「すまなかった、磯風。俺はお前を置いて、逝ってしまった。残されたお前は、さぞかし大変な思いをした事だろう。今更許して欲しいと言えないが、もう一度、俺にチャンスをくれないだろうか?」
わたしの前で頭を下げている男は、如何やらわたしの新しい司令官、つまり提督ということらしい。なのに何故か、わたしに頭を下げている。それに如何やら、わたしの事を知っているらしい。だが、坊ノ岬沖でわたしと運命を共にした者たちの中には、この様な顔立ちの者はいなかったはずだ。
少し痩せ型で、整った顔立ちではある。
い、いや、それは今は関係ない。
しかし、わたしに頭を下げるとは、矢矧横付けを指示した二水戦司令部の者か。あるいはもっと上の、ひょっとすると、天一号作戦立案の関係者か?
・・・だが、わたしとて救い切れなかった者も、多くいただろう。
わたしと共に沈んだ者、雪風に助けられた者。たとえその時は生き長らえても、あの時代、天命を全う出来た者の方が少なかろう。
今更わたしが一方的に頭を下げられる、云われはない。
「・・・なるほどな。だが、司令。その様に素直に謝ろうという態度には感服するが、この磯風に心配は無用だ」
少し驚いた様に、司令が頭を上げた。
「う、うむ。そうか。そう、言って貰えると助かる」
多少は動揺しているにしても、わたしの視線を正面から受け止めてくれるのは、少し嬉しい。
なかなか良い顔立ち・・・、ではなく。良い覚悟だ。
勿論、情けなくもこの磯風から逃げ出そうものなら、たとえ司令が相手でも容赦なぞしないが。
だが、しまった・・・。タイミングを逸した。こんなところで今更正直に、誰だか分からないなどとは言えぬ。
そ、そうだ、今は情報収集が大切だな。
「・・・ところで司令。その軍服はなんだ?第一種でも第二種でもないが?」
本来なら、直ぐにでも次の作戦計画を聞くべきなのだが。
その服、少し気になるではないか。少しだけ、だが。
・・・ち、違う。何処の部隊か分かれば、この指令の素性も思い出せるだろう。
ああ、陸戦隊の第三種に似ているかもしれん。だとすると、わたしは今後、揚陸作戦任務ということか。あの時も、もし沖縄に到達出来て弾薬を打ち尽くす事が出来ていれば、乗り組む総員が上陸していた事だろう。
そう考えると、似たような物か。
問題はこの磯風、陸戦隊の将校には、とんと記憶がない事だな。
浜風でもいれば、教えてくれるかもしれないが。
「こ、この服か?これは、魔術士の定番の物だな」
「そうか、マジュツシか。う、うむ。すまない、マジュツシとは、何処の部隊だろうか?どうやら、この磯風、戦場から下がっていた日々が、少し長すぎた様だ」
「あー、魔術士というのはだな。こんな風に、魔術を使う者だな」
司令が左の掌を上に、わたしの目の前に差し出した。
指が長いな・・・。
そ、そうではなくて。
何と左手の指には、薬指を除いて全ての指に指輪を嵌めていた。親指までも!
幾ら何でも、面妖な!
これが、日本男児のやる事か!?
この磯風を、舐めないで貰おう。
思わず、わたしが口を開きかけた時。
司令は親指で、人差し指の真紅の指輪をなぞる様に触れた。
その瞬間、司令の掌の上で火炎が渦巻き、ゆっくりと頭上に舞い上がった。