ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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七色の光の中で

 

ぼくはその場に座り込んでいた。何かをする気力が湧いてこなくて、これが絶望と

いうものか、と思った。そんなぼくを気にも留めずに彼女、マリベルは安らかに

眠っている。息を引き取ってからどれくらい過ぎているのだろう。ついさっきまで

生きていたとしてもおかしくないし、彼女がいなくなった一か月前、その初日に

すでにこうなっていたとしても疑わない。腐らない遺体のことを聞いていたからだ。

 

この七色の入り江の聖なる力がそうしているのか、それとも彼女自身によるものか。

ぼーっとした頭で考えていると、七色の光の中から気配がした。ここにはぼくと

マリベルしかいないはずなのに、ぼくに向かって誰かが近づいてくる。そしてこれは

ぼくがよく知っている存在だ。こんなおぞましいオーラ、忘れられるはずがない。

 

 

「フフフ・・・なるほど・・・そうかそうか・・・その女の死・・・それが

 勇者アルス、お前を絶望させ戦う力を奪うために必要だったのか。ようやく

 そこに至ったが・・・時間を要しすぎた・・・・・・」

 

「・・・!オルゴ・・・デミーラ!まさかお前が—————!!」

 

最後の戦いで完全に消滅させたはずの大魔王が、ぼくの目の前に現れた。

実体はない、魂というかエネルギーの欠片だけで存在しているような状態で

漂っているけれど、この大魔王はどんな姿だろうが世界に害をもたらせる。

マリベルを殺したのはデミーラだ、そう確信したぼくを大魔王が制止してきた。

 

「いや、違う。わたしもたった今知ったところだ。わたしはもはや何もできない。

 だから王座に君臨しているうちに万が一の事態に備えて手下たちを用意した。

 わたしを倒し油断しているお前たちを殺しわたしを復活させるために・・・」

 

「それがキーファを襲ったヘルクラウダーやついさっき村にやってきた魔物の軍!」

 

「ああ・・・だがやつらは所詮最後の悪あがきに過ぎない存在。大陸を封印させた

 精鋭たちには到底及ばない。お前たちによって残らず倒されてしまった。フフフ、

 そんなことをしなくともこの女一人を始末するだけでわたしの勝ちだったのか」

 

諦めたようにしてデミーラが笑った。でも気を抜いちゃいけない。騙し欺くことの

天才だからだ。気を許したらそこで終わりだ。

 

「・・・まだ疑っているようだな。それも無理はないか。魔空間の神殿での我らの

 最初の戦い・・・あのときもわたしは卑劣な手でお前を追い詰めたのだから」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

あの戦いの最中、オルゴデミーラが突然変身した。それはぼくを動揺させるためであり、

確かに成功した。ぼくの永遠の親友、キーファの姿に化けて声もそのまま再現し、

ぼくはまんまと騙された。ユバール族に裏切られ、荒野で死を待つだけだったときに、

大魔王が現れて自らの後継者になるように勧められた、とそれっぽい理由を口にした。

 

『だからアルス、オレと手を組まないか!大魔王のやってきたことは間違っているが

 神や精霊たちだって薄情だ。人間がいくら苦しんでも何も助けてくれない。だから

 勇者の力を手にしたお前と偶然ではあるが魔族の王の力に満たされたオレ、二人で

 この世界を変えないか!もちろんガボやお前の新しい仲間たちもいっしょに!』

 

『キーファ・・・ぼくは・・・』

 

ちょうどその時期、ぼくはいろいろなことに迷い戦う目的を見失っていた。自分が

何者かもわからないなかで、最初からの仲間二人はいない。何のために旅を続けて

いるのか、そう思ったところで二度と会えないと思っていたキーファからの誘いの

言葉。ふらふらと近づいていったところでぼくの両眼は大魔王の尻尾によって斬られた。

 

 

「キーファになりすましてぼくはもちろんガボやアイラも惑わした・・・今でも

 目が時々痛むんだ。いまさら信頼できるわけないだろう」

 

「それは悪かった。しかしその件はともかく・・・思えばあの時からお前の力を

 限界以上に高める鍵が何か、その答えは出ていたのだ。わたしが気がついてさえ

 いればその後の戦いでの勝敗は逆になっていただろうに・・・」

 

視力を奪われ残った仲間たちも体力の限界が迫っていたとき、戦闘の流れを

大きく変えたのはオルゴ・デミーラが今でも悔やむ彼自身の失策だった。

 

 

『フッハハハハ!神に選ばれし勇者も英雄も、精霊たちの加護を受けた者たちも

 この程度か、脆いものだな!所詮は神の操り人形ども、敵ではなかった!

