今回は幕間的なお話。いつも短いけどいつもより短い。
【前回のあらすじ】
バルブロ「得体の知れない森など燃やしてしまえ!」
デミウルゴス「放火魔は火炙りです」
バルブロ「ギャー!」焼死
シャルティアは珍しい相手から誘われて、第九層のバーに顔を出した。
「お呼び立てして申し訳ない。しかし、女性の部屋を訪ねるのも失礼かと思いまして。──今日は、これをお返ししたくて」
言って、パンドラズ・アクターは見覚えのある包みを寄越してきた。
「おや、これはルイにあげたもの──気にいりんせんしたか?」
「ルイ殿は純情なんです。こういうのは刺激が強すぎます、真っ赤になって固まってましたよ!」
「ウブでありんすねぇ……というか、そんな風で、夫婦の営みは大丈夫でありんすぇ?」
「いや、そもそも何にもないですけど」
「は?」
からかうつもりで言った言葉に、普通に否定を返され、固まる。
「ルイ殿はさっきも言ったように純情ですし……私は種族的に欲求も機能もないですし」
「えっ!? そうなの!?」
思わず、郭言葉を忘れて素で驚いた。
「まあ、いつかルイ殿が子どもを望んだら、相応しい男性体の外装でお相手しますけども」
「……夫の義務として?」
シャルティアは、ルイを気に入っているが故に心配になった。──義務感だけの夫など、彼女には惨い。
「他の男に譲る気が全くない程度には、夫としての情はありますよ」
しかし、返ってきたのは迷いのない返答。
「ルイ殿への情がなければ、父上の護衛役を譲ってまでナザリックに残りません」
「──ああ、今回のモモンガ様の供がマーレだったのは、そういうことでありんしたか」
杞憂だとわかって、シャルティアは安堵した。──この埴輪、妻への性欲はなくても、愛情はちゃんとあるらしい。
なにげに失礼なことを思っているシャルティアに気づいているのかいないのか、パンドラズ・アクターは少し困ったような調子で続ける。
「女性の供は義母殿が嫌がりますし、セバス殿はこの間まで“モモン”の供をしていましたし、コキュートス殿は外見的に……デミウルゴス殿も……まあ、何より彼は忙しいですしね」
デミウルゴスの名を出した時だけ、彼の声が妙に低くなった。
「……あなた、デミウルゴスのことが嫌いなんざんすぇ?」
「──いっそ嫌いになれれば楽なんですけどねぇ~」
思わず問えば、彼は軍帽を包むように頭を抱えた。
「ルイ殿が格好いいと言うのもわかるんですよ。実際格好いいですからね、デミウルゴス殿」
「おや、ルイはそんなことを、あなたの前で?」
「彼女に他意がなかったのは間違いないですけどね」
単に事実を事実として言っただけで、ルイが夫への当てつけを言うような性格でないのは、シャルティアにもわかる。
だが、それを聞いたこの埴輪が、面白くない心地になったのも、まあわかる。──自分だって、目の前で
「私だって、格好良く、かつ紳士であろうと頑張ってますけど、デミウルゴス殿はもう立ち振る舞いからオートで格好いいじゃないですか。はっきり言ってずるい!」
「ずるい」
そんなことを言われても、デミウルゴスも困るだろう。──まんべんなく褒め言葉なあたり、余計に。
「ルイ殿からの信頼度・好感度で勝ってる自信はありますよ? けど、格好よさの度合いでは絶対勝ててないんですよ! ルイ殿の私に対する形容、まず最初に“可愛い”って来ますからね!?」
「“可愛い”……?」
この埴輪が可愛いとは、ルイのセンスが良くわからない。
「だから、少なくとも仕事面では、デミウルゴス殿みたいに格好良く完璧にこなそうと思ってたのに……結局詰めが甘くて、他ならぬデミウルゴス殿にフォローされる始末ですよ!」
そうして、魂が出てくるんじゃないかと思うような溜息を吐いて、
「──かなわないな~って思っちゃうのが悔しいんですよ~……」
カウンターに突っ伏すように顔を伏せた男に、シャルティアは思わず吹き出した。
「飄々としてるように見えて、案外負けず嫌いでありんすねぇ」
「……ここまでムキになるのは、父上とルイ殿がらみだけです」
起き上がりながらのその一言に、つい意地の悪い言葉がこぼれた。
「それじゃあその二人が仲違いしたら、あなたはどっちの味方をするかでさぞ悩みなんすぇ?」
途端──背にぞっとしたものが走る。
がしゃんっ、と硝子が割れる音に、ふっと寒々しい空気が消えた。
「──おや、大丈夫ですか?」
「……し、失礼しました」
カウンター内にいたバーテンが磨いていたグラスを落としたらしい。──案じる声をかけている彼こそ、落とした原因だろうが。
思わず浮かせていた腰を席に落ち着かせてから、シャルティアは苦い声で詫びる。
「……失言でありんした。忘れてくんなまし」
「いえ、私も大人げない反応をしました、すみません」
いましがたの殺気が嘘のように、苦笑の滲んだ声音で返された。
「──そうですね……ちょっとした喧嘩程度なら、基本的にルイ殿寄りに動きます」
「え、この話、続けるの?」
「ええ、答えを聞かないと気持ち悪いでしょう?」
素でツッコんでしまったシャルティアに、からかうような声が返ってくる。
「……理由は?」
「ナザリック全体が父上贔屓だからです。ルイ殿がアウェイになる。──それは、確実に父上の望まぬ展開でしょう」
「ああ、なるほど……」
すごく納得できる理由だった。──ルイを気に入っているシャルティアでも、二人が喧嘩したら──理由にもよるが、まずルイにモモンガへ謝るよう言うだろう。
(──なら、ちょっとした喧嘩ですまない場合は?)
そう思いはすれど、さすがのシャルティアでも、さっきの今でその問いを口には出来ない。
けれど、その思いを読んだように、笑みを含んだ声が告げる。
「──お二人の間に、喧嘩以上のことは起こりませんよ」
表情の読めない埴輪顔が、声だけで笑いながら、断言する。
「私がいる限り、お二人の間に深刻な仲違いなど、起こさせません」
(──ああ、この男は、もう、覚悟を決めているんだ)
何があっても
「……あなた、案外大した男でありんすねぇ」
「そうでなくては、父上とルイ殿の顔に泥を塗ってしまいますから」
気負いのない声音で言い切る埴輪は──埴輪のくせに、妙に格好良かった。
郭言葉がわからない、そして書けないよ……(白目)
創造主が仲良しだから、この二人も結構気が合うと思うのです。
っていうか、本作パンドラが一番気負いなく砕けて話せる守護者はシャルティア。同率でコキュ。
デミに対しては、モモンガ様の中の“ギルメンへの憧憬”に近い感情と、そこから派生した微妙な劣等感がある感じです。
ある意味一番扱いが雑になるのはアルベド。何があっても父上を裏切らないという信頼からくる雑さ。