狼少女、はじめました   作:唐野葉子

1 / 3
 注意! 本作品には独自解釈、捏造設定が多く含まれます。
 用法、用量を良識の範囲内で守って正しくご利用ください。
 アレルギーなどが出た場合、ただちに服用をやめブラウザのバックを押すことをおすすめいたします。

9/2 誤字修正しました。



前篇

 ――ずっと、いっしょにいて

 

 その声にこたえて、ぼくはここに来た。

 憶えているかな? それがぼくの存在理由。

 きみが望んでくれたから、ぼくはここにいられる。

 ぼくがそれを受け入れたから、ぼくは生まれてきた。

 

 『I was born』じゃないんだよ。

 それはきっと、他の誰かと比べられるものじゃないけれど……。

 誰かに望まれないと絶対に生まれてこない。生まれることが出来ない。それは見方によっては道具と同じだけれど。

 ぼくは自分の意志でここに来たんだ。それは素敵なことだと思うんだ。使い魔として生を受けたこと、後悔したことないよ。

 

 ……まあ、びっくりはしたけどね

 

 

 身体がだるい。全身が重い。

 まるで熱した鉛の粉末を肩から流し込んだみたい。たちの悪い風邪でも引いたのだろうか。

 ぴくぴく動くぼくの耳が、勝手に周囲の音を拾う。甲高い、子供の声が神経を逆なでする。五月蠅い。静かにしてほしい。少し眠らせて。

 魔法の呪文のように続いていた、意味不明の言葉の羅列がふと途切れる。それと同時に頭蓋骨の奥まで真っ白な光が浸透し、全身を覆っていた倦怠感が嘘のように消えた。

 

 なんだ、何が起きた?

 

 目を開けると、小さな金髪の女の子が心配そうにぼくを覗き込んでいた。

 どうしたの? 何があったの? 何故だか放っておけない気になる。

 先ほどの声の主はきっとこの、目の前の少女だろう。七歳くらいだろうか。現状ですでに美少女の兆候がある、可愛い子だ。

 霞がかった頭で違和感を覚えるも、正体がつかめない。あいさつ代わりに顔を寄せ、ぺろりとその頬をなめると、どこか泣きそうな、でも花が咲いたような明るい笑顔を浮かべぼくを抱きしめてくれた。

 きゅう。

 情けない声がぼくの喉から漏れる。

 いくら第二次性徴を迎える前のぺったんこな胸だろうが、強く押しつけられたら呼吸困難に陥る。じたばたもがいて、ぷはっと肩の上に顔を出すことに成功すると、少女の肩越しに腕組みをしてあきれたような表情でぼくらを観察している女性を見つけた。

 いや、あのやさしい眼差しは見守っていると言った方が正確か。なんだか、保護者独特の温かいオーラをあの人から感じる。髪の色はこの子と違って茶色がかった黒髪だけど、お母さん的ポジションにいる人なのかも。

 

 ふう、なんだかほっとするな。一度呼吸を確保してしまえば、不思議とこの子の腕の中から逃れようとは思わなくなった。

 薄らぼんやりとだけど記憶にある。ぼくは前にもこうされたことがある。冷たくて、寂しくて、消えてなくなってしまいそうだったときに、こうやって抱きしめられたんだ。

 この子の服もぼくの体もびしょぬれだけれど、あたたかい。

 ぼくはこの子に救われた。唐突に確信する。

 さらに追加して彼女の頬をなめ、尻尾を振って感謝の意を示すと、彼女はくすぐったそうに眼を細めてぼくの頭をなでてくれた。

 ……ん? 違和感が。

 

 ――『尻尾を振って』?

 

「ほら、フェイト。契約は無事成功したようです。その子も元気になったようですし、お風呂に入りましょう。濡れたままでは風邪をひきますよ」

 

 黒髪おねーさんが何か言っているが、違和感の正体に気づいたぼくに気にしている余裕はなかった。

 縮尺がおかしい。目の前の女の子が大きい。違う、ぼくが小さい。

 ……いや、それも違う。間違ってはいないけれど正確じゃない。現実を認めよう。

 ふさふさの尻尾。パタパタのお耳。ぷにぷにの肉球。

 この体、犬だ。わんこボディだ。

 

 ――狼だと後で知るのだが、あちこちで大型犬扱いされるしもう犬でいいよね。

 

「うん、わかった。リニス、この子も一緒にいい?」

 

 どうしてこうなった。

 ようやくまともに動き出した頭で考える。

 けしてこのままだと美幼女と美女二人と混浴する羽目になる現状から逃避しているわけではない。ここに至るまでの過程を把握することが何より先決だ。

 

 ……ごめん嘘です。誰かたすけてー。

 

 

 はじまりは、そう、帰宅途中に道路に飛び出そうとした子供を助けようとして、勢い余って車の前に飛び出してしまったことかな。

 

ドンッ ぐるん ぐしゃり どろー

(※見苦しい映像のため音声のみでお送りしております)

 

 で、気がついたら目の前に神様を名乗る謎の存在がいて、『本来なら人を助けて死んだ奴は業を浄化されて無条件に天国逝きなんだけど、あの子あんたが助けなくても車に撥ねられなかったから助けたことにはカウントされないよん。よって天国逝きもないよテラワロスwww』て説明されてがっくりきたんだよね。

 

 なにそれ。無駄死に?

 ていうか、あれトラックどころか黄色いナンバープレートだったよね。小学生の手を引いた反動でたたらを踏んで道路に飛び出してしまったことといい、ぼくってどれだけ貧弱……。

 落ち込んでいたら『つーかあれ自殺って処理されたから。地獄逝きですザマァwww』トドメもきっちり刺されて。

 そのあと言われたんだ。このままだと地獄直行で魂は廃棄処理されるけど、情状酌量の余地があるからチャンスをあげてもいいって。

 

 転生の道を示された。

 

 生まれ変わってもう一度人生をやり直す。そこで善行を積み上げ天国に行けるようにする。さらにサービスで『転生特典』なる特殊能力を三つあげてもいいだなんて。

 『そのまま逝ってもまた地獄逝きになること目に見えてますから。当然の処置ですプゲラwww』なんてのたまっていたけどね……。どこまで信用していいものやら。

 まあともかく、当時の心がべきぼき複雑骨折だったぼくはその話を受け入れた。

 天国や煉獄を経由した正規ルートじゃないから、完全とは言わないものの前世の記憶が残るということも呑んだ。

 正直、もう一度人生をやり直すだなんて気が重い。つらいことばっかな人生だったわけじゃないけれど、もう一度やるかといわれて喜んで頷けるほど楽しいものでもなかったから。

