お酒が回ったとき、ぼくは口数が多くなることで、マリベルは冷静になることで
互いにほんとうの自分が出せるようになる。正反対の酔い方なのに本質は同じだ。
彼女は話をそらさずに、ぼくが聞きたかったことをすぐに教えてくれた。
「えーと・・・あたしがこれから死のうとしている理由よね、あんたが知りたいのは」
「うん、そうだよ。どうにかできるかもしれないじゃないか、場合によっては」
「・・・それは残念だけど無理ね。だって、どうせあたしの命は持ってあと数年だもの。
今まで隠していたことは謝るけれど、わかったときにはもう手遅れだったから」
わけがわからなかった。こんなに元気なのに、どうして————。ぼくが次の言葉を
出せないのを知ってか、マリベルはそのことを詳しく語り始めた。
「原因は簡単。大きな力を使った代償ってところね。最後の戦い、覚えているでしょう?
オルゴ・デミーラを倒すためにあんたとあたしは偶然見つけた究極の呪文とやらを
力を合わせて唱えて・・・あんただって勇者の力を失ったじゃない。もともと神や
精霊たちの加護なんてなかったあたしにはもっとダメージが大きかった」
大魔王の居城ダークパレスに向かう前夜、お城ではぼくらの勝利を願う大きな宴が
開かれていた。ぼくとマリベルは皆が眠ってしまったころ、何かに誘われるようにして
城下町の地下に来ていた。『この島は楽園だ』などと書かれた古い石碑の先に小さな
宝箱があり、そのなかに究極の呪文が秘められていた。箱を開けた瞬間にぼくたち二人は
それが使えるようになった。まさに最後の手段といえる、できれば使いたくない呪文だった。
「メガンテとメガザルを一つに合わせたような凄い力だった。しぶといデミーラに
とどめをさしただけじゃない。倒れてしまったガボたちを生き返らせた」
「ええ、あたしたち二人がかりで命をかける呪文・・・でもあたしたちは死ななかった。
奇跡が起きたって喜んだけれどやっぱりタダってわけにはいかなかったのよ」
世界と仲間の命を救うために自らを差し出す究極の諸刃の剣。神さまや精霊たちではなく
この島を最初に見つけた誰かによって与えられたもの。全ての奇跡を可能にしたぶん
求められるものは大きかった。続くマリベルの言葉にショックを隠せなかった。
「あたしはいま、だいぶ無理をしてこの外見を維持している。残った魔力をこのため
だけに使って、これまで通りの美少女でいられるの。でも少しでも気を抜くと
顔も体もしわだらけになって・・・死にかけのおばあちゃんになっちゃうのよ。
寿命が大幅に短くなった、そう考えるのが正解でしょうね」
「・・・・・・!?そ、そんな・・・!い、いつからそんな症状が?」
「二か月くらい前かしら。最初はほんの少しだけ力を使えばよかった。でも最近は
しんどくなるまでやらないと老化が止まらないの。とうとう限界が近づいたってこと。
だから死ぬ。どう、これで納得してくれた?」
ぼくは混乱が治まっていない。でもマリベルが真実を語っているのはわかった。
たとえ早い段階でぼくがそれを知ったとしてもきっと解決できなかっただろう。
「・・・それでも・・・相談くらいしてほしかった。きみの昔からの悪い癖だ。
いつもうるさいくせに肝心なときは一人で抱え込もうとする・・・」
「・・・・・・」
戦闘のときも、異世界での夜も、辛い出来事の後もそうだった。ほんとうに
助けが必要なときほどマリベルは黙ってしまうのだ。それは彼女なりの意地か、
もしくはぼくたちに余計な負担を与えないための優しさなのか————。
「ぼくってそんなに頼りにならないかな?きみの命にかかわることなのに」
怒りよりも悲しみが勝った。するとマリベルは頬をかきながら言うのだった。
「う~~ん・・・ちょっと違うわね。普段のあたしは別として今回は違う」
「何がだ?苦しんでいるところをぼくたちに知られたくなかったんだろう?」
「まあそれもあるけど・・・一番の理由はもっとシンプルよ。他の人間はともかく
