ドラクエⅦ 人生という劇場   作:O江原K

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家をつくるなら 

 

「ああ、勇者様ではありませんか!こんにちは!」 「勇者様、今日はお一人ですか?」

 

ぼくが最初にマリベルを探しに来たのはコスタールの町だった。ずっと前にこの町の

外見を見て、将来フィッシュベル以外に住むとしたら同じ港町であるここがいいと

言っていたのを思い出した。町の半分以上がカジノになっていたことで多少評価が

マイナスになっていたけれど、他の町よりは可能性はあるかと思って足を運んだ。

ちなみにまだぼくは町の外にいる。ぼくに挨拶をした二人の女の人は特に変わった

ところはないように普通の人なら見えるだろう。でもこれまでの経験でぼくにはわかる。

一人はモンスター人間、それもつい最近魔物から人間の姿に変えてもらったようだ。

 

「これはこれはアルス様!コスタールへようこそ、息抜きも大切ですからな!」

 

今度は正真正銘の魔物、リザードマンが丁寧に頭を下げてぼくを迎えた。彼はいま

コスタールで生活している。人々も彼のことは恐れていない。地上に残っている

魔物たちはみんなすでに人と共に生きる道を選んだものしかいない。世界のどこかで

人と魔物の揉め事が起きたという話もこのごろちっとも聞かなくなった。

 

「まあそんなところかな・・・ところで今日はいるの?あの人は」

 

「ええ、最近はいないほうが珍しいですよ。たぶんスロットでしょうね」

 

ぼくがコスタールに来たのは、たとえマリベルがいなかったとしてももう一人

会いたい人がいたからだ。アイラ、ガボと続いたのだから、当然この人だ。

 

 

「・・・おおっ!アルスどの!珍しいでござるな、一人でカジノとは・・・。

 でも久々に会えてうれしいでござる、となりの台でいかかでござるか?」

 

「そうですね、メルビンさん。まずは先にコインを買ってこないと・・・」

 

かつては神さまと共に魔王軍と戦った伝説の英雄メルビン。最後の戦いが終わった後、

天上の神殿に一人残りここで余生を過ごすと言っていたけれど、最近になって

メルビンさんはそこから降りてきて毎日自由気ままに暮らしている。若いころから

戦い漬けだからこういうのもいいだろうと本人はその理由を教えてくれた。でも

ほんとうの理由は違うと思う。人と魔物が真の平和を楽しむ世界で英雄はすでに

必要ではなくなったから、メルビンさんは英雄として生き、そして死ぬことを捨てた。

勇者のいらない世界、役割を終えたぼくだからこそその気持ちはよくわかった。

寂しかったり虚しかったりはしない。でも何をしたらいいかがわからないのだ。

 

 

 

 

ぼくたちがオルゴ・デミーラを倒してもすぐに世界に平和が訪れたわけじゃなかった。

魔王が自分の死後のために用意した最後の精鋭と魔王軍の残党は別として、人間が

その平和を乱そうとしていた。それは驚くべきことではなかった。これまでの歴史が

明らかにしているように、魔族の脅威が去れば次は人間同士で争うようになっている。

誰が世界の新たなる支配者なのか、どの民族が最も優れているかを争い競う。

 

『でもこれまでの勇者はほとんど王様だからね。戦争に巻き込まれるのも仕方ないよ。

 ただの漁師の息子のぼくには関係ないはずだ。そこはラッキーだったと思うよ』

 

『いや、油断は禁物でござるよ。勇者ロトはゾーマ亡き後の上の世界で起きた大きな

 戦争に利用されそうになり下へと去った。魔王を倒した勇者を討ち取れば自分が

 全世界の王だという野心家に殺された勇者だっていたでござる』

 

ぼくの読んだ歴史の書でも、復讐心に燃えた魔王の娘によって暗殺された勇者もいれば

絶え間なく続く戦争に魔王との戦い以上に疲れ果てて喜びを失ってしまった勇者も

いたという。戦いによって死んだ仲間たちのことは毎晩のように夢に出て、魔王から

救ったはずの人間に裏切られて心を病むどころか命を奪われた人たちもいる。

 

