ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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花の香りに③

 

『ハハハ、そうか父上に会ったか!生きて帰ってきたということは戦いにはならずに

 終わったか。命拾いしたな!せっかく魔王の遺した刺客を退治してアイラの消滅を

 回避したというのに父上と戦っては骨すらも残らなかっただろうからな!』

 

過去のユバールから戻ってきたぼくはアイラの危機を救うための大ヒントを

与えてくれたラフィアンのもとへ来ていた。この日はたまたま皆の予定が合わず

ぼく一人だった。リファ族の始祖たちの村まで行くのが面倒だっただけかもしれないけど。

 

『もしアイラがいなくなればあいつに斬り落とされた腕の調子が良くなるかもと

 期待したがやはりそういうのは駄目だな。それでも以前よりは少しだけ痛みが

 和らいでいるような・・・これも歴史が微妙に変わった証かもしれないな』

 

遠い先祖であるキーファと短い時間ではあったけれど共に戦ったことでアイラは

生まれながらにして得ていた才能がほんの少し底上げされたのかもしれない。

あまりにも切れ味鋭く腕を切断したため、ぼくの回復呪文を受けた後の回復が

うまくいったのだろう。そしてもう一つ、今回のぼくたちの旅は世界を変えた。

 

『・・・それは白い花か。白い花は故郷の悲しみの花と言われているな』

 

白い花は悲しみの証となった。でもキーファが死んだせいで遺されたライラさんが

それを詩にする、その事態は避けられた。だけどキーファが関係していることは

間違いない。彼がぼくにこの花を別れの際にくれたからだ。

 

『懐かしいな。わたしもあの日・・・フィリアからもらったのだから』

 

彼女が父ヘルクラウダーのほかにもう一人、その話をさせると止まらない人がいる。

それが『フィリア』。ぼくたちにとっても彼女にとっても大切な少女だ。

 

 

 

背中に翼を持ち空を自由に飛び回るリファ族のなかでただ一人普通の人間と同じように

足で地を歩くことしかできなかった少女フィリア。当時の聖風の谷の人々は自分たちは

神に選ばれた民だ、だからこのような素晴らしい力を持っているのだと誇り、父親すら拾った養子だと言い張るほど飛べないというのは不名誉なことだった。誰も味方が

いないフィリアを遠くから眺め、心を動かされたのがラフィアンだった。ヘルクラウダーに与えられるはずだったこの大陸の封印を彼女が任されて一人やって来たときだった。

 

『わたしには父上がいた。だけどあいつは親にすら・・・!この地の人間を根絶やしに

 するという決意をさらに強めることができた。そう、たった一人以外は』

 

自分も魔物と人間の混血であり、周りの魔族から馬鹿にされては数倍返しの攻撃で

報復し荒れた日々を過ごしていた彼女にとってフィリアは他人に思えなかったという。

村を訪れた旅人のふりをしてフィリアに近づき、すぐに友達になってからは二人とも

毎日が楽しかった、そう言っていた。互いにとって初めての親友を得たからだ。

 

『最近魔物が大人しいね。ちょうどラフィアンが来てからかな。いままでだったら

 こんなところでいっしょにごはんを食べてお昼寝なんてできなかった。魔物が

 襲ってきてもみんなは翼を使って逃げられるけど私は何もないから・・・』

 

『そうか・・・まあ偶然だと思うけどな』

 

この地の魔物を治めるラフィアンが待てと言っているのだから魔物たちは何も

できるはずがない。後になってぼくたちがリファ族の神殿に向かったときも

一切魔物との戦闘がなかったのをよく覚えている。これはおかしいとみんなで

激しく論じ合ったけれどなんてことはない話だった。ぼくたちはフィリアを

連れていたのだから、万が一の事態が起きないように指示を出していたのだ。

 

『それにわたしからすればフィリア、お前のほうが立派だ。人間はその足で

 歩くのが自然の理。あの翼に頼りきりの選民思想が強い民は実のところ

 老人から幼児に至るまで人間以下の畜生だとこの数か月ではっきりした。

 この世の中が正しければいずれ神による裁きが谷を襲うはずだ』

 