 どれ、残るはマリベルとかいう何の力もない小娘一人!お前たちを殺した後に

 そいつも始末すればわたしの勝利というわけだ!ハハハハ・・・・・・』

 

『・・・・・・マリベル・・・確かにそう言ったな・・・』

 

マリベルを守らなくちゃいけない。ぼくの体力と気力、魔力が戦闘の始めよりも

遥かに増していた。見えないはずの大魔王の姿がはっきりと見え、胴体の中心を

会心のアルテマソードで斬った。その場にいない彼女のおかげで勝った戦いだった。

 

 

 

「魔族との戦争に勝つ、世界を平和にする、名声を得たり復讐を果たすため・・・

 これまでの勇者とお前は全く違っていたことを最後まで見抜けなかった。

 まさか王たちや世界、果ては神よりも恋人ですらない女を大事に思いそれを

 力の源にするなんて・・・勇者失格だ!お前が正統な勇者であればわたしが

 勝っていたのだ!とはいえこんなものわたしの頭脳であってもわかるはずがない」

 

「・・・ぼくもそう思う。こんなやつに倒されたんじゃお前も死にきれないだろ」

 

まあ現にこうして出てきているくらいだし、ぼくへの憎悪は言葉にできないほど

強いものなのだろうと思った。ところが今のデミーラの顔はとてもさわやかで、

後ろ向きな感情なんかちっともないような輝いた目をしていた。

 

「ふふふ、だからこそお前に倒されてよかった・・・とも言える。神のために戦う

 デク人形ども相手に負けたとあれば永遠に恨み続けるところだったが・・・

 アルス、お前を見ていると昔のわたしを思い出す。似ているんだ、あの頃のわたしと」

 

「・・・・・・・・・」

 

「露骨に嫌そうな顔をするな。そのときのわたしはまだ怪人でも腐臭のする化物でも

 なかった。それに似ているというのは外見の話ではない!」

 

それはそうだ。どの形態のオルゴ・デミーラにそっくりだと言われても死にたくなる。

とはいえ大魔王の過去、魔族の長になる前はどんな人物だったのかは少し気になった。

 

「お前もよく知る魔族と人間の中間の存在、モンスター人間・・・わたしは生まれつき

 その種族だった。見た目は人間とほとんど変わらない。特別な力もほとんど持って

 いなかったので強い人間と戦ったら負けてしまうほどの非力ぶりだった。まさか

 自分が大魔王と呼ばれるようになるとは夢にも思わなかった時代だ。当時の

 世界の覇者は史上最悪の大魔王ゾーマ、早くどこかの勇者に倒されて平和な世が

 実現してほしいと願っていた者の一人であったくらいだからな」

 

「・・・ちょっと待て。確かお前はゾーマを崇拝していたはずだ。いずれはゾーマを

 復活させて世界の頂点の座を返すとすら言っていた・・・それがどうして?」

 

ぼくが尋ねると、デミーラは七色に光る水を眺めながら在りし日のことを語り始めた。

 

 

 

オルゴ・デミーラが凡庸なモンスター人間だったとき、ゾーマを倒すために神から

選ばれた勇者が彼の住む村に近づいてきたという知らせがあった。ゾーマがいる限り

平穏はない、デミーラたちは人間界からやってきた希望の存在を喜んだ。

 

『これでようやく何にも怯えず生きていける。その勇者の快進撃は噂で聞いている。

 ゾーマの軍の精鋭たち相手に連戦連勝、近年で最強の無敵の勇者だそうだ』

 