『いやいや、あたしはイヤよ。勇者ロトみたいに町から外れた寂しい場所で余生を

 過ごすだなんて。アルスみたいなやつを利用しようとする間抜けは多分いない

 でしょうけど、せっかく世界を救ったのに追われる身になるのはごめんだわ。

 でも念のためにあたしたちが暮らせそうなところを探したほうがいいのかも・・・』

 

『・・・ふふふ、マリベルどの。何かあっても身を隠さなくてはならないのは

 アルスどのだけでござるよ。でもその言い方は・・・アルスどのが行くところなら

 どこへでもついていきたいということで間違いないでござるな?』

 

『・・・・・・は~~~~っ!?間違いだらけよ!アルスを一人にしたらどうやっても

 ろくなことにならないのはわかってる!監視して指導してやるだけだから!』

 

いっしょに来てくれることは否定しなかった。それならどんなことになっても

不幸にはならないな、とぼくは安心したのを覚えている。魔王がいなくなった

世界で最初に問題が起きたのはそれから一週間もしないうちだった。

 

 

『・・・そんな・・・!まさかそこまでだったなんて・・・!』

 

『はい。多くの衝撃的な事柄についてお話ししなければならないのは残念ですが・・・』

 

ぼくたち五人は集められ、『ロンダルキアのウオッカ』の使いの二人から話を聞いた。

この二人は勇者ロトの時代からモンスター人間として生きていたスライムとスライムベス、

余程のことがなければもっとモンスター人間に転生して日の浅い人たちが来るはずだ。

二人が最初に教えてくれたのは、魔王軍の生き残りがまだ諦めていないということだった。

 

『あんこくまどうの『ドクターディーノ』とかいうやつがすでに暗躍を始めた。

 真っ向からお前たちを倒すのは無理だと考え、とある地に目をつけた』

 

スライムの『キンツェム』さんが世界地図を出すと、もう一人のスライムベス、

『プリティー・ポリー』さんが棒で指したのはレブレサックの村だった。

 

『この村は以前から異常だったのをあなたたちも知っていたのではありませんか?

 魔王が倒れても彼らの懐疑心と臆病さは晴れなかった。そこを利用した魔物が

 村を乗っ取り王のようにして振る舞っているのを確認しました』

 

魔王が復活してからは以前よりも更に暗くなった村、レブレサック。いい思い出なんか

ほとんどない、真実を追い求め正義感に溢れる子どもたちだけが唯一の希望だった

この村で、悲劇はすでに起きてしまっていた。

 

『村人たちは心の平安のため悪魔崇拝を始め、それに反対した子供たちを悪魔・・・

 まあオルゴ・デミーラと言うべきか。そのための犠牲として火で焼いたそうだ』

 

『・・・・・・火で・・・焼いた!?』

 

『自分の息子や娘を親がその手で悪魔に捧げたそうだ。ドクターディーノたちは

 とても喜んでやつらに魔王への忠誠心と並外れた力を与えたと聞く。つまり

 村人たちは洗脳される前に自分の意志で子どもたちを殺したんだ。普通じゃない』

 

ぼくらやよそからの人たちを拒むだけでなくあの勇敢な子どもたちを殺した。それだけで

衝撃的だった。いつかゆっくりと語り合えると思っていたのに叶わなくなった。

 

『・・・あたしはその村のことはよく知らないけれど・・・もう時間はないってわけ?

 戦わなきゃいけないっていうのならこっちも準備がいろいろと・・・』

 

マリベルを連れて行ったことはない。村人たちと大喧嘩を始めそうだからだ。それでも

この話を聞いて憤ったようで、こちらから戦いに向かおうという勢いだった。だけど

それはダメだ。マリベルを止めよう、そう思っていたところでキンツェムさんが言った。

 

『今日私たちが遣わされたのは戦闘があるという警告のためじゃない。私たちがこれから

 やつらを皆殺しにするがそれを黙認し、決して復讐に来ないでくれということだ』

 

『・・・・・・あ、あなたたちがやるの・・・?』

 

『いかに元からどうしようもない腐った心の持ち主であろうが魔物に洗脳されていようが

 人間の姿のまま襲ってくる・・・お前たちは躊躇いなくやつらを殺せるか?少しでも

 隙を見せた途端に集団でメガンテを唱えてくるだろう。しかも精神は完全に悪魔に

 傾倒している。多少の傷では動きを止めることも叶わないぞ』

 