『・・・お父さんたちのことを悪く言わないで。悪いのは私なんだから』

 

『お前は優しすぎる。この地はすでに風の精霊の加護を受けた地などでは

 なくなっている。そのときは・・・もう近づいているんだ』

 

半年近く谷の人間たちには知られないように楽しんでいた秘密の友情。

そしてフィリアの優しさによって得られていた聖風の谷の滅びの猶予は、

一族の人たちがフィリアを迫害し続けたことで共に終わりを迎えた。

ちょうどそのときだった。ぼくたちが石版によってこの地に来たのは。

 

 

『・・・あれがセトやグラコスを倒したとかいう人間たちか。魔王様が警戒する

 ほどの者たちか・・・その勇気や知恵を試してみるとするか!』

 

黒雲と神の石を使った罠だった。問題を解決して今回は早く終わったとぼくたちが

思ったそのとき、風を奪われて体が重くなった人々は地に倒れ始めた。神の石が

関係していたことから、村の人々の横柄で傲慢な態度や生き方に接したぼくたちも

これはほんとうに天罰なんじゃないかと一瞬納得しかけてしまった。

 

『いや、こんなものが神からの裁きのはずがない!これはまるで伝染病でござる!

 大勢の人々が苦しみ抜いた挙句救われずに死ぬ・・・神は残酷な方ではない!』

 

神様をよく知っているメルビンさんがぼくたちを間違った考えから引き戻してくれた。

実際、魔族であるラフィアンがフィリア以外のリファ族を狙い撃ちにするための

攻撃方法だった。もしフィリアと出会わなければこんな回りくどいことはせず

魔物の群れを連れてここで虐殺をするだけだったとラフィアン自身が認めている。

それをやられたらぼくたちにとって厄介だった。マリベルが抜けてアイラが

加わって最初の冒険、しかも戦闘の機会が少ないときにそんな戦いが始まったら。

結局のところぼくたちもあの子の優しさと勇気に救われていたのだ。

 

 

 

『フィリアちゃんがいたからきみは本気を出せなかった。この地を滅ぼすのが

 きみだとわかったらきっとフィリアちゃんは他の誰でもなく自分を責める。

 最終的にきみは魔王の命令ではなくフィリアちゃんのために聖風の谷を

 滅ぼそうとした。だから優しいあの子を傷つけないためにきみは・・・』

 

『しかし真の勇気と信じあう心がわたしの野望を許さなかった。戦いの場に

 フィリアが入ってきてしまったのだからどうしようもない。動揺を見逃される

 わけもなく腕を斬られてあとは防戦一方、フィリアが命がけでお前たちに

 わたしを助けてくれるように頼んでくれなかったら確実に死んでいた』

 

その願いに応じるかどうか、やっぱりぼくたち四人の意見は分かれた。

一人ぼっちの寂しさを利用された彼女は洗脳されているとか自分を傷つけた

人々のためにここまで来たのだから魔物相手にもその優しさを発揮しようと

するのも無理はないが甘すぎる、と厳しい言葉が多かったのも確かだ。

ぼくも悩んだ。ここで見逃せば後々大変なことになるかもしれない。大勢の命を

危険に冒してまでとどめをささない、それじゃあ勇者失格だろうと思った。

答えを出せないぼくだったけれど、そのときこの場にいないはずの声がした。

 

 

『あんたのやりたいようにやればいいのよ。あたしたちはずっとそうだったでしょう?』

 

 

ああそうだマリベル。その通りだ。ぼくは世界を救う勇者になりたいわけじゃない。

だったらいま感情に任せてここにいるかわいそうでとても優しい心の持ち主二人を

救ったっていいじゃないか、心を殺してまで使命に生きる必要がどこにあるんだ。

自然と倒れる敵に向かって回復呪文を唱え、世界樹のしずくを差し出していた。

 

 

『・・・まあそのせいで結局ほんとうに大変なことになっちゃったんだけどね。

 ぼくたちがいなくなってから確か・・・三年もたたなかったんだっけ?』

 

『その話は今はいいだろう。お前の仲間が助かった上機嫌な日に出す話題じゃない。

 お前の行動は間違っていなかった。ああしなければフィリアは神の石をお前に

 託さなかっただろうしわたしは隠していた不思議な石版のありかを伝えられずに

 死んだ。お前たちの旅は終わってしまっていたかもしれないぞ』

 

