ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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あの素晴しい愛をもう一度

 

『あんたは誰よりもあたしのことをよくわかってる。でも・・・やっぱり何も

 わかっちゃいないわ。きっとこれからもね』

 

いつそう言われたのか、もう忘れてしまった。そのときはあまり気にしていなかった。

笑顔だったのに寂しそうな・・・諦めのような感じにも見えた。ぼくを責めるというよりは

これが人間ってものでしょ、しょうがないじゃないって言いたげなあのときの彼女。

ぼくが、彼女が一番欲しかったものやこうなりたかった未来とかは何だったんだろう。

 

 

「・・・じゃあそろそろ行かないと・・・ん?あれは・・・」

 

店を出るとつい数時間前にコスタールのカジノで会ったモンスター人間たちが

数人の仲間を加えて集まっていた。その中心には青い髪の女の子が座っている。

 

「まさかあれが・・・さっき言っていた『復活させられることになっている』子?

 遺体はずっと腐らずにそのままだったという、はるか昔の勇者の妹!

 こんな短い時間で生き返ったっていうのか・・・すごいな」

 

「厳密には妹じゃないんだがね・・・アーサーとサマンサのそれとはまた違った

 複雑な事情があるようだがいまの君には関係ないだろう。以前から彼女たちに

 繰り返し頼み込まれて準備は終わっていたから最後の一息だけだった。まさか

 一目惚れしたってわけではあるまい。君が目指すところは一つだったはずだ」

 

「あんなにモンスターたちから愛されている人は知らないよ。私以上かも。

 ひょっとしたら私はあの人の子孫なのかもと思ったけど違うんだって。

 それとは他にすごい魔物使いがいたらしいけど。どこかの王様だったとか」

 

ぼくの後ろからハーゴンとイルが続けて出てきた。魔物たちから絶対的な信頼を集め

トップに立つ二人が、あの女の子には敵わない、といった顔をしていた。

 

「わたしは地上に干渉しなかったがずっとロンダルキアの地から眺めていた。

 彼女は勇者ではない。ただ、勇者ではない人間のなかでは最も素晴らしい

 人間だったと断言できる。誰に対しても無限の愛情と優しさを示した」

 

「くすくす、私たちと違って何一つ悪いところがない。私たちはみんな一度は

 思うはずだよ。『こんな悪人は死んでも仕方ない』とか『当然の報い』とか。

 どうしても心を開いてくれないモンスターは倒すしかないと決めたことだって

 きっとあるよね。でも・・・あの人は違ったらしいよ。大魔王すら最後は

 心を動かされて、改心してからいなくなったんだとか・・・」

 

モンスター人間たちの言っていたこととほぼ同じだった。二十二歳の若さで

亡くなったとのことだけど、そのエピソードはいくらでも出てきそうだ。

だから先を急ぐぼくはあの輪に近づかずに目的の場所に行くべきなんだろうけど、

長い旅の間で幾度もあった不思議な感覚がした。何かしらのヒントが得られると。

 

 

「あなたは・・・」

 

「ああ、この男こそ永遠に続く平和をもたらした勇者だよ。こいつが最後の

 魔王を倒したから安心してお前が帰ってこれる世界になったんだよ」

 

「そうだったんですか!それは・・・ありがとうございました」

 

ぺこりとお辞儀をされたのでぼくもそのまま返した。いつものぼくなら彼女たちの

感動の再会を邪魔しちゃいけないとすぐにこの場を去るところだけど、今日は違う。

場に緊張が走るとしてもどうしても聞いておきたいことがあった。

 

 

「・・・一つ聞きたいんですが・・・いいですか?」

 

「え?はい、私に答えられることなら何でも・・・」

 

「正直なところ、復活してよかった、心からうれしいと思っていますか?だって

 あなたが生きていた時代とは全く違いますし、今のあなたは普通の人間では

 なくなっているわけで・・・いや、生き返ったその日のうちに聞くことじゃないとは

 思うんですが、これまでの自分とは違う新しい命というのは・・・」

 

こんな質問、普段だったら絶対にしない。案の定彼女の生前の友人たちが詰めよってきた。

 

「おい、アルスさんよ!いきなりふざけたことをほざきやがってどういうつもりだい!」

 

「いかにハーゴン様の秘術でも蘇りの意志がない人間は復活させられないんだ!