ぼくと違ってほんとうに立派な勇者たちですら人間を殺すことはまずなかったという。

悪人が相手でも戦闘不能にして懲らしめるまでで、命を奪うというのはすでに何もかも

手遅れ、魔物の姿になっているか救われるために死を望む、そんな相手だけだった。

最初の冒険のときに出会ったマチルダさんや恐ろしい怪物に変貌したゼッペル王・・・

やっぱり精神的にぐったり疲れる戦いばかりだった。ダーマ神殿の格闘場で先に進むため

魔物を連れた人間たちと戦ったこともあるけれど、あれは少しわけが違った。

 

 

『・・・じゃあ・・・台本通り頼むわよ、トンプソンとかいったっけ?期待してるわよ』

 

『へへへ・・・任せておけって。前金であれだけ貰えりゃあ仕事はするさ』

 

マリベルが彼らを事前に買収し八百長試合を演出、消耗することなく勝利を重ねた。

 

『あんな連中実力で潰しちゃってもいいけれどこのほうが手っ取り早いでしょう?』

 

『う~ん、まあ・・・こんなところで人間同士殺し合いをするのもいやだし・・・』

 

最終戦、魔の剣に魂を奪われて買収なんてできなかったネリスさんと戦うことに

なった後、何も言えずに立ち尽くしていたぼくとガボに対してマリベルは胸を張って、

 

『ね?だからあれでよかったでしょう?ここまで余力をたっぷり残したからネリスさんを

 適度に戦闘不能にすることができたのよ。疲れていたら負けていたか、余裕がなくて

 間違えて殺しちゃったかもしれないわ。そうなるとザジとも戦うハメになった。

 あたしのおかげでこの場を無事に終えられたのをあんたたちわかっているのかしら?』

 

『ああ・・・うん』 『そうだな、ヨカッタヨカッタ』

 

自らの作戦とそれを思いついた頭脳を自画自賛しぼくたちを呆れさせた。フォズ大神官を

待たせているガボは付き合っていられないと言った様子で先に行ってしまった。ぼくも

それに続こうと思っていたところで、注意深くしっかりと見なければわからないくらい

だったけれど、マリベルの全身が小刻みに震えている。激しい戦闘の後とはいえ

地面に落ちている汗の量も異常な多さだった。どうしてこうなったのかぼくにはすぐに

わかってしまった。人間を相手に戦う、そのことで一番精神的に参っていたのは

マリベルだったんだ。こんな戦いは二度とさせちゃいけない、そう決意した日だった。

 

 

『だから私たちがやる。お前たちはそれを見過ごしてくれたらいいだけだ。

 お前たちの身体もそうだが、心が痛んで砕けてしまうことをあの方はとても

 気にかけておられる。魔王軍の残党ならお前たちに任せるが今回は・・・』

 

いかに洗脳され操られた人間たちとはいえ、大量殺戮を見逃せというのだ。もちろん

みんなすぐに納得はしない。でもこれといった代わりの案も出てこない。そこで

ぼくは立ち上がり、モンスター人間の二人に頭を下げてお願いした。

 

『ありがとうございます、ぜひその通りにしてください。ぼくたちのことを

 気遣ってくれたウオッカさんにも感謝の言葉を伝えておいてください』

 

『・・・お、おい!アルス!』 『アルスどの!?』

 

ガボとメルビンさんはぼくの答えが予想外だったらしく大きな声をあげていた。

アイラも驚きの表情のままぼくを見ていた。ぼくだったら止めると思ったのだろうか。

生まれながらにして神さまや精霊から愛されていた三人ならこの反応は無理もない。

この地に生きる全ての人間たちを救うために魔族と戦った歴代の勇者たちもきっと

こんな結論は出さないだろう。でもぼくはほんとうの勇者じゃないから仕方ない。

 

『そうね・・・もともと危ない村だったんでしょ?ならそれでいいんじゃない?