アルスにはあたしの醜い顔を見られたくない。あんな姿で数年生きるくらいなら
黙っていなくなりたかった。愛される姿のままその記憶に残りたかった」
少しだけ照れたようにして言うと、寂しそうに笑った。そしてこれ以上決断の
理由を聞く必要はないと思った。ここまでに語ってくれたことが全てだろうから。
「・・・・・・でも・・・どうやって死ぬつもりなんだい?ぼくが現代で見つけた
きみの身体は綺麗だった。たとえ呪いの進行に抗わずにおばあちゃんになった
ところで数年は生きられそうなんだろう?自分にザキでも唱えるのか?」
「ザキね・・・即死とはいえあれは結構苦しそうだし、そもそもほとんどの呪文や
特技が使えなくなったあたしにはできない。だから・・・これを飲むわ」
マリベルが取り出したのは小さな小瓶だった。その正体はぼくも知っている。
「その薬を手に入れていたとは。きみには生涯無縁だと思っていたけれど」
「あたしもよ。女の子にフラれたアルスが自棄になって使うんじゃないかって
心配していたほどだけどまさか自分でこれを飲む日が来るなんてねぇ」
その昔、ダーマ神殿のそばにあったふきだまりの町。そこにネリスとザジという
仲のいい姉弟がいて、ぼくたちもお世話になった。でもダーマでの騒動がぜんぶ
終わった後に、弟のザジは姉の将来のために自分は邪魔だからと消えてしまった。
『・・・せかいじゅのしずくも駄目なのか・・・これではもはや・・・』
もともと病気がちだったネリスさんはそのことで逆に体調を悪化させ寝たきりに
なってしまった。神殿の親衛隊のカシムさんたちが手を尽くしてもどうにもできず、
ついにその薬を見つけ、苦しみから解放させる道を選んだのだ。ぼくらがこの話を
知ったのは現代の聖風の谷、リファ族の神殿の書物庫の本で、だった。
「苦しむことなく・・・数時間のうちに死に至る。天使と悪魔が一つになった
毒薬・・・誰がそんなものを持っていてきみに渡したんだ?」
「うふふ、教えるわけないじゃない。もしかしたら絶世の美女であるあたしが死んで
絶望するあんたみたいな男たちがあたしの後を追おうとするかもしれないじゃない?
こんな薬の出どころなんかわからないほうがいいわ」
確かにそうだ。今さらそれを聞いたところでどうしようというんだ。それよりも
大切なのは、完全に死ぬことに傾いているマリベルをどうやって説得するかだ。
その心を動かすにはどんな言葉がいいだろうか、ぼくがぐずぐず考えているうちに
むこうのほうが早く次の一手に出た。
「ねえアルス、これは仕方がないの。これまでいろんな大陸に行って滅びるはずの
土地をたくさん救ってきたあたしたちだけど、救えなかった命だってあったでしょう?
目の前で殺された人たちもいた。言い方は悪いけれど、どうやっても助からなかった。
だからいつまでも引きずっていたらダメだって決めたじゃない」
「・・・きみの運命ももう変えられないって言いたいのか?」
「こうなった以上は何をしても無駄なんだし慌てふためいてもしょうがないわ。
そして後悔するのもね。あたしは前を向いて自分でどうするかを決めた。アルスも
先に進むべきなのよ、昔の勇者たちはみんなそうやって生きてきたっていうわ」
昔の勇者・・・それならぼくも知っている。ゾーマを倒したロトよりも昔の太古の勇者は
冒険の仲間の女性を愛していた。ところが彼女は勇者たちを救うために命を落とした。
後にチャンスが巡ってきた。時を巻き戻し、運命を変える可能性があると知ったとき、
彼は迷わずに今いる世界を捨てた。そして新たな世界で彼女に出会い、再び旅を始めた。
ところが最後の決戦で邪神の悪あがきにより彼女は致命傷を負った。彼をかばったのだ。
またしてもこうなるのか、もう一度やり直せるだろうか、そう思っているところで
少女は言ったようだ。『あんたのために死ぬあたしの気持ちを受け入れて』と。
