳しい戦いだった。

 

「きみの命を奪わなかったのはそれこそぼくじゃない。フィリアちゃんがいたからだ。

 あの子がいなければぼくはきっと何も知らないまま終わらせていたはずだ」

 

「違うな。戦い始めた最初から気がついていたんだろう?わたしが聖風の谷の人間の

 傲慢さと愚かさを叫んでいたとき、お前の仲間たちは三人ともわたしをこの地の

 救いのために倒すべき魔物だと見ていた。しかしお前はそうではなかった。

 どこかでわたしに共感し思いを受け入れ、悪事を見逃しにはできないがなんとか

 血を流さずに解決したい、今考えればそんな表情だったよ、あのときのお前は」

 

命を取るべき相手、そうでない相手の違いは最初の旅の時からわかっていた。

それでも救えなかったこともある。そっちのほうが多いくらいだ。

 

「きみのことも・・・救いにはならなかったんじゃないかな」

 

「フフフ、お前たちは悪くない。それはあいつにも言われたんじゃないか?

 お前はできる限り最善の行動をした。あとは当人たち次第だと」

 

聖風の谷を現代に復活させた後、リファ族の神殿で目にした歴史の書。それを見て

ぼくは愕然とした。それがコスタールの冒険まで続く不安定な日々の始まりだった。

 

 

 

勇気ある行動で谷を救ったフィリアちゃんは谷のみんなに受け入れられた。一人だけ

翼がないからといって差別されることもなくなり、笑顔の絶えない日々が始まった。

彼女が一人ぼっちではなくなったのを喜んでいたのはそれまで唯一の親友だった

ラフィアンも同じで、もう自分がいなくても大丈夫だ、と安心していたようだ。

 

『・・・もしわたしがフィリアのためにと暴走しあの一族を全滅させていたら

 あの笑顔は二度と見られなかっただろう。これでようやくフィリアも幸せな

 毎日を楽しめる・・・わたしのような者はもはや不要な存在だ』

 

魔族でありながらラフィアンは優しい心の持ち主だった。親友のために自ら

身を引いて遠くからフィリアちゃんの幸福を願っていたという。ぼくが戦いの

最後、命を奪わずにラフィアンを信じたように彼女も一度は滅ぼそうとした

人間たちを信じてみようという気になってくれていた。でも、その願いは

裏切られることになる。ぼくたちが去ってから僅か五年後にそれは起きた。

 

『翼もないくせに俺たちと同じ選ばれし神の一族の一員であるかのように

 振る舞うあいつ・・・なんだか目障りだよなあ?どうしてしまおうか』

 

『思い知らせてやりゃあいいさ。自分がいかに醜くて風の精霊様から見放された

 存在かをその身にたっぷりと・・・俺たちが教えてやろうぜ、ヒヒヒ』

 

たったの五年で人々は元に戻ってしまった。彼女の活躍を忘れ、族長に直接

文句を言う村人もいたが、それはまだましだった。彼女を辱めようとした

どうしようもない少年たちの集団がいた、とその歴史の書には書かれていた。

ぼくたちが初めに谷を訪れたときにフィリアちゃんをいじめていたグループだろう。

彼らも反省したはずだったのに、生まれついての驕りは治らなかったようだ。

 

『・・・・・・・・・』

 

『くくく、すっかり眠ってやがる。じっくりと楽しませてもらおうぜ』

 

『顔だけはいいからな、こいつは。よし、さっそく一気に脱がせてやるとするか。

 こいつには翼がないんだ。逃げようとしても何もできやしねぇ————っ!』

 

薬で眠らせた後少年たちは欲望のままに振る舞おうとした。そのときだった。

眠る彼女に伸ばしたはずの腕がなくなっていた。痛みを感じる間もない一瞬のうちに

それは起きた。人間の力ではない、切れ味鋭い真空の刃によるものだった。

 

『・・・・・・・・・な、な、な——————っ!!』

 

『・・・クズどもが・・・やはりあの日救うべきではなかったんだ』

 

