ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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花の香りに②

 

山頂は大雨、嵐のなかで敵は身を隠した。ぼくたちは少しでも攻撃に対処するため

互いに背中を預けて離れずに立っていた。魔王との最終決戦で力を出し切ったせいで

ほとんどの呪文と特技を失ったぼくとマリベルの秘密が敵にばれてしまったのが

この窮地の原因だった。マリベルがあんなに大声で笑わなければこうはならなかった。

 

『詳しいことはあとでちゃんと聞かせてもらう。それにしてもマリベル、あなたにしては

 とんでもないミスをやらかしたわね。敵を元気にさせちゃったわよ』

 

『・・・うふふ・・・いや、これでいいわ!あたしにとってはね!』

 

そう言い終えるとマリベルが一人駆けだした。ぼくたちの輪から抜けてしまったのだ。

 

『お、おい!危ねーぞっ!どうしてオイラたちから離れるんだ————っ!?』

 

『おほほほ!あたしにとってはこれでいいって言っているでしょう!そこにいたら

 あんたたちへの攻撃の巻き添えに遭うかもしれないし————っ?安全なところで

 戦いを見守らせてもらうことにするわ—————っ!』

 

『ああっ!そういうことかよ!おいアルス、マリベルのやつ逃げやがったぞ!』

 

あっという間にぼくたちから距離を取って、雨風を凌げる場所まで探し始めた。

普通なら自分だけ助かろうとして別行動をとるのは自殺行為だ。一人になった

ところを狙われる。敵にとっても三人を相手にするより一対一での戦いのほうが

何倍もやりやすいからだ。でもいまに限ってはマリベルの作戦は正しい。

 

『・・・ヘルクラウダーのフランケル・・・あいつはキーファを放っておいて

 ぼくたちを仕留めようとしている。いつでも殺せる相手は後回しなんだ。

 だからマリベルはわざわざ大声で言ったのか。魔法の使えない自分はこのなかで

 唯一何もできない役立たずだと。そんなやつ、敵も構わないだろうから!』

 

『な・・・なるほど・・・マリベルは切れ者なのは認めるわ。それが悪い

 方向に向かうとただのずる賢い女だということもね!』

 

アイラはかなり苛立っていた。キーファが死ねばアイラも消滅してしまう。

そんな戦いで一人安全地帯に逃げ込んで戦闘から離脱したマリベルに怒るのも

当然だろう。だが、この後戦いは全く予想外の展開を迎えた。

 

 

『じゃあ三人とも頑張ってちょうだいね————っ。あんたたちと違って誰の加護も

 特別な力もないか弱い乙女はここで雨宿りを・・・っと。あら、誰かいる・・・』

 

『・・・・・・・・・』

 

『雨そのものは結構前から降っていたし・・・ずっとここにいたの、あなた?

 ちょっと詰めなさいよ。そこにいられたらあたしが入れないでしょうが!

 聞こえているんだったら何とか言ったらどうなの!この・・・・・・』

 

その姿を見てマリベルの笑顔が固まった。そこにいたのは他でもない、

ヘルクラウダーのフランケルだったからだ。敵が目と鼻の先にいる。

 

『うそ————っ!?何であんたがここに————っ!!あんたの敵はアルスたち、

 向こうにいるでしょう!あたしなんか狙ったっていいことないわよ!?』

 

『グフ、グフ・・・順番なんかどうでもいい。どうせすべての魂を魔王様に

 捧げるのだからな。我が身可愛さにここまでくる愚か者を待っていたのだ!

 まずはお前から俺様の餌食となれ——————っ!!』

 

ヘルクラウダーが腕を伸ばしてマリベルの首元を狙った。首の骨が折れるどころか

もしかすると一撃で刎ねられてしまうのではないかという強烈な攻撃だった。

 

『・・・あわわ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!』

 

『誰が待ってやるか!死ね——————っ!』

 

 

ぼくたちも慌てて助けに向かうが間に合いそうもない。ヘルクラウダーの攻撃が

決まったと思われた瞬間、アイラとガボは思わず目を閉じてしまっていた。

でもぼくはいま最悪の事態なんか起こらないという確信があった。マリベルなら

どうにかする、長い旅の最初からいっしょにいるのだから自然とわかっていた。

 