そして彼は言葉通り全てを受け入れた。後に故郷の幼馴染の娘と結婚した。
ローレシアの王子も親友の死を受け入れた。夢と現実を行き来した勇者も最後には
夢の世界を諦め、現実の世で生きていくことを決めた。故郷を滅ぼされた孤独な勇者も
しばらくは死んだはずの恋人の幻を追い続けたけれど、失われたものは帰ってこないと
誰から言われたわけではなく自分で認め、新たな一歩を踏み出そうと立ち上がったのだ。
「ぼくは勇者じゃなくていい。彼らほど立派なことをしたつもりもない」
「・・・だったらあたしたちが実際に会った・・・あいつのことを思い出しなさい。
無限に同じ時を繰り返し『明日』に行けなかった男を覚えているでしょ?」
「・・・!そうか・・・彼も・・・」
永遠に次の日がやってこない町、リートルード。その地の封印を任されていたのは
タイムマスター、真の名を『ハイペリオン』という魔族だった。時のはざまに
たどり着き、マリベルのおかげで迷路を攻略して彼との戦いにこぎつけた。
『よーし!どうだタイムマスター!時の砂をばらまくお前の手下、マキマキは
倒したぞ!あと少しだぜアルス、マリベル!あいつの魔力はあと少しだ!』
『ぐっ・・・!』
『こいつには聞きたいことが山ほどあるけれど、まーた時間を戻されたら苦労が
水の泡だし、とっとと倒しちゃいましょう。三対一なら楽勝でしょ!』
ぼくたちの圧倒的優勢な展開になり、ガボとマリベルは一気に倒そうと意気込んでいた。
でもぼくはどうしても気になることがあって、二人を止めて彼に質問したのだった。
マリベルが聞こうとしたような時を巻き戻すカラクリや魔王軍の残りの精鋭たちの情報
ではなくて、タイムマスターについて、納得できないところがあった。
『・・・お前は何のためにこんなことをしているんだ?』
『そんなもの・・・決まっているだろう。魔王様の命令に従っているだけのこと。
そしてこの任を成功させれば私は今よりも高い地位と名声を得られるのだ。
貴様らが倒してきた者たちも同じことを言っていただろう。なぜ・・・』
『永遠に時の封印をしていないといけないのだからここから離れられないんだろう?
だから褒美を受け取ることもできないじゃないか。時に縛られているのは町の人々
だけじゃない、お前も同じだ。そんなことくらいわかっているはずだろうに・・・』
タイムマスター自身に時を操る力はなく、大きな砂時計と時の砂がその力を持って
いるだけ。彼は管理人みたいなものだった。同じ時間を繰り返すしかない無限の
日々は何の楽しみもないはずだ。強者との戦いも、支配欲を満たすこともできない。
ずっとここにいるのだから魔王軍のなかでの出世なんかも意味がない。
『魔王の狙いやこの地の人たちの願い以外に・・・お前自身の目的が何か
あるはずだ。もしかしたらこれ以上戦わなくてもいいかもしれない、
このまま倒されるよりはそれを教えてくれてもいいんじゃないか?』
マリベルとガボは戦闘態勢のままだったけれど、ぼくはこれまでの旅と戦いの経験から
何となくわかっていた。根っからの悪党とそうじゃない敵の違いくらいは。どう違うのかと
聞かれても難しいけれど、実際に戦ってみれば自然とわかるんだ。
『・・・・・・こっちだ、ついてくるがいい。策や罠はないと誓おう』
『・・・えっ、ちょっとアルス、ほんとうに行く気?信じちゃうつもり?』
最初は半信半疑だった二人もぼくの後ろからついてきて、彼が案内する部屋に
到着した。いろんなものが空中を浮いている不気味な空間のなかで、そこだけが
丁寧に掃除されたきれいな部屋だった。中心に大きなベッドが置いてあって、
そこには一人の美しい女性が眠っていた。ぼくらが大きな足音を立てて部屋に
入り込んできたというのにちっとも起きる気配がなかった。
『この人はいったい・・・?』
『私の妻だ。結婚してすぐのことだった。決して治らない病に襲われたのは。
こうして見ると健康そのものだが実際のところは・・・あと数日の命なのだ!