ラフィアンがそう言うのでぼくも余計なことは口にするのをやめた。そもそも

なぜ昔の話になったんだっけ。ここでやっと思い出した。白い花のことだ。

今回のぼくたちの冒険は他の冒険の歴史も僅かに変えていた。キーファが残った

ユバールの時代は石版世界でもかなり昔のほうで、おそらくコスタールの次

くらいに古い。その次がギリギリで聖風の谷で、どうやらキーファたちは

ここにも訪れてきていたらしい。そのときこの文化が伝わったのだろう。

 

 

 

『フィリア・・・お前はもうわたしがいなくても大丈夫だ。お前の勇気と

 優しさはわたしの力よりも、もっと言えば勇者たちの持つ力よりも

 強くて美しいものだ。あの谷の人間たちもお前を受け入れるだろう。

 翼などなくてもあの地で平穏に生き、たくさんの友人に囲まれ・・・

 結婚して子を持つという普通の幸せが得られる。わたしはもうここには

 いられないしいる必要がない。ありがとう、そしてさよならだ』

 

『・・・・・・どうしても行っちゃうの?』

 

魔王直々の任務に失敗したのだ。いまは命拾いできたが生き続けられる保証はない。

フィリアの希望に満ちた新しい日々の邪魔をしたくないというのも大きな理由で、

何を言われてもその意志は固かった。諦めたフィリアはラフィアンにあるものを

手渡した。それは白い花、永遠に近い別れ、しかし永遠の友情を意味する花。

 

『・・・・・・私たち、これからは生きる場所も時代も違うけれど・・・』

 

『どんなに離れていても・・・親友だ』

 

 

悲しくてやりきれないような別れだけど、互いに笑って悲しみをどこかへ

飛ばしてしまおうという爽やかさの残る別れ。絶対に失われない愛と絆が

確かにここにあり、どんな強力な敵や試練、死すらもそれを断ち切れない。

そんな思いが詰まった白い花。悲しみながらも強く生きていくための花。

 

『ふふふ・・・しかしお前の話を聞くまではわたしはお前より強いかもと

 思っていたよ。フィリアが視界に入らなければ過去での戦いはわたしが

 勝利していた・・・それは大きな間違いだったようだ』

 

『どうだろう。力を失ったいまのぼく相手でも同じかい?』

 

『それでもお前の勝ちだ。とはいえ条件付きではあるがな。お前のすぐそばに

 お前が守りたいと思っている女がいれば、だ。あいつがいたらわたしはきっと

 何もできずお前たちに負けただろうな。あのときのお前はちっとも本気を出せない

 状況で戦っていたんだ・・・ふふ、ここに長居しているとその女に怒られるぞ?』

 

時々顔を見せる程度の相手にまで見抜かれているんだ。ぼくをもっとよく知っている

人たちにはバレているんだろうな。急に恥ずかしくなって汗が噴き出してきた。

 

 

 

 

 

「あの冒険から一年も経っただなんてね・・・最近は暇で仕方ないわ。

 城で稽古したって誰を相手に剣の腕を発揮するっていうのかしら」

 

「平和なのはいいことだよ。ところで今日は何の用でここに?」

 

アイラは口に手を当てて今思い出したといった顔をした。そしてサラッと言った。

 

 

「そうね・・・実はお城を辞めることになったの。もうすぐ結婚するから」

 

「へぇ、そうなんだ・・・・・・ってええええっ!?」

 

「相手はあなたも知っているトゥーラ弾きのヨハン。なかなか波長が合うのよ。

 あとは彼が族長から与えられる試練に合格すれば・・・だけどあれは前にも

 言った通り名ばかりのテスト。ヘルクラウダーでも現れたら別だけどね」

 

とても重大なことなのにやけにあっさりと伝えてきた。これだけでもぼくは

混乱しているのに続くアイラの言葉はもっと衝撃的だった。

 

 

