俺の名前は上野睦月。何の変哲もない大学生だ。
好きなものは映画とヴェノムだ。
そうだ。
あの粘菌お化けもどきだ。
あの映画を見た日から、俺はヴェノムの虜になった。あんな「僕は敵です」みたいな見た目してるくせにやたら優しかったり、チョコとポテチが好きだったり、主人公のエディが好きだったり、一人称が「俺達」だったり、めちゃんこ強かったり、好きな所をあげたらキリがない。
あの日から毎日一回はあの映画を見ている。もちろんブルーレイも買ったし、スマホにも映像を移してどこでも見られるようにしている。この映画を見るのが俺の生き甲斐だ。
『We...are Venom』
「ここすき」
俺はもうここすきしか言えないbotになってしまった。それ程までにハマった。ヴェノムすこ。すこすぎてほんとすこ。
今日も今日とてヴェノムを見て、スマホを枕元に置いて充電。そしてベッドに入る。もう一日に三回は見ないと寝ることも出来ない体になってしまった。
だが、特に問題はない。あの映画を見てから、勉強も出来るようになったし、ムキムキになった。就職も上場企業への就職が決まった。全てはヴェノムのおかげだ。
…眠くなってきた。心が落ち着く。ヴェノムには安眠の効果もあるのだ。
「また明日ヴェノムを見るのが楽しみ…だ…」
そのまた瞼が下がり、俺の意識は深く沈んでいった。
鳥のさえずりで目が覚めた。涼やかな風が全身を撫でるのを感じた。随分と気持ちのいい朝だ。しかし随分と日差しが明るさ感じる。よくあるよね、起き抜けに眩しすぎて目が開けられないやつ。でもまあ朝をこう気持ちよく起きれるのは珍しい。時間を確認しようと枕元にあるはずのスマホに手を伸ばす。
「ん?」
妙だな。枕元に置いたはずのスマホがない。そして、徐々に覚醒し出した俺の意識は、ようやく異変に気付いた。
おかしい、俺の背中にあたる感触は間違いなく地面だ。ベッドじゃない。風が吹く?なんで?窓は開けていない。日差しが強い?まさか。カーテンは閉じたはず。
「…外?」
急激に覚醒した俺は大きく眼を開く。開いた。開いたはずだった。
「…‥‥え?」
うぞうぞという擬音がつくような動きだ。体がふにゃふにゃだ。そんでもって真っ黒。おもちゃのスライムみたいだ。伸ばした手と思ったものは、まさに触手。自分から伸び、指のように先端が五つに分かれている。
なぜ?どうして?疑問がいくつも湧き上がる。しかし、俺は、俺だからこそ、この正体に気づいた。まるで、この体は、俺がよく知っている……!
「ヴェノム…?!」
間違いない、これはあの共生体だ。ほとんど直感だが、それ以外に信じられないし、意外なほどにすんなり受け入れる自分がいた。悪くない、そうとすら思っている。
だって、夢の中(仮)とはいえ、あの大好きな面白粘菌になれるとは。好きもここまで高じるとこんなことが起こるのかー。すごいね人体。ウニョウニョと形を作ってみる。面白い。星形、丸、三角、自分が最初からこの体だったように自由自在だ。おもしろろろろろろろろろろ、
なん、あたま、まわらななななななな。
べのむ、えいよう、死ししししししぬぬぬぬぬぬぬぬ。
いきもの、
いきもののえいよう、
とらなきゃ。
その瞬間、体が動いた。意志ではなく反射、生命活動の継続を目的とした本能が、体を動かし、変形させた。最も効率よく、栄養を探し、寄生するため。
球体へ変形し、四方八方に触手を伸ばす、さながらハリネズミのように伸び、周囲を探索する、先ほど開けていた眼、らしき器官が変質した。触手の、おそらく先端が、眼になった。空と地面、別の風景が一つに見える。まるで監視カメラのモニターを見ている感覚だ。
栄養不足とは裏腹に冴える感覚はすぐに野生生物を見つけた。人を丸呑みにできそうなほど大きなカエル。発見、認知の瞬間、それに飛びかかった。地面を這い、凄まじい速さで近寄り、体内に侵入する。中枢器官、五感、内臓、栄養源の確保、身体機能の掌握、摂取。
この間およそ1分たらず。
あまりにも優秀な身体は、知能のない肉袋への襲撃を容易にこなした。カエルであった肉体は、映画で見たそのまま、『変身』した。身体を覆うように真っ黒な粘液が身体から染み出し、触手は手足の延長、鋭い爪、顔には牙を形成した。顔は恐ろしいバケモノのそれへと変わり、胸元には心臓のような文様、それから走る血管のようなものが浮き出す。
そして、彼の体が栄養を確保すると、急激に自我が浮かび上がる。わずか1分ほどで、自分が何をしていたかを思い出す。