 周りの村や町に被害が出る前にさっさと頼むわよ、あんたたち!』

 

『・・・あなたにそう言っていただけると助かります。では今晩にでも・・・』

 

かつて腐敗しきったラダトーム城をたった二人で一晩のうちに滅ぼしたというのだから

いかに力を与えられているとはいえ小さな村一つをどうにかするのは簡単だろう。しかも

今回は十人以上の仲間たちを連れて作戦を決行するらしい。これなら事故も起きない。

 

『・・・アルス、これでいいのか?確かにあの村は・・・でも・・・』

 

『・・・・・・』

 

誰に何と言われようがぼくは揺らがなかった。すでにこの決定は成功だと確信して

いたからだ。戦わなくてすんだということに一人安堵している彼女の横顔を見ることが

できたのだから。ぼくはマリベルの身体だけじゃない、心も守ると決めたんだ。

せっかく魔王との戦いが終わったのにこんなことで傷ついたり悲しんだりしてほしく

なかった、口にするとわざとらしくなりそうだから直接伝えてはいないけれど。

 

その日の夜、レブレサックの村に入った真の強者たちは、すでに村から魔族に精神を

支配されていない善良な人が一人もいないことを確認してから、まずは近くにいた

老人から始めた、そう言っていた。相手が誰であろうが容赦しなかったそうだ。

あんこくまどうのドクターディーノはぼくたちが村人たちを簡単には攻撃できないと

考えて自爆呪文や一度きりの大技を仕込んでいたようだ。でもこれからその精度を

上げていこうとしていた途中のようで、モンスター人間たちの敵ではなかった。

 

『・・・この村に厄介事をもたらしたあの旅人どもが勇者であるはずがない。

 いや、それならそうでもいい。魔王を倒した者どもを打ち倒してみせることで

 我らの民族がこの世で最も偉大で優秀だと証明できるではないか・・・』

 

『そうか・・・では残念だったな、希望を打ち砕くようですまないが・・・』

 

唯一洗脳されていなかった村長、彼は村に悪魔崇拝を持ち込んだ張本人だった。

村人たちを唆すのは以前から慣れっこだったので今回もうまくいったと思って

いたらしい。手を組んだ魔物の首を目の前に置かれ絶望する瞬間までは。

レブレサックが徹底的に滅ぼされたことはすぐに世界中に知れ渡った。でも

それは彼らが勇者たちを温かく歓迎せずに厳しく追い返しただけでなく敵意を示して

魔族と結託するに至ったので神から天罰が下ったのだと人々は考え、納得した。

 

『神の罰ねぇ。正反対なんじゃないかしら』

 

『まあ・・・キンツェムさんたちはウオッカ・・・ハーゴンという名もある

 あの人を神さまのように考えているから全く間違いとも言えないよ』

 

 

正確には『神の子』だったかもしれないけれどぼくらには関係のない話だ。

レブレサックの件はこれで終わった。それでもすぐに今度はフォロッド国が

魔王亡き後の世界の頂点に立とうとして、武器になるからくり兵の研究や

傭兵集めを急速に進めていた。グランエスタードやコスタールは平和を乱す

動きを制圧しようとこちらも戦いの準備を始め、いざとなったらぼくたちも

戦わなくてはいけないという空気になっていた。幸いなことに戦争は始まらず、

いまはどの国も戦いの用意はしていない。フォロッドが方針を改めたのが大きな

理由だったけれど、今回もぼくたちは何もしていない。勇気ある人たちがいて、

 

『王よ、どうか賢く行動してください。全世界の国家だけでなく魔王に勝利した

 勇者、更には天上の神殿の人々を敵に回したならばどうなるかよくお考え下さい。

 あなたが戦いによって得た奴隷たちに計画しておられる過酷な労働、その

 数十倍以上の厳しい扱いを全国民が受けることになるでしょう。世界の平和に

 挑戦する腫れ物のような国の民はそのようになるのです!』

 

『・・・・・・ムムム・・・』

 

王様の怒りを買って逮捕されたり処刑されるかもしれない、それでも忠告を続けて

とうとうフォロッド王の考えを変えることに成功した。国の中だけで問題を解決し、

大事には至らなかった。このように、ぼくたちを倒して名を残そうとする人たちや

魔王に代わって世界を支配しようと考える国家の動きはぼくたちが何もせずに、

時には知らないうちに終わっていた。これは長い歴史の中でも稀なことだという。

 