金色の輝きに満たされた怪物は少年たちの手足、そして傲慢さの象徴だった背中の

翼を生きたままもぎ取って、彼らが極限まで苦しみながら死ぬようにしたらしい。

それからその場を離れ命の恩人であるはずの少女を悪く言う人々を見つけるたびに

その手で打ち殺していったという。そのまま村全体を滅ぼすべく進もうとした

ところで、いまだ眠ったままの親友を見て怪物は立ち止まった。

 

『・・・・・・・・・』

 

目撃証人によると、そのときの怪物、つまりヘルクラウダーのラフィアンはとても

悲しい顔をしていたとのことだ。その理由が今ならわかる。誰よりも心優しい

フィリアはこんな目に遭ったとしても誰をも責めたり怒ったりしないだろう。

そんな彼女の一族をまたしても滅亡させようとした自分をフィリアは決して

許さないだろう、そのことに絶望し、静かにどこかへと飛び去っていったのだ。

 

 

『誰も悪くない。悪いのは私。だから・・・』

 

谷を去ったのはラフィアンだけではなかった。目覚めた後全てを聞いた少女は

自分に責任があるとして、皆に知られないうちにひっそりといなくなってしまった。

そこでようやく人々は過ちに気がつき、悔い改めたがすでに遅かった。地上の

リファ族の背中から翼が失われたのはその時代からだったという。後代には

二度と同じ失敗をしないためにとフィリアちゃんを『親愛と救いの神』として

崇め、同時にラフィアンを『公正と裁きの神』として畏れたと書かれていた。

 

でも後になって神様にされるよりは村にいるうちに優しくしてくれたほうが

どんなによかったことだろう。彼女たちから託された神の石を見るたびに

ほんとうの救いとは何か、ぼくたちの戦いに意味はあるのかと考えるようになった。

 

 

『・・・あんた、勇者じゃ満足できなくて神様にでもなりたいの?』

 

『・・・・・・いや、そんな・・・』

 

『だったらあんまり考えすぎないことね。しょせんアルスごときにできるのは

 そこが限界なんだから、それ以上は体がいくつもないとどうしようもないわ』

 

ぼくの悩みを冷静に断ち切ってくれたのはマリベルだった。ぼくたちは

やれることをやった。だからその後のことまでうじうじと考えるのはそれこそ

神の領域だと。人間なら目の前のことを喜べばいい。悪い魔物を倒した、

滅んだはずの大陸を復活させた、それでいいと。ぼくたちのせいで逆に不幸に

なった人間がいるとか結局救えなかったとか、それは無駄だとはっきり言って

くれたとき、ぼくはなんてくだらないことでしばらく苦しんでいたのかと

笑ってしまった。魔空間の神殿でオルゴ・デミーラを倒し、神様の復活に

向かう前に彼女と二人きりで語り合った夜のことだった。

 

 

 

「お前たちが来なければそもそもあの地は滅んでいたし、わたしがその後

 暴走したときも途中で思いとどまれたのはお前がわたしを許したからだ。

 もしあのまま感情に身を任せてリファ族を根絶やしにしていたら後の

 彼らの心からの改心を見ることもできなかったし・・・何よりあいつに

 二度と顔向けができなかった。だから感謝の気持ちは尽きない!」

 

「・・・だからそれはきみたちが・・・ぼくは何もしていないよ」

 

ちなみにぼくたちが石版の力で向かった過去の世界の時代は様々で、百年程度昔の

ところもあれば、ほぼ千年は前の地もあった。メルビンさんや天上の神殿の賢者たちに

聞いてみたり自分でいろんな資料を調べてわかったことは、一番古い時代はおそらく

コスタール、その次にキーファと別れたユバールか聖風の谷のどちらかだった。

 

「そうか、じゃあキミはワタシよりも後に生まれたのに年齢は逆転しているのか。

 ワタシは千年近くスキップしちゃったわけだからねぇ、ケロケロ」

 

「フン、あの地獄のコスタールにいたはずなのにやけにたるんでいると思ったら

 そういうわけだったのか。戦い方が雑だったのも頷ける」

 

「ゲロッ、まあそうピリピリしなくても。ねえ、裁きの神様!」

 

「・・・・・・冗談のつもりか、それは?お前は全てを知った上で言っているだろう」

 

