ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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戦争は知らない①

一人の少女が歩いている。かぶっていた帽子を手に持ち、帽子のなかにはたくさんの

花がつめこまれていた。美しい花だが、野原に咲いていたものを摘んだだけなので

その花の名前は知らない。それでも帽子にいっぱい摘んでいき、彼女が愛する

父のもとへと向かっていた。父のための贈り物なのだが、彼女の目には涙があった。

 

 

 

 

 

「・・・魔王軍の船!?しかも何隻もいるとなると・・・」

 

「見ろ、船から魔物が飛び出してくるぞ!このままでは村人たちが危ない。

 キーストン、おれとアニエスはマール・デ・ドラゴーンに戻り戦闘態勢を

 整える。お前たちはここでおれたちが来るまで魔物を食い止めてくれ!」

 

しばらく前からいやな予感はしていたけれど、こんな一瞬で平和が崩れ去るなんて。

村の人たちを守るために魔物の軍と戦うしかないけれど、勇者の力を失っている

いまのぼくでは誰よりも先に命を落としそうだ。

 

「やつらが飛び出してきました!ですがこの数なら・・・我々兄弟が!」

 

芋虫の魔物ヘルワームからモンスター人間となった、ミルコとクリスチャンの兄弟が

手から無数の糸を放った。ヘルワームは糸を吐くのが得意な魔物で、姿が人間の

ようになっても彼らの特技はそのまま残っていた。この糸からダメージは受けないので

試しにと一度体験してみたことがある。ほんとうに全く動けなくなってしまった。

そのときはまだ神様や精霊の力に満たされ、強力な剣を持っていたのに、だ。

 

「絡まれ—————っ!」 「ゲギャギャ・・・ギャバッ!?」

 

怪力自慢の魔物たちもその糸にまんまと絡まり、身動きが取れなくなった。実は

じっと待っていれば糸の効果はすぐに消えてしまうけれど、早く出ようともがけば

もがくほど粘り気が増しますます脱出できなくなるという恐ろしい技だった。

 

「クソが————っ!こんな糸、ぶった切ってやるぜっ!!」 

 

幸いなことに、知能の高い魔物はいなかった。さらに糸を追加すればしばらくは

出てこられないだろう。最初の脅威はひとまず凌げたようだ。

 

「これで陸の魔物は問題ありません。ですが空を飛ぶ敵たちは・・・」

 

「それなら問題ない!このわたし、ヘルクラウダーのラフィアンに任せろ!」

 

その言葉通り、空中から攻撃を仕掛けてくる魔物の群れを次から次へと切り刻む。

久々に大暴れできるのがうれしいのか、彼女は笑いながら魔物たちを葬っていく。

 

 

「・・・さすがはヘルクラウダー・・・レベルが違うとはこのことですね」

 

「うーん・・・いや、弟よ。それにしても余裕がありすぎるように見えるが」

 

ぼくも薄々わかってきた。オルゴ・デミーラが死後に備えて用意した刺客たち、

最近大人しくなっていたのは最後の総攻撃のために力を蓄えていたわけじゃない。

もう限界なんだ。余力がなくなって、寄せ集めの集団を組むのが精一杯。そうとしか

思えないほどこの魔物たちは弱い。見たことがあるものもないものもいるけれど

大魔王の居城だったダークパレスを守れるような魔物は一体もいなかった。

 

「狙いは憎きあの船だ!一斉砲撃、はじめ—————っ!!」

 

そのうちシャークアイたちも参戦し、いよいよぼくたちの勝利は固くなった。かつて

コスタールを襲った魔王軍の船と同じものであり、敗れている彼らにとっては嫌な記憶を

呼び覚ますかもしれないというのは無駄な心配だった。あまりの手応えの無さに

拍子抜けすらしていることだろう。そんなとき、中心の船からおそらくボスと思われる

魔物が出てきた。さすがに他とは違う、魔王のとっておきにふさわしそうな強者が。

 

 

「フフフ・・・なるほど、さすがは大魔王様を倒した勇者とそれに味方する者たちだ!

