狼少女、はじめました   作:唐野葉子

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 9/2 誤字修正しました。ご協力ありがとうございます。


後篇

 

 

 額から脂汗が流れだす。足の感覚がもうない。

 どうしてこうなった。何度目になるか分からないぼやきを声に出さずに漏らした。

 ごめん、フェイト、ぼくはこの部屋から生きて帰れないかもしれない。

 

《もう、リニスがあれだけ言ってくれているんだからとっとと病院行ってよね。お母さんが倒れたら困るのはフェイトなんだから。あんまりリニスに迷惑かけないで。お母さんは全般的にリニスに頼り過ぎ》

「はい、すみません……」

《誤っているひまがあったら病院に予約入れる。今すぐ!》

「は、はい。ただいま!」

 

 ピ・ポ・パ・ポ・ピ(予約完了)

 

《そ・れ・に、お母さんはフェイトに甘えすぎだよ! 生きる目的は私に押し付けて、フェイトを否定することで精神の安定を図って、いい年なんだからそろそろ一人で立ったら!》

「で、でも、私はアリシアのために……」

《な・あ・に? 言い訳するの?》

「ご、ごめんなさい……」

 

 アリシアさんのスーパーお説教タイム。ぼくの中ではさっきからプレシアの印象が現在進行形で変わりまくりです、はい。

 おっかしいなー。開始十分は感動の母娘の対面だったのに、ほんとうにどうしてこうなった? 懸念した破局もなくプレシアはアリシアを認め、アリシアも触れられない母の胸に飛び込んだのに……。話を続けるうちに二十年近く狂気の研究を傍で見ていることしかできなかったアリシアの鬱憤が噴出してしまったみたい。

 ああ、どうしてぼくは雰囲気に飲まれて正座なんてしてしまったのだろう。しかもそのうえでアリシアに意味を聞かれたときに『お説教を受けるときの正式な座り方です』なんて答えてしまったのだろう。

 おかげで正座させられているプレシアから時々向けられる視線が怖い。慣れていないのに加え、いい年だから――今プレシアから向けられた視線に致死量の殺気を感じた。女性に年齢ネタは地雷らしい。プレシアが正座している手前、ぼくだけが胡座をかく度胸などあるはずもなく。

 

《ああ、またよそ見して。ちゃんと反省しているの?》

「ひい、ごめんなさい。反省してます……」

《声が小さい!》

「反省してます!」

 

 ほんと何これ。仁王立ちしている半透明全裸幼女の前に並んで正座している、白衣のマッドサイエンティストとその娘の使い魔こちらも見た目幼女。シュールな光景にもほどがある。

 うーん、ていうか。フェイトはアリシアのクローンなわけだから姉妹というより親子の方が近いんじゃ。だったらフェイトの娘みたいなもんのぼくにとったらアリシアはおばあちゃ――ひっ、アリシアの視線が! 学習しようぼく。恐怖と痛みのあまり思考が迷走してるっぽい。

 

 ――まあなにはともあれ、とりあえずはベストといってよい結果が出たわけ、か。

 アリシアは間違いなく怒っているけれど、それでも自分が怒っているという事実に対してどこか幸せそうだし、プレシアも求めてやまない娘と対話している今、これまでにない柔らかさを雰囲気に感じる。これがアリシアの知っている、リニス先輩から教えてもらった作文に書いてあったような『お母さん』の片鱗なのだろう。

 予想以上の(というか想定外の)負担を強いられているとはいえ、魔力にも精神力にもまだまだ余裕がある。【以心伝心】と視覚、聴覚情報の共有は母娘の会話が終わるまで続けることが可能だろう。

 

《アルフから失礼な念を感じた気がしたけれど……まあいいや。じゃあお母さん、きちんと反省して、もうわたしを生き返らせようとしないでね?》

「っ、それは――!」

 

 今まで唯々諾々と説教を受けていたプレシアが、はじめてアリシアの意に反する姿勢をとった。

 まあ当然だ。プレシアはアリシアを失ってからこの十数年、ただそれだけを目的に生きてきたといっても過言ではないのだから。

 

「チャンスをちょうだいアリシア! 必ず、ぜったいにあなたを生き返らせて見せるから!」

《っ、ダメだよ。わたしはもう死んじゃってるんだもん。お母さんはもう過去ばかり見てないで、わたしの分までフェイトを愛してあげて、幸せにしてあげて》

「私にとってアリシアは過去なんかじゃないわ! フェイトとあなたは違うの!」

《またそんなこと言って! いい、フェイトは――》

「アリシアはアリシア、フェイトはフェイトよ! どちらも大切な私の娘だわ。……アリシアに言われて気づいた。私はアリシアも、フェイトも、二人とも愛していた、愛している。どちらかの分をどちらかにまわすことなんて、出来ない。二人とも大切なの!」

《じゃあお母さんは――!》

 

 アリシアの顔がくしゃりと歪んだ。言ってほしくない、聞きたくない。でも聞かないと。ぼくはそのためにここにいるんだから。

 

《わたしを生き返らせる方法を、見つけることが出来たの?》

「そ、れは……」

 

 プレシアは唇を噛みしめた。食い破られて、血が流れ出す。それが答えだ。

 

《だからもう、いいんだよ……おかあさんはさ、この二十年、がんばったじゃない……大天才のおかあさんに無理なら、きっと……他の誰にも無理なんだよ……もう、いいでしょう……お願いだから……》

 

 もう死者(わたし)には、とらわれないで。

 

 アリシアは泣いていた。

 どうしてこうなっちゃうんだろう。さっきまで、あんなに幸せそうな親子だったのに。

 

《たしかに短い人生だったよ……後悔がないなんて言わない……でもね、わたしは幸せだった……おかあさんの娘だったおかげで、幸せな人生がおくれたんだよ》

 

 だからもういいの。フェイトと、リニスと、アルフと、お母さんは幸せになって。わたしはもう十分、お母さんからもらったから。アリシアが言葉を紡ぐたびにプレシアの拳がますますきつく握りしめられ、血が滴る。震える肩は今にも砕けそうだった。

 絶望? 無力感? 気持ちがわかるだなんて、口が裂けても言えそうにない。

 

《今度は、おかあさんの番なんだよ》

 

 涙でぼろぼろになった笑顔。こんなにも綺麗で悲しい笑顔、生きているうちに見ることになるとは思わなかった(一度死んではいるけど)。

 

「でも、アリシア、あなたは、まだ……」

 

 見るに堪えない。

 じゃあどうする? ハッピーエンドを探すのか。

 ――じつは手掛かりならある。アリシアが生き返る手掛かりなら、ぼくの中に。

 でも、それは正しいのか? 死者を生き返らせるなんて、許されるのか?

 いや、そうじゃないな。正しいとか正しくないとか、そんなもの言い訳、ごまかしだ。ぼくはただ、これを知られるのが怖いだけで――。

 

「……なんですって?」

《……アルフ、それ、ほんとう?》

 

 気がつけば、空気が止まっていた。

 あれ、もしかして…………漏れてた?