「うふふ・・・実は私、あなたのことがずっと好きだったの。初めて会った

 あの日の夜、星空を見ながら皆で横になったあの日からね。その顔を見ると

 やっぱりアルス、あなたは全く気がついてくれなかったのね」

 

ぼくは返事をするのも忘れ、目をぱちくりとさせるだけだ。ぼくを困らせて

楽しむ冗談だと疑ってしまうほどの告白だった。でもアイラの顔は真剣で、

それでいて穏やかな笑みを浮かべて淡々と話を続けている。

 

「マーディラスのグレーテ姫・・・あの人も近いうちに婚約発表があるって

 噂があるわ。きっと私と同じことに気がついたんだわ。あなたにふさわしい

 女は自分ではないっていう悲しい現実に・・・」

 

「・・・・・・」

 

「なのにあなたたちはいまだに恋人ですらないのだからおかしな話だわ。

 最近会っていないんですって?何が原因なのかは聞かないけれどしっかり

 しなきゃダメよ。キーファ様もあなたたちが結ばれることを願っていた。

 あんまりのんびりしていると後悔することになりかねないのだから・・・」

 

アイラはぼくに白い花を渡した。城を去りこれからユバールの民として生きる

彼女と会う機会はかなり減るだろう。神様を復活させる必要がなくなっても

一族は世界中を旅している。ぼくはキーファだけでなくアイラからも別れを

告げられ、いろいろと整理がついていないけれどあの時のような寂しさや

無力感はなかった。アイラはキーファとは違い現代にいるから会おうと思えば

チャンスはあるというのも理由の一つだったけれど、彼女がこの花をくれた、

それがぼくたちはずっと親友であると言ってくれている証だったからだ。

 

「・・・じゃあね、アルス。村の人たちにもよろしく伝えておいてね」

 

「うん。ぼくからもお城のみんなやユバール族の人たちに挨拶を頼むよ」

 

 

持っていた風の帽子を放り投げるとアイラは一瞬で見えなくなった。

白い花は彼女の故郷の別れの花。永遠の友情を誓う爽やかな悲しみの花。

 

 

 

 

 

 

アイラがいなくなってからその余韻に浸る間もないうちにまたしてもぼくのもとに

お客さんが来た。普段は一日じゅう誰も来ないのに今日はとても珍しい日だ。

 

「やあガボ。港ではよく会うけどこんなところに来るなんて・・・」

 

「オイラも最初はあっちに行ったんだけどいなかったからな。でも今日に限って

 船に乗って漁に行ってたらどうしようって思ったぜ。なかなか漁師にならねえ

 くせにとうとう決心したのが今日っていうんじゃ間が悪すぎるからなぁ」

 

どうやらガボが先に港に向かったからアイラとは入れ替わりになったようだ。

わざわざぼくに急ぎの用があるということは何か問題でもあったのだろうか。

 

「実は・・・北の涼しい土地で暮らすことに決めたんだ。決めたんなら早いほうが

 いいって話になってもう明日にはいないんだよ、オイラたち。それでアルスと

 マリベルに言わなきゃって来たんだけどなァ・・・マリベルはいないのか。

 アルスの居場所だけ聞けばいっしょにいると思ったのに」

 

「ハハハ・・・きみが思うほどぼくたちの仲は深くないよ。いまはマリベルが

 どこに行ったのかわからない状況だしね。きみたちには到底及ばないよ。

 北へ行くというのは・・・そっちのほうが環境がいいってこと?」

 

「二人とも寒いのは得意だからな。誰も住んでない広い土地も見つけたんだよ」

 

そう、ガボは一人ではない。ぼくたちの誰よりも早く結婚していた。もうそれが

問題ないくらいの人間として生きた年数と経験があるからいいのだけれど、

まだ人の言葉も満足に話せないときの彼を知っているから何とも言えない気持ちだ。

しかもアイラに続いてガボも遠くへ行くことの報告に来るとはやはり今日は

大事な何かの転換点となる一日なのかもしれない。

 

 

 

 

ガボがその人と再会したのは神さまに化けていた魔王が本性を現し、エスタード島を

含めた世界の数か所が封印されたときだった。ダーマ地方もその中の一つで、

ぼくたちがそこに向かうとすでに大量の魔物が至るところで徘徊していた。

 