『そうね、いろんなところに旅行に行って素敵な景色を楽しめるようになるわ』

 

デミーラには恋人がいた。世界が平和になったらどうしようか、期待でいっぱいだった。

だが、その勇者が村に来るということでもてなしの料理の食材を手に入れるために彼が

村を離れたのと同時に、入れ替わりの形でその勇者がやってきた。デミーラは後で

他人から聞いたとのことだけど、たった数時間のうちに酷い惨劇が起きてしまった。

 

 

『・・・ここはモンスター人間の村か。ならおれたちが好き勝手に利用し、略奪し、

 殺してしまっても問題はないな!こいつらの命など虫けらと同等の価値しかない!

 これまでも神や精霊は魔族をどう扱おうが何も言わなかった。どれだけ残虐に

 拷問しようが尊厳を傷つけようが・・・だから今日もそうさせてもらおう!』

 

勇者と仲間たちは神から選ばれたことですっかり傲慢になり、弱者を見下しては

魔物や力のない魔族を相手に邪悪な『遊び』を繰り返し行っていたらしい。

デミーラが村に戻ったとき、すでに村は壊滅状態だったという。彼の家族、そして

恋人も変わり果てた姿で息絶えていた。勇者たちのゲームの犠牲になったのだ。

 

 

「・・・それで人間を憎み、勇者を止めなかった神さまたちと戦おうと?」

 

「いや・・・わたしにそんな気力はなかった。絶望が大きすぎて、皆の後を追うため

 自分で死ぬことすらできないほどだった・・・そこに目をつけたのだ、ゾーマは!」

 

 

深い絶望、それこそがゾーマの主食であり、その匂いのするところに姿を現す。

襲撃から一週間後、月の見えない暗い夜のことだった。言い伝えとはまるで違い、

妖しげな魅力を持つ整った顔つきの男がデミーラの目の前に立っていたという。

 

 

『ほう・・・君は実に素晴らしい。わたし好みの・・・これ以上なく絶望に

 満たされている。力さえあればすぐにでも自ら命を絶とうと考えるその顔、

 最高だ!これほどまでにわたしを喜ばせたのは君が初めてだ。それに感謝と

 敬意を示し・・・素敵なプレゼントをあげよう。共に来るといい』

 

『・・・・・・』

 

これはすっかり病んでしまった精神のもたらす幻なのかもしれないと思い、

抵抗せずにゾーマに連れられていったデミーラがゾーマの城で見たものは、

彼の村を襲い殺戮を楽しんでいたあの勇者だった。傷だらけで捕らえられている。

 

『・・・!こいつは・・・!』

 

『この百年で最強の人間だと言われていたらしいがわたしの前ではこんなものだ。

 わたしはしばらく留守にする。この者の処理を・・・君に任せたいのだが』

 

ゾーマは姿を消し、デミーラと勇者だけが広い空間に残された。

 

『クソが・・・殺すなら殺せ!だが神や精霊たちが黙っちゃいないだろうがな!

 おれの復讐のためテメーが死ぬまで攻撃をやめない!その覚悟があるのかよ!』

 

『・・・・・・だったら戦ってやるさ。偉大なるゾーマと共に』

 

デミーラはその勇者の命を奪うのに数年使った。死んでもおかしくないほどの

ダメージを与えては回復させ、徐々に体の部位を奪い、生き地獄を与えた。

さらに勇者の仲間や家族を連れてきて、彼の目の前で彼がデミーラの大切な

人たちにしてきた行為と同じことをした。復讐の機会とそのための力を

授けてくれたゾーマへの忠誠心は日に日に増すばかりで、勇者が死んだときには

すでに狂信者になっていた。ゾーマこそ神となるにふさわしい者だと信じた。

 

 

「それからは彼と共に多くを成し遂げた。お前たちの遠い先祖、勇者ロトが

 登場するまでの間、たくさんの世界を支配し滅ぼした。人間どもと神に

 苦痛と絶望をもたらし続けることが我が使命と信じ疑わなかった。ゾーマが

 死んでからも常に彼ならどうするか、彼は喜んでくれるかどうか・・・

 わたしの基準はすべてそこにあった。彼のようになろうと励んだのだ」

 