神様として崇拝されていてもラフィアンはこれまで特別に何かをしてこなかった。

人々が重大な出来事のたびにこれは神のご意志だと勝手に騒ぐだけだったとか。

リファ族の神殿のフィリア像の手入れを怠り神殿が軽んじられていた時代、村に

大国ラグラーズの軍が侵略にやってきて、これからは奴隷として我らに仕えろ、

断れば殺すと脅されたとき、これは裁きの神の罰だとリファ族は口にしたという。

これからは一生懸命に神と精霊を賛美しますと全ての民が誓うと、この地の人間は

耐性があるものの他所からの人間には重い障害を与える伝染病が流行りだして

ラグラーズの兵士は撤退し、これはフィリア様の救出だとみんな感動したそうだ。

 

「わたしもフィリアも何もしていないというのにな。まあ・・・あれ以上危機が

 迫ればさすがに動いたかもしれない。わたしはともかくフィリアは黙って

 見ていられないだろう。始祖たちの村から地上へと降りていったはずだ」

 

ぼくたちの知らないところで世界の至るところで人間の戦争や魔族の侵略は

行われていた。それでも世界は滅びずに生き残っている。だからぼくの

やってきたことはみんなが言うほど大きなものじゃない、そう言いたかったのに、

 

 

「いいえ、ヘルクラウダー、そのときはあなたたち二人よりも先にアルス様が

 再びその地にやってきて、より良い方法で救いをもたらしたでしょう」

 

「アルス様にはその実績があるからです。だから我らはここにいるのです」

 

二人の若い青年が歩いてきた。実はこの二人もただの人間じゃない。ハーゴンの力で

魔物からモンスター人間へと生まれ変わった実の兄弟で、兄は『ミルコ』、弟は

『クリスチャン』といった。彼ら兄弟は魔物だったころ、なんと虫だった。

その出身はルーメン大陸、ヘルワームという強力な虫の魔物だ。

 

「初めは外れの塔に突如現れた闇のドラゴンとそれを利用する魔王軍たちを、

 次に復活した食人植物ヘルバオムを見事打ち倒した伝説は今でも伝承として

 一族に語り継がれています。ですがそこまでは過去数多の勇者たちと同じ・・・」

 

「この方が優れているのはその後、ルーメンに真の救いをもたらしたところです。

 町の人々はもちろんのこと・・・ヘルワームという種をもアルス様は救われた。

 その点ですでに皆さんご存知の通り、これまでの勇者よりもこの方は偉大です」

 

 

 

ルーメンの町を囲んだヘルワームの大群を前に、仲間たちと作戦会議をした

あの日のことを思い出す。けど実際にはそうなる前に一度話し合いをしていた。

ヘルバオムを倒したのに現代で町が滅んでいたのはほぼ確実にチビィという

不気味な虫に原因がある。この虫をどうしようか、なかなか決まらなかったけど、

 

『・・・このまま口論してもキリがないわね、だんだん面倒になってきたわ。

 しょうがない、アルス!あんたが決めなさい!あの虫を殺すのか逃がすのか!』

 

『ぼくが!?どうしてきみはいつも大事なことを押しつけようと・・・』

 

『うるさいわね、そもそもあんたがどっちつかずの立場だからここまで話が

 もつれたんじゃない!男らしくスパッと決めなさい、それでチャラにしてあげる』

 

ぼくは悩みに悩んだ。そのどちらを選んでも犠牲が出る予感があったからだ。

でもマリベルはぼくの思いをわかってくれたのか、珍しく優しい声で言ってくれた。

 

『・・・・・・はいといいえ、必ずしもそのどちらかで答えなくちゃいけない

 わけじゃないわ。あんたならきっと正解を出せる・・・そう信じているから

 あたしはあんたに任せるの。その第三の答えを教えてもらおうじゃない』

 

『マリベル・・・わかった。ならぼくは・・・』

 

ぼくはチビィを殺さなかった。でも町の外にこっそり逃がしにも行かなかった。

つまり、何もしないという選択肢だ。ガボとエルビンさんは驚いていたけれど

これでいいと思った。シーブルさんとチビィは仲良くしているし今のところ

被害は出ていないのだから余計な手出しをせずに様子を見ようという決定だった。

 

