ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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花の香りに①

『・・・イヤな色の空だ。嵐が来るニオイがするぜ』

 

ぼくたちの姿はいまこの時代の人々、そしてキーファには見えない。声も聞こえないから

彼に迫っている危機を伝えられず、その後ろを四人でついていくことしかできない。

 

『ヘヘヘ・・・こんな試練さっさとクリアしてオレを皆に認めさせてやる。

 そうすりゃライラはオレのもの・・・ヘヘッ、涎が出てきちまった』

 

『・・・・・・・・・は———っ・・・』

 

さすがにアイラも偉大なる先祖として知っていて、会うのを心待ちにしていたキーファの

にやけ顔に幻滅している様子だった。自分の消滅が迫っているというのにそれすら

忘れてしまうほどの落胆を隠せていない。

 

 

『・・・元気出せよ、アイラ。ところで・・・ユバールの民以外の男が一族の女と

 結婚するために乗り越えなくてはいけない試験・・・どんだけ厳しいんだ?』

 

ガボがうまく話を変えようとした。初めて出会ったときに比べて身体はもちろん

内面も成長して素晴らしい青年になった。ぼくよりよほどいい男だ。

 

『何てことはないわ。ただ山に登って山頂の花を取って来るだけ。途中で魔物は

 出るけど弱いし、危険だとか死人が出るとか・・・それはただの脅し文句よ。

 剣の力というよりも結婚に真剣なのか、勇気はあるかを試しているだけだから』

 

『おお・・・そうなのか。じゃあ普通にやりゃあ楽勝ってことか』

 

『ええ。意を決して山に行きさえすれば失敗した例なんて本当はないと聞いているわ』

 

形だけの試練。ぼくたちと別れた直後のキーファでも達成できるレベルか。

ただ、ここに魔王の遺した刺客が目をつけた。まだ守り手としての力が足りない

キーファを殺すことでアイラの存在まで消してしまおうという恐ろしい計画だ。

やがて失敗した例なんてないという記録や記憶も変えられてしまうのだろう。

 

 

『・・・・・・!!思いついたわ!この状況を打開するいい案が!』

 

『マリベル!ずっと黙っていると思ったら・・・頼りになるわ!』

 

突然マリベルが笑顔で両手を叩いて叫んだ。謎解きや物事の背景を読むのは

ぼくたちの中でずば抜けてうまいマリベルだ。今回も何か思いついたようだ。

期待して続く言葉を待っていたぼくたちだったけれど、すぐに絶望を味わった。

 

『あのバカ王子になんとか一発食らわせてやりたい・・・それだけを考えて

 考えて・・・やっと見つけたわ!間接的な攻撃をすればいいのよ!』

 

『・・・・・・はぁ?』

 

『なぜか魔物はあたしたちを認識できている。そして少しだけあたしたちにも

 触れられるものがある。だったら拾える石や魔物を投げつけちゃえばいい!

 あいつらがちょっと前に話してくれた思い出話も役に立つものね』

 

 

 

マリベルが言う思い出話をぼくもそのとき聞いていた。モンスター人間という

種族で、遠い昔大神官ハーゴンが世界を自分の望むものに変えようとしていた

時代から生きていたというはぐれメタルとホイミスライムがいた。そのときから

しばらく後の時代まで、二人はずっと報酬を狙う欲深い人間たちから追われていた。

こんなことなら見向きもされないバブルスライムとしびれくらげに生まれたかったと

思い続けていたところ、なんと『夢の世界』と呼ばれる世界に二人の夢が具現化され、

本物とは別に生活を続けていたらしい。当時の魔王が関係していた歪な世界だったと

後々気がついたようだけど、なかなかそれはそれで楽しい時代だったと言っていた。

 

『私たちは魔物だからどっちの世界だろうがあんまり関係なかったけど人間は大変だ。

 間違って夢の世界の人間が現実の世に落ちちゃったらその姿は誰にも見えない!