 でも、地獄逝き、消滅だなんていう恐怖を受け入れることが出来るというものでもなかった。いざ消えるとなると、その実感はとても恐ろしい。

 

 こうしてぼくは弱った心のまま転生特典をチョイスし、新たな人生をスタートしたのだった。

 ……そう、人生のつもりだったんだ。まさかのわんこ。

 自分の中に意識を集中する。すると神様からもらった転生特典の情報が浮かび上がってきた。

 

 ▽

 能力名:【比翼連理】

 タイプ:パッシブ/タレント

 分類:運命操作

 効果:生涯にわたるパートナーを獲得する。

 △

 

 まるでゲームのステータスだ。これと一生つきあっていくのか。気が重い。

 この【比翼連理】はぼくの心が弱っていた証明だ。自分のすべてを懸けた――それが意図的でなかったとしても――おこないが全否定されて、自分に自信が持てなくなり、頼りになる誰かに側にいてほしかった。

 たぶんこれが、ぼくがここにいる理由。

 今なら思い出せる。『生涯をともに過ごすこと』という契約に基づいて、ぼくがここに呼び出されたことを。

 この転生特典の結果得たものが、今ぼくの体を洗ってくれている金髪の女の子――フェイトなのだろう。

 

「あん、もう、あばれちゃダメだよ」

 

 はい、現実逃避の真っ最中でした。ごめんなさい。

 それにしても『比翼連理』って辞書的な意味では男女、特に夫婦の関係で使われる言葉だった気がするけど……あのアバウトな神様相手に気にしたら負けか。

 そう、ぼく女の子だったのだ。種族からして変わっていたので今まで気がつかなかったのだが。混浴じゃなかった。

 

『フェイト、そのこ女の子みたいですけど、名前は決めましたか?』

『うん、アルフって名前にしようと思うんだけど、リニスはどう思う?』

『アルフ、いい名前ですね』

 

 みたいな会話が目の前でなされてようやく気づいた。マヌケだと自分でも思うが、骨格や視界が人間の時とは違うことに慣れるので精一杯だったのだから勘弁してほしい。

 もっとも、完全に犬の体というわけではなさそうだけど。犬は色弱だと聞くが、フェイトの金髪もリニスさんの黒髪も、うまいこと湯気に隠れて見えそうで見えない肌色桜色もきちんと識別出来ているし。

 閑話休題。

 ちなみにリニスさんというのは黒髪おねーさんのこと。フェイト同様、二人の会話から名前を把握した。

 ぼくの生涯のパートナーになるであろう少女、フェイト。

 フェイトの保護者的立場にいるリニスさん。

 そしてとてもおなかが減っているけれど、同時に眠たくて仕方がない子犬がぼく、アルフ。

 ぼくは群れからはぐれて雨の中死にかけていたところを、発見したフェイトによって助けられ、ツカイマなるものにされて命を救われた。

 とりあえず把握できたのはこのくらい。気疲れが重なったのに加え、この体電池切れが早い。

 

「おや、眠ってしまったようですね。溺れてしまわないように早めに上がりましょうか」

「はーい」

 

 なにはともあれ、ひとまずおやすみなさい。

 

 

 

 はやいもので、ぼくがフェイトの使い魔になってからもうすぐ一年が経過しようとしている。

 

 『ツカイマ』って『使い魔』のことだったんだね。ぼくが転生したのは夢と魔法の世界だったんだ。……いや、夢にあふれているかは微妙かな。結構シビアなとこあるし。

 ぼくが暮らしているのはその魔法の世界の中でも魔導文明の中心、第一世界ミッドチルダ――の南部の山間アルトセイム。自然が綺麗だよ。もっとも、リニス先輩が家事全般を受け持ってくれているので不便は感じない。

 

 というかリニス先輩マジで有能です。掃除洗濯炊事は言うに及ばず。フェイトとぼくに対する学問や魔法に関する知識――魔導物理に魔法知識に魔力トレーニング等――の教育と指導、加えて護身のための戦闘法の教官役。さらには人里離れたテスタロッサ家の物資補給も一手に引き受けている。

 カレーが食べたいというぼくの呟き(わがまま)を聞いて第九十七管理外世界からカレールーを取り寄せてくれたときは下げた頭が上がらなくなるかと思ったよ。

 管理外世界とはいえ優れた文化はミッドチルダに流れ込んでくることが多く、カレーもその一つだから手に入れるのは比較的簡単だったとリニス先輩は笑って言ってくれたけど、それでも、ねえ?

 最近ではフェイトにあわせた専用のデバイスも作成しているらしくて……。先輩の生活に労働基準法が適用されたら確実にアウトだろう。

 ぼくなんかボスの餌係――もといプレシア様の身辺のお世話だけでもストレスで胃に穴が開く。自信がある。

 

 リニス先輩はどこでそれだけの技術を身につけたのか。不思議に思って聞いてみたことがある。

 『そのように設定、作成された』

 ぼくがまだ幼いためか遠まわしに説明されたが、要約すればそのような内容だった。

 どうやら使い魔の性能はその誕生時に魔導師がある程度目的に沿って設定できるものらしい。能力が高ければ高いほどそれに比例するように存在維持に必要な魔力も多くなるけど。

 有能な使い魔の作成には魔導師側の一定水準以上の実力が必要不可欠。作成後も維持には少なくない魔力が消費され続ける。高性能な使い魔が魔導師のステータスになると言われる所以だ。

 かく言うぼくも、フェイトの使い魔である恩恵で高い演算能力や『電気』の【魔力変換資質】を持ち、覚醒時にはすでにミッドチルダ語を習得していた。フェイトやリニス先輩が日本語ではない言語で会話していると気づいたのはかなり後のことだったけれど……。思考自体は日本語でしていることが多いしね。

 このミッドチルダ語は英語に酷似した言語で、時空管理局の影響下にある管理世界では交易共通語として使用され、複数の世界にまたがった統一言語としての立場を確立している至極便利なものだ。前世で英語の成績がよろしくなかったぼくとしてはこれが習得できたことが使い魔特典で一番大きかったかもしれない。

 閑話休題。

 

 そう、使い魔なんだ、よな……。

 ことあるたびに考えてしまう。フェイトは死にかけた子狼を助けるために使い魔契約をした。結果、ぼくが生まれた。ここまではいい。少なくとも、ぼくにとってのマイナスは無い。

 問題は、フェイトからみた場合。フェイトの目的は達成されたと言えるのだろうか?