『・・・むむっ!?クソ、寸前でかわしやがったか!運のいい奴め、もう一撃!』

 

『あらよっと!よっ、よっ!』

 

ヘルクラウダーの攻撃を次々とかわしている。よく見るといつの間にかマリベルは

みかわしの服を装備していた。どんな破壊力のある攻撃も命中しなければ

意味がない。そしてマリベルが上手いのはもっと余裕を持ってかわせるところを

あえて間一髪で避け続けていることだ。こうなると相手は直接攻撃に固執する。

 

『クソ!クソが!いい加減観念して俺様の・・・』

 

『おほほ!お断りよ。あんたなんかに殺されちゃったら恥ずかしすぎて魂が

 安らげないでゾンビとしてさまようハメになるわ。せっかくの美貌が台無しよ』

 

冷静になれば攻撃の方法を変えるはずだ。風を操る多くの特技があるはずなのに、

あと少しで炸裂するのに全て当たらず、小馬鹿にされていると感じて躍起になって

意地でもこの腕でマリベルを仕留めようとしているのだろう。こうなっては

マリベルのペースだ。頭を使ってたくさんの強力な魔物を手玉に取ってきた。

 

 

『ハァ———・・・ハァ————・・・クソがぁ—————っ・・・』

 

『これは面白い見世物だわ、あたしの数十倍は体力のありそうなあんたが

 先にスタミナ切れとは・・・しょせんはキーファを倒すのもコソコソと

 やろうとした魔物、大した敵じゃないっていうのは最初から・・・・・・』

 

『・・・マリベル!危ないわ!そっちは・・・・・・!!』

 

そのときだった。これまで軽快にみかわしのステップを刻んできたマリベルの足が

ぬかるんだ地面によって滑り、マリベルは背中から地面に倒れてしまった。

 

『・・・あいたっ!!いたた・・・ただでさえ服がびちゃびちゃなのにそのうえ

 泥んこだなんて・・・よく見たらけっこう透けてるじゃない!最悪だわ・・・』

 

『グフグフ・・・!とうとう悪運も尽きたか!こうなってはもう俺様の攻撃を

 かわすことはできん!服の心配なんぞしなくてもいい!お前は死ぬからな!』

 

ヘルクラウダーは勝ち誇る。まず一人倒したも同然だと。

 

『散々手こずらせてくれたがここまでだ————っ!くらえ—————っ!!』

 

 

『・・・いや、最初から言ってるじゃない、あたしにとっては『これでいい』のよ』

 

 

その攻撃が倒れる彼女に届く前に、ぼくの水竜の剣が敵の右腕を斬り飛ばした。

雲の部分を斬った時と違い、確かに大きなダメージを与えたという感触があった。

 

『うぎゃぁ————————っ!!』

 

『うふふ・・・ここまで読み通りだと気持ちがいいわ。このあたしの絶体絶命の

 大ピンチ・・・アルスが間に合わないはずがないじゃない』

 

『信じてくれているようでうれしいよ。ぼくの剣の腕もまだ衰えていないみたいだ』

 

マリベルを守る。どんな攻撃からも、どんな悪意や残酷さからも。決して傷つけ

させたりはしない・・・ウッドパルナでの初心者時代からオルゴ・デミーラとの

最後の戦いのときまで一度も失敗したことのない、ぼくの唯一誇れるところだ。

薬草や回復呪文で塞がりきらなかった傷の全てがぼくの密かな自慢だった。

 

『じゃあそんなアルスにもう一つ仕事を与えるわ。あたしを起き上がらせなさい』

 

『お安い御用さ。ぼくの手につかまって・・・・・・うわっ!』

 

まさかだった。ぼくまで足が滑って転んでしまうとは。バランスを崩して

そのまま倒れてしまった。ぼく一人ならなんてことはなかったけれど・・・。

 

『・・・・・・いてて・・・ぼくも足が・・・・・・ああっ!!』

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

マリベルに覆いかぶさるようにして倒れたのはまずい。まるでぼくが押し倒した

ようじゃないか。しかも服が濡れて身体に密着しているうえにそこそこ透けている

彼女相手にだ。もしメラゾーマが使えたらぼくはすぐ燃やし尽くされていた。

それでもすぐにどかないと、と思っているうちにその右手がぼくの頬に迫った。

爪で引っ掻くかパンチが飛んでくるか・・・歯を食いしばったぼくだったけれど、

 

