『学園艦』。それは、人々の第二の故郷。海の上に浮かび、その甲板の上で暮らす人々を見守る存在。
その学園艦は、長い歴史を持つ艦だった。そして一時は解体されそうになったことがある。
しかし、“ある少女達”の活躍によって免れた。
日本中が注目したその出来事から、どれほどの時が流れただろうか。
嘗ての少女たちは学び舎を去り、新しい生徒が入学し、また去っていく。そんな光景を『彼女』は見守り続けてきた。
そんな『彼女』は今日、その長い生涯に幕を下ろす。
艦として生まれた以上、逃れることのできない宿命……老朽化。『彼女』もとうとう、その時を迎えたのだ。
これまでに何回も修復を続けながら人々の営みを見守ってきたが、それでも限界があった。
学園艦の運用を担当する文科省は、『安全面も考慮すると、これ以上の運用は危険』と判断し、住人に説明した。最初こそ反対していた住人達も、これから先の生活を考えると、納得せざるを得なかった。
「(思えば、楽しいものでした……)」
長い年月により自我が芽生えた『彼女』は、ゆっくりと出港する。自分よりも遥かに小さく、それでいながら愛おしい住人たちが、その様子を寂しげに見つめていた。彼らは、新造されている学園艦に移住することになっている。
『彼女』にとって悔いはない。“廃校による解体”よりも、“老朽化による解体”の方が、『彼女』にとって名誉なことなのだ。
「(皆さん、お元気で……。新しい『私』。どうか、皆さんを頼みますよ……)」
自身の名を受け継ぐ『新しい自分』に願いを託し、『彼女』は解体工場へと向かう。その時だった。
「さよーならー!!」
「ありがとうー!」
「元気でねーー!!」
「(っ!)」
港から多くの人々の声がする。中には、「ありがとう、大洗学園艦」という横断幕を掲げる者や、自身の店の暖簾を大きく振る者もいた。
「ありがとうー!」
「達者でなぁー!」
「(皆さん……ありがとう……ありがとう…………!)」
こうして、『旧・大洗学園艦』の生涯は幕を閉じた。
しかし、この時『彼女』は知らなかった。“新たな生活”が待っているということを……
深海棲艦。それは、突如海から現れた存在。現行兵器は殆ど効果がなく、シーレーンは瞬く間に奴らによって寸断された。
しかし、それに対抗できる存在も生まれた。それが、かつて様々な戦場を駆けた艦船の魂を持つ存在『艦娘』である。彼女たちが人間と協力することによって、現在は、深海棲艦から海を取り戻しつつあった。
そんな艦娘たちが所属する鎮守府の内の一つ、横須賀鎮守府において、一人の男が書類に判子を押していた。
「あとは判子を押してっと……よし!」
白い軍服を身に纏った二十歳程の男性が、判子を押し終えた瞬間に椅子の背凭れに寄り掛かる。
「提督、お疲れ様だな」
「ありがとう、長門」
提督と呼ばれた男性が、艦娘『長門』に礼を言う。彼女は提督の補佐をしていたのだが、殆どが提督自らが判子を押したり記名をしないといけなかった為、実際は“提督一人で仕事をしていた”状態だったのだ。
「提督。ここのところ、ずっと徹夜してるだろう。休んだらどうだ?」
「ありがとう。でも、大規模な作戦が終わって深海棲艦が大人しくなったとはいえ、油断は出来ないよ」
「言うことは尤もだが、その前に倒れては元も子もないだろう」
「大丈夫だって。こういうのには慣れっこだし」
「慣れてはいけないことだと思うのだがなぁ……」
この提督は、何かと仕事を一人でやる人間だった。山のような書類が届いても徹夜で終わらせて、その間に遠征だの武器開発だの行うような人間だ。仕事を溜め込むよりは良いかもしれないが、だからと言って働き過ぎな気もするのが、長門から見た提督の印象だった。
「次の建造が終わったらちゃんと休憩するからさ。ね? お願い!」
「……本当に最後だぞ? 建造を一回やったら、すぐに仮眠を取ってもらうからな!」
「もちろん!」
目の下に隈を作りつつも笑顔な提督に溜め息を吐きながら、長門は提督と共に工廠へ向かった。
建造装置の前で、提督と長門、そして工廠を管理している工作艦『明石』が話し合いをしている。
「で、今回は何を建造するんですか?」
「みんなが出撃・遠征をしている間に鎮守府を空襲されたら大変だから、敵爆撃機に対抗できるよう、空母を建造しようかなって思ってるよ」
「ふむ、空母のレシピか。あるか?」
「勿論ですとも!」
明石が棚からファイルを取り出すと、そこに記載されている空母のレシピを開いて、提督に渡す。
「どんな空母が良いとかは、決めてるんですか?」
「ううん。特には」
そのようなやり取りをしつつ、鋼材・弾薬・燃料・ボーキサイトを投入していく。慣れたようにササっと投入すると、流れるように建造開始のレバーを引いた。だが、表示された投入数字を見て、明石が声を上げる。
「提督! ボーキサイトの数が間違ってますよ! これじゃ少な過ぎます!」
「え? あ、本当だ」
「桁が一つ違うぞ……。失敗するんじゃないか……?」
そんな長門の心配をよそに、建造完了までの残り時間が表示される。
「これは……翔鶴型の建造時間ですね」
「何だと? 奇跡が起きたとでもいうのか……?」
「どうしよっか。バーナー使っちゃう?」
「それは提督にお任せします」
「そっか。うーん……。どんな子が建造されたか気になるし、使っちゃおう! どうせ沢山あるし」
提督が近くにいる『妖精さん』という存在に声を掛けると、バーナーを持った妖精さんが一気に火を噴かせる。すると、残り時間が0になった。
「さて、どんな方が出てくるんですかね?」
「少し、ドキドキするな……」
扉が開き、プシューという空気が抜ける音がする。白い煙が晴れると……一人の長身の女性がいた。
銀髪のロングヘア―で、腕の部分には甲板のような物が装着されている。しかしながら、正規空母の艦娘に見られる“弓道着”を着ていない。着ているのは“割烹着”である。顔つきは……“翔鶴をより大人にした感じ”と言えば伝わるだろうか?
「……明石。彼女って、翔鶴?」
「え? ですが着てるものが違い過ぎますよ。鉢巻だってしてませんし、身長も彼女より大きくないですか?」
「おい、彼女が起きるぞ」
「ん、ふわぁ~……。よく寝たわぁ」
静かに目を瞑っていた女性は、小さな欠伸をしながら、ゆっくりと目を開ける。
「……あら? あらあらあら?」
一度だけ提督の顔を見ると、周りをキョロキョロと見回す。
「えっと、すみません……」
「あらぁ、何でしょうかぁ~」
「貴女は……?」
おっとりとした口調に少々戸惑いつつも、提督は女性に名を尋ねた。すると女性は少しだけ考え込んだ。
「おかしいわね~。あの時、確かに解体されたはずなのよねぇ……。ふむふむ……」
顔を明後日の方角に向けて、うんうんと唸る女性。しかし、口調のせいもあってか、そんなに不安は感じられない。
「なるほどぉ~。私、生まれ変わったのねぇ~」
「はい。おそらく、艦船だったころと姿が違って戸惑ってるのでしょうが……」
「心配ないわ~。では改めて、自己紹介です~」
女性はペコリと一礼すると、笑顔でこう言った。
「大洗女子学園の学園艦です~。名前は、大洗さんでも、学園さんでも、好きに呼んでくださいね~」
その紹介に、提督たちはポカンとしていた。
読んでくださり、ありがとうございました。
続くかどうかは、未定です。