 どちらが獣かわからない獰猛な勢いでプレシアの腕がぼくの襟首を捕え、息を継ぐ間もなくがくがくと揺さぶられる。

 

「話しなさいっ! いま、すぐ! でまかせだったら承知しないわよ! 瀬戸際なのっ!! アリシアが、帰って、くるかの!」

 

 あー、疲労で制御が甘くなってたのかなーなんて現実逃避している場合ではないことはさすがのぼくでもよくわかるよ。

 

《お、お母さんおちついて。なんか泡吹いてるよ。顔色紫だしチョーク入っちゃってるかも》

 

 アリシアの口添えでなんとか九死に一生を得た。しかしぼくのピンチはまだ終わらない。プレシアは殺気立った目でぼくをにらんでいるし、アリシアも真剣な目でぼくを逃がさないように見つめているのだから。

 いや、そう感じるだけ、か。すがるような光をその目に感じるのも、ぼくの心がなせる業か。

 理不尽な運命に一生を狂わされたアリシアとプレシア。神も仏も、奇跡も救いもない人生を歩んできた彼女たちを、『かみさまの奇跡』で救うことが出来るんだったら――。

 覚悟、決めるか。

 

「……話します。でも条件が、いや、お願いがあります」

 

 そう、切り出した。

 

「……何かしら」

「今までの話を、フェイトと、リニス先輩に。これから行うことが成功すれば、どうせ二人にも秘密ではいられませんし、それに――」

 

 これはぼくの根源にかかわる話でもある。それをさらして、そこから前に進むのだったら、ぼくの大切な人たち、みんなと歩いて行きたかった。

 

 ぼくは自分が転生者であるということを、これから打ち明ける。

 

 

 ザ・暴露大会!

 

 一番、プレシア。『実はフェイトはアリシアを生き返らせようとして創ったクローンの失敗作だったのよwww。でも今では可愛い私の娘だから許してね☆』

 二番、アルフ。『実はぼく、前世の記憶があるんです。神様から転生させられちゃって。多分これ、使い魔作成時のプロセス中の人工魂に前世のぼくの魂を融合させているよねwww。これを応用すればアリシア復活につながると思うんですがどうでしょう☆』

 

 ……いや、さすがにここまで変なテンションだったわけじゃないけどさ。

 フェイトが自分の正体を受け入れるのも、ぼくの正体が受け入れられるのも、予想以上にあっさりと、あまりにもあっけなく終わってしまった。

 ぼくの覚悟はいったい何だったのか。ぼくがネガティブ過ぎただけなのか?

 いちおうフェイトはプレシアの口から聞かされた真実にショックを受けているようだった。が、何か納得した。すっきりしたとも言っていた。よくよく話を聞いてみるに、フェイト本人はプレシアの態度に疑問を抱いていなかったが、ぼくがプレシアに対して違和感を覚えていることは敏感に察知しており、そこから自分の正体に漠然とした予感を抱いていたとか。ほんまかいな。

 『ようやく私の居場所が定まった気がする。ここからようやく私は始まれるんだ。聞かされた内容はショックだったけど、そのおかげで私はアルフに会えたし、アリシアお姉ちゃんだっているんだもん。ね?』とはフェイトさんの談。フェイトさんマジポジティブ。女の子って強えーと思った瞬間でした。面と向かって母たる人に『愛している』と告げられたのも何気に効いている気がする。今までそんな機会なかったからね。

 

 ぼくの正体暴露に関して言えばそれよりもっと軽かった。

 『うーん、前世があってもなくても、アルフはアルフだよね。え、ダメなの? アルフは私のこと嫌い? 違う? よかったー』

 『ああ、そんな理由があったんですね。納得しました。え、何も察していないとでも? 一度も食べたことがないはずのものを食べたいと呟いたり、あやとりや折り紙といった遊びをフェイトに教えたり、すごろくやトランプを自作したこともありましたね。何かあるんだろうとは思っていましたよ』

 以上、ぼくに縁の深かった二名からのコメント要約。

 アリシアはそんなものかみたいな態度で納得するし(何しろ自分が幽霊という非常識な存在の代表)、プレシアは話の途中から神や霊魂の存在を前提に『プロジェクトF.A.T.E』の再構築を検討し始めるし、ぼくの存在を受け入れてもらったって言うのになぜか完全アウェーな気がしてならなかったよ。

 

 その日を境に様々なことが変わった。

 大きな変化のひとつとしてはリニス先輩の廃棄処分がなくなった。もともとフェイトが一人前になるまでの教育係として使い魔の契約を結んでいたリニス先輩だけれど、生前リニス先輩を山猫状態で知っていたアリシアがリニス先輩契約終了に断固反対したのだ。テスタロッサ家勢力図単独トップに躍り出たアリシアの要求に逆らえる存在などこの家には皆無。結果、プレシアがリニス先輩の契約を更新することが決定された。アルバイト契約更新並みのあっけなさだった。

 『消えたかったわけじゃないですけど、なんだか気が抜けますねー』とリニス先輩は苦笑していたっけ。まあねえ、後を任せる気構えでフェイトの専用インテリジェンスデバイス『バルディッシュ』作成に心血を注いできたわけだし、それがいきなりずっといられることになったらひどい肩すかしをくらった気になるのも無理はない。

 ぼくとフェイトにとっては喜ばしい限りだけどね。

 フェイトの魔導師としての訓練は未だに継続中。プレシア、アリシアといった家族と過ごす時間ができ、鍛錬に費やされる時間は減ったものの、今までプレシアの意向のままに修業をしていたフェイトに『はやく一人前の魔導師になって母さんとアリシアお姉ちゃんを安心させてあげるんだ』というモチベーションが出来たためか、成長速度はむしろ上がっている気がする今日この頃である。……ほんまええ子や。

 一段落ついてから見直してみると、あの鍛錬の日々は狂気に駆られたプレシアなりの愛情だったのかもしれない。プレシアはきっと、死にたがっていた。十何年と研究を重ねようと見えてこない光。しかし途中でやめるには彼女は(アリシア)を愛しすぎていたし、すべてを注ぎ込み過ぎていた。引き返せないところまでいってしまっていた。

 だから、隣にいることはできないけれど、自分が亡きあと、せめて一人で立っていられるだけの力を。過去にとらわれ終わりゆく自分から羽ばたく翼を。フェイトに未来を、与えようとしていたのではないか。

 なんてのは、深読みのし過ぎかな。

 

 ぼくはフェイトの使い魔としてのレベルアップに、アリシアの通訳、プレシアの研究材料――もとい研究協力で忙しい日々を送っている。貧血ならぬ貧魔力で目まいを起こしそうだけど、充実した毎日だ。……少し充実しすぎかな?

 プレシアはアリシアとリニス先輩にいさめられて以前のような無茶なタイムスケジュールで研究を行ってはいない。アリシアの副官として着々とテスタロッサ家ナンバーツーの地位を築きつつあるリニス先輩である。

 それはともかくとして、そのうえでもプレシアの研究の進み具合はすさまじいの一言に尽きる。『プロジェクトF.A.T.E』は『使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究』だから使い魔作成もまったくのお門違いってわけじゃあないんだろうけどさ、あの人は本当に天才なんだと理解させられた。もしあのままアリシアの存在に気づかないままだったら、将来的に十中八九敵対することになってたんだろうな、くわばらくわばら。

 ちなみになんでぼくがプレシアの研究の進行度を理解しているかというと、色々やらされているからだ。わけわからん電極を全身につなげられて半日間過ごしたり、胃袋がいっぱいになりそうな数の錠剤、粉薬、カプセルをがぶ飲みさせられたり。耳から脳みそに電極差し込まれそうになったときはさすがに丁重にお断りさせてもらった。

 アリシアの通訳が出来るのがぼくだけじゃなかったら、とっくの昔に生きたまま解剖されてるかもしれん。半分冗談だけど(つまり半分は本気)そう感じる。

 研究の基本方針としては本人の身体を魔力で再構成しつつ、人工魂をベースにオリジナル魂と融合させて定着させるというものらしい。本人の記憶、性格を完全な形で残すために、身体能力や寿命を使い魔でいうところの『契約者』と独立させるために、人間と同様に成長し、年をとり、結婚して子供が産めるようするためにと、アリシア一人のためだけに専用の術式をほとんど一から構築している。使い魔の契約魔法なんて名残しか残っていない。

 魔法をそれなりにかじった者からすると、それがどれだけ困難な作業なのか理解できてしまう。信じられるか、あれであの人通院してんだぜ? 幸い、普通に治療すれば治る病気だったらしいが、あのまま放置していれば危なかった、と聞いた。全快すればどれほどのものになるのか想像もつかない。

