辺鄙な田舎にある教会は、その規模にも拘わらず大盛況でした。そこに居る一人の修道女から聞く話がとても分かりやすく面白いと評判だからです。

 しかしそこに、小さな少女が訪れました。小さな小さな、可愛らしい……破壊の権化が。

※バッドエンドです

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気高キ修道女ハ暴力ヲ知ル

 敬虔な信徒であったはずの彼女は今、自らの信仰心が大きくぐらつくのを感じていました。滅私の体言と世間から誉れを受けて尚微塵も揺れなかった彼女の精神は今、自らの身に振りかかった悪夢があまりにも理不尽であるためにぐちゃぐちゃになってしまったのです。

「あ、うぅ……」

 口角からこぼれる嗚呼は空気へ溶けて消え、代わりに吹き込む暴風と圧力が彼女の体を錐揉みさながらに宙へ飛ばしました。ジャリ、ジャリ、と鎖が擦れ合う音が聞こえます。

「兵隊さーん。どこですかー? もーっと、遊びましょうー?」

 そんな可愛らしい声の主が持つにはあまりに無骨すぎる、大型の鎖。小さな女の子が腰に提げたリングチェーンの先に繋がれているのは、彼女の右手に握られた真っ赤に染まり果てた、大きな大きな斧。満面の笑みを浮かべる彼女の体は何かを溢したのかと思うくらいにびちゃびちゃになっていました。

 

◇  ◇  ◇

 

 その赤ずきんを被った少女がこの施設を訪れたのは僅かに10分前でした。拘束衣を思わせる衣装に身を包み、綺麗な金の髪を輝かせた女の子。不審に思った警備兵が尋問したのが全ての始まりでした。彼の体から突然力が抜けたかと思うと頭が掻き消える。異常事態に他の全員が慌てて体勢を取りました……いえ、取ってしまいました。

「皆、遊んでくれるの? あはははは!!」

 爛々と目を輝かせた少女がその体ほどもある大斧を片手だけで持ちながら駆けてくることに驚愕しながらも、受けた訓練を無駄にすまいと十数年かけて必死に培った戦い方を発揮……しようと思った時には。

「ひとり」

 先頭にいた若き衛兵はその心臓を薙がれていました。危険性をようやく正確に認識した一同が決意を持てたのもほんの一瞬。歴戦の兵士もかくやという動きで戦う彼女を止めるにはあまりにも技量が違いました。やがて、ふたり、さんにん、と可憐な声が響く度に崩れ落ちる味方の姿に恐れが決意を勝り、瓦解してしまったのです。

 

 そして少女はその破壊をこの教会へと叩き付けました。建物中が一斉に揺れ皆が崩れ落ちる中、修道女は毅然と立って神に弓引く恐れ知らずの正体を見逃すまいとしました。軽やかな鼻歌と共に近寄ってくるその声はさながら天使のよう。

 しかし、やがて辿り着いたその姿を見て、彼女が彷彿としたのは……。

 

 悪魔でした。

 

◇  ◇  ◇

 

 ああ、神様。彼女が自分のために祈りを捧げたのはいつ以来だったでしょうか。初めてカミサマというものに触れた幼少期は教わるままに祝詞を捧げていました。青春の頃には既に神の存在は当然のものでした。彼女は気付きました。自分自身のために捧げた祈りは、これが初めてだと。

 清く信仰を捧げる為に毎晩自分を見詰める時に今まで考えたこともないことでした。祈りを捧げるのは神様の為であり、自分などというものを考えたことがありませんでした。まして疑問を感じたことさえもなく、だからこそ彼女は謙虚に、真摯に、潔癖に、神を敬愛することができていました。

 

 既に破壊の限りをなされたこの場所に残るのは、数多の肉片と成り果てた信徒たちと、彼女だけでした。何者も逃げることは許されず、命も尊厳も許されずに一方的な暴力を以て完膚なきまでに叩き潰されたこの教会。

「いないんですかー? あ、もしかして、かくれんぼですかー?」

 間延びした甘い声で問い掛けますが、もう隠れることさえ許されないこの建物のどこでかくれんぼなどできましょうか、よしんば出来たとしてどうして返事などするでしょうか。お返事がないことに、彼女は可愛らしくも頬をぷぅと膨らませました。