大魔王が世界を次々と封印したとき、その大陸が滅んだ理由は様々だった。

強力な魔物が力づくで、もしくは人間同士の争い、または洪水や火山で。

いずれにしても、デミーラはゾーマを真似ていた。ぼくが読んだロトの記録と

ほぼ同じ光景を幾度も目にしたからだ。その書のおかげでパニックにならずに

目の前の災厄にどう立ち向かうかを皆で考えることができた。

 

「人間を魔物の姿に、逆に魔物を尊敬されている人間に化けさせる・・・

 わたしのオリジナルではない。ラーの鏡さえ手元においておけば完璧だ」

 

マチルダさんやゼッペル王、愛に満ちていた神父さま・・・多くの悲劇があった。

その神父さまに化けていたボトクやダーマの大神官になりすましたアントリア。

いずれも狡猾で救いようがない下衆だった。思い出すだけで気分が悪いやつばかりだ。

 

「人を動物に、動物を人に変える業も、朝も昼も一日中闇で覆うことも、世界が平和に

 なったと思った瞬間に絶望を与えることも・・・全ては彼の行ったとおりにした。

 わたしだけじゃない。彼以降の魔王は一人残らず彼の真似をした・・・」

 

「ゾーマは親友であり神であったとか言っていたな。ロトを、そして子孫のぼくを

 恨んでいるのはそのためか。そのパワーのせいで死にきれずにこうして・・・」

 

ここで何らかの攻撃を仕掛けられたら終わりだ。もう何もできないと言っていたけれど

こいつの言葉を信じちゃいけない、そう思っていた。ところが、気がつくとデミーラの

姿がこれまで戦ったどの姿でもなくなっていた。しかも穏やかな顔で笑っている。

 

「・・・!まさか・・・それがゾーマに魂を売る前の姿・・・」

 

「ははは・・・どうだろう。そんなことはどうでもいい。今更確かめようもないじゃないか。

 いまだに恨んでいるかって話だったはずだ。確かに数百・・・いや、それ以上の年月

 ずっと憎み続け、やつの血統を根絶やしにしようとした。ゾーマのために」

 

「・・・・・・」

 

「だけど・・・オレ自身がゾーマと同じ立場になってわかった。オレはうまく利用

 されていただけだったって。甘い言葉も優しい手つきも・・・自分の言いなりになる

 信者を手に入れるための演技で、その心は無慈悲で凍てついていた。オレを信じ

 魔族の幸せな未来のために戦い死んでいった者たちにはひどいことをした・・・。

 だから恨みなんてない。お前たちにも、ゾーマにも」

 

未練なくすっきりとした表情で、自身の野望が破れたことを受け入れている。

歴史上最も勝利に近づいた魔王でありながら、ここまであっさり諦められるのか。

思えばこの場に現れたときの最初の言葉、敗北の理由を語っている声もどこか

可笑しそうだった。もう未練はないというのならますますわからないことがある。

 

「だったら・・・どうしてぼくの前に?しかもこの場所、このタイミングで」

 

「フフフ、簡単だ。復讐のためだよ。でもアルス、お前に対してじゃない。オレが

 決着をつけてない相手がいる・・・神だ。お前やゾーマを恨む気持ちは微塵もないが

 神と精霊どもだけはどうしても許せない。だからいま、最後の力でここに来た」

 

 

神さまは完全に死んでいない、どこか遠い異世界の神殿で傷を癒しているのかもしれない、

メルビンさんや神の兵たちはそう言っていた。オルゴ・デミーラにもその感覚があるの

だろうか。とても長い年月戦った相手だ。まだ生きているという予感があって、それを

ぼくに伝えにわざわざ力を振り絞ってここまで来たのだろうか。

 

「・・・まさか・・・自分に代わって神さまを倒せと?」

 