 確かにぼくには狼だったころの記憶がある。完全とは言えないものの、部分的にとはいえ思い出せる。しかしぼくには前世の人間だったころの記憶もあるのだ。

 使い魔は本来、死亡あるいは死にかけの動物に目的に沿った人工の魂を憑依させることで作成する。あの駄女神(ダメガミ)、いちいち転生されるのが面倒くさくってその人工の魂にぼくの魂を融合させて放り込んだんじゃないだろうな?

 検証する方法は無い。でも考えてしまう。もしもその仮説が正しかったとすれば、ぼくは本来この場所で『アルフ』と呼ばれていたはずの誰かを押しのけてここに居座っているのではないだろうか。

 フェイトが助けようとした『アルフ』を、ぼくが誰にも知られることなく消してしまったんじゃないのか?

 だとしたら――。

 やめだ、やめ。検証しようがないことでうだうだ考えていても仕方がない。ネガティブ思考は前世から受け継いだ持病の一つでいわゆる『死んでも直らなかった』わけだから、一生付き合っていくしかないと半ば開き直っているが、自己憐憫に浸ることまでを肯定するわけではない。

 何がどうあれ、今のぼくはアルフ。

 今のぼくがアルフ。その事実は揺らがないのだから。

 

 むしろ今悩むべきはもっと建設的なこと。最近行き詰ってきた魔法の修練に関することの方が優先だろう。

 魔力が枯渇気味で気だるい手足を草原に投げだす。視線の向こうではフェイトが青空の中、空戦機動の訓練を続けていた。

 はい、今日も今日とて現実逃避の真っ最中でした。

 いやー、まさか自分が魔法使いになるだなんて前世では考えもしなかったな。正確には魔導師だけど。

 リンカーコアは独立しているためこっちの魔力の大量消費が向こうに影響する心配はないとはいえ、ぼくの存在維持にはフェイトの魔力を消費する。疲れた体に鞭打って、ぼくは人間モードのままこいぬ(チャイルド)フォームに移行した。

 

「お疲れ様、アルフ。その姿もだいぶ馴染んできましたね」

「あ、リニス先輩……」

 

 リニス先輩はちょっと苦笑した。ぼくが『先輩』の呼称をつけることにリニス先輩は少し抵抗を抱いているらしい。『なんとかなりませんか』と言われたことは一度ではないがどうにもならない。だっで自分はリニス先輩を尊敬しているでありますから。

 何度も問答を繰り返した結果、今では苦笑されるだけで特にそのことについて言われたりはしない。

 

「普通、フォームチェンジは熟練を必要とする高等技術だし、そもそも弱体化は覚えようとする使い魔が少ないのですけど、アルフは真っ先に覚えましたね」

「フェイトにかける負担は少しでも減らしたいですから」

 

 成長すれば成長するほどぼくの能力は上がり、フェイトから供給される魔力は増えた。戦闘時は仕方ないとして、普段からフェイトにそのような負担をかけるのは心苦しい。

 なんとかフェイトから奪う魔力をこちらから減らせないかと試行錯誤を重ねた結果、何度も体調不良におちいり、見るに見かねたリニス先輩が術式の改変技術を教えてくれたのだ。おかげで覚えるべきことが増えたが、今では人間モードでも狼モードでも自分の姿をフェイトとの契約当初に変形させることによって負荷を最低限に抑えることが可能になっている。

 人に負担をかけることで自分の胃が痛くなる憶病心(チキンハート)も前世からの筋金入りである。

 

「あなたたちは本当にいいコンビですね」

 

 リニス先輩の笑みが苦笑から微笑ましいものを見るようなものに変化した。何か変なことを言っただろうか。

 おとな(アダルト)フォームの人間モードではもうリニス先輩の身長を追い抜かしてしまったとはいえ、まだまだリニス先輩には敵う気がしない。リニス先輩もまだまだぼくを子供と見ているようで、この間は犬用のおもちゃをくれた。

 ……あれは反応に困ったなあ。いや、体は素直に喜んでるんだけど、尻尾とかぶんぶん振られているんだけど、中身はいちおう人間の記憶があるからねえ。無邪気にじゃれつくのはちょっと抵抗が。しかし憶病心(チキンハート)に人様からのプレゼント――しかもよりによって尊敬する人(使い魔だけど)からの――を放置するという選択肢が選べるはずもなく……。

 まあ、童心にかえるのは楽しかったよ……。ふふふ。

 あれ以来、人間モードでいる時間が長くなったが因果関係があるのかは秘密である。まあ、以前から狼モードでうろつくのは極力避けていたけれど。

 あっちの方が出力は高いし、感覚も鋭いんだけれど、総合面では人間モードの方が安定感があるし、やっぱり前世が人間だけあってこっちの姿の方がおちつくしね。使い魔特典で人間に変身できる機能がデフォルトでついていると知ったときから人間モードでいる時間の方が圧倒的に長くなった。

 ちなみに、うちのフェイトさんがスカートを好んで履くことも狼モードを避ける大きな要因の一つだったりする。あの体、視界が低くて広いんだよ……。

 閑話休題。

 

「フェイトの方はもう少し練習を続けますから、アルフは先にクールダウンして休憩しておいてください」

「……はーい」

「落ち込まないで。あなたも十分すごいんですよ。ただ、フェイトは高速機動に関しては天性の素質がありますから……」

 

 そうは言われても気が落ち込むのを抑えきれない。

 最近、ぶつかっている問題。

 飛行訓練でまるでフェイトについていけないのだ。速度が違う。

 無理についていこうとして魔力が枯渇寸前になるのもこれが初めてではない。

 リニス先輩は無理についていくのではなく、中後衛(ウィニングバック)としてサポートに徹したらどうかとアドバイスをくれるし、フェイトが苦手としている防御魔法や補助魔法に適性があるらしいのでその方向性でトレーニングを積むことに納得はしているんだけど。