 

『うわ————っ!!何だこの虫たちは——————っ!?』

 

『一斉になってやってくるぞ!ダメだ!この糸のせいで身動きがとれん!』

 

それから間もなくだった。ヘルワームの群れが大挙して町に入ってきた。

この虫たちはいまぼくたちがいるシーブル家を狙いに定めている。

 

『ムムム!このチビィが何らかの合図を送り虫どもを呼んだのか!?』

 

『そんな・・・だったらオイラが言うようにさっさと逃がせばよかったのに!

 殺すのはどの道ダメだぜ、どの道復讐に来ていただろうからな・・・』

 

この虫たちは数は多いけれど闇のドラゴンやヘルバオムより強くはないだろう。

戦闘力が高ければこれほどの群れを組んでやってくる必要はないからだ。

もはや戦うしかないはずの状況、町の人たちが殺される前に動くしかなくなった。

ヘルバオムの時は目の前で根っこに殺された人と目が合った。あんな思いは

二度としたくない。なら今すぐ剣を手にして戦闘を始めるべきだというのに

ぼくはなぜか足が動かなかった。そのときマリベルが小声でささやいた。

 

『・・・どうするアルス?勝てるけど』

 

やっぱり彼女はぼくのことをぜんぶわかってくれていた。ぼくも敗北を恐れて

戦いたくないわけじゃなかった。でもその理由をうまく言葉にできない。

戦えば勝てる、と念を押してくれたうえで、今回も彼女はそうじゃないだろう、と

教えてくれた。ぼくから迷いが消えた。剣と盾を持たずに屋敷を出ていた。

 

『・・・ア、アルス!』 『アルスどの!いったい・・・』

 

すでに目と鼻の先まで虫の大群は迫っていた。ぼくは大声で彼らに言った。

 

 

『皆さん、どうか教えてください!皆さんの目的は何ですか!』

 

虫の魔物と会話なんかできるはずもないのに必死の思いで叫んでいた。

こうすることが唯一、戦わないで問題を解決できる方法だったからだ。

 

『この屋敷の奥にはおそらく皆さんの仲間と思われる方がいます。彼が

 あなたたちがこうして一団となってやってきた理由なのでしょうか!?』

 

すると驚くべきことに、魔物たちが一斉に鳴き声をあげた。その声を注意深く

聞くと、ぼくたちがわかる言葉で質問への返事になっていた。

 

 

『・・・いかにも・・・我らは・・・彼を取り戻すため・・・に来た。

 お前たち人間が・・・人質にしているのは・・・我々の王となるべき

 若き者だ。彼は我らの・・・なかでも並外れた戦闘能力を・・・持つ!

 よって・・・いずれはヘルワーム族を導く・・・そんな男なのだ!』

 

『体の色が違うのはそういう意味が・・・それならあとは皆さん同士で

 話をしたほうがいいでしょう!彼は人質なんかじゃありません。

 連れ去ったのではなくたまたま保護したというほうが正しいからです』

 

『そう・・・なのか?あの者がいなければ・・・魔王軍には勝てんからな!』

 

それから後はぼくの出番はなかった。ヘルワームたちは魔王とは関係がなく昔から

この地で繁栄していた種族で、いなくなったチビィを連れ戻しに来たこと、

若いチビィのほうは一人で放浪し、こうして気まぐれに人間と過ごす生活を

好んでいることなどがわかり、人間のほうが余計なことをしなければ襲いは

しないというのもはっきりしてぼくたちと町の人々を安心させた。

 

 

 

「ぼくたちが最後に町を離れてから数年後だろ?魔王軍がもう一度ルーメンの町と

 その大陸の魔物たちを支配するために来たのは。そのときチビィを中心とした

 ヘルワームが圧倒的な力で魔物たちを追い払ったと町の歴史書に書いてあった。

 闇のドラゴンやヘルバオムを倒したことまでチビィの功績になっているのは

 笑ったけれど・・・きみたちの先祖こそルーメンの救い手だったのは確かだ」

 