『いつもは勇者がどうにかしなければいけなかった。魔王を倒しても苛烈な戦いの

 日々は終わらなかった。ところがこのたびは・・・どうやら真の平和が訪れようと

 しているようだ。勇者がいなくとも人々は正しい方向へ進み、わたしの長年の

 悲願であった人と魔物の完全な共存が果たされようとしている。歴史が変わった』

 

何度も魔王の支配とそれを打ち倒す勇者の誕生を目撃し、その物語の主要人物に

なったこともあるハーゴンさん、彼女はしみじみと語っていた。勇者はもう世界に

必要がない、偉大な大賢者も最強の戦士も、神が選んだ英雄も役目を終えたと。

 

 

 

 

「・・・今日は二人とも調子が出ないでござるなぁ。これは参った」

 

「ぼくは毎回ほとんど負け組ですが・・・違う台にしますか?」

 

コインを半分以上使っても全然絵柄が揃わない。まさに神に見放されたとはこのこと。

これ以上やっても逆転はなさそうだけど、メルビンさんは続けるのだろうか。

 

「いや・・・今日はやめにするでござる。ぱふぱふを楽しむためにそろそろ上の階へ。

 アルスどのもいっしょにどうでござるか、むふふふ」

 

限られた客だけが入れるという『真のぱふぱふ』コーナー。メルビンさんが偽物の

神の城から逃げて一人でコスタールにいたときに王様相手にこの施設の必要性を何度も

訴えて実現に至ったというのだからすごい執念だ。ラッパを吹くだけのぱふぱふに

がっかりしていたのは知っているけど、まああの王様なら喜んでこの話に乗りそうだ。

 

「それは遠慮しておきます。でもちょっと安心しました。思っていたよりも毎日

 楽しんで過ごしているのがわかって・・・ほっとしました」

 

「・・・はっはっは!相変わらずアルスどのはお優しい。傍から見れば放蕩の限りを

 尽くしているわしのような者にも気遣いを示してくださるとは!英雄としての

 勤めを終えてやることがないせいで無気力に呆けている、そう心配してくれたので

 ござろうが・・・わしの女好きは昔からのこと、アルスどのも知っているはず。

 若き日は今以上に神や仲間の目を盗んでいろいろとやったものでござるよ」

 

確かにそうだった。真面目な時とそうでない時の切り替えがしっかりしていると

いうことか、戦闘や使命に全力であると同じように遊びにも全力だったと言うべきか。

散々世界各地のエッチな本を手に入れてはぼくにも見せようとしてマリベルに

怒られていたのを思い出す。最終的にはメラゾーマで丸ごと燃やされていた。

 

「望めば天上の神殿で英雄であり続けることもできた。でもわしはそれを選ばなかった。

 すでに神は死んで英雄としてするべき仕事もないのに英雄として生きるのは無駄、

 そう悟った瞬間、わしは残りの人生を地上で過ごすことを決めた。平和な世を楽しむ

 ただの老いぼれとして数多くの喜びを味わうほうがよほど有意義であるからな」

 

敬語を使わずぼくに何かを教えるようにして語る。与えられた役目を終えた者同士、

互いに相手が何に悩まされているか考えていたけれどどっちもいらない気遣いだった。

ぼくも勇者として生きていくことにこだわりはない。むしろこの先ずっとそうだとしたら

とんでもなく邪魔な重荷だから自分から放り捨ててしまいたいとさえ考えていた。

 

「アルスどのはわし以上に普通に暮らしたいと思っているだろうからそんなに心配は

 していなかった。しかし聞くところによると漁師にもならず最近は特にぼーっと

 毎日を過ごしていると・・・相談に乗ってやりたいと思っていたところだった」

 

「そんな・・・相談するほどの深刻なことなんか何もないです」

 

「もしかしてマリベルどのと何かあった・・・喧嘩でもしたのか、わしは今日の

 アルスどのを見てそう考えたが・・・どうやら勘が外れたかな?」

 

ぼくはその言葉に思わず残っていたコインをひっくり返しそうになったけれど

どうにか堪えた。表情には出していないつもりでもメルビンさんがにやりと笑って

図星か、といった目つきで見てくるのだからぼくはわかりやすい人間なんだろう。

 

「今日は一人で来ているのがいい証拠でござる。いつも二人でコスタールの町を

 見て回っていたのに一人でカジノに直行・・・それだけでわかるでござるよ」

 