 いざというときに前線に飛び込んでフェイトの盾として活躍できるだけの何かしらは欲しいと思うわけでして。

 でも速度で追い付けない現状では夢のまた夢である。たどりつく前にすべてが終わってしまう。

 ちなみに余談ではあるが、ぼくには使い魔としては極めて珍しくデバイスを使う適性もあるらしい。リニス先輩が驚いていた。デバイスを使うどころか作成できる規格外なリニス先輩に言われても実感は湧かなかったが。

 まあ、前世が人間である影響かな、これも。

 

 

 とぼとぼと帰路に就く。

 ぼくだってがんばっていないわけではないのだ。

 この一年たらずで魔法は基礎から総合まで一通り覚えた。護身法だって習得した。デバイス使用の素質ありとはいえ、結局のところ自らの手足を使った戦闘法に一番適性があったので修めたのは格闘技だったけど。

 飛行訓練だって『空戦』までは至っていないだけで、『飛行』ならそこそこ出来るのだ。使い魔の人工魂という下地があるとはいえ、なかなかの成果なのではないかと思う。

「いや、いいわけ、かな……」

 届いていないものは届いていないのだから。

 元が地上の生物だなんて関係がない。それを言うなら人間だってそうだ。

 このまま中後衛(ウィニングバック)としての在り方のみを極めて、万が一フェイトが取り返しのつかない怪我でもしたら。

 フェイトに、ここにいたかもしれない『アルフ』に、申し訳が立たない。

 まただ、こんなことを考えて。

 鬱屈した気分を吐き出すように深々とため息をついたとき、右肩に鈍い痛みとずしんとした重量が乗った。

「グギャー」

「……なんだ、お前か」

 見ると、地球ではありえない四枚の翼を持った、カラスほどの大きさの鳥がとまっていた。ちなみに色は緑と青と赤の極彩色。ミッドチルダの生態系は摩訶不思議である。

 顔見知りのひとりだ。自分の中の力に意識を向ける。

 

 ▽

 能力名:【以心伝心】

 タイプ:アクティブ

 分類:法則支配

 効果:対象の意志を翻訳・伝達する。

 △

 

 『コミュニケーション能力が欲しい』。

 あの神様にそう願ったらもらえた能力だ。つまり転生特典の一つ。

 ぼく個人としては【比翼連理】で得たパートナーと円滑にコミュニケーションをとる手段及び保証が欲しかったのだが、得られたのはどのような相手であれ会話を成立させる能力。さすがに『意志を翻訳・伝達する』という効果上、相手が一定水準以上の自我を確立していることが求められるが。

 ただ、そこに意志が込められているという裁定なのか、未習得の言語で書かれた本もこの能力を使えば読めたりする。魔法陣が解析できた時にはさすがに噴いた。

 便利すぎるだろ。いや、悪い事じゃないんだけどさ……。

 アクティブタイプの能力であるため、使用にはコストとして魔力が消費される。まあ、相手が鳥で世間話くらいならある程度回復してきた魔力で十分足りるか。

 

《やあ、姐御。なんだか落ち込んでいますなー。耳も尻尾もしおれていますぜ。またフェイト嬢ちゃんがらみですかい?》

《……まあね》

 

 何故か此処ら一帯の動物はぼくのことを『姐御』と呼ぶ。……ぼくが狼だからだろうか?

 リニス先輩が『リニスさん』で、ぼくが『姐御』なのはなんだか納得がいかないんだけれど。

 

《ひとつ、ここはあっしに相談してみやせんか? 聞くだけならタダでやんすし、三歩も歩けば相談された内容も忘れるトリアタマなため機密もばっちりっすよ》

《自分で言うなよ……》

 

 くすっと笑みが漏れる。少し気が楽になった。

 それに、相手はいわば空を飛ぶエキスパートだ。もしかしたら何かヒントになるかもしれない。そう思って相談を持ちかけてみる。

 

《――なるほどねえ。……フェイト嬢ちゃんはあっしらから見ても規格外ですぜ。それは姐御が十分すぎるほど理解しているとは思いやすが》

《そんなのわかってるよ。あの子は天才だ》

《親馬鹿っすね》

《悪いか?》

《いいえぇ。いざというときに冷静な判断が下せるならそれもよござんす》

 

 でも、のびのびと青空を飛び回るフェイトは本当に楽しそうで。きっと彼女の中には元から空を飛ぶための素質が備わっていたに違いない。見るたびにそう思う。

 天才ではないぼくが天才に追いつくために一番わかりやすい手段は『努力』なんだけど……。フェイト、努力家でもあるんだよな。同じ練習量をこなすことさえリンカーコアの性能差でこちらが先にスタミナ切れになるので無理だし。

 

《ここらでフェイト嬢ちゃんに空で勝てる相手なんてもんはリニスさんくらいでやんす。でも、それは地上の姐御にも言えるとで。それじゃいけないんですかい?》

《『みんな違って、みんないい』てか? でも、うーん、やっぱりそうなるのかなー》

 

 たぶんボス――プレシア様もフェイトやぼくに勝てるけどそれは置いておくとして。

 相手よりも短い時間の鍛錬で相手の得意分野で追い付く、追い抜く――不可能だ。だったら別のところで補うしかないんだけど。

 確かに飛ばないことを前提とした地上戦ならぼくはフェイトと互角以上に戦える。ここらの野生動物相手でも負けることはそうないだろう。

 でもそんなの当たり前で。八歳そこらの女の子にそこそこ成長した狼が勝てるのは当然だ。飛行しなければフェイトの戦闘スタイルの命綱ともいえる機動力が激減するのだから。

 逆にいえばフェイトの戦場は空が主流になるだろうってことで。

 

中後衛(ウィングバック)でサポートに徹するしかないのかなあ》

《姐御は健脚でやすが、まさか宙を踏みしめて走るわけにもいかないっすからねえ》

 

 その瞬間、ぼくに電撃走る。

 

「その手があったかあ!」

「ピギャア!?」

 

 突然の大声に驚いて肩の上から鳥が飛び立ったがそんなことはどうでもいい。

 どうして思いつかなかったんだろう。『宙を踏みしめて走れば』いいんだ!