 魔物とか動物にしか声も姿もわからないんだ。とても生きていけないよ』

 

『ふーん・・・石版の旅をしてなかったらとても信じられない話ね』

 

『そのとき私たちは出会ったんですよ、ハーゴン様の目ざした人と魔物の真の平和を

 実現する力のあったあの人に!ロンダルキアの洞窟で私たちを見逃してくれた

 アーサー王子と同じ匂いがした。その方はまさに聖女だった!この時代の勇者よりも

 私たちのなかではずっと高く崇められている方です。この方も夢と現実二つの魂が

 離れてしまっていたのですが・・・すぐにうまい対処法を思いついていました』

 

 

 

そのとき聞いたのがいまのマリベルの方法だ。人間には触れられないし会話も

できないが魔物は普通に襲ってくる。それに一部の物は手に取ることができた。

これである程度不便ではあったものの何もできない状態は解消したという。

 

『さっそくあそこにちょうどいい大きさの石がある。アルス、投げつけてやりなさい』

 

『きみが自分でやればいいだろ。ぼくは親友殺しにはなりたくないからね』

 

『ちっ、相変わらずつまらない男ね。殺せだなんて言ってないじゃない。

 ほんのちょっと懲らしめてやればいいって話をあたしは・・・』

 

マリベルも冗談で言ったのだろう。自分で石を拾ったりはしなかった。キーファの

山登りは順調で、魔物たちが襲ってきても危なげなく撃退していた。

 

『ふう・・・今のはなかなか強かったな。こりゃあ気合を入れ直さないと!』

 

だらしない顔つきから一変、真剣な時のキーファになった。こうなったキーファは

とても頼もしく、どんな心細い状況でもぼくたちを安心させてくれた。確かに

何事もなければこのまま試練を無事に終えるのだろう。山頂が近くなり、

ここまでくると最後の最後、山頂に咲く花の前に魔王の配下がいるに違いない。

 

 

『敵といえば、過去のユバールはどんな強大な魔物に苦しめられていたの?』

 

『う~ん・・・いなかったんだよ。一族を滅ぼすような魔物は・・・』

 

『あら、珍しい。大抵の大陸や都市はその魔物を倒せば平和が戻って

 現代に帰ってきたら大陸が復活しているという流れだったはず』

 

オルゴ・デミーラのしもべたちのなかで特に力ある大物が五人いると言われていた。

ダーマ神殿を支配した邪悪な神官アントリア、砂漠の狂戦士セト、狡猾な策略家ボトク、

風を操る武人ヘルクラウダー、そして怪力無双のバリクナジャ。石版世界の旅でも

特に苦しい思い出はやはり彼らが関わっている。もちろんそれ以外の魔物も魔王直々に

大陸を任されているのだから楽勝だったという戦いはあまり記憶にない。ただ、

ユバールの場合はそのような運命を決する戦闘はなく、キーファと別れて旅の扉から

神殿に戻った時点で一族が現代までに滅びてしまう何らかの原因が除かれたのだ。

 

『キーファがユバールの一族に残ったことがよかったんだ。あのときのぼくたちは

 認めたくなかったけれど・・・あれはユバールから帰ってきて一週間くらいかな、

 まだ次の冒険に向かう気力がなかったとき・・・』

 

 

親友を失った悲しみ、その最悪の状態を脱しても村から旅立つ気にならなかった。

もしかしたらガボ、それにマリベルも異世界に永住するなどと言い出すかもしれない。

もともと過去の世界から来たガボはまだ仕方ない。現に直後のダーマ神殿で彼の

心が揺れたとき、無理に止めちゃいけないと思った。けれどもマリベルが自分の

ほんとうにやりたいことはここにあった、と決して揺らがない決意を抱いたなら

ぼくは一生立ち直れなかっただろう。何としてでも止めたいけれど、マリベルは

それを拒んで背中を向ける。それが嫌で古代遺跡の神殿に行きたくなかった。

そんなとき、フィッシュベルに見慣れぬ旅行客たちがやってきた。

 

『・・・ああ、やはりハーゴン様の言われた通りだ。全く年を取っていない!

