「ついに、来たか」
少し霞んだ単眼鏡の視野が、徐々に迫る敵の姿を捉える。
まだ、何も始まってもいないのに、手の平に汗が滲む。
敵の深海棲艦は、女神改め浦風の推測通り、姫クラス単艦の様だ。
ゆっくりと、赤く染まり波打つ海面を、その波頭を掻き分けるように進んでくる。
磯風と同じく腰より長い、黒くしなやかな髪。外見的には似たような容姿なのに、禍々しさの桁が違う。単艦で乗り込んで来るその自信は、おそらく実力に裏打ちされたものなのだろう。
身長は俺のそばにいる艦娘たちより、少し高いぐらいだろうか。だが、その風格というか持てる威圧感が、何倍も違っている気がする。
これだけの距離を離れていても、ひしひしと伝わってくる何かがある。
因みにどうでもいい事だが、胸部装甲には何倍とまでの違いは、ない。
負けてないからね、キミたち。
「司令、もう・・・」
磯風の声には、少し焦りがある様だ。
射程内なのは、俺も十分に理解している。
だが、12.7cmではおそらくゼロ距離でも、あの戦艦クラスの装甲を貫けない。12.7cm速射の直撃を、何発か食らわせたとしても、厳しいだろう。
「いや、敵が砂浜に上がるまで、待つんだ。砂地に踏み込んだら、磯風は12.7cmで全力射撃を開始。奴を砂浜に釘付けろ!」
「了解した」
磯風と俺の二人は崖っぷちに立膝をして、約50m程度の断崖の上から、敵の深海棲姫を監視している。既に磯風の艤装は展開され、手にした12.7cm連装砲の筒先が、敵の姿を追従する。
先ほど、妖精さんが仕掛けたピケットライン(ちゃんと人力(精霊さん仕掛け)ではなく、機械仕掛けでした)から、アラートが上がった。
おかげでこちらは、作戦通りに先制を仕掛けられる。
「奴が釘付けになったら、浦風は爆雷の投射を開始。予定通り、磯風は弾薬が尽きたら、一旦装備を消して、速やかに再装備して再装填。その間は浦風が爆雷投射を中断して、12.7cmで射撃。弾幕の檻を崩すな!」
「了解じゃぁ!」
当たっても装甲を貫けない12.7cmの砲撃が、はたして檻足り得るか?
本命は、浦風の爆雷の方だ。
爆雷では破片を散乱させる効果は薄いが、たとえ戦艦クラスでも約150kgの炸薬の爆発で無傷とはいくまい。
浦風は俺の少し後ろに控え、その艤装を展開して仁王立ちしている。
当初は女神から一転、艦娘の身となった事に戸惑いを覚えていた様だが、早々に吹っ切れたみたいだ。精神に占める浦風の比率が、更に高くなってしまったのかもしれない。
逆に、磯風の方は何か気になる事があるのか、先ほどから、ちらちらと俺の顔を伺っている気がする。
見られたって減らないけど、気になるから止めてね?
何なら、後で二人の入渠シーンとか『あ、あれ、ごめん、入浴中とは気が付かなかったよー』ってハプニングがあるかもしれないが、それは俺得必須。見るのは、俺の方です。
磯風は、見られる方です。
ついに奴が、砂浜に踏み込んだ。
「今だ!射撃開始!」
磯風の連装砲が次々と砂を抉り、深海棲姫の腕や肩で弾ける。
クそっ!
深海棲姫の奴、12.7cmでは気にしても、いやがらない!
奴がゆっくりと射線を目で追い、視線が絡まった。
ぞくり、と背筋が凍る感覚。
だが、本番はここからだぜ!?
「爆雷投射、開始!」
「よっしゃぁ!」
12.7cmの弾幕の檻を包む、九一式一型爆雷の、爆炎の檻。
緩やかな弧を描き、次々と爆炎が深海棲姫を包み込む。
12.7cmの砲弾は、檻であると同時に爆雷の信管の代わりでもある。
この二重の檻なら、貴様を圧殺出来るはず!
爆雷の弾着点が、徐々に収束しだす。
突如、檻の中心で巨大な爆発が起こった!
やったか!?
その瞬間、爆炎と砂を巻き上げて、深海棲姫が空中を舞った。
誘爆では、ない。
深海棲姫が艤装を展開し、俺を正面から見据える。
なっ!?
両肩の主砲を真下に向け、マズルフラッシュで宙を舞いやがった!?