ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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人生という劇場④

ついに言った。もっと早く言えたはずだとキーファやガボはきっと怒るだろう。

それでもぼくは子どものときからの思いをとうとう告白するに至った。

 

『ぼくたちが大人になったら・・・この島はどうなっているんだろう』

 

『さぁ。どうせ世界にはエスタード島しかないのよ、つまらないままだわ』

 

あのころのぼくは安心しきっていた。漠然とだけど、特に何もしなくても将来

マリベルと結婚できるものと考えていた。ぼくは父さんを継いで漁師に、そして

彼女の家が持つ船長に。そんなぼくにいろいろ言いながらも彼女は家で帰りを

待っていてくれる。そんな未来に絶対になる、それ以外ないと思い込んでいたんだ。

 

だけど世界は広くなって、可能性も無限に広がった。現代と過去の多くの土地で

たくさんの人たちと接したことで価値観も変わった。他に候補がいないしやることも

見つからないから仕方なくぼくといっしょになってくれる、そんな悠長な状況じゃ

なくなっていた。今聞いたばかりの昔話で、この島の開祖たちがひとまずは神殿の

封印を解かずにおいた理由に共感できた。きっとぼくでもそうしただろう。

 

 

「・・・・・・・・・」

 

突然の告白にマリベルは目を丸くしていた。驚いているんだろうけれど、

きっとしばらくしたら笑って受け入れてくれる。ぼくは成長しても変わらずに

根拠のない希望を信じていた。でも、現実はそんな簡単じゃなかった。

 

 

「・・・その頼みは・・・聞けないわ。悪いけどお断りよ!」

 

 

確かにマリベルは一瞬だけ笑った。けれどもすぐに厳しい顔つきになってぼくの

プロポーズに背中を向けた。ああ、失敗したんだとぼくの心は意外と冷静だった。

 

「そうか・・・まあ当然か。ぼくなんかにこんなこと言われても困るよね。

 不快にさせてごめん。きみにはもっとふさわしい立派な男の人たちが・・・」

 

これから死ぬと言っているのだからマリベルが他の人と恋人になり結婚するというのは

ないのだけれど、こんな言葉しか出てこなかった。するとマリベルは急に不機嫌さを

前面に出しながら、岩の壁を叩いてからぼくに対し怒りの声で迫った。

 

「いやいや、そういう話じゃないでしょ!あたしが納得いかないのはあんたの動機よ。

 真剣じゃないのがすぐにわかったわ。ほんとうにあたしと結婚したいわけじゃない、

 それが見え見えなのよ。馬鹿にしてるわ!アルスのくせにふざけた真似を・・・」

 

「違う!ぼくは子どものころから変わらずずっときみと・・・」

 

「いーえ、あんたの嘘も見抜けないほどあたしは終わっちゃいないわ。こう言えば

 あたしが死ぬのをやめるだろう、そう思って咄嗟に言っただけだわ、あんたは。

 恋や愛じゃない、あんたの優しさが言わせたに過ぎない台詞なのよ」

 

ぼくがどう訴えても聞く耳を持ってくれない。優しいだけだと言って譲らない。

 

「さっきまで戦った魔物相手にも情けと気遣いを忘れない勇者様だもの、幼馴染が

 治らない病気に絶望したとあったらこれくらいしてくれるでしょ。まさかあたしが

 タイムマスターやグラコス以下のはずがないものねぇ」

 

「・・・・・・タイムマスター・・・グラコス・・・」

 

「タイムマスターの話はさっきしたけれど、グラコスなんてどうしようもない

 悪党相手にもあんたの優しさは発揮されたものね。あのときは甘すぎるって

 思っていたけれどそれこそがあんたの一番いいところだって最近わかったわ」

 

 

 

 

海を操り多くの町や村を水没させた魔神グラコス。海底都市という敵の本拠地で

しかも魔王軍でもトップクラスの実力者。大苦戦の末にどうにか勝利を収めた。

謎の老楽師・・・いや、今となってはその正体はわかっているけれど、彼の助けが

なければ確実にぼくたちも海底のゴーストの一匹にされていたと断言できる。

死にきれない魂を弄び、人々の絶望を糧とする悪魔。だけど、そのグラコスが

ぼくたちに倒された後、なぜかとても安らかな笑みを浮かべていたのだ。

 

『ゲハハ・・・なるほど、これがお前たちのチカラか・・・まさかこの私が

 再び人間に敗れる日が来るとは・・・・・・大したものだ・・・』

 

『あらら、意外ね。こんなに潔いだなんて。てっきり負けを認めないどころか

 退路を封じてあたしたちまで道連れに・・・そのくらいするものだと思ったわ』

 