 あれから数百年は過ぎているのに・・・お前ほんとうに人間?』

 

『あの・・・突然なんですか?ぼくはあなたたちのことを知りませんが』

 

『これは失礼しました。私たちが一方的にあなたたちを見かけただけでした。

 数百年前、あなたたちからすればたった数日前のことなのでしょうが』

 

二人の小柄な女性がいた。一人は髪が短くその恰好は遥か昔の勇者のようだった、

プチヒーローの『グルーヴ』と名乗る剣士で、もう一人は白髪であり穏やかに話す

プチプリーストの『ラフイン』。話を聞くと、ぼくたちがユバールに行ったとき、

彼女たちプチット族は密かに後をつけていたらしい。なんと魔王と呼ばれる存在から

遣わされてあの一族を滅ぼすために機会を待っていたという。

 

『あのときボクは燃えていた。この任務を成功させたら魔王軍の幹部になれる。

 いままでボクらを馬鹿にしていた連中もこれで見返すだろうとね・・・』

 

『でも私はそれに反対でした。今回は楽な仕事でも次はもっと過酷で危険な

 戦いが待っているだけ。おそらくずっとその繰り返し・・・グルーヴには

 野心を捨てて安らかに生きてほしかった。そのときあなたたちが来たのです!』

 

魔王軍での高い地位を得たいグルーヴと、彼女に戦いの日々から離れてほしいと願う

ラフイン。生まれたときから共にいる二人でも向かう道がズレ始めていた。

結果として彼女たちがユバールを襲うのをやめて魔王のもとから逃げたのは

ぼくたちがやって来たこと、それに加えてキーファが残ったのが決め手だった。

 

『あんな強いヤツがいたんじゃあボクらも無傷で勝つのは無理だ。ラフインたち

 仲間を誰か失っていただろう。前からいたオッサンの守り手だけだったら

 突撃していただろうけど・・・まあやらなくてよかったんだろうな。

 ラフインの言うように終わらない報復の連鎖の戦いに巻き込まれただけだ』

 

『だから私たちはあなたと仲間の方々に感謝しています。あなたが彼と別れる

 決断をしたからこそユバール族の数百年の人々の命、それに私たち四人の

 命までも救われたのです。真の勇者であるあなたにしかできない救いの業です!』

 

そこまで言われてもぼくはキーファと過去の世界で別れた後悔や悲しみを完全に

吹っ切ることはできなかったし、いまだにその気持ちに時々悩まされる。

けれど少し別の考え方をすることもできるようになった。人にはそれぞれの

使命がある。キーファはぼくたちが旅立つきっかけを作り、神様を復活させる

ために必要なユバール族を今日まで繁栄させるために生まれてきた・・・。

だからぼくが不必要に責任を感じたり悲しんだりしなくてもいいのかもと。

 

『ちなみに・・・残りの二人はそれでよかったのですか?』

 

『ああ、ファイターの『ドーベル』にマージの『マーチ』か。あいつらは

 もう先払いの金は貰ったからどっちでもいいとか言ってたな。あっちで

 売ってる饅頭とか煎餅に夢中になってるみたいだ・・・呼ぶか?』

 

『いや・・・いいです。みんな初めてこの村に来るとアミット饅頭と煎餅には

 心を奪われるみたいだから・・・お二人も食べてみては?』

 

 

ぼくが無理矢理キーファを連れ帰っていたらプチット族の四人によってユバールは

全滅したのだろうか。彼女たちの攻撃を凌いだとしても結局また別の脅威によって

どこかでいなくなる運命だったのか。歴代最強の守り手の血が残らなければ。

 

 

 

『よ————し!ようやく暗い洞窟を抜けた!終わりは近いぜ!』

 

もうそろそろキーファの命を奪いにやって来る魔物が来てもいいはずだ。

どこから現れどんな攻撃で襲ってくるかわからないからぼくたちの集中力も

限界まで高めないといけない。もうゴールが見えたと早足になるキーファと

真逆で、ぼくたちはここからが本番だった。あらゆる方向に注意を払う。

ついてないことに雨が強くなり、視界がとても悪くなっていた。

 

 

『・・・!これは・・・風の向きが急に変わった!嵐が来るのか!』

 

『オイラの鼻で探知していた!ニオイは変わらねえ・・・が・・・』

 

気配で察することができた。とても邪悪なものが近づいてきている。この風は

自然のものじゃない。ぼくたちを襲う悪魔の真空の刃だ。ぼくたちは何とかかわせた

けれど、気がつくのが一瞬遅れたキーファは避けられずに防御するしかなくなって、

 

『ぐおっ・・・!!うおおおおぉっ!!』

 

