それでは、どうぞ。
特別編:愛ちゃんと、不思議なお盆の日
8月。それは艦娘たちにとって、特別な月である。
お盆のある日のこと。横須賀鎮守府の可愛いマスコットである愛は、食堂でせっせと“ある物”を作っていた。
「お母さんー! お牛さんとお馬さん出来たー!」
「ありがとう~。そこのテーブルに置いてね~」
「はーい!」
愛が作っていたのは、茄子の牛とキュウリの馬。
何故このような物を作っているのかと言うと、『海を漂う魂たちに、少しでも安らぎを与えたい』という横須賀提督の考えである。特に、深海棲艦が負の感情から生まれると明かされた今となっては、尚更その魂たちを慰めたいという風潮が各地で広まったのである。
「お母さんはもう少し料理してるから、遊びに行ってて良いわよ~」
「本当? じゃあ行ってきまーす!」
「知らない人について行っちゃ駄目よ~」
愛はトタトタと走りながら食堂を出ていった。
愛は鎮守府を冒険したものの、あまり興味を惹かれるような物は見つからなかった。外へと出て、とある岬へと向かう。
そこは、大きな石碑がポツンと立っており、何か文字が刻まれている。残念ながら、幼い愛は読むことが出来なかった。
「あれ?」
そこに、一人の女性が立っていた。白い軍服らしき物を着ており、提督と似たような格好をしている。杖のように軍刀を地面に刺して海を眺めていた。
「こんにちは!」
『……おや、此処に人が来るとは珍しいな』
凛と響く声。女性は不思議そうに愛を見ていた。
「お姉さんは此処で何をしているの?」
『海を見ていたのだ。ここから見える海は絶景だ』
「……わぁ~!」
女性の見ている先へ視線を移すと、青空と水平線がどこまでも続いていた。時々カモメが飛んでいる。
『この広大な海を、君たち艦娘は守ってくれている。感謝してもしきれない』
「ほえ? 私が艦娘って分かるの?」
『勿論だとも。見ただけで分かるさ』
すごーい!とはしゃぐ愛に、女性は微笑んだ。
『私はこの海が好きだ。君のお母さんやお姉さんたちに、そして提督に、ありがとうと伝えてくれないか?』
「うん! お母さんたち、喜ぶ!」
満面の笑みを浮かべる愛に、女性も笑顔になった。
すると、強い風が吹いた。
「うわっ!」
しゃがんで、目を瞑ってしまう。次に目を開けたとき……女性は消えていた。
「……お姉さん? お姉さん!」
女性は崖の近くに立っていた。もしかしたら風で海に落ちたのではないか。そう思って大急ぎで海を見ようとする。
その時、後ろから声が聞こえた。
「愛ちゃーん!」
「愛ー!」
「あ、お母さん! お兄ちゃん!」
大洗と横須賀提督が、愛を探しに来たようだ。
「お母さんお母さん! お姉さんが海に落ちちゃったの!」
「ええっ!?」
「何だって!?」
横須賀提督が崖の下を覗き込むが、波が立っていて見つけづらい。
「すぐに捜索隊を編成しよう。愛、お姉さんはどんな格好をしていた?」
「えっとね、お兄ちゃんみたいな格好してた!」
「…………え?」
軍部の人間が横須賀鎮守府に来るとは聞いていない。ふと、岬に立つ石碑が目に入った、
「っ! こ、これは……!」
「提督? どうしたんですか?」
「……愛。お姉さんは、落ちてないかもしれない」
「そうなの?」
「……送り盆の日に、また来よう」
愛は不思議そうに首をかしげた。
送り盆当日。横須賀提督と大洗、愛の3人は再び岬へとやって来ていた。遠くに見える人影に、愛は笑みを浮かべた。
「お姉さん!」
『おやおや、今日は3人も来たのか』
「初めまして~。愛ちゃんの母の大洗と申します~」
『これはこれは、ご丁寧に』
大洗とお互いにお辞儀をした女性は、横須賀提督へと体を向けた。
『……そうか。貴殿が、鎮守府を率いる者か』
「貴女のような御方がここに眠るとは知らず、申し訳ない限りです……」
『そんな顔をするな。私は見守るのみ。こうして現世に来れたのも、この時期だけだからな』
「……来年は、艦娘一同でこちらへ参ります』
『うむ、楽しみにしているぞ』
すると、女性が淡い光に包まれ始めた。ゆっくりと姿が透けていく。
「お姉さん?」
『愛よ。私は消えてしまうが、ここでいつも海を見守っている。これは別れではない。来年もきっと、また会える』
「……約束、だよ」
『あぁ、戦艦の名に誓って、約束だ』
女性と愛は指切りげんまんをするが、その指もどんどん透けていく。
『提督よ、未来の艦娘よ。日本の海を…………頼んだぞ』
横須賀提督は女性に対して敬礼し、大洗は深くお辞儀をする。そして、女性は消えていった。
「またね、お姉さん……」
愛が、目の前の石碑に向かって呟く。その石碑にはこう刻まれていた。
『偉大ナル艦娘“三笠”ノ魂、此処ニ眠ル』
読んでいただき、ありがとうございました。お盆なら、ご先祖様と言っても良い三笠さんを出してみても良いですよね。