 

《あ、姐御? 当然どうしたんで?》

《ありがとう、道が見えた気がする》

 

 おそるおそる話しかけてきた鳥に礼を言い、さっそくひらめきを試す。

 この世界の魔法はデバイスにプログラムを走らせて起動するスタイルが主流だが、ぼくら使い魔はたいていデバイスを使用しない。そもそも、今ぼくが思いついたのはデバイスを使わなくても使用できる者が多い魔法だ。

 まずは飛行魔法で宙に浮き上がる。『飛行』のプロセスは上出来。続いて空戦機動に移行。

 従来なら速度が足りず、小回りも利かず、無駄に魔力を消費するだけだった動き。しかし今は違う。

 【ラウンドシールド】。シールド系防御魔法に分類される魔法で、リニス先輩から習った基礎の一つだ。基礎だけあって多くの魔導師が使用しており、展開速度が速くデバイスなしで使用できる者が多い簡単な術式。その割に防御力が高く、コストパフォーマンスもいい。

 一方向の防御しかできないという性質を持つものの、今は防御に使うわけではないので問題ない。本来、魔法弾を防ぐことに真骨頂を発揮する魔法だが、物理攻撃も防げないわけではない。

 イメージするのは水泳のクイックターン。展開時はぼくを中心に座標を設定。しかし展開後はぼくから切り離して座標を空中に固定。

 

「っし!」

 

 狙い過たず、ぼくの足は展開したシールドをしっかり捉え体を反転、加速させた。

 狙い通り! 『防御魔法を移動目的で使う』という試みはうまくいったようだ。

 思いついてみれば簡単なこと。シールド魔法を空中に固定し、足場として利用する。【ラウンドシールド】なら使い魔の性能を駆使すれば無詠唱で連続複数展開できるし、狼の身体能力も存分に生かせる。

 展開したシールドを踏みしめるたびに歓喜で体が踊りだそうとする。飛行魔法とバリアジャケットで緩和されているとはいえ十分な量の風が耳をはためかせる。気持ちいい。今まで思い通りにならなかった空戦機動がこんな形で達成できようとは。

 跳ねあがったぼくのテンションはおよそ三分後、魔力の完全枯渇で墜落するまで下がることは無かった。

 

 

 身体に躍動感が満ち溢れる。歓喜のあまり頭がぼーっとする。

 いや、なんだが手足もしびれているような……。

 

《あ、姐御ー!》

 

 ああ、そういえば、魔力枯渇寸前だっけ。

 いつの間にか空が足元にあるぞ? ああ、ぼくが頭から地面に落ちていってるだけか。

 

 ………………。

 

「っは! 夢!?」

「夢じゃないよアルフのバカァ!!」

 

 いきなりフェイトに怒られた。なんぞ?

 なんで涙目のフェイトが枕元に立ってるんだ。とりあえず泣かない泣かない……。

 

「目が覚めたようですね?」

 

 氷点下、いや、絶対零度の声がした。

 り、りにすせんぱい? その笑顔がマジで怖いんですけど……。

 

「私はちゃんと言いましたよね。『先にクールダウンして休憩しておいてください』って。それが何故脛骨を折りかねないあのような状況につながったのか、説明をお願いできませんか? ア・ル・フ☆」

 

 ちょ、ま。最後の☆がマジでヤバい。命の危険を感じるって言うか寿命がゴリゴリ削れていってる気が――。

 

「寿命が縮まったのはこっちの方ですよ」

 

 なんで考えていることわかんの!?

 

「表情に出ています。……ふう、まったく。頭から墜落したあなたを見て、フェイトがどれだけ取り乱したかわかっていますか?」

 

 すっと頭が冷えた。

 枕元でうーと涙目で唸るフェイトを見る。ここまで感情をあらわにした彼女を見るのは、前にお風呂でおぼれかけて以来かもしれない。

 こういう言い方は好きではないが、フェイトはいわゆる『手のかからない子』だから。迷惑をかけない。わがままを言わない。リニスの言うことに従って、ボスの意向をくみ取って、この年頃の子どもにはあり得ない鍛錬を日々積み続ける。

 精神リンクでフェイトから伝わってくる怒り、悲しみ、不安、安堵……。ぼくは彼女をこんなにも傷つけてしまったのか。どうすればいいのかわからなくて、視線が宙をさまよう。

 

「こういうときはなんて言えばいいでしたっけ?」

 

 リニス先輩の助け船をもらって、ようやく言うべき言葉が喉の奥から転がり出た。

 

「ごめん、なさい」

 

 一度見つけてしまえばあとからあとから言葉と感情が溢れてくる。ごめんなさいフェイト。ごめんなさいリニス先輩。ごめんね、ごめんなさい。気がつけばぽろぽろと涙があふれていた。心のどこかで剥離した部分がいい年して情けない、だなんてほざいているけど、この体はまだ一歳にもなっていない。

 

「……アルフの、ばか」

「私たち魔力で身体を構成した使い魔にとって、魔力の枯渇は他の生物に比べずっと致命的な状況につながりやすいんです。今後は注意してください」

 

 フェイトの腫れた目元やかすれ声が罪悪感をぐさぐさ刺激する。

 ぼくは何をやっているんだろう。生まれてきたことに罪悪感を感じて、不安を消すために無茶をして、迷惑をかけて。

 こんなに声がかすれるほど泣いてもらえるくらい、ぼくは愛されているというのに。

 ずっと自分ばっかりしか見ていなかったんじゃないのか。フェイトのため、ここにいたかもしれない『アルフ』のためだなんて建前を自分で信じ込み、気がつかない裏側で自分が必要とされる理由を探していた。

 此処にいていいんだって、フェイトとリニス先輩に言って欲しかった。なんて救いようのないバカなんだろう。

 そんなのとっくの昔に言われているのに。ぼくは必要とされたからここにいるのに。理解しているつもりで、本当の意味で気づいていなかった。

 

 しばらく壊れたオルゴールのように何度もごめんなさいを繰り返すぼくの頭を、リニス先輩は何も言わずに撫でてくれた。途中からは小さな手も、怒っていますと主張するようにいささか乱暴だったが加わった。

 