凌ぎ切れず吹き飛ばされて、ぼくたちから遠く離れたところの地面に叩きつけられた。

備えていたとはいえあまりに突然だったからぼくたちの初動が遅れた。キーファが

落ちた場所を確認したとき、すでに巨大な魔物が倒れる彼を見下ろしていた。

黒雲に乗る黄金に輝く姿の、くもの大王よりも何倍も強そうな魔人だ。

 

 

『ぐ・・・あああ・・・!!何だてめぇ・・・お、お前は・・・・・・!!』

 

『グフ・・・グフ・・・後にユバール族歴代最強となる男もまだ若造であるうちは

 やはり脆いものだ!グフフ・・・あんな攻撃もかわせないのではなぁ!』

 

『こいつは・・・ダーツさんよりもずっと強い!族長たちが用意した試験とは

 関係がない・・・イレギュラーってことかよ・・・ぐぐ・・・』

 

『グフフ、御名答だ。さすがは勇者の仲間だっただけはあるな。俺様はわざわざ

 遠い未来からお前を殺すために今日この日を選んでやって来たのだ』

 

僅かな間にとても危険な状況になってしまった。すぐにでも助けに行きたかった。

現にアイラはグランエスタードに代々伝わる王者の剣を持って突進しようとしていた。

でもマリベルがそれを止めた。そして唇に人差し指を当てて小声で話すようにと言う。

 

『離して!早くしないとキーファ様があの魔物に・・・!』

 

『いえ・・・いまあなたが大きな音を立てて走っていったらそれこそ終わりよ。

 この距離じゃあなたの攻撃が届く前に魔物はキーファを殺して逃げるに決まってる。

 ちょっとずつ・・・バレないように少しずつ距離を詰めないとダメでしょ』

 

『そんな悠長なことをしている時間が・・・・・・いや、そういうことか!』

 

『わかったみたいね、アルス。あんたにしては早かったわね、あたしに追いつくのが。

 あの敵はあたしたちの存在に気がついていない。だからすぐにキーファを倒さずに

 勝ち誇ったように振る舞っているのよ。魔王を倒したあたしたちが四人も

 すぐそばにいるなんて知っていたらあんな余裕はないわ。だから静かにするの』

 

あの奇襲攻撃の威力が弱かったのはかなり遠くから攻撃してきたせいなんだと

そのときわかった。金髪で目立つキーファの姿らしきものが見えたから真空波を

放っただけだ。精度と威力を見誤って咄嗟に避けてしまったぼくたちの失敗だった。

でもまだチャンスはある。今度はこっちから闇討ちを仕掛けてやればいいんだ。

あれはかなり性格の悪い魔物だ。キーファをいたぶって楽しんでいるところに隙がある。

 

『・・・ハァ・・・ハァ・・・』

 

『なんだなんだ、もう虫の息か!グフフ・・・もっと楽しませてくれるかと思ったぞ。

 お前をこの世から消し去る俺様の名前を記念に教えてやるとしよう。偉大なる

 俺様の名はヘルクラウダーの『フランケル』!風を操ることに関しては魔王様をも

 超えるというヘルクラウダー一族でも特に力ある『常勝無敗のフランケル』様だ!

 お前が地獄でもその名に怯え続けながら生きるために名乗ってやった、光栄に思え!』

 

その名前を聞いて、一歩ずつ忍び足で近づいていたぼくたちの足が止まった。

フランケルというのはどうでもいい。その前、ヘルクラウダーというところが

問題だった。しかも一族のなかでも特に力がある者だというのなら・・・。

 

『あれが・・・あいつがラフィアンの父親ってことか!?』

 

『多分そうだ。そうか・・・ヘルクラウダーというのはあんな姿だったのか』

 

 

ぼくたちが過去の聖風の谷で出会い、死闘を演じたラフィアン。目つきが鋭く、

大人びているなかに激しい激情を秘めた金髪の少女。普通のモンスター人間は

相手から教えられるか戦いぶりを見るまでは人間とまるで変わらず見分けがつかない

のに対し、彼女は一目で危険な存在だとわかった。大陸の封印を寸前のところまで

終えて、もし『あの子』さえいなかったらぼくたちでも止められなかっただろう。

そのラフィアンは『ヘルクラウダーの娘』と呼ばれ、魔物である父親と人間の母親から

生まれたのだという。母親がすぐに死んでしまったため彼女は父にとても懐いていた。

 

『父上はとにかく凄いんだ!実力だけなら魔王軍で誰の文句もないナンバーワンだ!

