時間によって人の巡りは変わるものだ。
朝に探して振るわなくとも夜に好転することがある。逆もまたしかり。
意気揚々と二人は情報を集めに街に繰り出した。
「情報、ありませんね」
「ですねぇ」
茶店の長椅子にならびながら、二人は揃ってため息をついた。
そっと流し込む茶は香ばしく、喉を潤していく。
コトコト回る水車と柔らかな風に耳を澄ませる。
そしてポツリと、少女が呟いた。
「先生。あの職人さんを一人にしていいんですかね」
「寝てる間は来ないようから大丈夫でしょう」
「不思議ですよね、起きている間だけ襲われるなんて」
「今回からみるに、生活時間が狂っているだけともみれますが」
「たまたまですよ。解決したらすぐに戻りますって」
職人はあの晩、夜食を腹に納めるなり寝入ってしまったのだ。
起きて、材料を新たな部屋に移しては部屋にこもりすぐ寝入ってしまう。
ああも派手な隈を作る生活はさすがに不味いだろう。
ようし、と意気込む少女に、そっと先生がささやく。
「それにしても」
ピクリ、と少女の顔がひきつり、
「怒ってましたねぇ」
先生は頭を掻きながらあっけらかんに言い放って。
少女がぐうの音もなく頭を抱える姿に、笑った。
耳の痛い話をチクチク言うのは、先生のお決まりの行動だ。
落ち込む姿が”いい”のだと言う。
いまも喜色をこらえきれずに、口端が微かにつり上がっているだろう。
なんと悪趣味だと、少女は思う。
それでも落ち込むことは避けられない。
屋敷の惨状に反省しきりなのは確かだから。
影の怪物に荒らされた部屋は、壁がぶち抜かれて大部屋となってしまっていた。
踏み荒らされた材料はことごとくが壊れ、数少ない生き残りも傷をこさえてしまっている。そうなっては商品にはならないそうだ。
もう慣れたと職人が笑うなか唯一不満を示したのは、壊された両手ほどの小さな木箱。
いたわるようにそっと抱えあげたかと思うと、そのまま新たな部屋にこもってしまった。
箱の中身を聞く暇もなかったのだ。
「三味線の
「おや? わからない。本当に?」
ひきつったような、上擦ったような。すっとんきょうな声を先生は上げる。
唖然とした顔と心底残念そうな眼差しに、少女は椅子の上で後ずさった。
「なんですか、なんですか!」
「そっか、いや、そうなのかぁ」
「はっきり言ってくださいよぉ」
これ見よがしに、先生はため息を重ねる。
「さっさとぶっとばせればばよかったんですよぉ!」
「まあまあ。職人の命があるだけいいじゃないか」
けらけらと先生は笑い、少女の頭を撫でた。
「よく作品は残るというが、それは死んだあとの話さ。"腕"が残るのが一番だ」
「やめてくださいよ、先生」
揉みくしゃになりそうな、乱暴な手つきに抗議をあげようとして、
「せんせい……?」
ふと見上げたその瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
「……ここの団子、包んでもらうか」
「ご機嫌取りですか?」
「うまいもんは、分けてやりたいじゃあないか」
唐突な言葉は、どうにもぎこちない物言いだった。
少しは申し訳ない、と思うこともあるのだろうか。
────ならそもそもやらないでほしいけれどね。
少女のため息をよそに、おうい、と茶屋の老婆を呼び寄せる。
「団子をな、いくらか包んでくれ」
「はいはい、あんたたちの分もね」
「分”も”?」
おや、と首をかしげた時。
「ずいぶん元気なさそうねぇ」
背後から、歌うような声がした。
振り向けば、それは弾き手だった。
声も弾み、鼻唄まで奏でている。
「そちらはずいぶんご機嫌なようで。なにかありました?」
「なあに、こっちのことさ」
そう言って二つの包みを胸に抱く。
ひとつは昨日もあったもの。恐らく三味線。
だがもう一つも同じように結構な量だが、何をくるんでいるのか。
「ずいぶんと行き詰まっているみたいだねぇ」
「ううむ。行動範囲は広いようで存外種類は少ない。材木屋、三味線に弦、革など。ほとんど三味線に関係あるものばかりだ」
確認するように、先生は言葉を重ねる。
「三味線回りにはやましいことはなにもない。この騒ぎこそがやましい位だ。だからといってもとの長屋や回りの人に聞いても、浮いた話もない。これじゃあ手詰まりだ」
ため息混じりに首を振り、顔をあげた。
そこにいるのも、その道の関係者だ。
「せっかくだしあなたからも話を聞こうか。彼のことで何か知ってるかい?」
問いに、弾き手は面白そうに笑みを浮かべた。
「そうさねぇ、こんな話は知ってるかい?」
首をかしげる二人に、得意そうな顔つきで続ける。
「あいつ、いい人いるって話だよ」
「そこのところ詳しく」
ぐい、と迫った少女に弾き手も悪戯じみた笑みを浮かべて。
「まったくなぁ……」
楽しそうならまあいいか、と先生は一人茶をすすった。
◆ ◇ ◆
女は三人よらずとも。
メジロが花をついばみ、スズメがさえずる。
茶の香りをのせ、のどかな春風が吹き抜けていく。
手に乗るスズメと戯れていた先生の耳に、ささやくような弾き手の声がのった。
「──それじゃあね」
「おや、もういいのかい?」
「あなたたちはまだお仕事中でしょ? 邪魔しちゃ悪いじゃない」
私はこれから宴席だね、と跳ねるように去っていく。
のんきに手を振る少女の頭を撫でて、先生は立ち上がった。
さあて、と伸びをひとつ。
きしむ体に鞭をいれると、また声がかけられた。
今度は茶店の老婆である。
「ちょっとあんた、お代もらっとらんよ」
「ああ、包んだ団子の分」
取り出した銭を渡すが、老婆やおら首を振った。
足りないらしい。
「茶のほうは最初に払ったはずだが」
「さっきの姉さん、知り合いなんだろ?」
だから、と差し出す手と共に告げたのは。
思わず目を丸くした先生は、肩を震わせる。
「あの包みは団子かぁ!」
腕に抱えるほどの包みだ。どれ程入っていたことか。
吠える先生の後ろで、少女はそっと串を隠した。
◆ ◇ ◆
「だいたいねぇ、あんな離れで手伝いもなしってところで怪しかったんです!」
「全く……これじゃあ足が出てしまうよ……」
「まだ言ってるんですか!?」
「そっちこそまだ言うのかい?」
ぶつくさと言いながら、二人は足を進める。
二人が向かうのは町の外れにある家だ。
弾き手曰く、職人に"浮いた話"が一つあるのだと言う。
相手はそれなりの家のお嬢さんだそうだが、
「というか、だ。昨日はそんな話微塵も出なかったんだが、どこから出たのか聞いたかい?」
そう問われるなり、はしゃいでいたはずの少女が、しぼむように静まっていく。
どうしたのかと先生が怪訝そうに覗きこむと、濁らせた表情で、口を開いた。
「……出会いのきっかけ、あの人だそうですよ」
ポツリ、と呟かれた言葉に、せんせいもげんなりとして空を見上げる。
「おいこれ、仕込みじゃないだろうなぁ……」
「さすがにそれは無いと思い、たい、です」
少女も言葉を濁らせて。
ため息が、二つ響いた。