「……さて、フェイトもアルフもだいぶ落ち着いたようですね。反省はそこまでにして、聞かせてもらえませんか?」

 

 思考の海に沈んでいた意識が引き戻される。視界がかすんで目元がひりひりする。こんなに泣いたのは久しぶりだった。

 頭の上から離れていった二つの手が名残惜しい。

 

「……ぐす、な、何をですか?」

「あなたが落ちた理由です。空でいったい何をやっていたのですか?」

 

 そういえばそうだった。ぼくが落ちたのは魔力枯渇が原因だが、そもそもその発端は空戦機動の成功にテンションが天井知らずに高揚して疲労を感じ取れなくなったことだろう。

 ぼくは空戦機動にいちおう成功したこと、その際にシールド魔法を足場として活用したことをリニス先輩に説明した。

 リニス先輩が感心したような表情で頷く。

 

「なるほど、純粋かつ単純なアルフ(バカ)ならではの発想というやつですね。確かに空中に足場を用意出来れば、使い魔の身体能力があればフェイトの速度についていくことも可能でしょう」

「あ、あの、なんか今の発音変じゃありませんでした?」

「フェイトを泣かすような使い魔はアルフ(バカ)でじゅうぶんです」

 

 はい。ごもっとも。二度といたしません。深く深く反省した。

 

「その手段に【ラウンドシールド】というのも面白いですね。まだまだ改善の余地はありますが、基本構想としては……。アルフ、中後衛(ウィニングバック)はやめて前衛に集中したいですか?」

「いえ、基本的に空戦ではフェイトのサポートに回りたいと思います。ただ、射撃魔法はあまり得意ではないのでいざ攻撃(アタッカー)(タンク)を担うことになった時、これという手札が欲しかったんです」

 

 フェイトの使い魔であるぼくは間違っても魔力保有量が少ないとかそんなことは無い。ただ、元が狼である弊害なのかぼくの性分なのかはわからないが、射撃魔法の精度、威力共にフェイトのそれより大きく劣るし、魔力を大量にばらまくような射撃、砲撃系の魔法はそもそもあまり好きになれなかった。

 牽制、撹乱を重視して【フォトンランサー】をはじめとした射撃魔法には着弾時炸裂効果を付随してみたりしているが、それも射撃、砲撃が充実し、それに伴い防御手段も充実しているミッド式魔導師相手では決め手にはなりえない。やはり得意の格闘戦を生かすことのできるカードが一枚欲しい。

 それに汎用性をうたうミッド式とはいえ、戦闘は充実している射撃、砲撃魔法をメインにした中~遠距離戦闘が主流になっている感は否めない。相手の懐に飛び込み格闘戦に持ち込めば、それだけで相手の手札を制限し有利な状況に持ち込めることが多いのだ。

 身体強化と近接戦を主眼に置いた『ベルガ式魔法』なるものも存在するらしいけれど、これは使い手がかなり少ないらしいし、現在ミッド式を下地にベルガ式を再構築する研究が行われているが、これもリニス先輩の見立ていわく実用までに十年はかかりそうとのことで深く気にする必要性は今のところないだろう。

 とはいっても、このままフェイトにサポートとしての実力を伸ばすことについては何の異論もない。

 どうもうちのフェイトさん、攻撃に傾倒し過ぎというか、『当たらなければどうということはない』を地でいくバトルスタイルを確立させつつあるっぽいんですよね。この子を何の援護もなく戦場に放り出すなんて怖くてできそうにない。いや、そもそも戦場に出てほしくないのが正直なところだけれど。

 

「……そうですか。それではその方向性でトレーニングメニューを調整しますね。せっかくアルフが体を張って編み出してくれたわけですし、シールド魔法を移動に使用する手法も少し洗練させてみましょう」

 

 しばらく考え込んだ後、リニス先輩はにっこり笑って頷いた。……もしかしてリニス先輩、けっこう根に持つタイプですか?

 そこまでは落ち込みながらも冷静に聞いていたぼくだったが、続く一言でいっきに焦らされることになる。ちなみにぼくらの会話をすこし膨れながら聞いていたフェイトはそれを聞いて笑顔になった。

 反省はしているからそんな顔はやめておくれよぉ。

 

「さて、お話はここまで。みんなでお風呂に入りましょうか」

「ふうぇ!?」

「なんせ訓練が終わってすぐアルフの看病でしたからね。女の子は綺麗にしていなきゃいけませんよ? そのあとはみんなでマッサージしましょう。疲労が残っては大変ですから」

「うん、わかった。いこう、アルフ」

 

 フェイトがぼくの手を引いて黒い笑みを浮かべる。こんな小さい子になんて顔をさせてしまっているんだぼくは……。って現実逃避している場合じゃなかった。

 待って、君たちは誤解をしている。たしかにぼくはお風呂に入っている時に落ち着きがないよ。早く上がりたそうにそわそわしているよ。でもそれはお風呂が苦手とかじゃなくて……。

 前世の記憶が残っているから女性と入るのがキツイんだよ! 性欲とかは感じないものの、気恥ずかしさが半端ない。さすがに前にフェイトがおぼれかけて以降はフェイトを一人で入浴させないようにしているものの、リニス先輩と入るのは精神的に大ダメージを負う予感しかしない。ただでさえ最近は人間形態の自分の体を直視することに気疲れがひどいっていうのに。しかもそのあとマッサージって。

 

「ほら、いこうよ」

 

 しっかり握られた小さな手はいろんな意味で振りほどけない。

 望んでこの上ないはずの少女の笑顔が死神の微笑に見えた瞬間だった。ちなみに鎌が振り下ろされる先は魂じゃなくて、倫理道徳とかプライドとかそこらへんね。

 

 

 あの後、リニス先輩はしばらくしてからぼくに専用ストレージデバイスをくれた。

 盾型ストレージデバイス『ペルタ』。普段は銀の首輪形態で待機していて、起動すれば左前腕部に三日月形の盾が展開される。大きさは空戦機動や格闘戦の邪魔にならないように小さめ。

 『ストレージデバイスですからそこまで手間がかかっているわけではありませんよ。それに、どうしてもバルディッシュの制作がメインになってしまいますから』なんて言っていたけれど、シールド魔法の高速同時発動、並列運用の処理速度、精度はたいしたものだ。ペルタが防御魔法に特化したデバイスだということを差し引いてもそう感じる。

 インストールされている移動用シールド魔法――通称【タンバリン】もリニス先輩が【ラウンドシールド】を元に展開時の大きさ、性質をある程度変化させることが出来るよう改変した半オリジナルである。

 本当にリニス先輩には足を向けて眠れないよ。

 覚えるべきことがさらに多くなり、トレーニングは密度を増したが後悔はしていない。やらなくて後悔するよりはやって後悔した方が百倍マシだ。こんな考え方は前世では絶対しなかったので面白い。

 フェイトと共に日々レベルアップを重ねて順風満帆。まあ、目下の悩みごとは最近なぜだかフェイトの生き霊が見えるようになったってことかな?