『フフフ、鋭いではないか。確かにそうしていたかもしれぬ。現に私は遥か昔に

 その時代の勇者に敗れている。だが怨念と復讐の心を捨てずに生き延び、そこを

 当時の魔王よりもずっと偉大なるオルゴ・デミーラ様に救われ復活したのだ』

 

『・・・オルゴ・デミーラ・・・やっぱりそいつがオイラたちの敵の親玉か・・・』

 

最低でも千年以上は生き続けただろう海の王。この様子ではこのまま消えゆくことを

受け入れているようだ。それはどうしてか、グラコスはぼくを見ながら言った。

 

『アルスとやら・・・お前に負けたのなら納得だからだ。お前は戦いの途中で

 目に入っていたはずだ。あそこの陰から私の息子たちが様子を見ていたことを。

 それを利用すればもっと楽に勝てたはずだ。外道の限りを尽くし魂を弄んだ

 悪魔が相手だ、そのくらいやったところで誰も怒らない、当然の戦術だ』

 

『・・・・・・』

 

『そしてお前は私が死んだ後も息子たちや戦闘に参加しなかった非力な魔物を

 見逃して帰るつもりだ・・・。歴代の勇者たちはもっと徹底していたぞ?

 後々災厄の種になりそうなものはどれほど小さくても容赦せず刈り取っていた。

 自分のため、世界のために。勇者と呼ぶにはあまりにも未熟で甘く、優しすぎる』

 

老楽師やマリベルとガボはいまだに警戒の目を張り巡らせていた。グラコスがいきなり

豹変するかも、それとも遠くにいる彼の息子や魔物たちが一斉になってぼくたちを

飲みこもうとするかも・・・そんな当たり前の心配からだった。グラコスがぼくを

甘いと言ったとき、ここで何か来るのではと皆の緊張感が増しているのがわかった。

でもぼくはそのまま、力は抜いたままだった。グラコスを信じていたからだった。

 

『だが・・・それでいい。この先何があってもお前は変わるな。真の安らぎと救いを

 もたらせるだろう。私のような死んでいく者にすらそれを可能にしたのだからな。

 聞け、私の息子たち、それに海底の住人たちよ!この者たちの手出しはするな!

 そして幾世紀も過ぎた後、再びこの地を訪れた際は手厚く歓迎するように!』

 

 

ぼくの力はかつての勇者たちにずっと劣るものだったのだろう。でも、ぼく自身では

わからない『優しさ』に心を動かされる敵もいた。意識して優しくしようとしている

わけじゃないから、狙ってやろうとするとわざとらしくなって逆効果だっただろう。

 

 

 

 

だけどいまのぼくは断言できる。これは優しい言葉じゃない。マリベルが大好きで

愛しているという気持ちから出た、優しいどころか自己中心的な発言だ。静かに

この世を去ろうとしていた彼女を困らせ怒らせたのだから優しいわけがない。

 

「失敗したプロポーズのことを何度も言いたくないけれど、ぼくは本気だ!

 きみをどうにか死なせたくないとか生きる理由をあげたいとか、そんなのは

 ただの苦しい後付けだ!きみを一人の女性として愛している、それだけだ!」

 

「ははっ!しつこいってわかってるならもう認めなさいよ、自分は嘘つきだって!」

 

このまま互いの主張を譲らずにぶつけ合う口論になってしまいそうだった。いや、

もうすでに突入している。どうしてわかってくれないのか、だんだんぼくのほうも

怒りが湧いてきた。だけど、ぼくが怒り出すのとは反対に、マリベルの声の調子は

少しずつ静かに、小さくなっていった。顔を伏せ、明らかに様子がおかしかった。

 

 

「マリベル?まさか・・・例の病気が!?」

 

「・・・・・・ったら・・・・・・」

 

「・・・え?よく聞こえなかった・・・」

 

ぼくの失敗は今日じゃない、幼い日からずっと続けていた過ちだった。

 

 

「だったらどうして!もっと早く言ってくれなかったのよ!世界がまだ平和だった

 あの日でも、静かな砂漠で肩を寄せ合ってきれいな夜空の星を眺めたあの夜でも、

 大魔王との戦いで二人命を捨てようとしていた瞬間も、奇跡的に生き残って

 みんなから祝福された大団円のときも・・・いつでもよかったのに!」

 

「・・・・・・え・・・・・・」

 

「こんな日になって・・・今さら遅すぎるのよ・・・・・・」

 