 しかしお前たちには致命的な泣き所がある!あれを見ろ—————っ!!」

 

その魔物が指さす先には何と今日の朝出たばかりの父さんたちの漁船があった。

距離が離れているので捕まってしまったというわけではないだろうけれど、きっと

何が起きているか全くわかっていない。いつも通り戻ってきている。

 

「お前たちがこれ以上攻撃を続けたならどうなるか・・・もうわかるな?それに

 私は攻撃呪文にも長けている。漁船だけではない、大勢の村人たちを一瞬で

 無に帰すことも可能なのだ。取引の道具として残しておくためにあえて

 まだ手を出していないだけだ・・・攻撃をやめろ、デク人形ども!」

 

「・・・・・・取引・・・何が狙いだ!」

 

「決まっているだろう、アルス、お前の首だ。他のやつらはどうにでもなる。

 神と精霊に愛されたお前さえ死ねば我ら魔族は勝利への道を歩めるのだ」

 

なるほど、知恵も力もないのだから使うのはやっぱりこういう手か。そうなると

ぼくがもう仲間たちと会うことがないという予感が当たりそうだ。ぼくが倒された

瞬間、この魔物は総攻撃に遭うだろう。油断しきっているところを討たれる。

そして勇者も魔王もいない世界が完全に実現するということか。よくわかった。

 

 

「・・・いいだろう。ぼくがそっちに行く・・・武器は持たずに」

 

制止する皆の声を振り切ってゆっくりと海へ近づく。ぼくが素直に応じている間は

無差別攻撃に出る気はないようだ。だったらぼく一人の命で魔王軍の最後の襲撃を

終わらせられるこの選択肢が最善だ。何千年も続いてきた勇者と魔王の戦争に

これ以上無関係な人の命を巻き添えにしたくない。これでいいんだ。

 

「ハハハ————ッ!!そうだそうだ、変な動きはするなよ、こい————っ!

 大魔王様の苦しみの百倍以上をお前に与えて殺してや・・・・・・」

 

涎を垂らしながら下衆な笑い声を飛ばしていた魔物の声がピタリと止まった。

代わりに口から大量に噴き出したのはどす黒い色の血だった。気がつくと

胴体に大きな穴が開いていた。内臓や骨がぜんぶ吹き飛んでしまっただろう。

 

「え・・・・・・な、なんで?ゲハ・・・・・・」

 

「おやおや・・・どこかの戦いの攻撃が偶然飛んできてしまったみたいだね、こりゃ。

 いくら動きを見張っていてもこういうのには対応できなかったんだねぇ」

 

ガマデウスのトレヴが呑気に解説した。ラフィアンの上空の戦いか、それとも

海賊たちの海での戦いか・・・誰かの失敗した攻撃がたまたま直撃したようだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

そのまま海に落ちていった。どうやら死んでしまったらしい。

 

 

「・・・・・・え?終わり?まだ種族も名前も聞いていないというのに」

 

あっさりとした結末だった。でも勝利は勝利。大きな喜びの声が沸き上がった。

 

「勝った!勝ったぞ!」 「魔王の軍を撃退した・・・オレたちが、勝利した!」

 

周囲にいた多くの人たちが駆けよってきた。ぼくは何もしていないのにまるで

ぼくが世界の平和を脅かす強敵を倒したかのように祝福してくる。まあ何事もなく

終わったのだからこれならこれで全く文句はないんだけれど・・・。

 

「アルスばんざ————い!」 「これなら世界の平和は揺らがないぜ—————っ!」

 

魔族の脅威が去った影響は大きく、アミット漁のような大きな祭りがなくても

世界中から気軽に旅人たちがこの村を訪れる。だからぼくのもとにやってきた大勢の

群衆の中に全く知らない顔があっても別に気にしていなかった。

 

「・・・・・・・・・」

 

年齢はぼくよりも少し下・・・二十歳くらいだろうか?見たことのない女の人が

ぼくのそばまで来た。もしマリベルがいたら、鼻の下を伸ばしてデレデレしていて

見苦しい、なんて言ってくるだろう。そんなつもりはないんだけどな。一体何が

いつもマリベルを勘違いさせていたのか・・・なんて考えていた瞬間だった。

 

「・・・・・・!こ、これは・・・!!」

 

ぼくの腹部にナイフが当てられた。完全に油断していた、想定外の一撃だった。

 

「・・・!!ア、アルス!」 「なんてことだ!まさか・・・・・・ん!?」

 

とはいえ刃のほうではなく柄のほうで、まったくダメージはない。びっくりさせられた

けれど、ただそれだけだ。ちょっとしたいたずらのつもりならよかった。

 

 

「・・・・・・私がその気なら・・・お前はここで死んでいた」

 

「・・・!!」

 