 お前なんかが心配することじゃないんだからとっととどこかへ行きな!」

 

水を差すようなことを言われたのだから怒るのは当然だ。それにまだ戻ってきて

すぐなのだから、この人たちも彼女がほんとうに喜んで新たな自分を受け入れて

いるのだろうかという不安はあるだろう。質問の答えは知りたかったけれど

これ以上ここにいるのは厳しいかなと思ったところで主役がぼくに近づいてきた。

 

 

「・・・!こんなやつ相手にする必要は・・・」

 

「だいじょうぶ。私だって昔は気になることとかわからないことをいつもみんなに

 たくさん聞いたよね。世界の話や魔族の話、呪文に特技、いろいろ教えてもらった。

 それに比べたら簡単なことだよ。難しい話なんて何もないんだから」

 

ぼくの失礼な質問に少しも気分を害していないようだ。険悪な空気は彼女が動き出して

言葉を発しただけで消えてなくなった。魔物たちと次々と親しくなり、どんな憎悪や

憤怒の心に満たされた悪人、魔族をも浄化させるというのは大げさではないようだ。

 

「そうですね・・・まだ目が覚めてすぐですが違和感はありません。私が私で

 あることは変わらないみたいですから新たな自分という気もしないですね」

 

「・・・」

 

「私の時代、世界は夢と現実に分かれてしまい私も二人いました。でも両方ほんとうの

 私だったと思っています。それが一つになった後も、おにいちゃんの妹だったのが

 妹じゃなくなって、その後にはお嫁さんになっても私は私でした。だから環境が

 変わってもそれほど気にならなかったんでしょうけどもしそこが崩れたら・・・」

 

 

そこが崩れる、つまり自分が自分でなくなる。そう、ぼくはその感覚を知っている。

いつの間にか水の精霊に愛された海賊になったかと思えば大昔から予告されていた

世界を救う勇者になったぼくは、これまで生きてきた自分がどこかへ消え去っていく

ように感じていた。皆もぼくのことを違った目で見るようになった。歴代の勇者たちは

それを受け入れたようだけどぼくは嫌だった。だからずっと何一つ変わらずに

接してくれるマリベルに惹かれ、これからもいっしょにいたいと思ったんだ。

 

「そうそう、それと関係があるんだがそもそも私たちがお前の遺体を持っていったのは

 最初からいつか復活させようっていう願いがあったからじゃないんだ。魔界の王、

 確かミル・・・なんとかっていったかな?魔族にも愛されたお前の遺体を利用して

 怪しげな宗教を始めようとしたからだ。表面上はお前を女神として皆に崇拝させて

 最終的には自分が神になるために・・・だから私たちが動いたんだ」

 

「えっ、そんなことが?全然知らなかったよ。女神になるのはいやだなぁ」

 

「あっはっは、死んでいたんだから知らないのは当然じゃないですか。いや、あなたは

 眠っていたという表現を好んでいるようですから今後はそうしましょう。私たち

 皆が愛しているあなたがどこかの小物に利用されるのは見ていられませんからね」

 

 

彼女は誰からも愛される人物でありながら過度に持ち上げられるのを嫌っている。

照れ屋なのか謙遜しているのか・・・いや、やっぱり自分でありたいからなんだろう。

彼女とは正反対のマリベルは事あるごとにあたしを褒めちぎれとか感謝しろとぼくに

言い続けてきたけれど、あまりにもそれが過ぎると顔を真っ赤にしてどこかへいなくなる。

 

でもそれとはまた違う、マリベルもぼくらと同じで自分のままでいたいという思いを

強く持っているということもはっきりしている。過去の世界で魔王の配下を倒して

大陸を復活させる。ぼくらのことなど何も伝わっていなかったり間違った歴史が

広まったりしていると呆れ顔で不満を露わにした。ところが真逆、救世主として

崇められるどころか神格化されるとだんだんマリベルは笑顔でなくなっていった。

 

『あんたたちが羨ましい?そんなことないわ。こっちは気楽だから生き易いわよ』

 

オルゴ・デミーラを倒した五人、そのなかで彼女は最後まで唯一ただの人間だった。

そこに誇りを持っていた。だんだんと重荷が増えていくぼくに同情すらしてくれた。

 

 

(そうか・・・わかった。いま、すべてがわかった!どこへ向かうべきか・・・!)