その感情は怒りなのか、苛立ちなのか、それとも呆れや失望か・・・。こんなに

激しく泣いているマリベルを見たのはいつ以来だろう。そのままぼくの胸に顔を

埋めてきた。拒絶されることを覚悟で抱きしめると、何も言わず体重を預けてくる。

やがて落ち着きを取り戻したのか、ぼくの上着で涙を拭き終えたマリベルがもういいと

言わんばかりにぼくから離れた。名残惜しかったけれど、余韻に浸っている場合じゃない。

 

 

「・・・ほんとうにごめん。謝る言葉も見つからない。ぼくなんかを好きになって

 くれるわけがないと思って・・・こんなときじゃないと言えなかった。後がないから

 慌てて告白したようなもの。遅すぎるって怒られるのも当然だよ」

 

「ふん。そんな言葉で騙されないわ。真剣じゃないもの、アルスは最初から」

 

まだ言っている。ここまで信用されないわけはいったい何だっていうんだ、

ぼくは首を傾げていた。でも彼女はぼく以上にぼくをしっかり見てくれていた。

 

「だってアルス、あたしが断った瞬間・・・一瞬だったけれどあんたはどこか

 ほっとした顔になった。成功しなくてよかった、そう思ったんでしょ?」

 

「・・・・・・」

 

「どう?図星でしょ。わかったらそろそろ帰ってもらえないかしら・・・」

 

「それは違う!ただ・・・」

 

ここで帰るくらいだったら全て言ってしまおう。もしこんなことにならなかったら

絶対に隠していたもう一つの秘密、命を絶とうとは思わないけれどマリベルのいない

遠くの地に行こうと決めていた、ぼくの体も呪いに蝕まれているという事実を。

 

 

「ぼくも勇者の力を失った。だからきみと同じ・・・代償を求められている。

 魔空間の神殿での戦いで両眼を斬られて視力を失い、最後の戦いではきみも

 見ていたはずだ、左腕を失ったのを。でも回復呪文の効果で多少の違和感は

 残っているけれど元通り・・・それは勇者の力のおかげだったんだ」

 

「・・・は?まさか今になって・・・」

 

「最近薄々変だなと思っていたけれど今日はっきりした。何度もあったんだ。

 そこにある石につまづいた。スロットの大当たりが見えなかった。走って来る

 ラフィアンがわからなかった。数秒ずつ・・・ぼくの目は見えなくなった」

 

全く見えなかった。音で確かめるしかなかった。その頻度が明らかに増えている。

 

「この腕も・・・思い通りに動かなくなってきている。ぼくには予感がある。

 おそらくきみがお婆さんになるよりも早く・・・ぼくの目は完全に光を失い

 左腕はこのまま残るとしても使い物にならなくなってしまう」

 

「・・・どうして黙ってたのよ・・・」

 

「余計な心配をさせたくなかった。特にきみには。だから思い切って結婚を

 申し込んだはいいけれど、もしうまくいったとしてもきみに迷惑ばかりを

 かけちゃうな、そう思ったから断られたとき少し安心したのかもしれない。

 こっちから誘っておいてきみを不幸にするんだから・・・」

 

マリベルが僅かに残った魔力と七色の入り江の力でどうにか一年は今のままの姿で

いられるとしたら、ぼくは半年かそれより短い間しか持たない。そういえば誰にも

言わなかったけれど、一部の鋭い人たちは異常に気がついていたかもしれない。

いや、マリベルがわからなかったんだから誰も知らなかったと思う。ぼくが彼女の

異変に気がつけなかったのと同じように、そう信じたい。互いのことは誰よりも

早く、真っ先にわかり合う間柄でありたいからだ。

 

 

「そうね・・・あんただったら募集すれば世界中からたくさんの女性が集まるわ。

 世界を救ったあんたの助けになりたいってね。選び放題じゃないの?」

 

「ぼくはきみがいい!他の人なんかいらない!」

 

もう後がないというときになれば、ぼくでもこんな直接的な言葉が言えたのか。

我ながらびっくりした。これまでのどこかで一度でもこの勇気が出せていれば

また変わっていたんだろうけど、こんなときでもなければ無理だったはずだ。

 

「・・・そ、そこまで言い切っちゃうんだ・・・。でもあたしはやらないわ。

 食事とか移動の面倒を見るだけならいいけれど、その~・・・下半身の

 着替えとかトイレの世話までやんなきゃいけないんでしょ?」

 

「そういうのは自分でできるようにいまのうちに練習するよ。だからどうかな、

 ぼくのためだと思っていっしょに生きてくれないか?どうせそのうちぼくは

 何も見えなくなっちゃうんだからきみの外見がどうなろうが・・・」

 

