ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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戦争は知らない③

 

戦争を知らずに二十歳になって嫁ぎ、そして母になる。

 

 

 

 

 

空を切り裂いて突如フィッシュベルに現れたのは黄金の魔人、ヘルクラウダー。

愛娘が戦いに勝利した相手の命を奪おうとしたその瞬間に登場しそれを制止した。

その背には誰かが乗っている。どうやら二人いるようだ。やがて姿が大きくなり、

 

「・・・ラフィアン様!」 「ラフィアン!」

 

その二人の姿がぼくにも見えた。一人は聖風の谷の族長セファーナさんで、歴史書や

風の精霊とリファ族に代々伝わる神様の本を子どものころから読みふけって、実際に

その神たちと会ってからは谷を離れて風の塔の頂上の更にその先にあるリファ族の

始祖たちの村に入り浸っている時間が増えていた。本人が言うには、もともと

本ばかり読んでいたせいで友人がいないおかげで、突然背中に翼が現れて自分の家に

引き籠る必要があったときも今のような勝手気ままな毎日を楽しむのも楽でいいとか。

よかったですねとも言えず、何と返していいのかぼくたちを困らせてくれた。

 

残る一人は聖風の谷で愛と救いの女神として語り継がれるフィリアちゃんだった。

谷を去った後何があったのか詳しくは聞いていないけれど、ラフィアンと共に

始祖たちの集落で数百年過ごしていたところを、大魔王によって再度封印された

世界を元に戻すために精霊探しの旅に出ていたぼくたちと再会した。

 

『・・・わ、私が幼い日から崇拝していた神がお二人ともここに・・・!リファ族の

 悪を裁き正しき道へ導くラフィアン様、自らを虐げた民にすら無償の愛を差し伸べた

 この世で最も慈愛に溢れるフィリア様・・・このお方たちがいま私の目の前にっ!!」

 

世界の危機だの風の精霊だのはどうでもいい、子どものころから村人の中でただ一人

神殿に通い続け崇拝を続けていた『神』がいるのだから、セファーナさんはその場で

二人にひれ伏していた。二人のほうがびっくりして、自分たちは神ではないと説明し

この地を安住の住みかとしてから長い年月のいろいろな出来事を語り始めた。そのたびに

セファーナさんは高揚した気持ちを隠さず、初めに出会ったときの大人しい美人という

印象はすっかり崩れ去っていた。ガボとアイラは開いた口が塞がらず、

 

『・・・もうあの人は放っておいてあたしたちで先行きましょうよ。こう言っちゃ

 なんだけど、危ない感じじゃない?アレを連れて冒険を続けるのは面倒だわ』

 

マリベルは痛烈な言葉と共に冷めた目で見ていた。ぼくはただ苦笑いするだけだった。

 

 

その二人がヘルクラウダーと共に空からやってきて、父親の敵討ちのためにぼくらを

襲ったバリクナジャの娘エネイブルを今にも仕留めようとするラフィアンの手を

止めさせた。ヘルクラウダーが地に降り立つと、村の人たちはかつてセファーナさんが

したように自然とひれ伏す態勢をとっていた。それだけ神々しい姿だからだ。

 

「・・・父上!なぜこのようなところに?いや、こちらの用事はもう終わります。

 古き時代からの遺物であるこの無価値な負け犬を真空の刃で消し去って・・・」

 

「待てと言っているであろう、我が娘よ。その者を殺してはならない。なぜなら・・・

 その者の述べている言葉こそ真実であり、偽りに惑わされているのはお前だからだ」

 

ヘルクラウダーが一言発するたびに空気が物理的にびりびり震える。ぼくも

前情報がなければこれが神様だと信じてしまうところだっただろう。

 

「偽り・・・何のことですか?」

 

「お前がバリクナジャについて語った事柄のほとんどだ。やつがどのような人物で

 あったのか・・・実のところ、そこにいるやつの娘のほうが正しい。これまで

 教えていなかったわたしに全ての責任があるのだが・・・今こそ話そう。

 バリクナジャとはどんな男だったのか、勇者アルスたちもよく聞くがよい」

 