「私はやつらと共に船でここまでやってきた。そう、お前たちを殺すために!」

 

見た目は人間だけど実は違う、これまで何度も経験しているからすぐに受け入れられた。

これまではずっと隠していた殺意をいま、ぼくにむき出しにしている。あっさりと

死んださっきの魔物よりも強そうで、何より憎しみや恨みの念が数倍以上だ。

 

「・・・きみは何者だ?魔族であることは間違いないようだけども」

 

「ああ、私は魔族と人間、両方の血が流れている。しかし正式な魔王軍の一員では

 ないから・・・こっそりとこの船に忍び込んできた。千年は昔、コスタールの地で

 むこうにいる海賊たちや元々住み着いていた魔物を打ち倒した栄光と威厳に満ちた

 この船に乗ることはどうしても必要だった。偉大なる王者が軍を率いて華々しい

 勝利をもたらした船だ・・・お前たちの飛空石より遥かに格が上だ!」

 

シャークアイやトレヴが忘れられないのも当然だった。コスタールを破壊した

忌まわしい船そのものが平和になったはずのいま、再び侵略に来たのだ。

 

「偉大なる王・・・オルゴ・デミーラのことか。これまで何人もの魔王軍が

 同じようにして襲ってきた。大魔王様の仇、魔族復活のためと・・・」

 

「・・・大魔王オルゴ・デミーラ・・・魔族の長であり歴史上最も世界全てを手中に

 収める一歩手前まで迫った男だと有名だ。でも私は実のところ一度も会ったことはない。

 お前たちのほうが詳しく語れるだろう、何度も対面し戦ったのだから」

 

彼女は何か違うようだ。そしていっそう怒りのこもった声でその謎を自ら明らかにした。

 

 

「当時人間たちの住む地で一番の強国だったコスタールを制圧した偉大なる者、

 それは魔王軍最高幹部であり最強の魔族だった・・・帝王、バリクナジャ!

 大魔王じゃない、私はその血のためにお前たちに復讐しに来た!」

 

用済みと言わんばかりにナイフを捨てると、とても長い鞭を手にして叫んだ。

 

「私の名は『エネイブル』!この鞭を見ての通り、お前たちに惨殺された

 バリクナジャの一人娘!この日をどれだけ待っていたことか———っ!」

 

「・・・バリクナジャ・・・!コスタールを支配していた牛魔王!」

 

現代に生きるヘルワーム兄弟でもその名前を知っているほどだ。大魔王に次ぐ

地位を得ていたというのは確かなようだ。ダーマのアントリアや砂漠のセト、

魔王軍の幹部として重要な地点を任されていた魔物たちのなかでも最も大魔王からの

信頼を得ていたバリクナジャ、その娘が復讐のためにぼくの目の前に現れた。

 

「エネイブル・・・ぼくを憎む理由はよくわかる。だったらどうしてさっきぼくを

 ナイフで刺し通さなかったんだ?あれ以上のチャンスはこの先なかなかない。

 全く警戒していなかったんだから・・・たぶん死んでいた」

 

 

かつてアレフガルドを救った勇者の最期も、竜王の娘による報復だったという。

父を殺されただけでなく、勢いを失い人間に迫害される魔物たちの姿を見て嘆き、

ナイフによる闇討ちで致命傷を与えたのだと歴史の書に書かれていた。

そう、まともに戦っても勝てないのだから手段を問わないのは当然だ。

となると、このエネイブルは真っ向勝負でぼくに勝つ自信があるということで、

もしかしたら力を失っていることがバレているのかもしれないと思った。

 

「簡単な話だ。そんな方法でお前の命を奪ったところで敵討ちにはならない」

 

「・・・・・・?」

 

「大魔王の仇であればそれでもよかっただろう。ついさっき死んだやつのように

 卑劣な作戦を使おうと。でもこれは私の父、バリクナジャのための復讐だ!