安心させようとしてそう言ったけれど、ぼくが浅はかだった。せっかく彼女が

冗談を口にできるほど雰囲気がよくなっていたのに、またその顔を曇らせてしまった。

しかも今回は顔に手を当てている。その悲しみと絶望は先ほど以上というわけだ。

 

 

「あたしはいやだ・・・。見えなくたってしわくちゃな指先や肌の感触は

 アルスに伝わるし、声だって・・・そんなあたしを知られたくない・・・」

 

「・・・・・・マリベル」

 

「ほんとうはアルスをどんなことでもして支えてあげたいのに、いつまでもそばに

 いたいのに離れたい・・・伝わってるかしら、この気持ち・・・・・・」

 

もしぼくが彼女の立場だったらやっぱり同じ選択をしていただろう。不治の病を

隠し通し、静かにいなくなる。死ぬ決心がつかないとしても、誰も来ないような

淋しい場所で余生を過ごす。苦しみぬいてやっと決めたのにいまさらいっしょに

生きてほしいって言われても確かに遅すぎだ。石版の力を使ってまだ間に合うかもと

張り切っていたぼくはばかだった。もっと早く正しい行動を取るべきだった。

 

 

「・・・わかった。これ以上ぼくのわがままを押しつけることはしない。きみを

 連れて帰るのは諦める。一人で元の時代・・・といってもたった一か月後では

 あるけれど、戻ることにするよ」

 

「・・・・・・そう、ありがと。わがまま言ってごめんなさいね」

 

「でも最後に一つわかったことがある。ぼくときみは全然違うように見えて実は

 似たもの同士だったということだ。優柔不断で臆病だとしても、本心を隠す

 恥ずかしがりやだとしても、まるで劇場の役者みたいだったことに変わりはない」

 

遠い未来、世界を救った勇者の物語としてぼくたちの旅をお芝居にして演じる人たちが

いるかもしれない。それでもマリベル以上の名女優はいないだろう。砂漠の国で、

ルーメンの町の屋敷で彼女は悪党たちを上回る悪で翻弄した。

 

 

 

『私たちはただの旅人なんです!そこのハディートにうまく騙されただけで

 セト様の邪魔をしようだなんてちっとも考えてないんです、信じてください!』

 

『ムムム・・・ではなぜこんなところへ?なるほど、この魔王像にて偉大なる方に

 崇拝をして何らかの供え物を捧げようということか?人間であってもあの方に

 魅了された者はわたしの知る限りでも数多くいるからな。いいだろう・・・』

 

『ありがたき幸せ。それでは・・・腐りきった畜生の丸焼きを捧げ物にしてやるわ!』

 

『ああ?何を・・・ブゲェ———————ッ!』

 

メラミが顔面にクリーンヒットしたセトは悶絶した。僕たちもすぐに加勢し、

虚を突かれた戸惑いと見下していた人間に騙された憤怒とで冷静さを失い

自滅していくセトを思っていたより簡単に撃破したのだった。

 

 

ルーメンでも町を仕切っていた巨漢の怪物ボルンガをまんまと罠に嵌めた。

 

『なんだお前たちは!この町の住人ではないな!しかも闇の封印の外から入りこんで

 来たようだな。このわし自ら戦い倒してやるしかなさそうだ・・・』

 

魔王軍から直々に闇のドラゴンを制御するために遣わされた大物・・・だったのだろう。

 

『・・・そんな、この男たちはともかく、わたくしはあなたの強靭な肉体と

 他に類を見ない風格の持ち主であることにすっかり惚れてしまいましたわ。

 どうぞ浴槽に戻ってください。わたくしにぜひお背中を流させてください』

 

そう言って彼女は上着を脱いだ。ボルンガには勝てないと悟り、言いなりになる

奴隷女になることで生き延びようとしている、部屋にいる魔物たちはそう思っただろう。

 

『おお・・・グフフ!ええぞええぞ、さあ、わしのもとにこい。かわいがってやる』

 

ボルンガもあっさりと陥落した。マリベルはぼくたち三人に合図を送っていた。

油断しきっている怪物の背に男たちが三人忍び寄ってもちっとも気に留めなかった。

 

『いえいえ・・・何をするにしてもまずはお身体を清めてから。さあ、お背中を・・・』

 

『わしはそのままでも構わんぞ?だがそう言うなら頼むとするか・・・』

 

『ええ、キレイにして差し上げますわ、ただしお湯じゃなくてあんたの血でね!』

 