そして語られる、魔王軍が神様との決戦に挑む前のこと。様々な土地や時代から

集められた魔物たちが集結する魔空間の神殿で、そのとき大魔王の右腕、つまり

ナンバー2だったヘルクラウダーと、ほぼ現代に近い時代から期待の若手として

召集されたバリクナジャとの会話のすべてが。

 

 

 

 

『ほう、うぬがバリクナジャ。オルゴ・デミーラ様が高く評価し新しい

 時代より招かれた男か。いきなり神の軍との本戦に参戦できる栄誉を得たと

 いうのに・・・なぜ浮かない顔をしている?我に話すがよい』

 

『・・・私は・・・確かにこの筋力や戦術を考えることに関しては自信があります。

 ですが皆様とは違い人間との戦いがない時代からこの神殿に招待されたのです。

 私は臆病な男なのです。大事な戦いの場に立つなどとても・・・』

 

『ハハハ、誰しも最初は緊張と不安に襲われるものだ。だが一度戦場に立ち

 魔王様の栄光を目にすればその恐れなどどこかに吹き飛ぶ。たとえ命を落とすと

 しても魔族の未来のためと思えば恐怖は感じまい。何を臆しているというのか』

 

戦意を鼓舞するヘルクラウダーに、バリクナジャは一枚の絵を見せた。神殿に

やってくる前に旅の絵描き人に書かせた自分と妻の姿が描かれていた。

 

『これはうぬと・・・隣の女は人間か?しかも妊娠しているようだが』

 

『私の妻です。そして生まれてくる私の子どもです。私は死にたくありません。

 彼女たちを残して死ぬことをとても恐れています。ですがこの召集に応じなければ

 私たち家族は生きていけなくなる・・・私はどうしたらいいのか』

 

『・・・・・・・・・』

 

ヘルクラウダーはしばらく腕を組んだまま黙っていた。そして何かを決断すると

バリクナジャの肩に手を置き、彼の不安と恐れをまとめて解決する案を出した。

 

『ならばこうしようではないか。我も実は人間の妻と、彼女に産ませた娘がいる。

 魔王様にそのことを告げ口するといい。そして我が先日の戦いで狩ってきたが

 まだ献上していない神の軍の戦士の首が数個ある。それを己の手柄として

 持参するのだ。オルゴ・デミーラ様はうぬを褒め称えると同時に我に失望し

 いま我が手にしている座にそのままうぬを置くだろう。大勢の死者が出るであろう

 神や精霊たちとの本戦に加わらず、この神殿に残ることができるぞ』

 

『・・・!!そ、そんなことは・・・!あなた様ほどの方にご迷惑は・・・!』

 

『ハハハ、何を言っている。臆病者が戦場にいると邪魔だというだけの話だ。

 それに我はうぬとは逆、誰よりも戦いの激しい最前線で戦いたいのだ。魔族の

 平穏を妨げる精霊や人間の英雄たちをこの手で除き去る。うぬと正反対の方法では

 あるが、家族を守るために、という思いは同じだ。いつか互いの娘が我らの

 後継者として魔族を繁栄させるためにも・・・今は我の言葉通りに動くのだ』

 

『・・・・・・この恩は・・・必ずお返しします!』

 

そしてバリクナジャはヘルクラウダーの勧め通りに行動し、その後は全て

ヘルクラウダーの考えのままに事が進んだ。バリクナジャは魔王軍の第二位の

地位を手にし、神と四精霊、メルビンを含めた大勢の英雄たちとの戦いに

直接加わらなくてもよくなった。高い立場を失ったヘルクラウダーは最前線に

送られたがそこで大暴れし、多くの精霊や天使たちを打ち倒して勝利に貢献した。

 

 

 

 