 本人いわく、今までにない手ごたえを感じているので疲労も苦痛も感じないそうだけど……。ふう、マッドサイエンティストめ。希望に向かって一直線だね。でも気をつけて。金の卵を産む鶏を殺してしまったら、また赤貧生活に逆戻りだよ。焦らず、毎日、一つずつ掴みとっていこうね、と身の危険を感じる(チキン)としては言ってみる。

 頼みましたよ、アリシア、リニス先輩。ぼくの明日はあなた方の抑止力にかかっております。

 

 そんなある日のこと。

 今日は久しぶりにフェイトとふたり、ゆっくり過ごせる時間が取れたのでフェイトの膝枕でぐたーとくつろいでいた。羞恥心? ああ、昔はあったね、そんなの。

 

「アルフ、大丈夫……?」

「うーん、ふぇいとー、ぼくはもうだめだー。ベッドの下にこっそり隠しておいた板チョコのことは頼んだ」

「なんでそんなところに……腐るよ?」

「大丈夫。チョコレートは非常食にもなるくらい栄養満点で長持ちだから」

「かびるよ?」

「それはちょっと心配かも……」

 

 おひさまはポカポカ。開け放たれた窓から入ってくる風が心地よい。

 魔力の大量消費で全身にしびれるような疲労感があるが、それすらも今は眠りを誘う気持ちいいものの一つでしかない。

 最近、こんな時間ってなかったなー。アリシアの通訳にプレシアのモルモット――じゃなくて研究の手伝いで毎日こまめに時間をとられて。さすがに身体が持たないので一日の通訳時間を決めさせてもらった。仲睦まじい親子の会話を制限するのは心苦しいが、実際問題魔力が枯渇するのだから仕方がない。プレシアもちゃんと納得してくれたし。

 一日の消費魔力量を厳密に計算され、健康に害を及ぼさない限界値ぎりぎりで時間を設定されたのには顔が引きつったが、まあそのあたりはご愛敬だろう。

 

「……ご苦労様」

 

 そう言ってフェイトが頭を撫でてくれるから、ぼくはまだまだ頑張れます。

 耳はパタパタ、尻尾ふりふり。使い魔って言葉に出さなくても感情表現が出来るのはお得だよね。

 アリシアと出会ってから食事はテスタロッサ家の全員が一堂に集まってするようになったし、訓練でも連携戦とかがあったりするから、フェイトと過ごしている時間が短いってわけじゃないんだけれど、こんな何にもないフリーな時間は本当になかったのだ。

 やさしく頭を撫でてくれる小さな手のぬくもりを感じながら、意識が溶けてゆく。

 ぴくん、と規則正しく揺れていたぼくの耳が何かを捕え震えた。

 

「……アリシア?」

「え?」

 

 ――【以心伝心】発動。

 

《あ、アルフ。ごめんね。なんかお母さんが呼んでて……》

 

 通訳で長時間アリシアの隣にいたせいか、アリシアが近くにいたり、こちらに話しかけようとしたりしていると気配でそれを察知できるようになった。霊感かな、これ?

 意志疎通は未だに【以心伝心】を使わないと出来ないんだけどね。フェイトが隣にいるので視覚と聴覚の共有も並列して行う。

 

「お姉ちゃん? 今日のお話タイムは全部使い切ったはずだけど……」

 

 ぼくが口を開くよりも先にフェイトが口をはさんだ。ぼくの自惚れでなければいささか不満そうだ。かわいい。フェイトがこのようにアリシアに文句らしきものをいうことは滅多にないので貴重な光景といえる。

 しかし、アリシアは申し訳なさそうな表情をしながらも引くことはなかった。

 

《ほんとうにごめん、フェイト。でも、急ぎの用事みたいで……》

「……わかった」

 

 ぼくが口を開く前にいくことが確定してしまったが、それは別にかまわない。いつものことだし。……べ、別に悲しくなんてないんだからね! …………やめよう、不毛だ。

 フェイトはやさしくて賢い子なのだ。自分の感情を別にして姉の状態を慮ったり、ルールを違反してまでぼくを呼ぶということは本当に緊急事態に違いないと悟ることが出来るくらい。

 

 ただ、ぼくが身体を起こした時、使い魔の感覚をもってしても聞こえるか聞こえないかというほどの小声で「私の使い魔なのに、お姉ちゃんの、ばか……」とフェイトがつぶやいたのをぼくの耳は聞き逃さなかった。

 ……なにこのかわいいいきもの? 脊髄反射で抱き潰しかけたぼくは悪くない。鋼の精神力で自制したけど。

 あと十年は余裕で戦えます。比喩でもなんでもなくてリンカーコアが活性化し、魔力が急激に回復してゆくのを感じる。すごいね、使い魔。

 

 フェイトと別れ、アリシアの後を追って廊下に出る。眠気はすでに飛んでいた。フェイト分を大量に補給したアルフさんのコンディションはバッチリだ。

 

「で、ほんとうの用事は何?」

《……気づいていたの?》

「フェイトは失念しているみたいだけれど、お話タイムを使いきった後のアリシアって外を散歩していることが多いだろう。ボスも多分それ前提で動くはずだから、何か用事があるならリニス先輩が呼びに来るはずだ」

 

 なんでも野生動物の中にはアリシアの言葉を理解したり、触れたりは出来ないものの、認識することのできる個体は少数ながら存在するそうで、昔からアリシアはそいつらに接触して無聊を慰めていたらしい。……そんな話、あいつらからは聞いたことがなかったけどね。

 そこにいることが確実ならともかく、そうでもないのにアリシアに伝言を頼むなんてあの几帳面な性格をしたマッドサイエンティストではありえない。

 

《ごめんね。変なやつがいたの。怖くて、無視しちゃいけない気がして。お母さんやリニスには心配かけたくないし……》

「ふうん、案内してもらえる?」

《うん、こっち》

 

 アリシアはほっとした表情を浮かべると先導を開始した。

 正直、この年齢の子供って親に心配かけるのが仕事のような気がするし、防犯的なものは報告しない方が迷惑だと思うけど……。あ、アリシアは中身はレディだっけ?

 廊下の窓から飛び出し、ふわふわ空を飛ぶアリシアの後ろを追いかけながらリニス先輩に向けて【念話】を立ち上げる。

 

〈もしもし、こちらアルフ。リニス先輩、聞こえますか?〉

〈あらアルフ、どうしたの?〉

〈アリシアが不審者を発見したようなので迎撃してきます〉

〈……領内への侵入者は傀儡兵が撃退するはずだけど。大型を突破したのならかなりの使い手ですね。応援はいりますか?〉

〈大丈夫です。ただ、相手が複数だった時の備えをお願いします〉

〈わかりました。無茶はしないでくださいね〉

〈了解〉

 

 ふう、相変わらずリニス先輩は頼りになる。会話をするだけで安心できる頼もしさだ。最近は日向ぼっこしながらお茶をすするご隠居のような姿も見られ始めたけど、まだまだ現役だね!

 相手の確認もしてないのにぼくが大丈夫だと言い切ったのには理由がある。近くにいることが多いので気づいたのだが、アリシアは妙に勘が鋭いのだ。

 それが生来のものなのか幽霊ゆえの霊感なのかはわからないが、それはもう、何度じゃんけんをしても勝てない。その彼女がぼくだけを呼びに来たのだ。ぼくだけで解決できる程度の脅威なのだろう。

 もしくは、ぼくだけで迎撃にあたることが望ましい状況であるか、だ。

 ぼくには敵にかみつくための牙がある。ぼくには敵を切り裂くための爪がある。

 だからぼくが求めたものは追加の武器ではなく、守るための盾。

 

「ペルタ――起動」

 

 インテリジェンスデバイスのように特に返答は無く、銀の首輪が光ったかと思うと次の瞬間には左前腕部に三日月形の小型の盾が展開されていた。速度を重視してこのような仕様にしてもらったのだ。それに、道具がしゃべるってなんか気持ち悪いし。前世で軽い人間嫌いだった弊害かな?