『・・・とんでもない数ね!こりゃあ神殿はもうダメかもしれないわ。なかなか

 いい雰囲気のあの宿屋はせめて無事でいてほしいところだけど』

 

『おいマリベル、そこは神殿が一番大事だろ!せっかくオイラたちが苦労して

 取り返したダーマがまた魔物に奪われたなんて許されねーだろうが!』

 

時々出るマリベルの困った発言に注意するのはたいていぼくの仕事だった。

でもこのときはガボが真っ先に、それも本気で怒りながら声を張り上げていた。

ぼくはその理由がすぐにわかった。ダーマはガボにとっていまだに特別な場所で、

神殿を守るということはあの日別れた彼女との思い出を守ることにもなったからだ。

 

『あのときガボはダーマに残るんじゃないかって思ったほどだ。いまだに・・・』

 

『へへ・・・キーファがいなくなったすぐ後だったのに心配させたな。魔王を

 倒すっていう目的がハッキリしてなかったら危なかったけど、そのおかげで

 なんとか先に進むことができた。そしてその判断は間違ってないと思うぜ』

 

『まさかフォズ大神官を好きになって、向こうも満更でもないって感じだったもの。

 でもあたしはフォズだったらガボにはもっといい相手がたくさんいると思うけどね』

 

過去のダーマ神殿の長、幼いフォズ大神官。背丈や生まれながらにして精霊から

特別な力を得ているというところでぼくたちよりもガボのそばにいることが多かった。

そしてマリベルとは最後まで仲が良くならなかった。ダーマを奪われた無能だの

あんな子供じゃ失敗して当然だのといつものように毒を吐いていたら、表情こそ

穏やかなままではあるけれど明らかに憤慨している大神官に足から腰のあたりまで

凍らされ動けなくなったこともあった。マリベルはその腹いせに、フォズ大神官は

丁寧な口調で謙遜に振る舞っている裏で実のところ力なき凡庸な周囲の人間を

見下しているという根拠のない悪口を撒き散らしていた。

 

『・・・でも現代の大神官はどこにでもいるおじ様だし・・・あらあら』

 

ガボのダーマでのエピソードはアイラも何度か聞いているため、ここは無駄な

仲間同士での戦いを避けるために仲裁に入ろうとしてくれた。しかしぼくたちを

囲む魔物の数が想像以上に多かったこと、しかもローズバトラーやシールドオーガ、

マッドファルコンなど倒すのに苦労しそうな魔物ばかりであることに気がつき

一瞬で緊張感に満ちた顔になった。それはぼくたちも同じで、昔話を楽しむ余裕はない。

この時点で初めて見る魔物もいたため、戦術はこれから考えないといけなかった。

 

『戦いを長引かせると危険だ。最初から全力で行こう!』

 

ぼくの方針に皆が頷く。でもそれをすでに行動に移している人がいた。

魔物たちだけを圧倒的な氷の刃が襲い、耐性のない魔物は全身を破壊され

氷をある程度凌げる魔物ですら氷漬けにされて機能が停止した。ぼくたちが

やることといえばその魔物たちを砕いて完全なとどめをさすくらいだった。

敵でないことは確かだけど、こんな実力を持つ人が現代のダーマにいたのか。

 

『圧倒的な強さだ・・・でも誰だ?ダーマで強いと言えば・・・山賊たちか?』

 

『まさか。ここまでじゃないわ。ダーマで氷の呪文・・・イヤな予感がするわ』

 

遠くから誰かが近づいてくる。たった一人、それもかなり背が低い。だんだんと

その姿が大きくなると、ぼくたちは思わず目を疑った。闇の世界に落ちているせいで

視界が悪いからこんな見間違いをするのかと。

 

 

『ふぅ・・・お怪我はありませんか?いまは外を出歩くのは大変危険で・・・・・・』

 

『・・・あ、あなたは・・・・・・フォズ大神官!?』

 

数百年前の時代の人間がここにいるはずがない。でもこの顔と声は確かに・・・。

大神官に会ったことのないアイラもぼくたちの反応を見て察したようだ。いつもは

真っ先に駆け出すガボも固まったまま事態を飲み込めていなかった。あっちも

ぼくたちを見て明らかに驚いた様子だ。これはまさかと思ったけれど、

 