「これが真実だ。やつがわたしを蹴落としたのではない。わたしがやつにそうするよう

 命じた結果だ。だから我が娘よ、このことでバリクナジャを憎むのは正しくない。

 互いに己の力を最大限発揮できる場所で戦えたのだからむしろよいことだった」

 

「・・・バリクナジャが臆病で腰抜けだという事実は何ら変わりません」

 

「・・・・・・いや、いかに敵とはいえ・・・一切躊躇わずに命を奪えるほうが本来

 異常だ。わたしやお前のような者こそこの平和が実現した世には不要であり危険な

 存在なのだ。やつはこの時代に生きるべき男だったが大戦がそれを許さなかった」

 

 

一番初めに三匹のスライムと戦ったときのことを思い出す。必死にひのきの棒を

振り回していたら勝手に逃げていった。殺すとか殺されるという感覚はなかった。

それから数時間後だった。ウッドパルナに入る前にマチルダさんから魔物と戦うための

指導を受けている最中に草むらからムカデが飛び出し、マリベルの首に噛みつこうとした。

 

『・・・・・・・・・!!』

 

城で剣の訓練を毎日やっているキーファと違ってぼくはちっとも上達しなかった。

それでも彼女を守るんだ、その思いに駆られた瞬間に自分でも信じられない動きで

魔物を真っ二つに斬っていた。あれがその先ずっと続くぼくの『殺しの歴史』の

最初の一ページだった。だんだんと心が慣れていく感覚があった。これだけ大群で

襲ってくるのだからやるしかない、こいつは救いようのない悪だから殺して当然・・・。

もちろんそうしなければどこかで死んでいたのだからこれで正解だったと思うしかない。

 

「わたしやお前、勇者たちは当たり前のものと受け入れることができたが・・・やつは

 とうとう最後までできなかった。平和な世であればやつは魔空間の神殿にずっと

 籠っていられただろうがそうもいかず・・・安全なところからであるとはいえ

 神の兵たちとの戦いに向かうたびに・・・バリクナジャの心は壊れた」

 

 

『これは・・・なんてことだ・・・』

 

目の前で敵も仲間も死んでいく。昨日まで隣で話していたあの魔物には自分と同じように家族が待っていたではないか。その魔物に道連れにされた人間の兵士、彼は死に値する

男だったのか?そう、罪なき者が罪なき者の命を奪う終わりなき戦いの日々。

神や魔王のこと、魔族の未来、己の命・・・全てがわからなくなっていた。何のために

戦うのか、傷つき奪い合い、いずれ死ぬのか・・・完全に壊れ、狂ってからは早かった。

 

 

「コスタールや他の地方での悪評高い行いの数々・・・ほんとうのバリクナジャで

 あれば決してあのような真似はしなかったと断言しよう。元から腐っている輩も

 数多くいたがやつは違う。それを今日、多くの者たちの前ではっきり語ろう」

 

「・・・・・・と、父さん・・・・・・」

 

「だが・・・そんなやつにも最後の良心が残っていた。やつを繋ぎとめたのは

 まだ顔も見ていない愛娘、その存在だったのだろう。アルスよ、やつがあの日

 コスタールで赤子たちをどう扱ったか・・・覚えているか?」

 

もちろん覚えている。あれは残酷な光景だった。生まれたばかりの赤ちゃんが

満月の夜に魔物に姿を変えてどこかへと去ってしまうという悲劇。ぼくが現代に

移されたのもそのせいだろう。バリクナジャが自分のいる大灯台へと招いて

いたことが明らかになり、彼を倒すと子どもたちは解放され元に戻っていった。

 

「実は赤子をすぐに親の目の前で殺すようにという命令が出ていた。しかしやつは

 このほうが絶望を与えられるとうまく言い訳してこのやり方に固執した。

 全てはいずれ自分が倒されたときに赤子たちが親のもとに帰るために。自分が

 これから親になるはずだったのだ。死の間際、やつの心は僅かに生きていたのだ」

 