 

『・・・・・・・・・あれ?』

 

意外なことに、その手は優しく添えられただけだった。

 

『・・・自分で言うのも何だけど・・・怒らないのかい?』

 

『まあ・・・たまにはいいでしょ。何度もこうして守ってくれたし・・・』

 

『え・・・・・・・・・』

 

このときのぼくは、マリベルがどんな顔でこう言ったのか見たかった。

だけどそれがまずかった。じっと覗き込もうとした一瞬の隙を突かれた。

 

『・・・ふんっ!』

 

『うわっ!!急に何を・・・!きみのせいで泥だらけになったぞ!』

 

『あはははは、いいザマね。このあたしが全身汚れてあんたが綺麗なままだなんて

 許されるはずがないじゃない。これでお揃いってわけね、おほほ!』

 

地面に投げ倒された。どうにか顔だけは守ったけれど体の前面が真っ黒だ。

油断させるためにわざとあんな素振りを・・・すっかり騙されてしまった。

ぼくが立ち上がる前にマリベルはけらけらと笑いながら逃げていった。

 

 

『・・・なにやってんだあいつらは・・・しかもアルス、気がついていないぜ』

 

『ええ。あれは悪戯じゃなくて照れ隠しだというのに・・・ふふ、やっぱり

 あの二人は・・・・・・い、いやガボ!あっちを見て!』

 

ぼくとマリベルの代わりにアイラとガボが気がついてくれた。血に染まる魔物を。

 

『グフガァ・・・こ、この俺様はまだくたばってはいないぞ————ッ!』

 

しぶとい敵だった。憎しみと怒りをこめてぼくたちのもとに近づいてくる。

 

 

『やはりお前たちを葬るのはこの技しかないようだ・・・くらえ、真空・・・』

 

『おいおい、あんまり邪魔するモンじゃないぜ、男と女がいい空気のときはよォ!

 風を操るのが得意らしいが空気を読むのは苦手みたいだな————ッ!!』

 

『ぐぎゃばぁ—————っ!!きさまいつの間に復活しやがったァ————!?』

 

 

ヘルクラウダーが最大の奥義である真空の刃を放とうと力を解放しかけたとき、

その胴体が切り裂かれた。ただの剣による攻撃じゃない。邪悪なる命を燃やして

灰にする火炎斬り。何年経とうが忘れることなど決してない彼の得意技だった。

 

『・・・キ、キーファ—————ッ!!』

 

『傷が癒えている・・・しかも力に満たされているわ!あの力・・・私には

 わかるわ!大地の精霊様がキーファ様を祝福してくださっている!』

 

神様にいちばん近いところで仕えていた四人の精霊たち。魔王と配下の魔物に

打ち倒されてしまった後も、その残り香や遺産は世界の各地で確認できた。

特にこの時代は他の石版世界と比べても大昔、精霊たちが死んでから日が浅い。

キーファに一時的に一族の守り手としての全盛期の力を一足早く与えている。

ここで別れてからずっと旅を続けたぼくたちと肩を並べて戦えるほどの力だった。

 

『・・・この奇跡の力なら・・・ぼくたちが見えないか!?キーファ!』

 

『・・・・・・・・・』

 

期待を込めて叫んだ。でもキーファは答えない。やはりそれは別の問題だった。

けれどもぼくたちの希望が完全に裏切られたわけではなかった。確かな光があった。

 

『・・・オレには何も見えないし聞こえない。だが・・・そこにいるんだろう?

