過去の記憶は知識となり、知識は人の決断に影響を与える。
わたしには過去の戦いの記憶があり、その時の艦の運用や攻撃と防御の知識もある。
その記憶は、けして楽しい思い出だけでもなく、厳しい作戦や沈みゆく友の姿もはっきりと覚えている。だがそれでも、それらはこの磯風にとっては大切な、誇らしい思い出だ。
ただ、それらの過去の記憶に依らない知識、否、渇望と言ってもよい想いがある。
理由は、良くわからない。
分からないのだが。
「・・・と、これがこの世界の現状だ。だが、幸いにも俺には過去の記憶がある。おそらくは前世のな。俺は前世では、最強の『提督』だった。確かイベントがクリア出来たのは1回だけだったと思うが、その1回の為に、いや!、お前を手に入れるために! 俺は何十回何百回と出撃を繰り返し、『もう、丁でもいいんじゃね?』という内なる声を退け、ついにお前を、磯風を手に入れたのだ!」
磯風は気付かれぬ様、こっそりと隣の男の横顔を見た。
ここは、街の宿の一室。『工房には、布団もないからな・・・』と呟く司令に従い、先ほど街まで出て来たところだ。何故か宿の主人らしき男が、この磯風と司令を見比べて首を捻っていた。『衛兵を呼んだ方が・・・?』と呟いていたが、何か熱に浮かされた様な司令には、聞こえていなかったかもしれない。
そして今もベッドの縁に並んで腰を下ろす司令は、何やら熱弁を揮っているのだが、熱い漢は嫌いではない・・・。コホン。
では、なくて。
この男を、司令を、護りたい。
もう、ただ沈んでいくのは、誰かを護る事も出来ず水底に沈むのは嫌だ。
如何したらこの想いは、叶うのだろう?
司令と共に、そう、ずっと共に過ごせたら、どんなにか幸せだろう?
これは、あの水底に横たわっていた時には、なかった想い。
・・・そして磯風のこの手で手料理を、そう、たとえば、焼き魚。
焼き魚と言えば、やはり丁寧に焼き上げた秋刀魚を、振舞いたい!!
きっと司令も、喜んでくれるはずだ。
「・・・だから、最後に俺を看取ってくれたのは、磯風だと思うんだ。ただ、あー、つまりだな、如何しても気になる事があってだな。正面からだったのか、それとも後ろからだったのか。・・・如何だったか一番大切な、肝心のところが、良く思い出せなくてだな。やっぱり俺は正面から、お前の可愛い顔を見ながら逝ったんだよな?それでだな、出来ればだな、その続きをだな。いや、やっぱり後ろも捨てがたいんだが。正面ダナ、きっと、そうだと思うんだが・・・、磯風?磯風さーん、聞いてる?」
この磯風の想いを・・・、いや、忠誠を込め焼き上げた秋刀魚を毎日食べられるなど、何たる僥倖、日本男児としては、もはや何も思い残す事無く大往生出来る程の本懐・・・、コホン。武人の本懐では、ないだろうか。
その為には、やはり七輪は必須だろう。
残念だが、この場に七輪も練炭もなく、たとえそれらがあっても、借り物の宿の一室では、この磯風が十分に忠誠を込めて秋刀魚を焼き上げる事もまた、難しいのではないか?
やはりちゃんとした鎮守府を築き、まずは七輪を始めとする重要な装備を揃える事が必要ではないか?
突然、司令の手がわたしの肩を揺さぶった。
な、なんだ!?
司令はこの磯風の手料理を、忠誠示す機会を、邪魔しようというのか!?
「司令・・・笑っている内に、やめような?」
顔面蒼白となった司令が、手を下げる。
し、しまった!
浦風からも、いつも怒られていたのだった!
料理をしたいなら、必ず鳳翔さんに相談してからにしろと!い、いや、それは何時の記憶だ?そ、それは良いとして。
折角のこの磯風の忠誠を邪魔するものだから、肝心の司令を睨みつけてしまった!
この磯風、・・・司令に、何と非礼な態度を!
「司令・・・すまない。忘れてくれ」
思わず、わたしは司令に目も合わせる事も出来ず、俯いてしまった。
息苦しい沈黙が、二人の間に立ち込めている。
あれだけ熱を帯びていた司令も、何故か俯いている。
そ、そうか。
・・・この磯風、間違っていた!
司令が先ほど見せてくれた炎、あれで秋刀魚を焼けと、そういう事か!?
それにも気付かず七輪などと、司令にどれだけ失礼な事を!
うむ、望むところだ。この磯風の戦歴、伊達ではないぞ。