これがあの事件の真実だった。それを知ればすべて納得がいった。

 

「そうか、だからバリクナジャは・・・あれだけ姿を変えられた魔物が奥にいたのに

 ぼくたちとの戦闘で一度も使わなかった・・・いや、今思えば戦いの巻き添えに

 ならないように戦っていたのか!あの戦いで感じた手応えの無さや拍子抜け・・・

 バリクナジャが弱かったからじゃない!彼は・・・・・・」

 

最後まで血生臭い戦争に慣れることができず、精神が壊れてからも故郷に残した

家族を思い、どうにか運命に抗おうとした・・・悲しき父親だった。

 

 

「・・・・・・」

 

遥か過去のコスタールでバリクナジャのせいで深い傷を負ったシャークアイや

海賊たち、アニエスさんもただ黙っていた。外道な鬼畜の正体が自分たちと何ら

変わらない、神と魔王の戦いに巻き込まれた一人に過ぎなかったからだ。そして

神も魔王もいない世界、もはやその怒りをぶつける相手もいないとなると・・・。

 

「我が娘よ、お前がわざわざその役を引き受けることもあるまい。我ら戦人の時代は

 終わった。これ以上その者に手出しすることはわたしを含めたこの場の皆が許さぬぞ」

 

「・・・・・・ふっ、父上からそのように言われては仕方がない。わたしたちの

 時代ではないというのはわかっていた。だからわたしのことを神だとか勘違いする

 連中にわたしから離れてもらうためにあえて残虐に振る舞ってみたが・・・・・・。

 おい、お前ももう復讐をしようという気はないのだろう?早く故郷に帰るといい」

 

バリクナジャの娘エネイブルを解放した。これで終わり、誰もがそう思った。でも、

 

 

「・・・待った・・・まだ・・・まだ終わってない。決着はまだ・・・」

 

エネイブルではない。彼女と最初に戦って一撃で倒されたガマデウスのトレヴだった。

あれで死んでしまうほど弱くないと知ってはいたけれど、まさか戦いの続行を

望んでいるなんて。好戦的ではなかったはずなのにどうして今このタイミングで?

 

「やはりさっきは手を抜いていたのか。遠くから見ていたが・・・わざと

 攻撃を受けたように見える。お前もこいつもダメージは大きい。そこで最後の

 勝負といくつもりか?」

 

「・・・いや・・・続けるのは戦いじゃない。その子の・・・復讐だ!このワタシに

 その手でとどめをささせてやってほしいんだ・・・」

 

さっきの戦いのあっけない結末の理由がはっきりとした。彼女自身が敗北を、そして死を

望んでいたからだ。それはバリクナジャに執拗なまでに攻撃を加えて惨たらしく殺した

罪悪感か、それともわだかまりや憎しみといった負の感情が一切消えた完璧なる平和な

未来を願っての行動なのか・・・無抵抗でエネイブルの攻撃を受け入れる構えだ。

 

 

「・・・ど、どうして・・・私がこのまま帰ろうがあなたを討とうが何も変わらない。

 私の後にはもう誰も魔王の遺志を果たそうとする魔族も勇者を逆恨みする者もいない。

 私は父さんがどんな人だったかを本当の意味で知ることができた。だからもう・・・」

 

「いや・・・それじゃキミがかわいそうだ。小さいときから一人ぼっちで復讐のことだけを

 考えて生きてきた・・・一番楽しいはずの時間におしゃれも遊びもできずにひたすら

 ワタシたち憎しの思いで今日まで自己流で鍛錬を続けてきたんだ・・・その点ワタシは

 キミの父親相手に復讐を遂げた後はこの平和な村で飽きるまでおいしい魚とお菓子を

 食べてのんびりと暮らしていた・・・いくら何でも不公平すぎるじゃないか」

 

トレヴはなおも続ける。普段の彼女には似合わない、血と砂で汚れた顔には確かな

微笑みがあった。これから命を絶たれようとしているようには思えない安らかな笑みだ。

 