 アルス、それにマリベル。少し離れたところにはガボ・・・あとはもう一人、

 実感がわかねぇがオレの子孫がいる。オレの危機に駆けつけてくれたんだな?』

 

ぼくたちの存在が伝わっている。それだけでぼくは嬉しくてたまらなかった。

 

『オレの子孫ってことは・・・男か女かまではわからないが腕のある剣士だと

 信じているぜ。お前とアルスに言うぜ!あの敵にとどめを刺すぞ、オレの

 必殺技でな!オレはお前たちが見えないから呼吸はオレに合わせてくれ!』

 

『ええ・・・わかりました、キーファ様!』

 

ヘルクラウダーとの戦いに決着をつけるのはやはりこの技しかないだろう。

キーファとアイラ、二人の構えは見事に全く同じだった。そこにぼくも加わるのだ。

 

 

 

『・・・う~ん・・・やっぱりぼくにはダメだ。いくら練習してもできない』

 

『ハハハ・・・いつかできるさ。それにお前にはオレには使えない魔法がある。

 オレが剣技、マリベルが攻撃呪文、お前がおれたちの回復や補助、役割は

 しっかりしてるぜ。ずっと昔の勇者様たちにも負けず劣らずな』

 

『確かに!それならキーファはローレシアの王子アレン、あたしはムーンブルクの

 王女セリアの生まれ変わりなのかもね。剣も呪文も中途半端な残り一人と

 アルス、そこもしっくりきてるじゃない。ここまでいっしょだと驚きだわ』

 

『もう一人・・・サマルトリアの王子アーサー、テンポイントとも呼ばれた

 流星の貴公子。女性に人気があったというのはぼくには当てはまらないな。

 彼は仲間たちを残して戦いで死んでしまった・・・なんか不吉だなぁ』

 

 

 

まさかキーファが一人遠いところにいなくなってしまう、サマルトリアの王子の

生き写しになってしまうなんて・・・。ギガスラッシュにアルテマソード、

たくさんの技を使いこなせてもあの火炎斬りだけは最後まで習得できなかった。

これが最初で最後でいい。どうかキーファの前で成長したところを見せたい!

そう強く願ったとき、ぼくの腕のアザが青く光った。久しぶりの感触だ。

 

『ハァ—————ッ!!』

 

『準備は整ったようだな!じゃあいくぜ、火炎斬り——————っ!!!』

 

まずはキーファが、そしてアイラが続いてヘルクラウダーを激しく斬りつけた。

最後にぼくの水竜の剣が炎を帯びて、敵の頭から雲の一番下まで裂いた。

 

『くらえ—————っ!!これで終わりだ———————っ!!』

 

『うぎゃあああああぁぁ—————————ッ!!!』

 

ヘルクラウダーのフランケルは全身が炎上したままどこかへと吹き飛んでいった。

戦いが終わり、雨も風も収まり始めていた。ぼくたち四人は集まってキーファの前に立つ。

 

 

『アルス・・・他の三人もそこにいるな?助かったぜ。どうやらいまのお前たちは

 おれと別れてから最低でも五年・・・もしかしたら十年は経っているらしい。

 ガボもすっかり大きくなっただろうしオレの子孫までいるんだもんな・・・』

 

『・・・・・・・・・』

 

『あのときはオレの勝手な行動できっとたくさんの人間を傷つけただろう。

 当然お前たちにも酷いことをした・・・・・・ほんとうにすまなかった。

 親父や妹のリーサは元気か?もしオレの子孫が何かの縁でグランエスタードで

 親父たちといるのだとしたらこれ以上うれしいことはない・・・』

 

『キーファ!』 『キーファ様!』

 

ガボの瞳は潤んでいた。家族を失ったガボにとってキーファは頼れる兄ちゃんだった。

アイラも消滅してしまう危機を免れたことすら忘れ偉大な先祖の声を聞いていた。

 

『きっと・・・もう会うことはないと思う。今度こそ永遠のお別れだ。でも

 悲しむなよ。オレはオレ、お前たちはお前たちの宿命や生き方に従って生きる、

 それだけだ。離れていてもオレたちの友情は変わらないからな!』

 

『ふん・・・相変わらず勝手な言い分ね』

 

感情を見せずに腕を組んで立っていたマリベルが吐き捨てるように言う。マリベルは

かつてぼくとガボがキーファの離脱に猛反対する中でもこんな感じで、好きに

したらいいと彼に言った。いなくなっても構わない、どうでもいいなどとは

思っていなかったはずだ。自分が何を言おうが無駄だとわかっていたんだ。

 