 高潔な父のように正々堂々、何も恥ずかしいところのない清く完全なる勝利、

 そうでなくては父の名を汚すだけ、復讐などしないほうがましだからだ!」

 

バリクナジャが正々堂々で高潔?どうもぼくの記憶とはずいぶんかけ離れている。

やつのやり方はそれとは真逆そのものだった。生まれたばかりの子どもたちを

魔物に変えて連れ去るというおぞましい悪事があり、シャークアイと戦ったときも

正面からぶつかるのではなく大魔王から授かった封印の力を使ったという。

 

「・・・ワタシの親友たちはもちろん、コスタールの王妃や戦う意思のなかった

 人々を次々と殺害した・・・キーストンに殺されても文句は言えないだろうに」

 

「キーストン・・・ああ、勇者アルスのことか。そいつだって数えきれないほど

 魔物たちを打ち倒してきた。多くの恨みを買っているのは本人が一番よく

 わかっているはずだ。誰もが喜ぶ平和なんて来ない!暴力によって得た平和は

 やはり暴力によって破壊される・・・覚悟しておくことだ」

 

必要以上の戦闘は避けてきた。殺すことに慣れてしまったら勇者としては一流でも

人間としておしまいだからだ。戦争の日々の罪悪感に生涯悩まされ続けた勇者たちも

大勢いると聞いたから、ぼくたちはどうしても回避できない戦い以外は避けて、

しかも真の邪悪だと疑いようのない敵の命だけを取ってきた。それでもこういう

事態になってしまった。彼女の言うように、戦いは真の平和を得るための方法では

ないというのがこれではっきりした。報復の連鎖はどこまでも続いていくんだ。

 

「私が生まれる前に父は戦場に向かい・・・そしてお前たちによって殺された。

 女手一つで苦労しながら私を育ててくれた母も長生きはできなかった。だから

 私は誰の援助も支えもなく・・・一人で強くなった!だから今、勇者たちへの

 最後の攻撃のために組織された軍が滅んで私一人になったことは問題ない!

 私だけで目的を果たせる十分な力と固い意志があるからだ————っ!」

 

最後の攻撃、と言ったのを確かに聞いた。やっぱりこの襲撃は最後の悪あがき、

もうオルゴ・デミーラの遺産も使い果たしている。ここさえ凌げば大規模な

攻撃はもうないだろう。でも、彼女のように個人的に復讐を誓い、好機を

伺っている者は果たしてどのくらい残っているのか、考えたくなかった。

 

 

「・・・さあ、もう始めよう。よくも父を・・・殺してやる」

 

「ゲロゲロ・・・キーストン、とんだ逆恨みだね、あれは。でもあいつさえ

 倒しちゃえばもう安心だ。さっさと返り討ちにしちゃってよ!」

 

ぼくの勝利を疑っていないのか、笑顔でトレヴが背中を叩いてきた。敵が望む

一対一の勝負で勝つように、という。ずいぶん呑気なものだ、ぼくはすでに

勇者の力を失っているというのに。そのトレヴの緊張感のなさ、気楽な態度は

それとは全く違う理由で一瞬にして崩れ去ることになった。

 

「殺してやるぞ・・・ガマデウスのトレヴ」

 

その場に勢いよく転んでいた。わかりやすい反応だった。

 

「・・・ワ、ワタシ!?どうして!?」

 

「とぼけるな!生き残った魔物たちから聞いている!父に最後のとどめを与えたのは

 勇者じゃない、お前だったとな!すでに瀕死の父を相手に執拗なまでに攻撃を続け

 遺体をひどい姿にしたのはガマデウス、お前だろうが—————っ!」

 

ぼくたちが大灯台に向かうとき、共にバリクナジャを倒すためにトレヴは一時的に

仲間になった。仲間の魔物たちを殺されている恨みがあったからだ。戦いはすぐに

決着がつき、勝負が決まったところでバリクナジャの命を奪ったのはトレヴだった。

 

『・・・全然強くなかったね。これなら怯えずに戦っていればよかった。

 そうすればワタシたちの被害はもっと少なかっただろうに』

 

その言葉は正しかった。どんな大物が待ち構えているのかとぼくたちを構えさせた

バリクナジャは、ヘルクラウダーよりもずっと弱かった。ぼくたちがレベルアップ

したからそう思えたわけではなさそうで、皆もあっさりした決着だったと言っていた。

 

『魔王軍最高幹部・・・こんなに圧勝できるとはうれしい誤算でござった。確かに

 やつは神と魔王の決戦の際にもいなかった・・・つまり戦闘は得意ではなく、

 組織の管理や策略に長けている男に過ぎなかったのかもしれぬな』

 

『そうかもなァ。強けりゃもっと堂々としてるはずだもんな』

 

灰色の雨を降らせたあめふらし、プロビナの竜騎兵やクレージュのウルフデビル、

卑劣さに満ちた魔物たちほど実際は大して強くなかった。戦わずして封印を

完了させてしまおうと考える魔物が弱いのは当たり前と言えば当たり前だった。

 