「ハッハッハ!それができるのなら一番いいが・・・お前が勇者の力を失っているのは

 オレも知っている。ダークパレスでの最後の戦いでオレを倒すために全て

 使い果たしてしまったのだからな。しかしお前に神への勝利を託したいという

 思いでいるのは確かだ。このままではやつの思惑通り事が運んでしまう」

 

ぼくが神さまに勝つ。大魔王を倒すより難しそうだけど、どうすればいいのか。

そもそもそんな必要はあるのか。デミーラの願いなんて無視すればいいだけだ。

でも、この話の続きを聞きたかった。マリベルの死で絶望に沈んでいるぼくを

デミーラは嘲笑うのではなく、救いの手を差し伸べようとしているからだ。

 

「神はこの世が真の平和を迎えた時、勇者も魔王もいない、そして二度と現れない

 ようにすると定めた。オレの力ある下僕たちは皆死んだし、オレには遺志を継ぐ

 子もいない。ゾーマにはハーゴンという娘がいて、竜王の血は今でもどこかで

 細々と続いているようだがどちらもこれから魔王となる可能性は全くない」

 

「そして勇者も・・・ぼくで最後、ということになるから・・・」

 

「アルス、もしオレが現れなければお前はどうした?そこで眠る彼女を置いて

 人々の待つ自分の村に帰ったか?いや・・・違う。自暴自棄になって己の

 命を自分の手で終わらせていた。遅かれ早かれな・・・そうだろう?」

 

否定できなかった。マリベルを救うことができなかった後悔と無力感、そして

これからマリベルがいない日々を過ごすと考えただけで絶望と暗黒に満たされる。

しばらくぼーっとした後にぼくがする行為・・・デミーラの言う通りだった。

 

 

「それでは連中の思うがままだ。どうにかそれを阻止したいと強い気持ちに

 動かされ・・・これを渡そうと決めお前のもとに来た。受け取ってくれ」

 

「・・・・・・こ、これは!不思議な石版・・・!!」

 

不思議な石版、それもどの台座にも分類することができない『?』と呼んでいたもの。

全ての冒険を終えたはずなのに数枚手元に残っていた。ついさっきハーゴンさんからも

石版を貰った。そしてこれは・・・手に取った瞬間わかった。『最後の一枚』だ。

これまでたくさんの世界に導いてくれた石版、その正真正銘最後のものだ。

 

 

「どこへ行くのかはオレにもわからない。だが、お前たちはこの島の神殿にある

 石版の台座に運ばれた時代はいずれもちょうどオレの支配が完了する寸前、

 ここしかないというときだったのではないか?ならばこれも・・・・・・」

 

ぼくに石版が渡った瞬間、デミーラが消えかけていく。美しく輝く七色の光の中に

飲みこまれて、だんだんとぼくのもとから、いや、この世から去っていこうとしていた。

 

「・・・・・・なんと心地よい気分だ・・・あれほどの非道を重ねたというのに

 このような最期を迎えられるとは・・・ゾーマと出会ったあの日にも想像できなかった」

 

「・・・デミーラ・・・」

 

「フフフ・・・あの遺跡と神殿は神がオレへの対抗策として遺したものだ。だが・・・

 オレが世界のほとんどを封印しながらこの島だけを見つけられなかったのはきっと

 神の力ではなかったのだろうな。あの時代・・・確かにここは楽園だったのだろう。

 アルス、お前ならできる。その石版を使い、お前たちだけの新たな楽園を得るんだ。

 絶望せずに何度も立ち上がったお前だ。この最後の冒険の旅も・・・・・・」

 

 

 

 

 

ぼくは神殿に向かっていた。光になったデミーラに無言で別れを告げ、そして

とても穏やかに眠る彼女に、少しだけ待っていてね、そう言って入り江を後にした。

神殿の地下に、最後の鍵を使わなければ入れない場所があるのをぼくは知っている。

この鍵もラーの鏡といっしょに大魔王の城で見つけた。魔物の気配はしないので

すぐに鍵を使って先へ進んだ。すると、予想通りそこには台座が置いてある。

それ以外には何もない、そのためだけの空間だった。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

一枚、また一枚と石版を置いていく。すると、マリベルに会う寸前に聞こえた声が

またしても脳内で響き始めた。この先に進むと二度と戻ってこられないぞ、と。

でもそれでいい。この声が誰のものかは知らないけれど思い通りになってやるものか。

そう決心し石版を更に置いたとき、やっぱりさっきと同じようにぼくを後押ししてくれる

声があった。とはいえ、仲間たちや両親たちが現れたさっきとは面子がまるで違った。

 

 

『くすくす・・・そうだ、ここがコスタールの男の見せ所だよ、キーストン!