納得できないぼくはキーファに決闘を挑んだ。ぼくを倒さなければ離脱は認めないと。

ナイフやブーメランを隠し持ち、意表を突いた戦い方でキーファを追い込み勝利は

目前というところまでいった。でもそのときぼくもキーファの目を見てわかった。

彼が悩み抜いて決めたことだ。こんな決闘にそもそも意味なんてなかったと。

ぼくはわざと倒れた。そしてここで別れることを認め、キーファの荷物を預かった。

マリベルにはこうなることも最初から全部わかっていたのだろう。

 

 

『・・・オレはまだまだ修行しなきゃいけねぇ。オレ一人の力で試練に合格できる

 ようになるまでダーツさんと一から訓練のやり直しだ。この花はいくら探しても

 見つからなかったことにして、ライラとの結婚はもうしばらく我慢するぜ・・・』

 

族長から与えられた試練を乗り越えた証として持ち帰らなければいけない白い花。

あれほどの嵐や戦闘があったにも関わらず美しく咲いていたそれをキーファは摘み、

彼には見えないはずなのにぼくのすぐそば、目の前に来てその花を差し出してきた。

 

『この花は・・・オレたちの永遠の友情の証としてお前に受け取ってほしい。

 生きる時代が違ってもどれだけ離れていても親友だとお前が認めてくれるなら

 どうか・・・オレの手からこの白い花を!』

 

『・・・・・・マリベルの言う通りだ。自分勝手なのは変わらないね。

 受け取らないわけがないじゃないか・・・いつまでもぼくたちは親友だ』

 

白い花をぼくは受け取った。すり抜けることなく、確かにこの手で。

そのとき、ぼくたちの視界が歪んだ。キーファの姿もわからなくなっていく。

 

『お別れみたいだな・・・最後に一つ言っておくぜ。オレがお前たちの存在に

 気がついたのはこの溢れる力のせいじゃない。何となくオレがよく知っている

 アルスとマリベルが二人で馬鹿なことをやっているのがわかったからだ』

 

『・・・・・・!』

 

『まだお前たちは恋人にすらなっていないんだろうが・・・二人とも

 早く自分の気持ちに素直になることだ。悔いのないように生きろよな』

 

 

 

 

再びぼくたちの視界が明るくなった時、すでにキーファはいなかった。ぼくたちは

旅の扉のそばまで戻っていた。今からもう一度向かったところでユバールの民は

もう旅立ってしまっている・・・それだけは四人ともわかっていた。

 

『・・・せっかく来たんだしまたあの美味しいお酒が飲みたかった。残念だわ』

 

『その通りだよ。アイラだってもっと一族の人たちと話がしたかっただろうに』

 

マリベルとぼくは顔をしかめながらユバール族との別れを惜しむ。けれども

ガボたちはごまかされてはくれなかった。すぐに逃げ道を塞ぐようにして立ち、

 

『そんなこと今はどうでもいいわ。キーファ様が最後に言った言葉が大事よ』

 

『うっ・・・!!』

 

『そろそろハッキリさせたほうがいいんじゃねーかぁ?今すぐここでよォ』

 

ぼくは何も言えないまま下を向く。マリベルもどこか関係ないところを

眺めながら髪の毛をいじっているだけだ。どうしようと沈黙したまま

数十秒が過ぎたところで、ぼくとマリベルにとっての助け舟がやってきた。

とはいえ全くありがたくない、厄介な助け手であったのが残念だったけれど。

 

 

『グブブ・・・よくぞ、よくぞ俺様をこれほどまで・・・許さんぞ・・・!!』

 

『げっ!フランケル!まだ生きていたの・・・とんでもない執念というか怨念ね』

 

敵が現れてはくだらない話をしているわけにもいかない。ほんとうにしつこい相手だった。

 

『もはやなりふり構っていられん!こいつらの力でお前たちを亡き者にする!』

 

フランケルの後ろには数十体ほどの黒雲に乗った配下の魔物たちがいた。雲だけで

なく全身も黒いその魔物たちは、暗闇入道(くらやみにゅうどう)という種類の

魔物であると後で知った。強さは・・・実のところよくわからなかった。

どうしてわからなかったかって?これから続けて起きる出来事を知れば納得するだろう。

 

 

『こいつはなかなかしんどい戦いになりそうだぞ。こんな群れを隠していたなんて。

 ヘルクラウダーはもうボロボロでも後ろの連中は強いぜ、全力で行かねえと』

 

『うん。一体ずつ確実に倒すしかなさそうだけど体力と気力が持つか・・・うっ!