 お前たちには悪い話だが神の兵や精霊たちを最も多く打ち倒したのも父上なんだ。

 それでいて倒した相手の尊厳を汚さない。強奪や強姦なんて無縁の武人・・・

 まさに完璧な、わたしだけでなく皆が目標とすべき偉大な戦士、それが父上だ!』

 

あのラフィアンがまるで小さな子どものように目を輝かせながら自慢していた。

果たしてどんな魔物なのか・・・機会があればぜひ会ってみたいと思っていた。

だけどいまぼくたちの目の前にいるヘルクラウダーは小物で下衆な印象しかない。

 

『・・・聞いていた話とずいぶん違うなぁ。オイラたちの聞き間違いか?』

 

『誇張され美化されている・・・ついさっきもあったじゃないの』

 

マリベルは倒れているキーファを指さす。ユバール族では長年にわたって

聖人のような扱いで彼を高めていた。過去と現在の両方を実際に見た

ぼくたちの旅ではよくあることだった。都合の悪い出来事は消し去って

自分たちのいいように歴史を変えるか、知らずのうちに何でもない人間が

救世主や英雄として賛美されているのは珍しくもない話だ。まさかラフィアンも

いいところしか見ていないどころか自分の理想の父親像を妄想で作り上げていたのか。

 

『・・・どうする?あのヘルクラウダーを殺したらきっとあの女は怒り狂って

 あたしたちに復讐しに来る。終わらない戦いがまた始まるわ』

 

『その昔からずっと続いた・・・人間と魔族の復讐と報復の連鎖!』

 

やっと終わったと思われた戦いの日々がまた始まるのか。思わず気分が滅入った。

だけどぼくを悩ませるにはこの程度のことではとても足りなかった。

 

『親友を・・・キーファを助けるんだ!後のことは後で考えたらいいんだ!』

 

ぼくの言葉を聞くと、三人ともにやりと笑った。口ではいろいろ言いながらも

ここはどうしようかなんて誰もちっとも考えていなかった。思いは決まっていた。

 

 

『よっしゃ!だったら真っ先にあいつを叩くのはいちばん素早いオイラだ!』

 

『今日は私がその次に行かせてもらうわ!この手で大事なご先祖様を、そして

 私自身の命を救ってみせる!あなたたち主役は後から来てちょうだい!』

 

ガボとアイラが駆けていった。久々の戦闘、二人の頑張りが勝敗を分ける。

ぼくも剣を手にしてはいるけれど、戦力になれる自信はなかった。この時点では

ぼくとマリベルだけの秘密、敵に知られたらまずいことになることがあったからだ。

 

『ぐぐぐ・・・た、立ち上がらなきゃ・・・・・・』

 

『グフ、グフ!その這いつくばる惨めな姿、しびれマイマイやいどまじんのようだな!

 さて、俺様としては害虫を一思いに踏み潰すようにしてお前の息の根を止めるのが

 よいか、それとも手足を一本ずつ奪ってから断末魔を楽しみながら殺すか~~~っ』

 

ヘルクラウダーのフランケル。やはり魔王軍の精鋭たちに比べたらかなり劣った

魔物だ。まだ攻撃力や技の全てを目にしたわけではないけれどももう十分わかる。

ほんとうの強者ならとっくに察していなければいけない。追い詰められているのは

自分のほうであるということを。ガボの急接近にすら気がついていないなんて。

 

『俺様はやはり獲物が徐々に血に染まり原形が失われていくのが楽しくてなぁ!』

 

『だったらオイラがやってやるぜ————ッ!オラオラオラァ——ッ!!』

 

『はっ!!何者だ・・・・・・ぶげっ!!うごごごごごご』

 

ガボのパンチが次々とヘルクラウダーの顔面を襲う。まさに爆裂拳と呼ぶに

ふさわしい攻撃だ。でもまだ終わらない。次はアイラが久々にあれを披露する。

 

『はっ!!やぁっ!!タァ—————ッ!!』

 

『ぎゃあっ!!いだっ、いだああぁぁぁ———————っ!!』

 