 

《生き霊じゃない! ア・リ・シ・ア!》

 

 はい、いつものごとく現実逃避中であった。

 今、ぼくの前では半透明全裸のフェイト五歳児バージョンがぷかぷか浮かんでいる。ふと見かけて、「フェイト?」と話しかけてしまったのが運の尽き。《わたしのことが見えるの!?》と憑かれてしまった。

 こうしてよくよく観察してみれば表情豊かなふくれっ面といい、快活な雰囲気といいフェイトとはかなり違うんだけど。おもいっきり別人だ。

 ちなみに全裸についてはようやくここ最近耐性がついてきた。一年近くかかった……。顔色も変えずにフェイトの髪を洗ったり背中を流したり身体を拭いたりできるようになったのはいいんだけれど、何か大切なものを失くしてしまった気がしないでもない。

 

《もう、そんなんだからアルフ(バカ)って言われ――》

 

 言葉が途中で断ち切ったかのようにふっつり途切れる。半透明の身体も視界から消滅した。

 ……ふむ、やはりか。アリシアと名乗ったフェイトもどきの少女を認識できるのは【以心伝心】を使用中のみらしい。別にバカって言われたから聞こえなくしたわけじゃナイヨ? 確認しただけです。別に突然霊感に目覚めたとかそういうわけではなかったらしい。

 今まで【以心伝心】を室内で使用することって滅多になかったからな。せいぜい未習得の言語で書かれた本を読むのに使ったくらいで、それもリニス先輩からの言語学習が進むにつれて使わなくなったし。

 アリシアがテスタロッサ家内のみで発生する自縛霊のようなものだとしたら、今まで目撃できなかったのも不思議じゃないってことか。ちなみに今回は窓から鳥が遊びに来て、それと会話するために【以心伝心】を使いアリシア発見の流れに至った。

 ……それにしても、便利すぎるだろう【以心伝心】。コミュニケーション対象が幽霊なら霊感獲得も『意志の翻訳・伝達』の範疇に含まれる裁定なのだろうか。なんだかんだいって神様からもらった能力だけある。

 考察を終え、【以心伝心】をふたたび発動させると、アリシアが泣きそうになっていた。フェイトと同じ顔でそんな表情をされると罪悪感が募る。確かに突然無視した形になったわけだし、謝罪はするべきだろう。

 

《おーい、アルフ(バカ)ー? 返事をしてよー。ねえ、バカー? バカバカー?》

「誰がバカだバカって言うやつが一番バカなんだよバーカ!」

 

 スキル【幼児退行】発動! 特に転生特典とかではない。

 正体はともかく見た目五歳児に馬鹿にされるのがここまで腹の立つことだとは思わなかった! 『アルフアルフー?』みたいな感覚でバカバカ言ってんじゃねえ!

 この体、思いもよらないところで沸点が低いなーとどこか冷静な部分がつぶやく。見ていないで止めてほしい。

 

《なっ、その理論ならあなたも一番バカじゃないバーカ!》

「じゃあ同列一位だよばーかばーか!」

《バーカバーカバーカ!》

 

 ――見苦しい光景のため中略。しばらくお待ちください――

 

 十五分後、そこには息絶え絶えになったぼくらの姿があった。……本当に何やってんだか。

 

「はあ、はあ……やめよう、不毛だ」

《ぜえ、ぜえ、そうね……》

 

 疲労困憊の末、休戦協定が結ばれたのであった。どうでもいいけど幽霊も疲れるのね。この場合は気疲れかも知れないけれど。

 なにはともあれお子様モードは終了。真面目な話し合いへと移行する。

 

「……アルフ?」

「っしぃ、フェイト、そっとしておいてあげなさい。あれは麻疹みたいなものですから。ふふ、アルフもそんな年頃になったのですね」

 

 と思った矢先、なんか遠くの方でフェイトとリニス先輩がこちらを見ていた。

 フェイトが摩訶不思議なものを見る目でこちらを見ていた。

 リニス先輩が微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた……。

 ……嗚呼(ああ)、あれだけ大声を出していたら何事かと見に来るのは当然だよね。

 状況説明、アリシアと言い合いしていたぼく。仮定、高確率でアリシアはぼく以外の人に見えない。結論、誰もいない空間に向かって馬鹿馬鹿叫んでいたぼくの姿がそこに。

 あの、リニス先輩? その『私はわかっていますから』みたいな表情で頷くのはどういう意味でしょうか。フェイトの肩抱いてどっか行かないで。言い訳させて。

 

《……えーと、大丈夫?》

「…………………ごめん、ちょっと待って」

 

 精神的に立て直すまでにもう少し時間がかかりそうだった。

 

 ――さらに十五分経過――

 

「おまたせ。さあ、話を聞こうか」

《おお、立ち直った》

 

 今いろいろ掻き集めて蓋をする作業が終了したばっかりだから、蓋をずらすような発言禁止ね?

