磯風がロープで引きずる的が、海面を跳ねる。
的は木片で出来た浮きで、磯風のターンに合わせ左右に振れ、波頭にぶつかれば跳ね上がり、目視で追従するだけでも難しい。
12.7cmの演習弾が射抜く寸前、磯風がくいっと引き寄せ、躱される。
今のは磯風の奴、手でロープを手繰り寄せよった!?
「おどりゃあー、ちょこまかと!!」
「この磯風、全力で参る!」
逃げ回る磯風の口角が、微妙に上がっている。『逃げるなど、性に合わん』とか言ってた割には、随分と楽しそうだ。
うちら二人が海に出られる様になったのは、つい先日の事だ。
艦娘の身とは言いつつ、海上を駆けられる様になるには、それなりの練習が必要だった。最初は二人でお互いに掴まり立ちして、当然どちらかが転べば二人して海面に倒れ込んだ。
女神だった頃は(見た目)同年代の女の子(しかも姉妹!)と、キャッキャウフフ出来るのは憧れだったのだが、浦風となってからは嗜好も浸食されてしまい、普通につまらん。
『こぉらぁ、うちを巻き込んで、転ぶなぁー』って感じじゃ。
如何にか一人で海面を、歩くよりもゆっくりではあるが、進める様になるのに更に一日、それぞれが、それなりのスピードを出せる様になるのに、更に丸一日。射撃訓練という名の追っかけっこが、如何にか様になるのに一日。
一度、海面を走れる様になると、スピードこそは駆逐艦の本懐なのか、二人とも夢中で海上を駆けずり回った。
訓練で使っている演習弾については、具現化した実弾を提督が妖精さんに渡して、それを元に造って貰った。
見返りに、酒と魚を要求されたそうじゃ。
一度加工して貰うと、うちらはそれを『概念』として『装備』出来るし、再装填も出来る。
(こちらは本物の)魚雷と爆雷も一緒で、磯風が具現化した魚雷をうちが。うちが具現化した爆雷と投射機を磯風が装備する事で、以降はそれぞれが選択可能な武装を増やす事が出来た。
駆逐艦であるうちらは、スロットと呼ばれる装備枠が少ない。
12.7cmは必須として、後一つしかない貴重なスロットを、魚雷にするか爆雷投射機にするかは悩ましいところじゃな。
提督としては妖精さんと、更に強力な武器を作りたいらしい(何でもそれが、男のロマンなのだそうだ)が、うちらも駆逐艦の身、大口径主砲が装備出来る訳でもなく、簡単には行かないらしい。
妖精さんには魚雷の演習弾も作って貰ったのだが、ある程度弾着を見ながら誤差を修正出来る12.7cmに比べると、偏差射撃が前提となる魚雷は更に難しい。
提督曰く『三次元で考える必要がある砲撃よりは、楽』との事だが、音速を超える12.7cm砲弾に比べると、遥かに着弾にタイムラグが大きな魚雷では、うちとしては魚雷の方が難しいと思っとる。
まして、12.7cmは移動する標的の移動方向から、正反対に射撃位置を詰めれば何とかなるが、魚雷は扇形に打つぐらいしかない。
提督は『そこは敵に肉薄して、弾着のタイムラグを極小化するしかないよ』などとは言うとるが、言うは易し行うは難し。
一度うちが、提督を背負って『海上を疾走する体験』を強要したところ、目を回した提督からは『後は任せた・・・』と以後文句は言われなくなった。
見ていた磯風が『わたしも司令を背負って、忠義の程を見せる!』と既に目を回している提督を、更に連れまわしておったが。
ようやく解放された時には、提督は既に白目を剥いて気を失っておったが。
『これだ! ・・・意識がない司令は、可愛いな。これなら、わたしが好きに、アレもコレも・・・』と呟いていたのは、聞かなかった事にしたい。
日がな一日、海上での訓練に明け暮れる。
朝餉と昼は、鎮守府で待つ提督が作ってくれている。
夕食はわしと磯風の分担なので、午後の訓練は早々に切り上げている。
どちらか一人でも良いのだが、磯風一人に任せると、結果的に提督が毒殺されかねない事が分かったので、夕食はわしら二人がかりとする提督命令が発令された。
これには磯風はかなり不満らしかったが、既に二度の毒殺未遂事件を起こしていたので、渋々従っている。
不思議と、磯風の料理の腕には進展がない。
うちら二人とも戦いの技能は向上が見られると自負しておるが、何故か磯風の料理については、壊滅的だ。
何の進歩もない。
ひょっとすると、これは磯風のアイデンティティであり、磯風が料理を学ぶというのは、全くの無駄な努力なのではないかと思っているのだが、未だ口には出せずにおる。
・・・誰しも口には出せない、出してはいかん、いぅのが、あるもんなのだろう、そう思うとる。