「そしてここにいる皆が誓ってほしい。勇者ロト・・・いや、それよりずっと前から

 今日まで絶えず続いてきた、『報復の連鎖』をこれで最後にすると。ワタシがこの子に

 殺されても、もう誰もワタシのために武器を持とうとしちゃいけない・・・ま、

 ワタシの人徳じゃそもそもみんな動かないかもしれないけどね、ゲロゲロリ」

 

「・・・バリクナジャの娘の思いを遂げさせる・・・これまでの歩みに一区切りさせる

 ためだけにお前が犠牲になるというのか」

 

「生まれた時代も境遇も違うのに・・・ワタシとこの子はほとんど同い年だ。でも

 大切な人を奪われたってところが同じだからね、他人に思えなかったんだ。

 さあ、エネイブル!ワタシはあの日、キーストンに敗れてすでに虫の息だったキミの

 お父さんに吹雪を、猛毒を、拳の嵐を浴びせて遺体を破壊した女だ!ワタシを

 この手で倒すことで数千年以上に及ぶ全ての因果が終わるんだ!そしてキミは

 故郷で本来得るはずの幸せを掴むんだ。素敵な人と恋をして結婚して・・・」

 

「・・・・・・」

 

「嫁いで母になる、それから平和な世の中で今度こそ親子そろって・・・グエっ!!」

 

 

まだトレヴが熱く語っていたけれど、それは強制的に中断された。エネイブルが

勢いよく突進し、言葉が発せなくなったからだ。ナイフで腹を刺したのか・・・

そんな心配はいらなかった。彼女の両手はトレヴの背中を強く抱きしめていたからだ。

 

「・・・そんなことを言われたら・・・もう憎しみを捨てるしかないじゃない!」

 

「・・・・・・・・・」

 

そう、トレヴは進んで自らの命を差し出した。世界の平和や繁栄のためではなく、

敵である少女のためだけに。そしてエネイブルはトレヴを許した。本来持っている

正当な復讐の権利を捨てたんだ。こんな簡単なことでこの争いは終わった。戦いに

負けたから仕方なく折れたり相手の要求を受け入れたりしたわけじゃない。もし

数千年以上の時の中で、どこかでこれが実現していれば世界はとっくに戦いが

終わっていたのかもしれない。勇者と呼ばれているぼくやエデンの戦士たちと言われる

仲間たちが全く関わらずに問題が解決した。これでついにぼくは完全に勇者として

何かをする必要がなくなったというわけだ。大きな何かが消えてなくなった気がした。

 

 

 

「嫁ぐ・・・それならあなたのような人がいい。明るくて誰とも仲良く話せる、

 それでいていま私に見せてくれた勇気と同情心、憐れみの心・・・きっと

 空の上にいる父さんと母さんもあなたなら文句なく受け入れてくれるはずだから」

 

「ゲロッ!?いやいや、それはまずいでしょ。まあキミは確かにかわいいけれど

 ワタシたちはメス同士じゃないか。嫁ぐまではよしとして、子孫を残すと

 いうのは不可能!いくらモンスター人間といってもそれは・・・」

 

戦闘が終わった途端、流れが急変し戸惑うトレヴ。そこにラフィアンが冴えない顔で

近づいてきた。互いにとって難儀な事実がある、そう言いたそうな様子だった。

 

「いや・・・そうでもない。わたしが先ほど名前を出したプチット族たち、そのうちの

 一人、僧侶のラフインはあまりにも勇者グルーヴを想う気持ちが強すぎてとうとう

 開発してしまった。メス同士でも子が生まれるという禁断の薬を!すでに魔物で

 100パーセントの成功実績があり、普通の人間では厳しいがわたしたちのような

 特別な生物であればその薬の力を借りれば妊娠と出産が可能だそうだ・・・」

 

「ゲ—————ッ!で、でもそんな薬、誰も許しは・・・・・・」

 

