自宅の地下に知らぬ間に迷宮が出来ていたりとか、ある意味ファンタジーのお約束ではないか、と思う。
そうであるならば、引っ越したての鎮守府の地下に、妖精さんたちの工房が出来ていても、それ程おかしなことではない。
多分。
玄関を入った正面に『女神の湯』の暖簾と引き戸があり、左手には二階へと続く階段があった。二階にあるのが提督の執務室、兼食堂、兼台所、兼寝室、プラストイレなのだそうな。
二階はやたら多機能だな、オイ。
では、玄関入って右側は、というと。
緑に塗られた、ちょっと小ぶりな木の扉がある。
気になるのは、家を外から見ても、その扉の先に部屋を作るスペースがないのだ。・・・下駄箱だろうか?
収納スペースが多いのは、住みやすさの一つの基準だろう。
『二階の窓からは、赤く染まったおどろおどろしい海が一望出来る、眺望に優れた立地。一階には小粋な緑の扉のウオークインクローゼットもついて、充実の収納スペースです!』みたいな。
なかなか、良い物件じゃないか。
深海棲艦との戦いの、最前線に建てられている、訳じゃなければな。
『あ~、そこは物入ではなく、「扉」ですね~』
振り返ると誰もいない、怪奇現象かっ?じゃなくて。足元に視線を落とすと、妖精さんが一人、俺を見上げていた。
見下すのは失礼、とかではなく、会話するにはちょっと高低差がありすぎる。子犬をじゃらす様なつもりで、俺も妖精さんの高さ近くまで腰を下ろす。
「あー、このパターンは、あれか。『妖精さんは、工房も作ってみました!』みたいな奴だな?」
高度な柔軟性(ヘタレとも言う)を備えた俺は、この程度の事では驚かない。
たとえば、なかなかデカいな磯風と思っていたのが、女神様改め浦風の方が更にデカかったという、衝撃の事実を知ってしまったとしても。この俺ならば事実は事実として正しく、『二人とも、デカいじゃないか!』と受け入れる事が出来る。
真実は常に一つ、とは限らないのだ。
『良く、お分かりですね提督。伊達にヘタレと呼ばれては、いませんね~』
そうだろう?
って、オイっ、それ褒めてないからね?
っていうか、妖精さん今、俺の頭の中、読んだでしょ!?
そもそも、妖精さんの返事が直接頭に聞こえている時点で、俺の方は口に出した事以外も筒抜けですね。
俺のプライバシーは、何処に行ったんでしょうね?
「妖精さんてば自分の工房も作っちゃいました、てへっ、てパターンだとするとだ。その工房で、俺たちに魚雷とか、造る事は出来ないかな?」
『そうですね~。設計図でもあれば出来ますけど~。言っときますが、私たち妖精の技能は、提督さんが使う魔法の様に非論理的な物ではなく、ちゃんとした科学的根拠に立脚した物なのですから~』
「そうかー、って、俺より妖精さんの方が科学的なの!?」
これはあれだ、コイツは俺より、絶対もてないだろう、って高を括ってたダチに、俺より先に彼女が出来た時くらい、ショックかもしれぬ。
嫌な事を、思い出しちまった。
『魚雷は無理ですけど~、剣とかなら出来ますよ~』
自分たちでも作れない物があると認めるのは、ちょっとしゃくだったのか、小さな妖精さんが、小さな胸を張る。可愛い。
うん。それは、ありがたいのだが。
いっそ、剣は剣でも、すっ、んごいのは、出来ないのだろうか?
たとえば、約束された勝利の剣、みたいな。
『それは、魔法の領域です~』
そうだよねー。
そうだと思いました。
「あー、取り合えず分かった。その扉、俺でも入れるの?もし入れるなら、どんな物が作れそうとか、妖精さんの工房とやらを見学させてくれないかな?」
『大丈夫ですよ~、どうぞ、こちらへ~』
とりあえず俺は、案内の妖精さんに連れられて、鎮守府地下の知られざる迷宮に挑む事にしたのだった。