檻は、あっけなく破られた。
奴は、空も飛べるのか!?
わたしが12.7cmをどんなに連射しようと、せいぜい駐退機が軋み声を上げるだけだと言うのに・・・。何という、火力!
「磯風!左足!!」
はっ!?
司令の声で我に返ったわたしは、反射的に奴の左足に射線を集中する。足首の推進器らしき物についた、僅かな裂け目。
あれだけの爆雷を真近で喰らって、これだけかとは思うが、ならばその傷、狙わせて貰う。卑怯などとは、思わん!
上昇の頂点に達し、スピードの落ちた奴の足首を12.7cmが砕く。
奴は狙われた足首を庇うでもなく、ただ、わたしを強烈な真紅の眼光で睨んでいる。
浦風も咄嗟に12.7cmの砲撃に切り替え、4門の射線が奴の傷口を広げ、ついに左足首が弾け飛んだ。赤黒い血と肉片が、空中を舞う。
「浦風、落下点に爆雷!」
「了解じゃぁ!」
砂地で落下の衝撃は和らげても、片足を失った奴が再び立つことは出来ない。片膝をついた奴を、再び爆雷の檻が閉じ込める。
ついに機動力は奪ったが、沈めるには至ってはいない。
如何すれば?
わたしがそう考えた時、奴のいる辺りから強烈な光が放たれ、足元から爆発した様に大地が揺れた!
砕け散った岩が飛び、粉塵が視野を覆う。
「下がれ!戦艦クラスの主砲だ!浦風は曲射で投射を継続。磯風は数発毎に砲撃位置を変えるんだ!」
司令の指示で浦風が断崖から遠ざかり、司令は少し右側に回り込んで腹ばいで観測と指示を続けている。
わたしは司令と反対、左に走って立膝をつき、再び砲撃を再開する。
司令と遠くなってしまった。
い、いや、『提督の絆』とやらで、指示は距離に関係なく聞こえる。
再び大地が抉れ、爆風が辺りを覆う。
あの主砲の直撃を受ければ、わたしも浦風も一発で轟沈する。
勿論、生身の司令の体は裂け、即死は免れない。
今や奴は、固定砲台だ。
それは、前世でわたし自身がやろうとした事であり、出来なかった事。
だが、奴から奪えた機動力は多分、半分だけ。
かつて、わたしは着底出来たら、その場で全ての弾薬を打ち尽くし、二度とその場から動くつもりはなかったが、奴が同じ覚悟であるはずはない。
檻が破れれば、海上ならば速度は落ちていても、帰還する事が出来るだろう。
まだ、決定打には、なっていない!
『ぐぁっ!』
「し、司令!?」
奴の砲撃が、司令を捉えた!?
い、生きてる!!
大丈夫、『提督の絆』は切れてない!
わたしは、咄嗟に司令の元に駆け込んだ。
観測位置の近くに着弾したのだろう、司令が伏せていた絶壁の、数メートル横が大きく抉れている。
血まみれで意識を失っている司令を抱き上げるが、わたしは如何すれば!?
『磯風!?』
「浦風!? 司令は生きてる! でも、出血が酷い。意識を失ってる!」
『司令のポケットに、回復薬が入っとると、言ぅとったんじゃ!』
「あ、あった!」
工房で妖精さんたちから、分けて貰ったらしい。
凄い薬だ。
流れた血は戻らないが、傷口は塞がり、呼吸が安定する。目は見えていない様だが、一瞬で命に別状のないレベルまで、持ち直している。
わたしは手袋を取って、ハンカチで司令の顔を拭う。
座り込んで司令の頭を膝の上に抱き上げると、血で濡れた前髪を流した。
少しづつ、司令の意識が、戻ってきた様だ。
「磯風か・・・?」
「すまない司令、今度こそ、護り抜くと誓ったのに・・・」
「くそぉ、火力が足りない。磯風に魚雷を渡せられればと、思ったんだが・・・」
『磯風・・・』
浦風が、意識に割り込んでくる。くっ、浦風の言いたい事は、分かっている。
分かって、いるが・・・。
う、動け!
「司令、この磯風に、魚雷を創ってくれないか?」
「何を言って・・・?」
「負傷しているのに、すまん。やはり戦いの前に頼むのだった、不覚だ・・・。だがな、ちょっと、その、恥ずかしくてな。だが、もう、迷わない」
わたしが抱きかかえる膝の上で、司令は身動きが取れない。
頭上を弧を描き落下する、浦風の爆雷。
周囲の絶壁を砕く、深海棲姫の砲撃。
爆風と岩の礫が、わたしの背を叩く。
だが、それが何だと言うのだ?
「司令相手でも、容赦なぞしない! 受け取ってくれ、これが浦風から受け取った『魔力』と、磯風が持つ『魚雷のイメージ』だ!」
わたしは、頬に掛かる邪魔な髪を耳の後ろに流すと、自分も目を瞑り、未だ目を開けられぬ司令に、口づける。
初めての口づけは、血の味がした。
時が止まる。
爆音が、全ての音が、遠ざかる。
自分の身体から司令の身体へと流れ込む魔力の噴流は、わたしに『誰かの為に、何かを失う事』の快楽を与えてくれる。
わたし自身が持つ過去であり記憶でもある『魚雷のイメージ』は、『誰かに自分の全てを、共有して貰う事』の歓びで、わたしを焼き尽くす。
司令が、目を見開いた。
唇を離すと、再び時が動き出す。
司令は少し、驚いているのだろう。
でも、情報さえも全て、伝えられたはずだ。
少し恥ずかしいが、自然と笑みが漏れた。
二人の視線が、絡まる。
「・・・ありがとう磯風。受け取ってくれ」
司令が腕をわたしの背中に回すと、抱き寄せられたわたしは、再び自分から司令にキスさせられた。
ちょ、ちょっと、やりすぎだぞ司令!?
こじ開けられた唇を舌で蹂躙され、快楽と共に『九三式』の力が、わたしの中に流れ込んできた。