 キミはシャークアイの息子なんだ・・・荒波のほうが燃えるんだろ?』

 

『ええ、あなたなら世界のどこにでも新たな町を作れるでしょう』

 

ガマデウスのトレヴ、それに移民の町の少女ティア。共に普通の人間ではなかった。

 

 

『お前がその気になれば不可能なんてない、わたしたちを倒したんだからな!』

 

ヘルクラウダーのラフィアン、その後ろにはぼくが戦ってきた魔族たちの姿もある。

タイムマスターやグラコス、チビィをはじめとしたヘルワームの群れも。

 

 

『あなたは強くなっても芯は変わらずに清く純粋なまま・・・どうぞそのままのあなたで

 いてください。あの方への恋心も私と出会ったときと変わらないというのなら』

 

『まあ悪くはならないさ、迷ったら進む!サマルトリアのアーサーもそうだった』

 

忘れられない人、マチルダさん。それにハーゴンさんもいた。これでハッキリした。

いずれも魔道に手を染めた光か闇かで分類するなら闇と呼べる人たちばかりだ。

神さまに反抗するんだから応援するメンバーもこうなるのは当然と言えば当然か。

そして最後の一枚を置こうとするとき、再び彼がやってきてぼくの肩を叩いた。

 

 

『よし・・・いいぞ、アルス。勇者も魔王ももはやこの世には不要だ。だがお前は

 生きていなくてはならない。ただ生きているだけではない。希望に満ちた人生を

 全うするのだ。それこそがオレに・・・そして神に勝った証となるだろう』

 

「デミーラ・・・もしかしたらぼくもきみと同じ道を辿るかもしれなかった。

 でもこの石版を託された以上・・・この先でどうなろうが自分で死ぬことも

 悪魔の声に騙されることもしない。安心して休んでいてくれ」

 

『そうだな・・・これまであまりにも長い年月を生き過ぎた・・・少し休もう。

 もしそこで神と会うようなことがあれば・・・お前の邪魔をしないように

 厳しく言いつけておくさ。さあ行け、お前の最愛の者を救うために・・・』

 

 

 

石版が完成すると、すぐにぼくの視界が歪んだ。過去の世界へと案内される。

一体どこに、どれくらい昔の時代に行くのか・・・そう思っているとそのうち

最初の疑問はすぐに答えが出た。ついさっきまでいたのだから間違うわけがない。

 

「・・・これは・・・七色の入り江だ。つまりエスタード島!」

 

これまで何度も過去といまを行き来したから感覚でわかる。一見何も変わらないけれど

ここは確かに過去、『失われた世界』だ。神に化けたデミーラがこの島を一度封印した

ときから彼を倒すまでの間は戦いを仕掛けてくる魔物たちもたくさんいたけれど、

それ以外は歴史上一度も魔族に脅かされたことがない。だから魔物との戦いに勝利して

問題を解決する、という展開にはならないはずだ。あとはここが何十年、もしくは

何百年前のエスタードなのか・・・ひとまず水辺まで歩いてみることにした。

 

 

・・・この石版世界は最後にしてこれまでにない異例の世界だった。まだ断定は

できない。でも、一か月前から昨日までのいずれかに絞れる。確かに過去では

あるけれどこんなことは初めてだ。なぜそう言い切れるのかって?

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・マリ・・・ベル・・・・・・」

 

彼女が一人でそこにいたからだ。まだぼくがよく知っている、でも今にでも

決して起きない深い眠りに入ってしまいそうな儚さと危うさを持つ後ろ姿だった。


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