『・・・あなたたちが・・・私の遠い先祖の時代にダーマを魔物たちから救い出した

 勇者たちなのですか!?ええ、間違いない!言い伝えよりも数歳年上のようでは

 ありますが・・・!この私の時代こそが勇者たちがいた時代だったとは!』

 

『その感じだと・・・アルスたちと一緒に戦った大神官の子孫ってわけね?』

 

『はい。私の名前はアパパネ。ですがそんなに似ていると聞くと嬉しくなります。

 私の先祖でありながら皆さんのほうが実際に会話もされてよく知っている、

 不思議な話ですね。皆さんはいま世界を襲う危機を救うために戦っておられるの

 でしょうから、この大陸は私に任せて他の土地の人々を助けに向かってください!』

 

フォズ大神官のものよりもずっと上級の呪文を使いこなすのだ。確かにここは

言われた通りこの人に任せても平気そうだ。ところがガボはいつになく真剣な顔で、

 

『・・・・・・ほんとうにフォズじゃないのか・・・?』

 

全く距離がないところまで詰め寄っていた。彼の直感がそうさせたのだろう。

 

『・・・いや、いま言ったはずです。私はあなたたちの知るフォズの子孫。

 本来この時代の人間であるあなたたちのよく知っている姿で数百年も前の

 人間が現れるはずがないではありませんか。そんなものは人でなく・・・化物です。

 声や雰囲気や匂いで勘違いされたというのであれば大きな間違いですよ』

 

冷たい目でガボを制すとそのままどこかへと去っていこうとした。立ち尽くすガボの

背中を優しく何回か叩いてぼくとアイラは彼を慰め、船に戻る準備をするように言った。

 

『確かにあれは間違うよ。昔の別れの思い出がいまだにきみの中に強く残って

 いたとはね・・・あの海賊船でいっしょにお酒でも飲もうじゃないか』

 

『ええ。こんなに海が荒れているのに海賊たちは魚をたくさん獲っていたわ』

 

ようやくガボも諦めようとしたそのときだった。マリベルが笑いながら大声をあげた。

誰に対して言うわけでもない、やけに大きな声のひとり言だった。

 

 

『あははは!いや~・・・びっくりした!でもあのフォズ本人じゃなくてほんとうに

 よかったわ!あんなのとは二度と会いたくないって思っていたもの!』

 

気のせいだろうか、アパパネと名乗った少女の足が止まった気がした。

 

『口だけの無能だった先祖に比べてちょっとはまともだったからホッとしたけどね。

 今さらフォズが出てきたってガボ、あんたも困るでしょ。エスタード島では

 あんなに大勢の女に囲まれてモテモテのあんたなんだから・・・』

 

くるっと振り返って戻ってきた。マリベルは気にせず言葉を続けた。

 

『フォズに子孫がいるってことは結婚して子どももできたってことなんだから

 もう諦めがついたでしょ、ガボ。別れの時にあなたのことは一生忘れませんって

 言ってたけど現実はこんなモンよ。あいつの言う一生はせいぜい一週間・・・』

 

『・・・・・・凍てつく冷気————っ!』

 

ぼくのアザが光った。考えるよりも先にギガスラッシュの構えに入っていた。

鋭い氷の塊がマリベルを貫く寸前でどうにかそれを真っ二つにすることができた。

命の危機が迫っていたというのにマリベルはいまだにニヤニヤと笑っていたけれど、

その理由はこの後すぐにわかることになった。全てマリベルのシナリオ通りだった。

 

 

『・・・・・・ふふふ、アルスさん。さすがです。やはりあなたには勇者の資質が

 あったのですね。あの状況からギガスラッシュを完璧に放つだなんて・・・。

 あのときの私の目は正しかった。あなたこそこの世界に真の平和をもたらす人です』

 

『・・・!ということはまさかあなたは本物のフォズ大神官・・・!』

 

『くだらない挑発に乗ってしまったせいでもう隠せなくなりました。あなたたちが

 去り、大神官の職を他の方に譲った後も私はこの地の決して人が来ない場所で

 ダーマと世の中が乱れたときのために一人で見守り続けてきました』

 