一方で、純粋な力による支配で人々を苦しめ、どこにいるかもはっきりとしていた

魔物たちは強かった。『かかってこい』とこちらを手招きするような自信がある魔物は

緻密な罠や仕掛けなしで大陸を封印できる力があり、厳しい戦闘を強いられた。

その大陸を復活させるための最後の敵の印象が強いか、それともそこに至るまで

苦労した印象のほうが強いか、たいていはボスと呼ばれる魔物のタイプ次第だった。

バリクナジャはもちろん、やつとの戦いよりそれ以外の出来事が記憶に残るほうだ。

 

 

「・・・ケロケロ、そこまで知っているんじゃしょうがないね。そうだよ、ワタシが

 あいつにとどめをさした。復讐なんて意味がないと言うやつもいたけれどまったく

 そんなことはなかったよ!とっても爽やかで満ち足りた気分になった!」

 

「・・・・・・何だと」

 

「あんな悪党を殺したことに一切の罪悪感なし!むしろもっと痛めつけてやって

 毛の一本もこの世に残さないようにすればよかったと後悔しているほどだよ!」

 

へらへらと笑うトレヴの煽りに、バリクナジャの娘エネイブルの怒りが頂点に達した。

 

「お前~~~っ!!やはり順番はお前からだ!最初にお前を殺す!」

 

「ゲロゲロリ、やってごらんよ。キーストン、キミがわざわざ戦うほどの

 相手じゃない。ワタシがこのバカを黙らせてあげるよ」

 

腕をぐるぐると回して戦う意思を示した。彼女に任せていいのだろうか。

敵を凍てつかせる冷気や猛毒の霧は目の前のバリクナジャの血をひく娘にも

有効だろう。すでに人々の避難は終わり、漁船にも港に近づかないように

合図を出し、どうやら届いたようだ。派手に戦ったところで被害は出ない。

明らかに小さな体つきのトレヴが、普通の体格をしている相手と戦って

無事に済むのかという不安もない。その強さはすでに知っているからだ。

 

 

「いやいや、勿体ないね。その黒髪も顔つきも・・・黙っていればどこにでもいる

 きれいな娘だというのに怒りのせいで近寄りがたいオーラを放っているとは」

 

「黙れ!私はこのときのために一人訓練を続けてきた!私が求めるのは生涯続く

 平穏や幸福ではない、僅か一瞬、悲願を叶えた絶頂だけだ!まずはくらえ!

 父バリクナジャも得意としていた地響き攻撃——————っ!!」

 

範囲は狭いので村の建物や避難した人たちに影響はないけれど、これは強力な

地響きだ。バリクナジャの繰り出してきたものとほぼ同等の威力で標的の

トレヴを襲った。回避は難しいだろうけどこれで倒されることはないだろう。

最初の様子見の一撃で大ダメージを受けていてはあの鞭を使った攻撃には絶対に

耐えられない。そっちが本命の攻撃手段であるというのはわかりきっていた。

 

 

「トレヴ!その攻撃を耐えたらすぐに反撃だ!短期決戦を・・・・・・!」

 

「・・・・・・!?ど、どこだ!?ガマデウスが消えた!」

 

素早い動きで攻撃を避けたのか、その姿が見えなかった。地響きは技自体が

失敗するのでない限りある程度のダメージは食らう。それを凌いだであろう

トレヴの俊敏な動きに、ぼくも敵も驚くしかない。これなら圧勝もあり得る、

そう思っていた時だった。トレヴは上空に逃れていたのだ。

 

「・・・空か!すぐに高くジャンプして逃げていたんだ!」

 

「くっ!だがこの程度で勝った気になるな、私の力はここからが・・・・・・」

 

自ら飛んで地響きを避けたとばかり考えていた。でもそれは全くの勘違いだった。

高く舞い上がったトレヴの体がくるくると回転を始め、そのまま地面に落ちてきた。

『ぽてっ』という音と共にうつ伏せに落下すると、ピクリとも動かなくなった。

 

「・・・・・・は?」 「え、ええっ?」 

 

攻撃の衝撃で宙に舞い、何の抵抗もできずに落下した。真相は単純だった。

あまりにもあっけない幕切れだ。早くもバリクナジャの娘エネイブルの敵討ち、

その最初の復讐が果たされてしまった。


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