 みんな、伏せろ!何かとてつもないものが急接近してくるぞっ!』

 

そんな不安も一瞬で吹っ飛んでなくなることとなる。天を切り裂くような

轟音と共にぼくたちを避けるようにして、バギクロスを遥かに超える威力の

竜巻が敵の群れを飲み込み、暗闇入道たちは細切れになっていた。彼らの

残骸が散らばる残酷な光景を目にしてもぼくたちは驚きのほうが強かった。

あっという間に敵がいなくなったというラッキーに喜ぶことも、大魔王すら

凌ぐであろう風の使い手が現れたのを恐怖することもできずにただ驚き戸惑う。

 

『・・・あいつらを倒したってことは私たちの味方・・・?でもそんな感じはしない。

 だってこの風からは正義や光の気配を全く感じないもの!魔物の放つ技だわ!』

 

『あ・・・ああ。とってもイヤな匂いがするぜ。何者なんだ!?』

 

その恐ろしきものは果たして精霊か幻魔か、それとも新たな敵か・・・・・・。

とうとう姿を現した風の王の正体は、フランケルととても似た外見をしていた。

おそらくはこの魔物もヘルクラウダーなのだろう。だけど同じように黄金に輝いて

いても後から登場したこのヘルクラウダーの放つ光は全くの別物で、その威厳ある

姿と風格はこれが神様だと言われても納得してしまいかねないほどのものだった。

オルゴ・デミーラが演じていた偽の神様よりもよほど神の名にふさわしい、

何の訓練もしていない人間だったらその栄光の前に気を失ってしまうだろう。

 

 

『・・・げげっ!!き、きさまは!!』

 

『ヘルクラウダーの名を汚す者がいると知り来てみたが・・・確かに

 救いようのない愚者であったようだ。完敗を喫しただけにとどまらず

 これほどの大群の力を借りるとは・・・』

 

ぼくたちを倒すためにフランケルに加勢しにやって来たわけじゃなくて一安心だ。

むしろフランケルへの怒りに満ちていて、その顔を鷲掴みにすると力を込め、

 

『うぬのような弱者であり卑怯者は一族の恥!その罪の報いは死以外にない!』

 

『そ・・・そんな!俺はただデミーラ様のために・・・・・・あがががが』

 

『問答無用!我の裁きを受け無に帰するがよい!』

 

なんとあれだけタフだったフランケルの頭部を握力だけで砕け散らせてしまった。

すぐに血が噴き出し、とうとう事切れた顔無しの魔物は動きを停止した。

突然現れた魔王に近い実力を持つこの魔物は今度はぼくたちのほうを見た。

 

 

『や・・・やる気?それならこのアルスがやってやるわよ!』

 

マリベルはぼくの背にそそくさと隠れた。相手に言われる前にこっちから言ってやると

いうのはわかるけれどおいおい、と思った。いまのぼくじゃあっさり負けちゃうぞ。

そしてヘルクラウダーはぼくをじっと見つめた。冷汗が流れるのを感じた。

けれどもヘルクラウダーは空へと上昇し、ぼくたちから離れていった。

 

 

『いや・・・うぬらと戦うべきはこのわたしではない。いずれふさわしい時代、

 ふさわしい場所でわたしの後継者である一人娘と戦うことになるだろう。

 うぬらの勇気と信じあう力とぶつかることがわたしの娘の成長に必要だ。

 魔王様すら脅かす人間の底知れぬ力・・・ここで潰してしまうには惜しすぎる!』

 

『・・・・・・いいのか?ぼくたちをここで逃がしてしまっても・・・』

 

『どうやらうぬは何らかの理由で力を失っている。ならば戦う時ではないと

 いうことだ。さらばだ、人間ども!いずれ再び会うであろう!』

 

これぞまさに正々堂々の戦いを好む武人か。風のなかにいなくなってしまった。

このヘルクラウダーこそがぼくたちが戦ったラフィアンの父であり、言い方は

おかしいけれども本物のヘルクラウダーなのだろう。ついさっきまでの激闘を

忘れてしまうほどの衝撃を刻まれたままぼくたちは現代に戻ることになった。


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