 リニス先輩からもらったぼく専用ストレージデバイス『ペルタ』。戦闘時に時間がなくて起動できず、なんて洒落にならない。実戦は初めてなのだから、できる準備は自前にできる限りしておかなくては。こいぬ(チャイルド)フォームからおとな(アダルト)フォームに姿を切り替える。取られる魔力量の増大からフェイトには気づかれるかもしれないが、そこは後でごまかすか説明するかしよう。

 バリアジャケットも身にまとい、戦闘準備は完了。と、視界の前方、アリシアの身体を透かして森の中で何かが光ったのが見えた。おそらくは戦闘している魔導師の魔力光。

 

「あれ、か」

《もうこんなところまで近づいてきている》

 

 不安そうに自分の体を抱くアリシアにほほ笑みかけると、木々の隙間に目を凝らす。距離は五百メートル強といったところか。このくらいなら使い魔の視力があれば特に魔法で強化せずともはっきり見える。もっとも、使い魔はそもそもが魔法生物だけど。

 …………一目見て納得した。あれはやばい。アリシアの嫌な予感は正しい。

 年齢はたぶんフェイトと同じくらい。バリアジャケットは派手派手しい悪趣味なものに感じたが、その下の肉体は細身ながらも鋼を束ねたかのようなしなやかさと力強さをうかがわせた。鍛錬で作り上げたにしては不自然な筋肉のつき方に思えるけど、どうやって鍛えたんだ?

 顔立ちは整っている。長い銀髪は森の木陰に隠れながらも光を反射して輝いているし、金銀のオッドアイは一度見たら忘れられない妖艶さを備えていた。美少年といってもいい。

 もっとも、あの眼つきは好きになれそうにないが。まるで銀幕越しに世界を見ているようで気持ち悪い。現に今も戦闘中だと言うのに、自分に似た主人公が画面の中で活躍しているのを安全な場所から眺めているかのような興奮と好奇しか感じられない。大胆不敵とかそんなんじゃないと思う。

 そして大型の傀儡兵を砲撃魔法で消し飛ばす戦闘力。ここから見てもわかる馬鹿魔力に物をいわせた力技だ。排除すべき強敵と見て動いた方がよさそうだね。

 幸運なことにこちらが風下のため、音や匂いで相手に気づかれる危険性は低い。逆に、相手の声がぼくの耳に聞こえてきた。

 

「……これで、ラストォー! ……ふう、傀儡兵はあらかた片付いたか。プレシアへの戦力アピールはこれで十分だな。原作開始まであと一年、魔導師ランクSSSの魔導師の助力は喉から手が出るほど欲しいはず。この時点からリニスを失って傷心のフェイトに取り入って…………くくく。おっしゃ、『時の庭園』も見えてきたしもうひと頑張りだ俺!」

 

 使い魔の聴覚だから聞こえた。アリシアには聞こえていないはず。

 聞き逃せない、聞き逃してはいけない情報が短いセリフの中にいくつもあった。

 どこまでこちらの情報を把握している? 少なくとも迷い込んだとかそういう輩でないことははっきりした。

 『原作』ってなんだ?

 魔導師ランクSSS、脅威だな。排除を前提にするなら奇襲で片付けるところだけれど、情報が欲しい。

 長く考えているひまはない。あれはもう動きだした。飛行速度を考えるとあっという間に見失ってしまう。言動から判断するに単独犯っぽいけれど、リニス先輩のところにいくまでにはけりをつけたい。

 ぼくはアリシアに話しかけた。

 

「アリシア、戦闘になると思う。血みどろのところは見せたくないから先に帰っておいてくれないかな?」

《……ううん、ここで待ってる》

「そうか。じゃあせめて近寄らないように。ぼくみたいな能力を相手が持っていないとは限らないんだから。それからしばらくは戦闘に集中するから話しかけられても応えられないからね」

 

 本当はもっとじっくり説得したかったけれど、時間がない。ぼくは【以心伝心】の使用をやめ、しばらく使っていなかった最後の一つの転生特典を起動させると宙を蹴って飛び出した。

 相手に接触するまでの短い時間にふと考える。何も聞いていないのにぺらぺら目的をしゃべってくれるあれ、すごく三下臭がするよな。長年の計画を声に出して間違いがないか見直しているみたいだったけれど……。

 威嚇射撃で一発、相手の進行方向に【フォトンランサー】を撃ち込む。動きが止まったそのすきに前に割り込み、胸を張って停止。

 

「ここはテスタロッサ家の領地だ。これ以上の侵入は法に基づいて排除する。これは最終通告だ。ちなみに、傀儡兵の弁償はどうあってもしてもらうからそのつもりで」

 

 口上はまあまあの出来。死者蘇生の研究をしている現在、時空管理局のお世話になるのは避けたいところだ。相手がどれだけこっちの情報を把握しているかによっては、帰すことが出来なくなるかもしれない。

 物騒だな、なんて他人事のように冷静に考える。

 

「うお、すっげ、リアルアルフだ! そっかー、撃退にはアルフがきたか。フェイトに俺TUEEEはまた次の機会な。まあアルフはテスタロッサ家カースト制度最下層だもんな。それにしてもいい身体してんな」

「……ぼくのことを知っているのか?」

「なん……だと。まさかのボクっ子おぉ!? ハイキタコレ! お姉さんケモミミほんのり従者属性でボクとか何があったし! もう他の転生者がいるのか? くっそ、ふざけんなよ。転生オリ主は俺だろ」

 

 なんだコイツ、話が通じない。

 予想していなかったわけじゃないけど予想以上だ。気持ち悪い。

 視線が重ねて気持ち悪い。思い返してみれば、生まれ変わってからこの体に対しての異性に会うのはこれが最初かもしれなかった。初めてがこれじゃあな……男性不審になりそうだ。フェイトを連れてこなくてよかった。グッジョブアリシア。

 カースト底辺はほっとけや。

 

「ああん、つーかそれ、デバイスか? なんでアルフがデバイス装備してんだ? つーかなんで使い魔がデバイス装備できんだ?」

 

 いつのまにか銀髪変態オッドアイの興味は別に移っていたようだ。危ない危ない、どう考えても危険人物なんだから集中しないと。

 答えずにいると、変態はいぶかしげに眼を細めた。

 

「もしかしてお前、憑依転生者か?」

 

 その言葉が出てくるということは――。

 やはり、こいつも転生者だったか。こいつもぼくと同じ境遇なのか、それともあの女神が出鱈目ぬかしていたのか。

 後者の可能性が高いな。でないと他にも転生者がいることを前提に動いている節のあるこいつの言動が説明つかない。

 少なくとも、こいつはぼくが知らないことを知っている。その前提で先ほどの言葉にどうこたえるか吟味する。思考は一瞬。結論、情報が少なすぎる。ここはアクションを起こして様子を見てみよう。

 

「そうだ」

「かあー、マジかよ! よりにもよって原作キャラに憑依とかありえねー。アルフ結構好きだったんだけどなチクショウ! フェイトやはやてに憑依とかしててみろ、泣くぞ、ぜったい!」

「『原作』っていったいなんのことなんだ?」

 

 こちらが情報を持たないことを相手に告げる危険な一手。

 だが、この手のタイプは自分が上にいると判断させて情報を与えさせるという形にした方が有効だろうと判断した。何気ない会話で相手から望む情報を引き出すにはこちらの交渉の経験値が不足し過ぎている。前世は人間嫌い、今は関係者以外接触皆無といってよい生活環境だからね。

 

「は? ……ああ、お前、原作知識がないのか。ほーん。くく、いいぜ、教えてやろう、この世界はな、『魔法少女リリカルなのは』というアニメをモデルにした架空世界なんだよ」

 

 変態はぽかんとマヌケ面を一瞬浮かべたが、すぐに嘲笑に切り替えてこちらの望む情報を漏らしてくれた。しかもぼくからの質問にも丁寧に答えてくれる親切さだ。

 …………ちょろ過ぎる。交渉ってこんなのでいいのか? もちろん、相手にも何か思惑はあるのだろうけど。まさか何も考えてないってことは無いはず、無いよね?

