それでは、どうぞ。
追記)知ってる方も居るかと思いますが、この小説を投稿する前日に東北で強い地震が発生しました。発生当時は実家にいて、就寝しようと思った矢先でした。消灯した自室で、スマホの地震アラームを聞きながら強い揺れに晒された瞬間、東日本大震災を思い出しました。正直めちゃくちゃ怖くて、泣きそうになりました。今でもあの出来事はトラウマです。
前回、アンツィオとサンダースの2人によって保護された、戦艦水鬼ことスイ。哀しみの深海棲艦である彼女は、今日も己のことを思い出そうとするのだが……。
「どうかしら?」
「……駄目ね。思い出せないわ。美味しいんだけどね……」
甘味処で、どの艦娘も大好物な「間宮の羊羹」をサンダースと一緒に食べたのだが、それでも記憶が戻らずにいた。その様子を見ていた間宮が、声をかける。
「それなら、誰か大切な人とかは思い出せますか?」
「大切な、人?」
「もうそろそろバレンタインデーです。ボンヤリとでも良いので、思い浮かんだ人の事を考えながらチョコを作るのはどうでしょう?」
「ナイスアイデア! それなら行きましょう、スイちゃん!」
間宮の案に賛成したサンダースが、スイの手を取って立ち上がる。
「え!? ちょ、まだバレンタインまで時間あるじゃない!」
「意外と
「……あー、分かるかも。あの提督、可愛いものね」
こうして、2人は明石の店にてチョコを購入していった。
アンツィオは努力家である。それこそ、学園艦娘として戦車隊の特訓をしたりする。だが他にも彼女は、常に料理の研究を欠かさない。故に彼女の部屋には小さなキッチンがある。
そんな彼女の部屋に、サンダースとスイはやって来ていた。
「と言うわけなのよ。お願いアンツィオ! スイの為にキッチンを貸して!」
「うおおお! アンツィオ感動した! そんなお願い断れるわけないだろぉぉ!」
面倒見の良い彼女は大号泣。サンダースの願いに呆気なく賛成した。
「そう言えば、スイが思い浮かべる人って誰なんだ?」
「……ボンヤリと、本当にボンヤリとだけど、艦種は戦艦ね。でも、その人の名前が思い出せない……」
「なるほど、戦艦かぁ。まぁスイは戦艦水鬼だしな。元の姿は戦艦だったんだろうな」
「きっと、そうなのかもね……」
なお、彼女が引き連れていたPT小鬼群や砲台小鬼たちは、佐世保鎮守府で暴れることなく、無邪気に近くの砂浜で遊んでいる。その様子が遠征や通常任務で疲れている艦娘たちの心を癒しているのを、スイは知らない。
さて、こうしてチョコ作りが始まったのだが……。
「最初はチョコを細かく砕こう」
「包丁で細かく、細かく……あら?」
「どうやったらまな板まで切れるんだ!? 力を入れすぎだ!」
「おおっとスイ、直に鍋で溶かそうとすると焦げ付くぞ。まずは湯せんだ!」
「お湯を使うのね……あっつい!」
「ゆっくりと型に流し込むんだ」
「ゆっくり、ゆっく……ハックション!」
「あぁ、鍋がひっくり返ってシンクがチョコまみれに……」
この戦艦水鬼、結構ドジであった。
「うぅ……。やっぱり私は駄目なのよ……」
いわゆる「orz」の姿勢でスイは項垂れていた。アンツィオのキッチンはボロボロで、持ち主とサンダースも、漫画のように一粒の汗をタラリと垂らしていた。
「だけど、チョコは完成したじゃないか」
「そうよ。それにスイ、あなたは大切な人にチョコをあげたいのでしょう?」
「そうだけど……けど……」
チョコは冷やし固めているため、焦げているとかその様な失敗はない。ちゃんと完成している。
しかしスイは、未だにその“大切な人”の姿がボンヤリとしたままなのだ。
「こんなんじゃ、その人にとっても迷惑だし、やっぱり……」
だが、その肩を強く掴んだのはアンツィオだった。
「私は、苦境の中で勝利を掴み取り、学校を守った奴の事を知っている」
「アンツィオ……?」
「数の暴力が押し寄せ、それを乗り越えても今度は戦車の質という壁が立ちはだかって……。それでも、“あいつ”は諦めなかった」
サンダースも、懐かしそうにうんうんと頷いた。
「安っぽい言葉かもしれんがな。諦めるな。私たちは、艦娘として生まれ変わったこの世界でも、大切な存在を失いそうになった。だが諦めなかった。そして今こうやって過ごせている。お前も……掴み取れ」
「掴み……取る……」
スイは、ゆっくりと、アンツィオの言葉を呟いた。
バレンタイン当日。スイはチョコをピンク色の包装紙に包み、そして“大切な人”の姿を思い浮かべる。
(ボンヤリと……輪郭が……見えてくる……)
そのままゆっくりと歩き始める。ちょうどその時、曲がり角からとある艦娘が現れた。
「あら? 貴女は確か……スイちゃん、だったかしら?」
「は、はい。貴女は……」
「私は、戦艦『扶桑』よ。よろしくね」
扶桑が微笑んだその瞬間、スイの頭の中に光が射し込んできた。
(あ、あぁ……あぁぁぁ…………!)
「っ!? こ、これは……!」
扶桑の目の前で、スイが光り輝く。
彼女は思い出す、その人の事を。
彼女は思い出す、自分の名を。
「お姉さま!!」
その格好は、扶桑ととてもよく似ている。扶桑は目を白黒させて、その名前を呼ぶ。
「山城……?」
「はい! 扶桑型戦艦二番艦であり、あなたの妹、『山城』です! 扶桑お姉さま!」
「山城っ!」
「お姉さまぁっ!」
目に涙を浮かべ、抱き合う2人。その様子を影から見守る者たちがいた。
「うぅぅ~! 良がっだなぁ~! 涙がどまらないぞぉ~!」
「これが本当のHappy valentineね!」
「本当に、本当に良かったです……!」
アンツィオは号泣、サンダースは笑顔、佐世保提督は目にうっすらと涙を浮かべるのであった。
なお、山城が手渡したチョコはとても甘く、それでいて暖かいものだったという。
なお、スイちゃんの引き連れてたPT小鬼群や砲台小鬼たちは、妖精さんになったとか。
読んでいただき、ありがとうございました。