 

マリベルが突然いなくなったこと、その前から貴重な品々を処分しようとしていたこと、

その理由がわかった気がした。そしていまどこにいるのかも。やっぱりぼくは今日

この『アーサーのブティック』に来て、そして青い髪の女の子に声をかけてよかった。

 

 

 

店を離れぼくがまず最初に向かったのは島の外れ、ぼくたちしか知らない場所だ。

神殿を含めた古代遺跡があるすぐそばで、そこに旅で手に入れた武器や防具、

装飾品やその他多くのものを保管しておこうということになった。それぞれが

新たな生活に入る中、自分が一番暇だからという理由でマリベルがそれらを

管理すると手をあげた。いつもお金や物への執着心が強かった彼女がその役を

買って出たことをぼくらは怪しんだけれど、まあいいかと簡単にオッケーを出した。

 

「・・・ぼくたちが無頓着すぎたのかもしれないな。お金のことは何とかなると」

 

いまそこにマリベルがいるわけじゃないのはわかっている。それでもぼくの予感が

正しいものであると確かめるために向かった。いつ何が起きてもいいようにその

倉庫の鍵は五人全員が持っている。とはいえ全然人が来ないところなので、

大したものじゃない・・・盗賊の鍵があれば開いてしまう程度で問題なかった。

 

ぼくはその扉を開いた。やっぱり、と思った。ほとんど何も残っていなかった。

 

「もう・・・ぜんぶ片づけた後だ。あれだけのものが・・・何も」

 

何もない、そう言いかけたけれど違った。隅のほうにぽつんと残っているものがある。

数万ゴールド以上はする貴重な品々すら捨てるようにして譲ったというのにそれでも

手元に置いてあるものとはなんだろう・・・ぼくはそこに座り込んだ。

 

 

「・・・まだあったんだ。ぼくが一番初めに持っていたひのきの棒だ!マリベルの

 棒もあるし、キーファが使っていた棍棒も・・・売らなかったのは覚えていたけれど」

 

長かった旅のほんとうに最初、ウッドパルナでの冒険のときに使っていたような武器や

盾代わりにしていたお鍋のフタがあった。それだけじゃない。そばにはキャンプのときに

使っていた食器や壊れた日用品、料理のレシピなどが転がっていた。ガボやアイラ、

メルビンさんの活躍を支えた武器や防具ではなく、戦闘から離れたリラックスしている

ときの素顔の彼らのことがよくわかるものが残っていた。これで最後の謎が解けた。

マリベルが欲しかったものはなにか、ぼくと変わらなかったということが。

 

 

 

 

いまだからこそ思う。たとえぼくが古のロトの時代から言い伝え続けられていた

最後の勇者だとしても、千年前から水の精霊によって移された伝説の海賊の息子

だとしても、ぼくが世界を救わなかったらまた別の人間が出てきただけじゃないかと。

 

人は誰かになれる、ぼくのような何の取り柄もない男でも勇者になれる。でも、

何にもならないことだってできたはずだ。まあ厳密に言うなら何にもならないって

いうのはありえない。父さんの後を継いで漁師になるとかおじさんのように遊び人に

なってふらふらするとか、世界という大きなものから見て何でもないという意味だ。

ぼくが漁師になろうが城で働こうが農業を始めようが世界は気にも留めないだろう。

 

 

『勇者様ばんざ————い!大魔王を倒した勇者様よ永遠なれ—————っ!!』

 

もしかしたらぼくたちは世界を救った勇者の凱旋を人混みの中で見ているうちの

一人だったかもしれない。キーファは城の王子、ひょっとするともう王になって

いるだろう。ぼくとマリベルもあのころのまま、どこにでもいる少年少女のまま、

 

『は———っ・・・あの勇者っていうより勇者の幼馴染が羨ましいわ。なんで

 あたしにはアルスなのかしら。勇者の爪の垢でも飲ませてもらえないか頼んだら?』

 

『ははは・・・たぶん断られると思うけどなぁ』

 

いつもの小言を聞かされぼくは苦笑いするばかりだっただろう。そんな平凡だけど

変わりない毎日、それは思っていた以上に価値のあるものだったんじゃないか。

 

いや、もちろんぼくたちが冒険の旅に出なければ世界が救われたとしても歴史は

大きく変わっていたのはわかっている。アイラがこの世に存在していないのは

確定しているし、ガボとメルビンさんが救われたかはわからない。ぼくたちが

救えなかった人々が助かったかもしれないし、逆にもっと多くの国々が滅びた

ままだったかもしれない。だから何が正解だったかはずっと答えが出ないままだ。

 

 

 

「よし・・・行こう。マリベルは・・・あそこにいるはずだから」

 

遺跡のなかに足を踏み入れた。でも神殿に用はない。ぼくが目指すのは隠し通路、

行き先は大人たちの目を盗んでこっそり遊んでいた昔から知っている馴染みの場所だ。

成長したいまになってあの場所のよさが改めてわかる。この世のどこを探しても

あの場所ほど美しいところに出会ったことは一度もない。あそこが一番だ。

 