「ははは・・・隠せませんね。実はこのごろ喧嘩どころか会ってすらいなくて。

 もしかしたらここにいるかもと思って来てみたんです。この町に来るのは決まって

 マリベルから誘ってくるからで、なかなかいいところだから将来のために

 どこに家を建てられそうか見に行くからついてきて意見をよこせって言うんです。

 一人で見るよりは他人の声も参考にしたいって・・・」

 

「なるほど・・・で、アルスどのはどんな家に住みたいと考えているでござるか?」

 

気がついたらいつも通りの話し方に戻っていたメルビンさんにぼくは答えた。もし

生まれ故郷の村を出て家をつくるならどうしようか、過去と現在のいろんな土地を

旅してたくさんの文化や芸術に接してきたから当然理想も大きくなっていた。

窓や屋根、じゅうたんにベッド・・・実現するかどうかは別としてこんな家がいいと

思ったことを気軽に話した。これくらいなら問題ないと話していたのに・・・。

 

「ふむ、よくわかったでござる。結局どんな家であろうと、マリベルどのが隣で

 お嫁さんとして微笑んでくれていればいい、ということでござるな」

 

「・・・・・・え?」

 

「ならば話は早い。マリベルどのだって毎回アルスどのを連れてきた理由は明白、

 アルスどのの好みを知ろうとしてに他ならないでござるからな。人のいない

 寂しい場所に逃げなくてはならないとしてもアルスどのについていくと自然に

 語っていたマリベルどのではござらぬか。アルスどの、自信を持っていい」

 

 

もしほんとうにそうならばどんなにうれしいことだろう。ぼくが勇者であることに

こだわりを持たず、逆に解放されたいと願ってモンスター人間たちの虐殺を見逃したり

世界で起こっている小さな問題に介入せずなるべく戦いから遠ざかるのも全ては

彼女と素晴らしい家を建ててそこに住み、平凡だけど幸せな日々が過ごしたいという

夢のためだったから。でも向こうはぼくとは違う。もしメルビンさんの言う通りであれば

これといった理由もなく、しかも黙って一か月もいなくなったりしないはずだ。

 

「・・・ま、でも今日はよいではござらぬか、わしは口が堅いからアルスどのも

 たまには楽しんだらいい!さあ、共に真のぱふぱふを飽きるまで味わうでござる!

 勇者ではない、一人の男であるからこそ様々な経験が必要でござる!」

 

「え!?だからぼくはそれは遠慮するって・・・」

 

「なーに、アルスどののことだからマリベルどのへの裏切りにならないかと恐れて

 いるのでござろうが今だけはそんな思いは忘れて夢の世界へ参ろうぞ!」

 

ぼくの腕を引っ張りピンク色の扉の前へと連れて行こうとする。この力強さ、きっと

いまだに鍛錬を続けている。ぼくの力では全然振り解けず、このまま強引に新たな

ぱふぱふメンバーにされてしまいそうだ。どうしようと困り果てたそのときだった。

 

 

「・・・ムム・・・・・・!!」

 

突然腕が自由になった。ぼくの意思を尊重してくれたのならありがたかったけれど

どうやら違う。メルビンさんが低い声でうめき右手を押さえている。魔物との

戦闘でダメージを受けても弱いところを見せないほどのこの人が苦しみ始めた。

 

「・・・!!メルビンさん!手が痛むんですか!?まさかぼくが変な力を・・・」

 

「いや・・・アルスどのは関係ない。信じがたいことに・・・どうやらわしの右手は

 このまま使い物にならなくなるか消え失せてしまうようだ!以前わしが不在の日に

 アイラどのを襲った魔王の遺した刺客の魔の手が・・・ぐぐ、どうやらわしにも!」

 

メルビンさんの記憶が変わり始めているらしい。オルゴ・デミーラが自分に万が一の

事態が起きた場合のために用意していた最後の魔族たちは過去の世界に向かい、

そこで再度歴史を変えることで復讐だけでなく魔王の敗北をなかったことにする狙いが

ある。今回は昔のメルビンさんに重傷を負わせることで戦力を削ぎ、最終決戦どころか

それまでの戦いのどこかでぼくたちの旅を終わらせるという企みだ。


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