 気持ち良さそうに自分の持っている知識をさらけ出す変態の姿を見ているとこちらの方が不安になりそうだ。ならないけど。話が出来る友達がいないのかもしれない。

 閑話休題。

 話された内容は『プロジェクトF』を聞いて以来の、あるいはそれ以上のショックをぼくに与えた。

 『魔法少女リリカルなのは』。アニメ、小説、漫画、映画などで彼の世界で一世を風靡していた作品。この世界はそれらを元に神の手により創造された架空世界。

 さらに、ぼくらは神が暇つぶしのために用意した人形だと、そう言った。与える能力は三つというルールを設定し、誰の用意した人形が一番うまく踊れるか、ただそれを競うためだけに架空世界に放り込まれた魂だと。これはぼくのとき同様、話半分に聞いておいた方がよさそうだ。判断基準がないし。ただ、転生者が複数存在する可能性と、それらが全員三つのむちゃくちゃな能力を所持している可能性は心にとどめておいた方がいいだろう。

 彼がいっていた『憑依』の意味を理解する。やはりこの世界にいるべき『アルフ』の存在を、ぼくは奪ってしまっていたのだ。

 ……『プロジェクトF』発覚以前のぼくなら罪悪感と自己嫌悪にとらわれていたかもしれないな。

 ここがどんな世界だろうが、神にどんな思惑があろうか知ったことか。ぼくはここに生まれてきたし、フェイトはとても可愛いですし、愛していますし、愛されていますし、すべて世は事もなし。

 悪いな、『アルフ』。このポジション、ひとり用なんだ。要するに開き直っていますが何か?

 

 さて、知りたい情報はこれ以上引き出せそうにないし、そろそろかな。

 ぼくにとってここは第二の人生(犬だが)を歩む現実世界(リアル)だが、目の前のコイツにとっては自分の欲望を満たす仮想空間(フィクション)だ。話をしていてそれがひしひしと感じられた。こいつは此処を生きていない。ならば此処の住人たろうとするぼくと道が交わることは無いだろう。

 こいつも同じことを考えているのか、嘲笑を浮かべたまま今は口を閉ざしている。

 

「おい、知りたいことは知れたかよ?」

「ああ。ご親切にどうもありがとう。大変参考になった。感謝している」

 

 どこまでもしらじらしいやり取り。空気は張り詰めているのに、ぼくもこいつも表情すら変えない。

 

「なあ、一つ俺からも質問だ。俺がこれだけお前にぺらぺらと情報を与えてやった理由、わかるか?」

 

 なんか前世でやったゲームに似たやり取りがあったな。確か正解は……。

 

「『勝利を確信しているから』、か?」

「正解だこのヤロウ。ご褒美に俺の糧にしてやろう!」

「ぼくは女性だけど、ね!」

「ほざけ憑依がっ!」

 

 そうであるがままに破局。素早く距離をとろうとする相手と、詰めようとするぼく。

 先手をとって片付けようと思ったが、発動までの刹那の間にがくんとこっちの精神にノイズが走った。気持ち悪い違和感を全身に感じる。魔力枯渇に似ているが、ぼくの中の魔力の総量に変化はない。別の、生まれてこのかた常に共にあった力が消え去った感触。

 

「最後に教えてやろう! 俺の転生特典は他者の転生特典を打ち消す【神喰らいの魔眼】、【理想の肉体】、【魔導師ランクSSS相当の天才的資質】の三つだ。シンプルイズベスト! 事前に転生者の存在を知らされていた俺と原作知識皆無なお前じゃ、スタート地点が違うんだよぉ!!」

 

 っち、これは……キツイ。

 情報の正しい活用のさせ方、といったところか。相手の特殊能力を打ち消し、自分はこの世界の法則にしたがった最高ランクのスペックでごり押しする。悪くない戦略だ。思ったより馬鹿ではないらしい。

 ただ、情報というのは時によって視野狭窄も生み出す。

 例えば、他の転生者の存在を意識するあまり、『転生者同士の戦闘は転生特典で得た能力のぶつけ合いになる』と思い込んでいるところとか。

 他の転生者の存在も知らず、自分に自信のない、心が複雑骨折だった人間が、ただ死亡直後のダメージを軽減し、来世では同じ過ちを繰り返さず少し便利に生きることだけを考えて能力をチョイスしただなんてこと、目の前のこいつは考えもしないに違いない。

【餓狼口】――発動!

 

「があ!?」

 

 異音を口から漏らし、地面に真っ逆さまに落ちてゆく転生者を、ぼくは醒めた目で見ていた。【神喰らいの魔眼】とやらはアクティブタイプだったようで、相手の意識が混濁したことから影響が消えていた。自分の中に再び起動した、滅多に使わない転生特典に意識を向ける。

 

 ▽

 能力名:【明鏡止水】

 タイプ:パッシブ

 分類:心身強化

 効果:常に澄み切った思考を獲得する。

 △

 

 生まれてから今までで色々試してみた結果、得られた転生特典に関する考察。

 一つ、パッシブタイプの能力は常に発動し続ける。一方、アクティブタイプの能力は一定時間しか効果がなく、しかも発動には何らかのコストが必要。

 一つ、パッシブ、アクティブともに効果時間中であろうと使用者の意志で効果を無効化できる。ただし、『タレント』とついているパッシブタイプの能力は使用者の体質や生まれ持った素質、運命等に深く関与しており、自分の意志で消すことはできない。

 一つ、アクティブタイプの能力は発動に条件がある。また、継続して効果を発揮するためにはコストの消費と使用者の意志が必要不可欠。

 とりあえずはこの程度。分類とかは能力の絶対数が少なすぎてわからない。

 

 この【明鏡止水】は今ではもうだいぶ記憶の薄れた前世で、交通事故に遭わないはずだった子供を助けようとして死んでしまった過去の失敗を繰り返さないために望んだものだ。

 『常に冷静でいられる判断力がほしい』と。

 効果発動中は常に冷静でいられ、また強制的に心が凪の状態にされるため雑念にとらわれることもない。コスト消費を必要としないパッシブタイプの能力だということを考慮すると破格の効果だが、日常生活でつかうことはあまりなかった。

 便利は便利なんだけど、喜びも悲しみも認識はできるがとらわれることがない。表情も仏像めいた見通せないものになってフェイトやリニス先輩に心配される。感動を“理解”しかできない人生(犬だけど)なんて味気なさすぎる。そういうわけで戦闘訓練や、どうしても勉強が嫌になって手がつかなくなったときにしか使用していない。

 おかげでわんこながらも学力は天才フェイトさんとほぼ互角です。

 そういえば、とふと思う。先ほどの【神喰らいの魔眼】の効果が口上通りなら、フェイトとぼくをつなぐ【比翼連理】も無効化されていたはずだ。もちろん今は問題なく起動しているが、あの瞬間、フェイトとぼくの関係性はどうなっていたのだろう。

 恐怖を認識したが、【明鏡止水】の効果でとらわれることは無かった。

 

 墜落した転生者に歩み寄ってみると、驚いたことに相手はまだ生きていた。顔の穴という穴からどろりとした血を垂れ流してはいたが。

 見切りが甘かったか。それともはじめての人殺しに気負いで手元が狂ったのか。たぶん両方だな、と冷静に考える。

 記憶をもとに誤差を修正。今度は精神も凪いでいる。次ははずさない。

 

「が……てめ……」

「まだ意識があるのか、頑丈だな。【理想の肉体】の効果か?」

 