なんだ今のは。知らない。俺の知ってる「アイツ」なのか?映画にあったか?いや、なかった。体を変形させた?顔を作ってエディと話したりしていたが、あんな風になったことはなかった。なぜ、どうして、そういった疑問ばかり湧き上がる。そして、彼はこう思った。
(おもしろっ)
大分頭がおかしかった。真っ当な人間じゃない。もうちょっと他にあるだろ。原作と違うとか、俺はどうなったのかとか。
苦悩して懊悩しろや。
(まあ夢だし)
そうだった。
(やっぱ夢の中ならなんでも出来るんだなー。明晰夢的な?さっきの感覚はちょいと怖かったけど、まあなんてことなかった気がするし)
本当にヤバかった命の危機を、なんてことなかったとは、こいつ頭おかしいぜ。
(そしてこいつは驚いた。カエルの中にいると思ったら、いつのまにかカエルとして動ける。やっぱり共生体じゃないか(歓喜)そんでもって、ここはどこだろ?野原?そもそもバカでかいカエルがいる野原ってなんだよ(哲学)俺の想像力の産物がここまでのものを生み出すとは。たまげたなぁ。)
かってにたまげてろ。このキチ◯イがいろいろ考えている中、遠くから一部始終これを見ていたものがいた。
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「キモッ!」
まさに冒険者といった服装の少年、サトウカズマは率直な感想を述べた。ジャイアントトードの討伐依頼、最後の一匹を探していたら、急にピクンとはね、次の瞬間には体が真っ黒な触手らしいものに覆われ、凶悪な人相、いや、蛙相になった。
「なんだアレ!なんだアレ!キモ過ぎるだろ!誰だよこの世界にジ◯リ持ってきたやつ!どうみてもタ◯リ神だろ!ふざけんなよ!呪いの塊じゃん!アシ◯カは弓で挑んで呪いふっかけられたんだぞ!もう俺は今日は戦わない!おいアクア!あのバケモノ浄化してこい!」
「いやよ!あんな気持ち悪いヌルヌルにちょっかい出せっていうの?!あんなのに近づいたら、美しい女神に欲情して全身ヌルヌル触手まみれにされるに違いないわ!ハッ、まさかカズマにはそういう趣味が…」
青い髪の美しい、黙っていれば美人なアクアがいやよいやよと子供のよに騒ぎたてる。実際知能は子供である。そしてレベルカンストなため、知性はもう成長しない。かわいそう。
「うるせー!おいめぐみん!あれに爆裂魔法撃てよ!格好の獲物じゃねーか!」
「我が爆裂魔法を撃つまでもないでしょう。私の魔法の相手にはふさわしく無いです。けして気持ち悪くて近寄りたく無いとかそういうわけでは無いですからね」
THE・魔導師といった小柄な幼女、めぐみんはR15Gな見た目の元カエルから目をそらし、知らんぷりを続ける。かわいい。
「おまえの基準は聞いてねーよ!クッソ、あんなのに俺の弓は相性悪そうだし、どうすりゃいいんだ!」
「カズマ、私が行こう」
「どうすりゃいいんだ!」
「おいカズマ」
「クソッ!いつも通りなら俺の弓で一撃なのに…」
「カズマ」
「せっかくあと一体でクエスト達成なのに!」
「無視するなカズマ!」
「うるさいぞダクネス。どうせ攻撃が当たらないおまえが行ったって意味ないだろ。やられてあわよくば触手プレイに興じようってか?この変態クルセイダーめ」
「はうう!」
攻撃の当たらない近接職という面白ビルドのクルセイダー、ダクネスはあんまりな言い草に身をよじらせていた。けして興奮しているわけではない。もしもただ興奮してただけなら、アルカンレティシアの木の下に埋めてもらっても構わないよ!
頭を抱えて唸るカズマ、カズマをグイグイ押しさっさと仕留めるよう騒ぐアクア、あまりの容貌にさすがにドン引きのめぐみん、カズマの言葉責め()にあんあん喘ぐダクネス。そして、そんな喧しい一団に気付き、音もなく忍び寄る影。
「なあ、あんた達」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
仲良し四人組はおんなじような顔をして間抜けな声を出した。そんなに遠くではないとはいえ、ここまで近寄られても気づかなかった。こんな巨体が迫りあまつさえこちらに声を掛けてきた。敵の奇襲()を受けた熟練()パーティーの彼らは臨戦態勢を、
「シャベッタァァァァァァァァァァァァ!!!」
取れないほどびっくりしていた。
頑張って続き書くので感想いただけたら、超頑張って書きます。