『あれからずっと・・・!数百年は経っているじゃないか!』

 

ガボもやってきて、ぼくたちの間に割り込んでフォズ大神官の肩を掴んで言う。

 

 

『やっぱりそうだったな!だったらなんであんな意味のない嘘を・・・』

 

しかしガボはその肩からすぐに手を離した。目の前の愛する人が涙目だったからだ。

肩を掴む力が強すぎたせいではないはずだが、彼女の言葉を聞かずにはいられない。

 

『ご覧の通り私は普通の人間ではありません。隠していましたが私の正体は

 魔物と人間の混血であり、寿命がない化物なのです。神や精霊に愛され特別な

 力を授かったガボとは違い、人間として生きていくのは不可能なんです』

 

『・・・だからずっと一人で生きてきたのか・・・・・・』

 

『もしかしたらいつかガボたちの時代になって再びその姿を遠くから見ることが

 できるんじゃないかと思って・・・。でも私が実はこんな歪な生命であったことを

 知られたくなくて・・・あなたを愛する資格もないのだから他人のふりを・・・』

 

ついに顔に手を当てて涙を零した彼女をガボは強く抱きしめた。そして静かに言う。

 

『・・・・・・オイラも同じだ。嫌われると思って黙ってたけどオイラは元は

 人間じゃなかったんだ。魔物の力で人間になった変な生き物だ。フォズや

 旅の途中で出会ってきたモンスター人間たちよりも正体不明のよくわからない

 生物・・・それがオイラさ。確かにあれから少し成長したけれど予感がある。

 これ以上は変わらない。数百年、数千年経ってもこのまんまの姿だろうってな』

 

『・・・・・・なんてこと・・・ふふっ、どうやら私たちはとことん似た者同士

 だったというわけですか。こんなことならもっと早く打ち明けていればよかった。

 数百年もあなたを待ち続ける必要はなかったのに・・・』

 

ぼくは一度だけガボから自分は何なんだと相談されたことがあった。どう答えたら

いいかわからずに『ガボはガボだ』と曖昧な答えをしてしまっていた。伝説の

白いオオカミの唯一の生き残りでありながら人間の姿で生きていくこととなり、

人でも動物でも魔物でもない彼の孤独を真に理解することはできなかった。

ただ、もともと幼い恋心を抱きあい、どれだけ時が経ってもそれを持ち続けた

相手がいたなら、それも可能だろう。

 

 

『・・・フォズ、今回はそんなに長く待たせない。ほんの短い間だ。大魔王を

 ぶっ飛ばしたら・・・オイラといっしょになってくれ。数百年なんて

 あっという間だったって思えるくらいの時間を・・・いっしょに生きてくれ』

 

フォズ大神官は何も言わず、涙を流したまま微笑んでガボに抱きついた。

それをぼくたちは邪魔にならない場所から眺めていた。ここでぼくはわかった。

昔も今も、マリベルが大神官を怒らせるようなことを言っていたのは・・・。

 

 

『あの二人を仲良くさせるためにきみはわざと・・・?』

 

『それくらいしてあげないと人間になったばかりのガボじゃあうまく大神官に

 近づけなかったでしょ。まあ過去の世界ではそれ半分、呪文を奪われて

 ストレスが溜まっていてほんとうにムカついていたのも半分だけど』

 

ガボがエスタード島でモテモテだったというのは事実だ。ぼくよりもずっと

格好よくなっていた彼は人気があった。でも自分が純粋な人間ではないという

後ろめたさからそれを避けていたように見えたけれど、後でガボ本人が、

フォズ大神官を裏切るような気になって誰とも親密にならなかったと言った。

食欲と野生の本能だけで生きていた幼いころからすればとても立派になった。

 

ガボが常に異性から囲まれていたという言葉のもう一つの正しさは木こりのおじさんが

証明している。動物たちから好かれ、特にメスはガボを相手に発情しているときも

あったとか。ガボの中に残るオオカミの血を嗅ぎ分けていたんだろう。彼が結婚

するときは人間の女の人だけでなく動物たちも落ち込んで元気をなくしていたとか。


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