 目の前の半死半生の転生者のもう一つの視野狭窄。それは原作の知識を知るあまり、この時点のぼくがオリジナルの魔法を放ってくる可能性を考慮に入れていなかったこと。

 小説や漫画を読んでいてときどきあること。この能力、こんなふうに使った方が強いんじゃないかというひらめき。ぼくは天才というわけでもなかったし、この世界に対する事前知識もなかったから、分類されているのと別の目的で既存の魔法を使うことを思いついたし、抵抗もなかった。

 天才である彼はきっと作中の魔法に精通していた。既存の魔法を苦も無く扱い、その圧倒的な力で敵を打倒してきた彼にとって、工夫する必要なんてなかった。、例えば『アルフ』が使用していた魔法でぼくが戦えば、彼はまず負けることは無かっただろう。フェイトでも厳しかったかもしれない。

 【餓狼口】――その正体は、リニス先輩が考案してくれた移動用シールド魔法【タンバリン】を攻撃に転用した技である。

 【タンバリン】はその展開時に大きさや性質をある程度変化させることが出来る。大きさは全身を覆うような巨大な円盤から、その名の通りぎりぎり足全体を乗せることが出来るタンバリンサイズまで。性質も【ラウンドシールド】同様衝撃を受け止める使用から【プロテクション】のように反発力を持たせるなどと自由自在――とまではいかないが、自由度がかなり広い。

 専用ストレージデバイス『ペルタ』のメモリの大半(およそ八割)をこの魔法とそのバリエーションにつぎ込んでいるがゆえのこのスペックである。フェイトの最高速度についていきたいのならこのくらいの馬鹿はしないと無理なのだ。

 【餓狼口】は反発力を最大に設定した【タンバリン】二枚を、遠隔発生でおよそ数ミリの隙間を意図的に空けて対象の頭部を挟み込む形で展開し、接触、高速で交互にシールドに打ちつけさせることにより、相手の脳に深刻なダメージを与える技である。

 シールド系であるがゆえに展開が早く、攻撃魔法に警戒している相手の隙を突くことが出来る。また、バリアジャケットは打撃や斬撃に対しては強いが、衝撃や慣性を殺しきれない欠点がある。この技が決まればダメージがほとんどそのまま通ってしまうのだ。

 この技の欠点をあげるなら成立にはミリ単位の空間把握能力が必要不可欠だということ、対人戦以外は効果が薄いこと、そして【バリアバースト】などとは違い魔法そのものは純粋なシールド系であるため、ミッド式魔法の最大の特徴たる非殺傷設定ができないってとこかな。

 軽くでも決まれば相手は脳をシェイクされまともな戦闘は継続できなくなるし、まともに決まれば相手の頭部はポップコーンよろしく弾けることになる。

 こんなふうに。

 周囲に飛び散った赤、灰色、黄色、ピンク、白を見ながら、ぼくは相手の名前も知らなかったことに気づいた。気づいただけで心は凪いでいる。本来頭脳に供給されるはずだった鮮血が噴水みたいに飛沫(しぶき)を上げているけど、吐き気も起きない。ある程度距離をとったので返り血はおろか、臭いがつくこともないだろう。

 こんなもんか。それが初めて殺人を犯した、ぼくの感想。

 自分が人外であるということを今までとは違うところで強く認識した。

 

 

《――識別名■■■が識別名■■■■ ■を撃破しました。法則(ルール)に基づき、識別名■■■には識別名■■■■ ■の転生特典の一部が譲渡されます――》

《――法則(ルール)に基づき、ランダムに転生特典の一部が譲渡されました。識別名■■■は能力の確認を行ってください――》

《――なお、撃破された識別名■■■■ ■は世界の矯正力(パンタ・レイ)の影響により、消滅します――》

 

 何の前触れもなかった。どこでもないところで“声”を知覚したかと思えば、辺り一面に飛び散っていた転生者が一つ残さず白い炎に包まれ、一瞬で灰も残さず焼失した。

 

「がああぁあアアアっ!?」

 

 さらに転生時に感じた違和感が全身を蝕み、新たな能力の情報が脳裏に表示された。

 

 ▽

 能力名:【神喰らいの魔眼】

 タイプ:アクティブ/フラグメント(1/3)

 分類:法則支配

 効果:他者の転生特典を打ち消す。

 △

 

 違和感は現れたときと同様、一瞬で消えたが汚辱感は消えない。蹂躙された。気がつけば膝をついて地面に崩れていた。まるで何かにひれ伏したみたいに。

 視界がぼやける。泣いているのは身体の反射か、悔しさか。神の意志なんて関係なんだなんて啖呵を切っておきながらこれだ。わけのわからないふざけたゲームに参加させられていることはこれではっきりした。

 

《アルフー!》

 

 暗い、真っ暗な感情に沈み込みそうだったぼくを、誰かが引き戻す。

 

「あり……しあ……?」

 

 いつからそこにいたんだろう。どこから見ていたんだろう。ぼくの肩を必死に揺さぶろうとして果たせない、幼い泣き顔がそこにあった。

 今気がついたんだが能力の使用がめちゃくちゃだ。【以心伝心】は意図せずスイッチが入っているし【明鏡止水】はいつのまにか切れている。さっきの蹂躙の影響か。

 

《アルフ、アルフ、いやぁ、死なないで、消えないで!》

「あ、アリシア……とりあえず少し落ち着いて」

 

 ぼくだって冷静ではいられないのだが、ここまで目の前で取り乱されると落ち着かざるを得ない。【明鏡止水】は問題なく発動した。能力の混乱は幸い、一時的なものだったらしい。

 

《ひく……ふぐっ……その顔、やめて……アルフが、アルフじゃないみたいで……怖い》

「ん、了解した」

 

 ぼくが落ち着いてもアリシアが落ち着かなければ意味がない。泣きじゃくりながら懇願されたら【明鏡止水】をやめないわけにはいかなかった。幸い、一度発動させた恩恵で精神状態はほぼリセットされている。それなりにまともにものを考えることができそうだ。

 

《ねえ、さっきの話……ほんとう?》

「わかんない……」

 

 なんとか会話が可能なレベルまで落ち着いたアリシアが、おそるおそるといった様子で尋ねてくる。

『さっきの話』というのは、あの名前も知らない転生者が語っていた内容だろう。『原作知識』、『神々の暇つぶし』……あまり知られたくない内容が多い。それに、その時点から話が聞こえる距離にいたのなら人の頭部がはじけ飛ぶスプラッタな光景をアリシアに見せてしまった可能性が高く、いろんな意味でフォローが不可欠なようだ。

 あの謎の“声”はアリシアには聞こえていなかったはず。変な確信がある。あれはきっと、ぼくら転生者にしか聞こえない。

 

《アルフも……死んじゃったら、あんなふうに消えちゃうの?》

「…………わかんない」

 

 でも、可能性は高い。一人の転生者が『いなくなった』感覚がぼくの中にある。あの声の内容から推察するに、転生者(ぼくら)は神の力かそこらへんによってこの世界に紛れ込まされた異分子(イレギュラー)で、死ねばその力の加護が消え、世界から排除される、といったところか。具体的にどのようになっているのかは想像しか出来ないが。行方不明扱いなのか、存在ごと『なかったこと』にされているのか。

 原作キャラに憑依しているぼくがどのような扱いなのかはわからないけれど、死ねばあのように灰の一粒も残さず白い炎によって焼失してしまう可能性は十分だ。

 

《ひぐっ……わたし、いやだよ、アルフが消えちゃうなんて……》

 

 アリシアはまた泣きだした。質量をもたないその涙はぷっくりとした頬をつたい、顎から落ちるたびに光の粒子になって消えてゆく。

 きれいだな、なんて場違いなことを考えた。

 そんなこと言われましても。正直、困る。ぼくだって死にたくない。自殺願望を持っていない限り死にたくて死ぬ人間なんていないだろう。

 死は逃れられないから受け入れるか、諦めるか。前に死んだ時は意識するまでもなかったから、なんとも言えないけれど。

 