「いいえ、アルス様。あなたが別の選択をしていれば私たちは生まれていません。

 あなたたちと戦っていてはいかに我々の先祖でも勝ち目はなかったでしょう。

 人間も私たちも絶滅する最悪の結果だってありえたのです」

 

あれからヘルワームたちは町の東に住み着き、人間たちとの関係も良好のまま

いまでもモンスターパークの一部は彼らのエリアだ。人間と争わずに済み、

チビィが死ななかったからヘルワームという種は生き残っているのだという。

 

 

「・・・ああ、本人は手柄を否定するがそこがアルスの真の勇者である印だ。

 わたしに勝っても命を取らずに生かしたのは甘さではなく優しさだ。

 たとえ敵だろうと同情心を示し、どこまでも信じる・・・。そこまで

 大げさなものではないのかもしれない。さりげなく手を差し出すのが

 きっとおまえは上手なのだろうな」

 

「ワタシのときもそう。並の勇者ならすぐにワタシを排除しようとしただろうね。

 それでも話を聞いてくれただけじゃなくお菓子までくれたんだ。だから魔王が

 死んだあとの人間と魔族の平和は固いと言える。人間たちも国家や身分を

 乗り越えて、芸術家も科学者も宗教家も力を合わせているし・・・」

 

トレヴはこの場にいた一人一人の手を取り、それを隣にいた人の手と合わせる。

皆が手と手を重ね合うと、最後に彼女自身がシャークアイとぼくの間に入った。

 

「こうやって夢の輪が完成するんだ、ケロケロ!」

 

人間も魔族も元魔王の手下も魔物もその輪の一員として平和が続いていく、

それまでの生き方は関係ない、そのためにぼくが少しでも役に立ったというのなら

変に抵抗せずに素直に誉め言葉を受け取ってもいいのかもしれない。

 

 

「ケロロ、でもキーストン、ホントはワタシなんかじゃなくてあの子がこの輪の

 隣にいてくれたらずっとよかったのに・・・って思ってるんじゃないかな?」

 

「・・・・・・へ?」

 

「そうとぼけるな。お前が自分で荒れていたと認める時期だって彼女がそばに

 いなかったからだろう?ボトクやバリクナジャは死んで当然のクズだったが

 かなり念を入れて殺したそうじゃないか。鬱憤の発散に丁度いい相手だったか?

 いやいやまったくそう考えると少し順番が入れ替わったらわたしも死んでたな」

 

なるほど、そういうことか。望んでいたはずの世界にどこか不満や物足りなさを

感じているのはやっぱり彼女がいないからだ。何度もぼくを助けてくれた彼女が

皆で手と手を重ねる夢の輪にいないのは思っていた以上にぼくを落ち込ませ、

苛立たせている。いったいマリベルはいまどこにいるというのだろう。

 

 

「ケロ・・・そういえば最近あの子の姿を見ていないね。でも世界は平和だし

 変な奴がいたってあの子が負けるわけはないか。ワタシの小屋でもっと

 話していかないかい?時間ならたっぷりあるだろう、ゲロリ」

 

「おお、それはいいな。飯もまだだったからちょうどいい・・・ん?

 あれはこの村の漁船・・・ではないな。どこかで見たような気はするが」

 

漁のための船でも海賊船でもない、他の港町のものでもない船がやってきた。

するとシャークアイがこれまでの緩い空気を切り裂くような強い口調で言った。

 

「・・・・・・こ、この気配は!村人たちをここからすぐに遠ざけろ!

 アニエス、お前も下がっているんだ。あの船をオレは知っている!

 かつてコスタールでオレたちを倒した・・・魔王軍の船だ!」

 

「ゲロ!ああ、ワタシも忘れていない!あの船からあいつらは・・・」

 

 

真の平和への最後の刺客がフィッシュベルに迫っていた。そして今日ぼくに

突然与えられた、親しい人たちともう会うことがないだろうという予感、

つまりぼくに死をもたらす災いが謎の船を通して運ばれているのか。

最初の一隻に続き、何隻も同じ姿をした船が続けて近づいてきていた。

 

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