ところがこの瞬間、ぼくの決意を弱めさせようとする謎の声が聞こえてきた。

もしこの先に進めば二度と帰れなくなると。皆と永遠の別れ、それでもいいのかと。

 

「・・・・・・」

 

世界の果てまで向かうつもりでいたのにエスタード島内、しかも初日で旅が終わる。

だからすぐにでも皆に会えるはず。なのにこれまで以上に強い警告の声がする。

重い選択になるぞ、と何者かが迫ってくる経験は初めてじゃない。キーファと

遺跡の探索をした夜、最初に石版を台座に揃えたとき、大魔王の玉座の前の

最終地点・・・どれも後戻りはできないからよく考えろとぼくに強く問いかけてきた。

 

 

「この先に何があるっていうんだろう・・・どうしてこんな」

 

ぼくの当てが外れて彼女ではなく恐ろしいものが待っているのか、それとも後々

ひどく後悔することになるのか。それこそぼくがぼくでなくなってしまうような・・・。

 

 

『行けよアルス、行くって決めたんだろ?こっちのことはオイラたちに任せとけって』

 

『うむ、アルスどのが行かねば誰が行く?』 『彼女のこと、よろしく頼んだわ』

 

 

不安を煽るような声をかき消してぼくの背を押してくれる仲間の声たちがした。

そこにいるのではないかと思うほどはっきりと聞こえたので振り返ったけれど

誰もいない。でも確かに三人の仲間がいて、二組の両親や村の人々、世界中の

大勢の友たちがその後ろにいるように感じられる。そうか、これがさっきイルの

言っていた『皆の応援』か。わがままを許してくれるありがたい後押しだ。

 

『アルス、やっとお前もあのときのオレの気持ちがわかったんじゃないのか?』

 

「・・・キーファ!」

 

『何も怖くねえから先へ進め。オレたちはいつもそうだっただろ?いつも慎重な

 お前だがここぞというときは自分から前に出た・・・さあ、冒険の始まりだぜ』

 

 

 

再び静けさが戻った。もうほんの僅かな躊躇いもない。彼女がいるのは世界で

一番美しい、七色の入り江だ。きっといなくなってからずっとここにいた。

 

どうしてぼくは今日までこの場所を探そうという発想に至らなかったのか。

そもそもマリベルはなぜ誰にも言わずに姿を消して身を隠し、その隠れ場に

ここを選んだのか。ぼくのことをどう思っているのか。それらの答えを

見つけるのは後でいい。会えたのなら何もかもがどうでもよくなる。

 

早く会って話がしたい。ぼくはきみのことを知っているつもりだったけれど

まだまだわかっていなかった。だからもっと教えてほしいと言いたい。

 

 

「マリベル!そこにいる・・・・・・」

 

全速力で走っていた。目的の地に到着しても、はやる気持ちは落ち着くどころか

増す一方だ。すぐにその姿を確認できた。たとえ来ないでと拒まれたとしても

そのもとに駆け寄るために急いだ。そう、『それ』を知るまでは。

 

「の・・・か・・・・・・・・・」

 

ぼくの足は止まった。彼女は一言も返さない。以前は花なんかなかったところで

それをベッドのようにして眠っていた。穏やかに、安らかに眠っていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

これ以上近づいてその体に触れなくても十分だった。確かめなくても理解せざるを

えなかった。いつもよりも顔色がいいようにすら見えるから一瞬だけ希望を持った

けれどすぐに萎んで消え失せた。体が微動だにせず、呼吸を全くしていない。

 

 

「・・・・・・ぼくは・・・・・・やっぱり何もわかっていなかった・・・・・・」

 

 

どうして、なんで・・・考えてもちっとも納得できる答えが出てこない。

ほんとうにわからないんだ。争った形跡はなく、自分からそうしたように見える。

なぜこんなことをしたのか、ぼくに一言話してくれてもよかったのに・・・!

そうした感情を抱くことすら全て無駄になってしまった。もういないのだから。

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

言葉が出てこなかった。でも、涙は知らず知らずに流れ落ちて行った。そうか、

マリベルといっしょに何かを食べたり歌ったり、遊んだり喧嘩したりはもう

二度とできないのか。ぼくの恋心もこうなっては届かない。せめてもう一度と

思っても二人の心を通わせる機会はもうないんだ。

 

美しい七色の光に包まれても、広い荒野に一人置いていかれたような気持ちだった。

 


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