「・・・それが・・・モンスター人間の総帥であり生き残った魔族の長である

 ロンダルキアのハーゴン、やつが認めてしまった。もともとあの地にいたやつの

 仲間たちは女が多かったし、オルゴ・デミーラが死んだあと最後の悪あがきに

 加わらなかった、つまり気性が穏やかな魔物はほとんどメスだ。実は今日わたしが

 この村に来ていたのは逃げていたからだったんだ!フィリアもセファーナも

 あろうことか自分たちではなくわたしにその薬を飲ませようとしているんだ!」

 

新たな問題もぼくにはちっとも関係ない話でよかった。当人たちは慌てているけれど。

 

「え~?いいじゃないですか。母親になればこんな無茶もしなくなるでしょう?

 私もフィリア様もあなたがまた戦いを求めるようになるのが心配なのです。

 決してやましい気持ちなんて少しも抱いては・・・・・・」

 

「いや、その顔がもう信用できない!アルスや他の世界の名士たちと共になる

 チャンスだってあったのにわたしの家に入り浸っているお前は怪しすぎる!

 父上からも咎めてはいただけませんか、二人を・・・」

 

「・・・我が娘よ。わたしはそろそろ孫の顔が見たい。もう過程や方法など

 細かいことはどうでもよいわ!この二人に頼まれて連れ戻すためにわたしは

 ここに来た。さあ、大人しく我らと来るのだ!」

 

「・・・・・・!まずい!ここは逃げねば!お前たち、どけ—————っ!!」

 

 

ぼくが村に被害がなかったかを確認していると、後ろからラフィアンが走ってくるのが

わかった。避けなければと思って振り返ってみた。だけど、

 

「・・・・・・・・・!!」

 

なんと、視界がぼやけて何も見えなかった。向こうからものすごい勢いできている、

それはわかるけどそれ以外は何もわからない。この見えなくなる現象は今日だけで

もう三回目だった。誰にでも見える石に躓き、スロットの大当たりもわからない。

これはもう疲れているから・・・とかじゃない。ぼくにはその原因もわかっている。

 

「・・・ア、アルス!なぜそんなところで仁王立ちを・・・・・・ぶつかる!」

 

「うわっ!!」

 

彼女と激突し、互いに転倒した。あっという間に拘束されていた。

 

 

「さあラフィアン、私たちの家に帰ろうね!いつも他人のことばかり考えているのだから

 たまにはわがままを通していい、そう言ってくれたのはラフィアンだからね!」

 

「放せ————っ、放せ——————っ!!」

 

そのまま空へと消えていった。そして魔王の最後の刺客だったエネイブルもトレヴと共に、

 

「じゃあ行きましょう。まずは父さんと母さんにあなたのことを紹介しなくては」

 

「・・・バリクナジャはワタシのことを知っていると思うけどなぁ。しかも相当

 恨んでいるはずだし・・・呪い殺されるかもしれないからやっぱり・・・」

 

「父さんはそんな人じゃありません!さっそく私の故郷へと参りましょう」

 

新たな未来へと続く全てが『勇者抜き』で忙しく始まっている。これまでの歴史で

勇者は魔族との戦いが終わった後も王として世界を治めたり国の統一に励んだりと

表舞台での活躍や歴史をつくる仕事が続いていた。いま、ぼくはそこから無縁の場所にいる。

責任感や使命に燃える今までの本物の勇者たちなら必要とされなくなるのは寂しいと

思うだろうけど、何度も言うようにぼくは違う。勇者として生きたいという思いは全く

持っていないからだ。これでようやく自由にやりたいことができる。村に危機が訪れたにも

関わらず、最後まで姿を現さなかった彼女を探しに行く。ぼくの望みはそれだけだ。

 

 

 

 

 

野に咲く花の名前は知らない だけども野に咲く花が好き

帽子にいっぱい摘みゆけば なぜか涙が 涙が出るの


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