《アルフはね……特別なの。お母さんとは、違う。リニスとも、フェイトとも違う。……わたしね、ずっと信じて待っていたんだ。いつかきっと、お母さんがわたしを生き返らせてくれるって。だからね、寂しくても待てた。……だから狂わずに済んだ》

 

 不思議に思ったことがないわけじゃない。

 二十年近く孤独を味わったアリシアが、壊れずに済んだのは何故か。彼女を支えていたのはいったい何だったのか。

 プレシアへの信頼だったのか。

 それは幼い娘が母へと向ける絶対的な信頼。それは、奇跡のような、否、奇跡そのものの時間。

 

《ずっと、ずっと信じてた……でも、どれだけ経ってもお母さんはわたしを生き返らせる方法を見つけられなくて、どんどん壊れていって……ついにリニスが死んで使い魔になって……フェイトが生まれて……見ているだけしか出来なくて。どれだけ待ってもわたしは独りで……。だから、アルフに見つけてもらったときは本当にうれしかった》

 

 気づいていなかった。アリシアの喜びに。彼女の孤独に。救われた想いに。

 のんきにわんこ生活をしていた。だからぼくはバカなんだ。この駄犬め。

 ぼくの自嘲をよそに、アリシアは言葉を紡ぎ続ける。

 

《アルフとの言い合い、忘れてないよ……一生、忘れない、何があっても。……ありがとうアルフ、わたしを見つけてくれて。ありがとう、私と口論してくれて》

 

 ふざけ合ってくれてありがとう。お母さんを助けてくれてありがとう。わたしを生き返らせる方法を見つけてくれてありがとう。研究に協力してくれてありがとう。通訳してくれてありがとう。フェイトを助けてくれてありがとう。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう……。

 涙をこぼしながら小さな両手いっぱいの『ありがとう』をくれるアリシアの頭を、気がついたら撫でていた。触れられないなんて些細な問題だった。

 フェイトに似た少女ではなく、ご主人様の姉君ではなく、ボスの大切な娘ではなく。

 アリシアというひとりの女の子を救いたいとはじめて願った、昼下がりの出来事。

 

《アルフは、わたしの……ひぐっ、大切なの。……だからいなくならないで》

「うん、任せとけ」

 

 この安請負は年長者の義務だと思う。もっとも、安請負にするつもりはないけれど。力がふつふつと湧いてくる。

 くしゃくしゃの笑顔を前に、絶望はいつの間にか消えていた。

 

 

 あれから一年の歳月が流れた。

 

 あの転生者からもたらされた情報は、アリシアと相談して二人きりの秘密にした。

 話したところでどうにかなるとは思わないし、過ぎた知識は破滅を招く。ぼくが何かに巻き込まれていることはほぼ確実だが、正体がわからないのだから対策の立てようがない。

 余計な心配をかけたくないと言えばそれまでだけど……。

 自分でもベストの選択だとは考えていない。実際、アリシアの説得は難航し、最終的に有事の際にはアリシアの独断で情報をテスタロッサ家に公開する権利を取り付けさせられたし。

 でも、まあわがままを通すくらいは許してほしい。

 フェイトにはプレシアの実験でおとな(アダルト)フォームになったと説明し、プレシアとリニス先輩には侵入者は排除したとだけ伝えた。フェイトにはともかく、プレシア達には嘘は伝えていない。相手の深読みをいいことにフェイトに対しての口裏も合わせてもらったし。

 

「あれ? ねえ、アルフー、十巻知らない?」

「今アリシアが読んでるよ。十一巻はぼくが読んでいる途中」

《ごめんねー、フェイト。もうちょっと待ってねー》

「うー。……わかった」

 

 あれ以来、他の転生者には遭遇していない。特に事件も起こらず、平和もいいところだ。

 一年前のあの日、ぼくは『原作』がいつから開始されるのか、ヒロインたるフェイトがどのような物語を紡ぐのか聞かなかった。単純に思いつかなかったというのもあるが、思いついたところで聞いたかどうかは微妙だ。

 テスタロッサ家はぼくの存在によって大きく変化した。ぼくじゃない『アルフ』がどのようなキャラクターだったのかは知る由もないが、転生特典なんてものはもっていなかったはずだ。

 ぼくから見れば魔法も幽霊も同じ非常識で、この世界はこんなものなのかと納得するだけだが、この世界の魔法は超科学。幽霊はオカルトとして認識されている。これがきっと、この世界の世界観なのだろう。もしもアリシアの存在が確認されていなければ、物語は大きく変わっていたはずだ。『原作知識』が足かせになりかねない。

 未来を知るのが怖いとか、この世界が『物語』になってしまうんじゃないかという不安が皆無といえば嘘になるけど。

 

 この一年でアリシアの蘇生呪文は基礎が完成し、後は細部を調整するのみとなっている。ぼくが実験体になる必要性もなくなり、生活に余裕がでてきた。

 もちろん鍛錬は欠かしていない。フェイトは単体で魔導師ランクAAA+並みの実力を誇っているし、ぼくと連携すれば病魔から解放され娘たちへの純粋な愛情によって覚醒した(スーパー)プレシアとだって互角に戦える……かもしれない。あれは本当に理不尽な存在だから。

 そんなぼくらが今何をしているかというと、MANGAを読んでいます。日本が世界に誇る文化のひとつ。たとえそれが異世界であろうとそれは変わらない。

 この一年でますます遠慮のなくなったぼくはマンガやアニメを所望し、リニス先輩は見事にそれに答えてくれたのだ。前世で活字中毒患者だったぼくは正直なところ小説も欲しかったのだが、文字ばっかりはアリシアとフェイトにはハードルが高いので今回は我慢した。

 短いオノマトペやセリフの一言二言だけでも活字が体に沁みわたる感覚がしたけどね。くそっ、犯罪的だ!

 管理外世界の文化が色濃く出るこういうものは規制が厳しいらしいが、リニス先輩は本当に有能だ。なんでも昔、アレクトロ社という会社にプレシアが勤めていたときに法律関連でひどい目にあったらしく(その話をするときのプレシアの表情は般若が美人に見えるレベルだった)、それ以来リニス先輩ともども法律のグレーゾーンには『少しばかり詳しく』なったらしい。……天才はこれだから。 怪物を生み出す一助となったアレクトロ社にはぜひとも文句を言いたい。

 それはともかく、アニメはともかくマンガがバトルメインの少年漫画ばかりなのはなぜだろう。管理局の方針なのか、リニス先輩の趣味なのか……真実は闇の中だ。

 ぼくとしては見えていないのをいいことに『波ー!』と両手を重ね合わせて何かを撃つ練習をするアリシアが見られて大変満足なのだけれども。成功したら教えてくれ。

 ちなみにフェイトの場合はアニメの影響で埋めたドングリを屈伸運動で芽吹かせようとこっそりアルトセイムの森の中で踊っていた。目撃した時は『萌え死』にの意味を理解したね。わかるよ、フィクションだとわかっていても試してみたくなったんだよね。うちのフェイトさんはマジで純情です。

 そんなこんなで、いまテスタロッサ家では日本ブームが起きていたりする。

 

《アルフー》

「はいはい」

 

 アリシアの要求を受け、自分ではページをめくれない彼女の代わりにページを進める。

 けして片手間と思うなかれ。確かに視線はマンガに集中しているが、きちんとマルチタスクでアリシアの言動にも注目しているのだ。日常生活で使用できてこその身に着いた技術だよね。

 三人――見方によっては一人と一霊と一匹――でフェイトの自室でのんびりまったりしていると、コンコン、と控えめなノックがなされた。これだけで相手が特定できてしまうテスタロッサ家。リニス先輩くらいしかいない。