 閑話休題。

 

「君は誰だ?」

《相手の名前を尋ねるときはまず自分から。礼儀のなっていない使い魔ね》

「――これは失礼いたしました。ぼくの名前はアルフと言います。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

《だから最初にアリシアって言ったじゃん。アルフってバカァ?》

「……ぼくは真面目に話がしたいのだけれど?」

《ごめんごめん。久しぶりの話相手だからつい、ね》

 

 アリシアはぺろりと舌を出した。フェイトではまず見られないであろう、いたずらっ子のような笑顔だ。

 その笑顔がすっと外見不相応な真剣なものに変わる。それは、彼女がその幼い姿のまま長い年月を過ごした歪さ、そして悲しさを感じさせる光景だった。

 

《わたしはアリシア――アリシア・テスタロッサ。フェイトのお姉さんだよ》

 

 彼女はそう名乗った。声に今までとは打って変わった決意をにじませて。

 ここまで似ていて、フェイトの肉親だということは予想していなかったわけではない。でも、フェイトに姉がいたなどという話は聞いたことがない。幼いフェイトに話すことではないと姉の死を秘密にしているのだろうか。そう考えると自然だが、なにやら嫌な予感がした。

 それは前からうっすらと感じていた違和感。フェイトから聞かされるボスの過去と、現在の食い違い。リニス先輩からこっそり教えてもらったボスが『娘』に向ける愛情と実際のフェイトへの態度。それほど多く顔を合わせたわけではないが、どこかまともではない空気を背負い、しかもそれが時を重ねるごとに顕著になってゆくボスの姿。

 アリシアという存在は今まで隠されていた違和感の正体を完成させてしまう最後のピース。本能がそう告げている。生まれて間もなく使い魔になったのだから野生の勘などとはお世辞にも言えないシロモノだが、経験的によく当たることは知っていた。

 

「フェイトにお姉さんがいたなんて話は聞いたことがないけどな?」

 

 我ながら声が固い。アリシアは悲しそうに微笑を浮かべた。

 

《そりゃそうかな。わたしが死んだのは、もうかれこれ二十年近く前になるから。……だからこう見えて、中身は二十歳を超えた立派なレディなんだよ?》

「見かけは幼女だけどね(しかも素っ裸)」

《幼女はあんたもでしょうが!》

 

 軽口に乗ってはみたものの、気分は晴れない。ちなみに今のぼくはこいぬ(チャイルド)フォーム人間モードである。

 二十年。『近く』ということで誤差で数年と考えれば、使い魔になる前の生前のリニス先輩がぎりぎり知り合いかもしれないというところか。

 人が変わるには十分な時間だ。

 

《こうして話が出来るのも何かの縁だし、お願いを一つ聞いてくれないかな?》

「唐突だね」

《わたしがこれから話す情報の対価ってことでどう? ただであげるには少しばかり重たいものだから》

「……何を頼まれるか、聞いてからでいいか?」

 

 アリシアは目を閉じた。まるで何かを覆い隠すかのように。まるでどこかから目をそらすように。誰かに祈るように。奇跡を願うように。助けを乞うように。

 最後の覚悟を固めるかのように。

 

《お母さんを、止めて》

 

 目を開いたとき、ぼくらの世界は決定的に変わった。

 聞かされたのはぼくの予想を、覚悟をあざ笑うかのような『真実』。

 『プロジェクトF.A.T.E』使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究。娘を失った母親が狂気に駆られるように立ち上げ、不完全ながらも形にした、その結果が『フェイト』。ぼくの大切なご主人さま。

 アリシアはずっと母親を傍で見守ってきた。狂気に軋む母を、透ける手で抱きとめようとし、届かない声でいさめようとしてきた。

 違和感の正体は、これだったんだ。

 ボス――プレシア(話を聞いた後ではもう『様』はつけられない)にとって愛する『娘』はアリシアのみ。『フェイト』はただの失敗作。だからあんなにも冷徹に接してきた。日々鍛錬を積ませたのは、どうせ偽物ならせいぜい手駒として役立てようとでも思った、か?

 ふざけるな。

 

「……止めることに異論はない。でも、どうすればいい?」

《わたしの意志をお母さんに伝えて。もうわたしを生き返らせようとしないでって。フェイトと一緒に幸せに暮らしてって》

「ぼくが言っても納得しまい」

《わたしとお母さんしか知らないことを話すよ。それで信用してもらえれば……》

「それでもだめだ。どこかで知ったに違いないって思いこむだけだと思う」

 

 怒りはある。でも、それ以上に恐怖を感じる。

 怖い。理解できない。プレシアの生活はリニス先輩から伝え聞くところによると研究重視の心身をすり減らすようなものだ。それがアリシアという失った娘を生きら選らせるためだとするなら二十年間続けていたことになる。

 大切な娘だったとかそんな問題じゃない。どう考えても狂気の沙汰だ。そんな相手に他人が言葉でなにを言ったところで通じないだろう。

 

《じゃあどうしろって言うのっ。わたしじゃあ何を言ってもお母さんには聞こえないのに!》

 

 激高したアリシアの言葉がパチンと脳裏に当てはまる。

 

「ああ、その手があったな」

《え?》

「アリシアに直接説得してもらおう」

《で、できるの、そんなこと?》

 

 おおよそ二十年のあいだ不可能だったことをあっさり言われ、アリシアは不信以前に困惑している様子だった。

 ここは夢に満ち溢れているとは言い難いけど魔法の世界。リニス先輩に基礎から総合まで一通りは仕込まれている。

 

「補助魔法のひとつに【念話】という魔法がある。リンカーコアさえ起動していればデバイスなしで誰にでもできる基礎中の基礎なんだけど……。『情報を送る』という括りでいえば視覚映像や聴覚映像を送るのもそこまで変わらないんだ」

 

 もっとも情報の種類や量によってそれなりにしっかりと術式は組まないといけないけれど。消費魔力や手間暇を考えれば視覚情報や聴覚情報はそれ専用のマジックアイテムを使った方がお手軽なので【念話】以外はあまり使われていないし。

 だけど基礎知識としてリニス先輩にはしっかり習っているし、使い魔の能力があればプレシアの前で一から術式を組むことも可能だろう。魔導師としても優秀なプレシアだ。種も仕掛けもないことは見て理解できるはず。

 何より、狂気にとらわれるほど愛していた娘を、母親が見紛うはずがない――と信じたい。狂気にとらわれるあまり信じられないという可能性は見て見ぬふりをした。

 あとは【以心伝心】と並列で魔法を使用となるとぼくの魔力が保つかどうかという問題だけれど……そこは気合いでなんとか最後まで保たせよう。

 それにしても、とふと思う。

 この世界の魔法、難易度設定間違ってないか?

 

 




 念話って考えてみればかなり便利ですよね。デバイスなしで使用できるのが信じられないくらい。

 文量の都合上、前篇後篇に分割。

 誤字、脱字の報告等あればお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。