苦しみを和らげるのが精いっぱいで、今日は奇跡的に痛みが落ち着いている。
目覚めることはないがこんな幸せそうな顔は・・・ほんとうに久々だった』
『・・・・・・ま、まさかそのために・・・!』
『ああ。明日になればまた苦しみに悶える彼女が、いや・・・死んでしまうかもと
思ったとき・・・私は明日が来ることを拒んだ!リートルードの住人たちよりも
ずっと強く今日この日が永遠に続くことを祈った!そのときあの男・・・お前たちが
倒そうとしている魔王が私の目の前に現れた。互いにとっていい話があると』
このときのぼくはすっかり黙ってしまった。どう言葉をかけていいのかわからなかったし、
もしこれがぼくとマリベルだったら、と考えていたからだ。ぼくも同じ選択をするかも
しれない。魔王と契約するとしてもずっとマリベルに生きていてほしい、そう思う。
でも、マリベルはぼくらの考えを突っぱねた。呆れるかのように言い放った。
『あのさ~~っ。あんたはそれでいいかもしれない。でもその人はどうかしら。
眠っていても意識は残っているものよ。自分はあと数日の命だっていう恐怖を
永遠に繰り返させられる・・・拷問じゃないの?冷静に考えたら・・・』
『な・・・!!』
『あたしならいやだわ。ま、そのへんは人それぞれだと思うし、この人の気持ちを
聞くのが一番なんだけど・・・何かないかしら、いい方法は』
いくら語りかけても触れてみても起きないという。それなら逆に身体にいい刺激を
与えてみてはと思ったぼくは、クレージュで手に入れた世界樹のしずくを袋から出した。
『あっ!オイラが一時間並んで買ったやつじゃねーか!ここで使うのか?』
世界樹のしずくとはいえ不治の病やすでに死んでしまった人には役に立たない。
無駄使いに終わるかもしれなかったけれど、どうにかして目の前で苦しむ人たちを
助けたかった。それに、マリベルが言うことの方が正しいのかどうかも知りたかった。
世界樹のしずくを残らず女の人にふりかけた。しばらくは何も変化がなかったので
長蛇の列に並んだ苦労と千ゴールドが無意味に飛んでいったと悔やんだけれど、
しばらくするとその人の口だけが僅かに動いて、小さく言葉を発していた。
『・・・ハイペリオン・・・そこにいるの?』
『お・・・おお!私はここだ!気分は・・・苦しみや痛みはないか!?』
タイムマスター、つまりハイペリオンは愛する人の手を取った。すると、
『体の方は大丈夫。でも・・・心が苦しいわ。とっても苦しくて痛いわ』
やはりマリベルの言う通りなのか。同じ時を繰り返していると気がつかなくても
意識の深いところでわかっているのか。自分勝手な愛を押しつけただけで、
ほんとうは迷惑がられてしまったのか・・・ぼくまで攻撃されている気分だった。
でも、この女性の苦しみの種類はまた別のものだった。
『そ、そんな・・・!私がしてきたことは・・・お前を苦しめていたのか!