 

「どうぞ」

「失礼します。――フェイト、アリシア、それにアルフ。プレシアが呼んでいるので研究室まで来てもらえませんか?」

 

 フェイトの許可を経て入室したリニス先輩は一礼した後、開口一番にそう言った。

 

 物語が、始まる。

 

「『ジュエルシード』?」

 

 研究が安定期に入ったと言えば聞こえはいいが、要は行き詰ってきていたのだ。

 理論はすでに完成している。その理論がくせもので、術式の起動に必要な魔力は人間の保有できる魔力量をはるかに超えていたのだ。腐っても神様のなせる技、ということか。

 魔導師ランク『条件付きSS』を持つプレシアが『時の庭園』のバックアップを受けても必要量の半分にも満たない。目下の研究は、その魔力をどうやって確保するかということだった。

 

「ええ、ロストギアの一種で、膨大な魔力の結晶よ。本来は願望を叶える道具なのだけれど、今回重要なのはその膨大な魔力。つい先日、管理外世界九十七番、日本の海鳴市に落ちたことが確認されているわ」

《日本?》

 

 アリシアの期待に満ちた問いかけはひとまず置いておいて、プレシアは説明しながら空中のモニターに『ジュエルシード』の資料を映し出した。

 ……これは、また。

 

「ニトログリセリンみたいなやつだな。本当に使えるのか?」

「ノーベルだってダイナマイトを発明したでしょう? 安定器を外付けすれば魔力電池としての使用なら十分可能だわ」

 

 なるほどね。ひとまず納得した。いつ暴発するかわからない危険物が散乱している海鳴市に在住の方々にはお気の毒だが。

 

「でもなんでわざわざ日本なんかにばら撒いたんだ? いっそ事故に見せかけて回収していれば楽だったのに」

「失礼ね。あれは本当に事故よ」

 

 表情からして本当みたいだが、事故が起こっていなければ『事故』が起きたに違いない。

 

「で、話はここからなんだけれど、あなたたち三人には海鳴市まで旅行に行ってきてほしいの」

「そんでもって善意の旅行者がたまたま危険なロストギアの封印を行う、と。管理局に提出するまでに少しタイムラグが発生するかもしれないけれど、管理外世界だから仕方がない」

「そういうこと。ね、いいでしょう、お願い」

 

 プレシアはウィンクすると、大仰な動作で手を合わせてぼくらを拝んだ。この一年でプレシアの性格がだいぶはっちゃけた気がするが、天真爛漫なアリシアと純粋無垢なフェイトの母親だと思えば納得できる。むしろこちらが本来の在り方なのだろう。

 

「わかった。いこう、アルフ、お姉ちゃん……!」

 

 母さん大好きっ子のフェイトには効果抜群だ! ぼくからしてみればもうすぐ還暦なんだから年を考えろと――ごめんなさい何も思っていません。無詠唱即時展開で【プラズマザンバー】をセットするなんて非常識な真似しないでください。デバイスどっから出した。

 (スーパー)プレシアマジパネェ。

 

「え、えと、確認しておくべきことがいくつかある。拠点と身分証明書は?」

「……ふん、まあいいけど。拠点は海鳴市郊外にマンションを用意したわ。パスポートも発行済みよ」

 

 フェイトには戸籍がない。以前は人形扱いされていたため、今は注目を集めないため仕方がなく。おそらく用意されたパスポートの『フェイト・テスタロッサ』とプレシアの娘フェイトは別人ということになっているだろう。

 死者蘇生は禁呪だとかいう問題ではない。悟られるわけにはいかないのだ。いまプレシアが用意しているのはアリシア専用だが、死んだ人間をよみがえらせる方法が理論として確立しているのは事実なのだから。亡者どもを寄せ付けないために、フェイトとアリシアに幸せな人生を送ってもらうために、誰にも知られるわけにはいかないのだ。

 だがこういうときには便利なのも事実。プレシアとリニス先輩では注意をひいてしまう恐れがある。条件付きとはいえ、プレシアは魔法世界に数パーセントしか存在しない魔導師ランクSSの実力者なのだから。管理外世界とはいえロストギア事件に前後して渡航していれば関連付ける人間も出てくるだろう。

 ……前から気になってはいたんだけれど、交易のないはずの向こうの通貨をどうやって取得しているんだろう。藪をつついて蛇を出す趣味は無いので聞いてはいないが。

 ちなみに、すべてが終わったあと、フェイトとアリシアを学校に通わせる計画は着々と進行中だとリニス先輩から聞いた。本当にプレシアに法律の勉強をさせる原因になったやつらには猛省を促したい。

 

「二十一個全部集める必要はあるか?」

「理論的限界値でも最低三個は欲しいところね。余裕を見積もって五個、実験とか調整に使うことを考えると十個あるとありがたいわ」

「多ければ多いほどいいってことね、了解。ところでジュエルシードを電池として使用後、返却って可能なの? なくなったりしない?」

「それは大丈夫よ。ジュエルシードは魔力結晶であるとともに願望の器。魔力を使いきったところで器は残るわ」

「器しか残らないんじゃないの、それ……? ま、いっか。じゃあ次、『お願い』の性質上、連絡を密にするってわけにはいかないと思う。単刀直入に聞くけど大丈夫?」

 

 ぴし、とプレシアのすべてが止まった。壁際でぼくらを見守っていたリニス先輩がそっと歩みより、その肩を抱く。

 (スーパー)プレシアの欠点、それは娘成分を定期的に補給しなければならないということ。

 アリシア、仮にも母親なんだから無視してないで、《やっぱりアキバにはいかないとねー》とか心底うれしそうに旅行の計画立てない。『遊びに行く』のだけど、遊びに行くんじゃないんだよ。でもアキバは賛成だ。前世ではなんだかんだいって行く機会に恵まれなかったからね。

 

「だだだだ、大丈夫よ! 可愛い娘たちのためですもの、耐えてみせるわ!!」

《うーん、やっぱりわたし、残ろうか?》

「あ、アリシア……!」

「アリシアが残ってもアルフはフェイトについていくでしょうから、結局話せませんからねー。私はついていくべきだと思いますよ?」

「り、リニスゥゥゥゥ! …………え、ええ、そうね。アリシアは旅行楽しんできて。お土産、たのしみにしているから」

 

 めっちゃ震えとる。血涙流してまでいうことかい。

 

 本当は行かせたくないんじゃないかと思うほど旅行の注意事項や禁止事項を並べたてるプレシアを放置して(本音は考えるまでもない)、『日本にいく』という事実に思いをはせる。

 久しぶりの里帰り。いや、たぶんぼくのいた世界とは別のパラレルワールドだろう。ノーベルはダイナマイトを発明し、ノーベル賞の元を創り上げたのは同じでも、ぼくの世界には魔法なんてなかった。

 『原作』の名前は『魔法少女リリカルなのは』。主人公の名前も『なのは』だと聞いた。そしてプレシアが関与するまでもなく日本にばら撒かれたジュエルシード。

 『原作』が始まったとみて、まず間違いない、かな?

 もしもそうなら転生者に出会う可能性は飛躍的に跳ね上がるだろう。命の危険にさらされる場面が何度もあるかもしれない。

 様々な思いが渦巻き、やがて一つの言葉になる。それは、ここからのぼくの覚悟を示すのに、妙にふさわしい気がした。

 何故か懐かしい気もするその言葉を、ぼくは心の中でそっとなぞる。

 

 

 相手が神であれ悪魔であれ魔法少女であれ、『うちの子においたするやつは、がぶっといく』からな。

 

 

 

 




 筆者は二次創作初心者です。さらに言えば原作知識も乏しかったりします。
 知らず知らずのうちに間違いやルール違反を犯している可能性がありますが、そういうのは指摘があり次第、極力直していく所存であります。
 感想、ご指摘、誤字脱字の報告等、何かあればお願いします。
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