「あーあ、もうおしまいでした」

 やおら服を整え、斧をぶんと振るって血を払った彼女は、ここに着いた時よりも幾分か輝いて見えました。

「……あなたは……」

「あれ、お客さんですか?」

 自分が無視されていたことに安堵しながら、初めて持った感情……疑問を、その少女に投げ掛けました。

「どうして、こんなことを……?」

 満身創痍でありながら、その声は透き通っていました。自分の根幹を揺らした存在(赤ずきん)のことを知りたいと思うようになっていました。

「楽しいからです!」

 にもかかわらず……いえ、だからこそと言うべきなのでしょうか、彼女は、そんな後先さえも考えない、自分本意で刹那的な生き方をする少女の行動に一切の理解を示せなかったのです。

「……誰かの幸福をぐちゃぐちゃにする正義が、あなたにあるんですか……?」

「ボクが楽しければ良いのです」

 彼女には理解できませんでした。自分以外を見つめて慈しみを持って接してきた敬虔なる修道女にとって、未来の自分でさえも食い潰すような性格を解することはあまりにも難題でした。そんな困惑の中、突然飛んできた質問。

「どうしてあなたはボクとお話しをしたいのですか?」

 思考が停止しました。彼女は今確かに、自分の好奇心を第一に動いていました。そう、信仰心ではなく、好奇心が、優位に立っていたのです。

「……知りたいからです」

 彼女は呟きました。

「私はこれから、どうすべきなのか、と」

 心底からの疑問でした。今まで疑ってもみなかったもの……自分の心の拠り所……があまりにも儚くて脆くも崩れ去った時の対処法を、彼女は持ち合わせていませんでした。彼女が知る「対処法」は祈りだけであり、しかしまさにその祈りこそを、今しがた彼女は信じられなくなったのですから。

 

「じゃあ、いっしょに遊びましょう?」

 

 アソブ。なんと不思議な言葉なのでしょうか。この悪魔が意味する「アソブ」が何なのかはよく分かっていました。現世からあまりにも解離したその言葉選びは、ある意味で彼女がまさに悪魔そのものであることを示唆していました。

「……」

「お友達がいたら、きっともっと楽しくなります!」

「…………」

「だから、ボクとお友達になりましょう?」

 

 悪魔の囁きは、柱を失った彼女にとってあまりにも……そう、抗いがたく、甘美でした。

 

◇  ◇  ◇

 

 ――3日前の夜、北海の漁場で、テロ活動と思われる事件がありました。被害は極めて甚大で、回復には1ヶ月以上かかる見通しです。調べによりますと、事故発生当日の深夜に複数の不審な音があり、それを聞いた警備員が確認に向かったところ多数の漁船が破壊されており、それを受けて警備員が通報を入れた直後に漁場組合本部の中で悲鳴があがりました。慌てて向かったところ、建物の至るところに極めて悲惨な状態で殺されている漁師の方々の姿がありました。複数の魔法を使える者の犯行と見て捜査を続けております。

 あ、たった今入った速報です。現場付近の監視カメラに、二人組の不審な人影が映っていました。共に真っ赤な布を被った女で、一人は小柄で金髪、大きな棒状のものを背負っており、もう一人は中肉中背、○○教の首飾りを複数提げています。心当たりのある方は――。




 私が思うに、赤ずきんちゃんはシノアリスのキャラクターズの中で、最も誰かと会話をするつもりがなく、にも拘わらず最も仲間を欲している子です。きっと赤ずきんちゃんにとって友達という言葉は単なる憧れに過ぎなくて、本当に求めるのは友達という形ではないと感じました。

 彼女が求めるオトモダチを、私なりに想像して与えてみました。彼女を信奉し、彼女の行動を助け、彼女を楽しませる工夫をして、彼女を愛する。それでいて赤ずきんちゃんが「殺したい」と思わない。そんな人物でなければ彼女はオトモダチを持ち続けることができないでしょう。

 余談ですが、この狂った修道女には私の挫折を籠めてあります。邪道に堕ちまいという自らへの戒めも兼ねて、この後書きを締めます。

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