死が刻一刻と迫る日を繰り返すなど・・・お前の気持ちも考えずに・・・』
『いいえ、あなた。わたしが苦しんでいるのはあなたのこと。わたしのために
あなたがいつまでも未来に足を踏み出せないでいる・・・それが苦しいの。
わたしはもう運命を受け入れた。だからあなたも・・・新しい幸せや生きがいを
求めて人生を再開してほしい。あなたのことが大好きだから、いつまでもわたしが
縛りたくない・・・わかってくれる?ハイペリオン』
『・・・・・・・・・わ、私は・・・・・・ぐっ・・・・・・!』
彼、ハイペリオンは最愛の女性の胸で激しく泣いた。タイムマスターとなってからは
一度も流したことのない涙が止まることなく流れ続けた。何十年、もしかしたら
何百年ぶりの涙だっただろう。しばらくの嗚咽の後、彼はぼくらに言った。
『・・・あの巨大な砂時計だ。あれを粉々に破壊しろ。そして時を動かすのだ。
私は彼女の最期までここを離れない。あとはお前たちに任せた・・・・・・』
そして彼の言う通りにすると、リートルードの時間は動き始めた。宿屋に泊まって
朝になると、まだ味わったことのない新しい朝がやってきた。
『橋の開通式も終わっちゃったわね。あのワクワクがずっと続けばよかったのにって
言ってるやつらもいるけど・・・あたしたちの苦労を思い知らせたいわ』
『ハハハ・・・まあ知らないままならそれでいいんじゃないかな。でもハイペリオン、
あなたはどうするつもりなんだ。魔王の命令に逆らったとなると・・・』
日付が変わったとたんにあの人は息を引き取ったという。でも終わりまで
安らかなまま、苦しむことなく眠るように死んでいったとハイペリオンは言った。
問題は彼のこの先だ。でも彼自身はあまり心配していないようだ。
『フッ・・・なるようになるさ。魔王軍の精鋭はそれぞれの土地の封印で忙しいし
そのうちのいくらかはお前たちが倒してくれた。私の始末のためにやってくる者の
力などたかが知れている。仮に誰もいない荒野で倒れるとしても後悔はない。
あの時のはざまで私は死んでいたが再び蘇ったのだ、お前たちのおかげでな』
ぼくたちは完成した橋の先に向かい、ハイペリオンはリートルード側に残った。
そして彼と会うことは二度となかった。今でもどこかで生きているのか、それとも
どこかで人知れず命を失ったのか、それもわからないままだ。
「たとえ待っているのが残酷で辛い未来だとしても・・・あたしたちは先に
進まなくちゃいけない。アルスもあのとき教わったはずだけど」
「そうだった。大陸がつながったし、バロックさんはエイミさんに自分たちが親子だと
打ち明けることになった・・・あの場の結果だけ見てもあれでよかったんだ」
「・・・でもそのせいであんなゴミが世に生まれたことを考えると複雑だわ」
もともとバロック作の建築物を嫌がっていたマリベルにとってその評価を決定的に
したのは『ゴミ』と呼ぶほど忌み嫌うバロックタワーだ。最後は娘のエイミさんが
完成させたという難解な仕掛けたっぷりの塔を、常にぶつぶつ文句を言いながら
謎解きでは何の役にも立たないぼくとガボを放って一人で攻略していた。
「・・・リートルードとかその先の出来事で思い出したわ。アルス、あんたはあたしに
従順なように見えて意見が対立することも多かったわ。グリンフレークの出来事で
男と女のどっちが悪いとかどうすればよかったかとか・・・夜通し話し合った」
「きみは負けず嫌いだし自分で言うのもなんだけどぼくはちょっと頑固だからね。
でもその考えの違いをずっと引きずることはなかった。だから今回のきみの決断も
絶対に賛成はできないけれど尊重しなければいけないのはわかっている」
いくら互いの思いをぶつけても決着しない口論もあった。それでも翌朝になれば
終わり、今まではそれでよかった。でも今回は違う。このままだと彼女に明日は来ない。
「それでも・・・やっぱりぼくは譲れない。マリベル、ほんとうにもう打つ手は
何一つないのかな?ぼくや世界中の人たちの力を使っても・・・」
諦めきれないぼくに対し、マリベルはお酒を少し飲んでから、微笑みながら言った。
「フフ・・・あたしだって簡単に負けを認めたわけじゃないわよ。いろいろ考えて
どこかに道はないか探した。そこで思いついたのがここ、七色の入り江だった。
かつて本物の楽園だったエスタード島のなかで一番そのときのまま残っている
場所、この入り江なら何とかしてくれるんじゃないかと思ったんだけどねぇ」
「・・・確かにここは神秘的だけど・・・そんな期待ができるほどの力が?」
「あら、あんたは知らなかったの?そういえばあたしもこの話を聞いたのは
旅を中断していたあの時期だったわね。暇だったから昔話に付き合うのも
悪くないかって。この島の歴史の始まりにも関わることだったからあたしが
いなくなる前にあんたにも伝えておこうかしら。なかなか面白かったわよ」
エスタード島は完全なる楽園だった、その言葉の意味をぼくは知ることになる。