剣士であり踊り子でもあるアイラならではの華麗な剣の舞。ガボと同じく

一瞬で敵に大ダメージを与えるこの技を惜しげもなく繰り出したということは、

二人とも早々に戦いを終わらせる気でいる。変に様子を見て安全策をとるよりも

速攻で反撃の機会を与えずに一気に倒してしまおうという考えのようだ。

 

『あ・・・あ・・・!!ぎ、ぎさまらはぁ~~~~っ!!』

 

『そう、『エデンの戦士たち』と人は言うわ。今日はメルビンがいないけれど

 あなた程度に四人もいらなかったかしらね。特にあなたの王である偽の神、

 オルゴ・デミーラをその手で倒した勇者アルスとマリベルがいるのなら!』

 

『・・・・・・!!こ、こんなはずでは~~~~っ!』

 

『オイラたちが倒された後、たった二人で最終決戦に挑んで、そして勝った。

 そのアルスたちに果たしてお前が勝てるのか見ていてやるぜ。なあアルス、

 あれをやってくれよ!全てを切り裂くギガスラッシュを!それともここは

 いきなりいくか!?究極の剣技、アルテマソードで決めるかぁ————っ!?』

 

ガボが意気揚々とぼくの大技に期待している。アイラも同じ視線を向けてくる。

 

『・・・・・・・・・』

 

『や、やめろ————っ・・・!俺様のもとに来るなぁ————っ』

 

ヘルクラウダーもぼくの技を受けたら致命傷になるとわかっているのだろう。

必死に後ずさりしている。しかしいまのぼくには皆の期待に応える力はなかった。

 

『あ・・・あれ?その剣・・・オチェアーノの剣じゃなくて・・・水竜の剣!?』

 

『・・・はぁ——————っ!!』

 

ぼくの攻撃は何でもない、ただ斬りつけるだけの普通の攻撃。ヘルクラウダーの

雲の部分を僅かに抉ったものの大した痛手になっていないようで、威力が足りない。

 

『・・・こ、この・・・俺様を少しずつ痛めつけて殺す気か・・・!?』

 

『おいおい、何やってんだよアルス!本気でやれよ、剣も早く・・・・・・』

 

ここでぼくは一度ヘルクラウダーから離れた。そして四人で集まってから小声で言う。

もう魔物と命がけで戦うこともないと思っていたから誰にも説明をしていなかった。

 

 

『・・・いや、これがいまのぼくの・・・ぼくたちの本気だよ。ギガスラッシュや

 アルテマソードはおろか・・・ほとんどの呪文と特技がもう使えないんだ。それに

 オチェアーノの剣をはじめとした伝説の武具は魔王に全て破壊されてしまったんだ』

 

『何ですって!?じゃあ今みたいな攻撃しかできないっていうの!?』

 

『まあそうなるわね。オルゴ・デミーラを倒すときに力を使い過ぎた反動・・・

 詳しく話す時間はないからいまはそれだけ言っておくわ。剣の腕前は

 残っているからちょっとは役に立つこいつに比べてあたしは正真正銘の

 役立たずってわけ!あっはっは!びっくりしたでしょ?』

 

笑っている場合か、とガボとアイラがマリベルを必死の形相で睨みつけた。

しかもマリベルが声をあげて笑ってしまったために最も知られたくない相手に

この事実を教えてしまう結果となった。

 

 

『グフ・・・グフ・・・!!なるほど・・・さすがは大魔王様!勇者どもに

 深い傷跡を遺して我らのために希望の道を・・・!グフフ!これならば!!』

 

立ち上がったヘルクラウダーが両手を広げるとますます雨と風が強くなった。

すぐそばにいる仲間の顔も見づらい、激しい嵐だ。ハリケーンを出したか、

もしくはヘルクラウダーが戦闘用の特技とは別に天候を操れるのか・・・。

 

『グフフ!こうなったらあの雑魚一人だけではない!お前たち全員ここで

 俺様が仕留めてやる!偉大なる大魔王様の復活が迫ってきたぞオォォォ』

 

そのまま身を隠してしまった。どこからどんな攻撃が誰を標的に飛んでくるのか

わからない、感覚頼りの戦闘が始まった。

 

 

キーファは気を失って倒れていた。彼がライラさんからもらった白い花は

すでに髪から地面に落ちていた。嵐が去った後、萎れて枯れてしまうことだろう。

白い花が悲しみの花となるときが近づいていた。


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