ぼくとメルビンさんの剣、ガボの爪で背中は切り裂かれ、その強さを実感する前に

沈んでいった。こんなことをしなくても勝てたのか、この先制攻撃があったからこそ

楽勝だったのか、いまだにわからないままだ。ただ、マリベルの演技力は素晴らしい、

このときはボケーっと感心して褒めるだけだった。でもいまなら全てがわかる。

 

 

 

「・・・きみはいつもぼくたちのために命がけだった。少し間違えれば体力の低い

 きみは一撃で殺されるような敵に無防備で近づいていった。そのぶんみんな

 引っかかった。セトのときはほんとうに命乞いしているものとぼくも騙された」

 

「うふふ、うまかったでしょ?時には何にも知らない少女のように、ある時は

 子どもと大人の中間の処女、娼婦のような妖しい目で誘惑もできれば淑女になって

 おしとやかに振る舞ったりもできた。でもアルス、あんたがしたいのはそんな

 思い出話じゃないでしょう?あたしだけじゃない、あんたも名優だった。

 他の誰でもない、互いに対しては特に・・・今日まで騙し騙されたんですもの」

 

 

結論から言えば———ぼくたちは二人とも初めから恋に落ちていた。それでも

あの手この手を使って互いに騙し合った。ぼくはこの気持ちがすでにマリベルは

わかっているものと思っていた。でもぼくなんかはお断りだから知らないふりをして

相手にしないつもりでいるのだとばかり思い、勇気が萎んでしまった。

 

マリベルのほうは自分の気持ちがぼくには伝わっていないと思いつつ、いつか

ぼくのほうからそれに気がつくまで自分からは言わないつもりでいたようだ。

きつい言葉と態度で否定しつつも、ぼくがいつかわかってくれる日を待っていた。

ぼくはとても鈍かったから彼女の化粧を見抜けないまま舞台は終わってしまった。

 

 

「今はもう楽屋に戻ってきた気分。鏡に映った素顔を見て・・・ああ、あたしって

 素直じゃないし嘘ばっかりで・・・とっても醜くてこれじゃあ愛されないなって

 しみじみ感じて泣き崩れているところかしら」

 

「・・・ぼくも同じだ。ほんの少し勇気が足りないせいで取り返しのつかない

 悲劇が起きるのはあの冒険の旅の日々で学んでいたはずなのに自分がその

 主役になるなんて・・・もう結末は変えられないのはわかっている。でも」

 

灰色の雨によって滅びた町、人の心を取り戻したからこそ魔族として死ぬしかなかった

英雄の妹、人間を信じながら人間に裏切られた多くの善い人たち・・・ぼくたちが

どう頑張ってもどうにもできなかった、心が折れそうになる経験は何度もあった。

でも、彼らのエピソードにはとても小さい、微かなものだけど救いもあった。

だったらぼくたちにも何らかの、この悲劇を鑑賞した人々が、暗く悲しいなかでも

確かに感じる温かい光があってもいいんじゃないか、そう思ったら自然に口が動いた。

 

 

「せっかく邪魔の入らない聖なる場所でお互いの気持ちがはっきりわかったんだ。

 帰る前に少しだけ・・・一日・・・いや、きみが早くしたいのならそれよりも

 短い時間でいい。楽園の残り香が僅かに残るここだからこそできる遊びをしよう」

 

「遊び~?アルスの始める遊びは昔から退屈でつまらなかったし・・・いいえ、

 いまさらそういうのはやめとくわ。でも何するつもりなのよ、まさか鬼ごっこや

 かくれんぼ、おままごとっていうんじゃないわよね、いい大人のあたしたちが」

 

「おままごと・・・それが近いな。いや、そのものと言えるかも」

 

明らかに呆れ顔で今にも『はぁ?』とでも言いたそうにしている彼女に対し、両手で

ちょっと待って、という構えをして、続くぼくの言葉を聞いてもらう。

 

「きみがしてくれた昔話だ。エスタード島を最初に見つけた遠い先祖はここを

 生活の中心にしていたというじゃないか。だからぼくたちもやってみよう。

 彼らみたいな・・・新婚生活ってやつを。数時間だけでもいい。きみがもう

 つまらないからやめたいって言うまで・・・付き合ってくれないか?」

 

駄目なら駄目で大人しく引き下がるつもりだった。さっきのプロポーズよりも

マリベルは驚きの顔を見せた。全く予想していない提案だったんだろう。でも、

くすりと小さく笑ってから、その笑みはぼくの大好きな彼女のものになった。

 

「・・・いいんじゃない?面白そうだわ。でもつまらなかったら許さないわよ」

 

 

正真正銘、これがぼくたちの最後の遊びであり冒険だ。幕が下りたはずの物語が

アンコールとして再び始まり、ほんとうの完結に向けて舞台に立った。


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