今回は久しぶりの連載型のオリジナル小説を投稿していこうかなっと思っております。いつも通りプロットも無く、自由気ままに書いており、まだまだ拙い文ではございますがどうぞ、ご愛読のほうよろしくお願いいたします。
それでは、どうぞ。
キーンコーン……と告げる授業終了を告げる鐘が鳴る。
その音で我に返った。どうやら、いつの間にか寝ていたようで、ノートには歪な黒い線が縦横無尽に駆け巡っており、いかに自分が変な寝方をしていたのかを物語っていた。消そうにも下の文字を覆うように引かれていたので、ため息をついて断念した。後で誰かに見せてもらって書き直すとしよう。
「諦めも肝心」と教科書を閉じ、背もたれに寄りかかってグッーと伸びをする。流石に腕を上げて大胆に伸びをするのは、鐘が鳴った今でも教授を続けようとしている世界史担当の教師にこっ酷く叱られるだろうと思い、やめておいた。
開け放した窓から心地良い風が入り込み、俺の頬を柔らかく撫でる。
その風を受け、窓の外へと視線を移す。
風は、俺が思ったより強く吹きさらしているらしく、運動場の片隅に宿る木々の枝を激しく揺らし、舞い上がる砂ぼこりと相まって、まるで一緒にダンスを踊っているかのようにも見えた。俺はその光景をただ観客のようにボーッと眺めていた。
しかし、それもつかの間のことで、風はすぐに止んでしまった。その事に少しの寂寥感を覚える。
教師の授業はまだ続いていた。授業終了のチャイムが鳴ってから既に三分は経過しているんだが……。
諦めた手前、また教科書を開いてノートを取るのも面倒なので、まだ授業を続けるであろう残り数分は、やはり窓の外を眺めることに徹した。
流石に正午を過ぎると陽も高く、最近の気温上昇と相まって冬服では暑さを感じるほどだ。
だから最近は学校指定のブレザーを羽織ることも少なく、既に数人の男子は長袖のワイシャツの袖を折って、夏服のように着こなしていた。女子の間でも、ブラウスを着ることもなくなり、ワイシャツの上にそのままブレザーを羽織るというスタイルが目に見えて増えてきている気がする。現に、運動場前のベンチでお弁当箱を広げて談笑している女子生徒達も、ブレザーの下にワイシャツだけの簡素な様相をしていた。
そろそろ厚ぼったい冬服ともしばしの別れをしなければならない時期になっていると、ひしひしと痛感する。
ウチの高校の女子の制服は、紺を基調としたブレザーで、スカートは灰色。ピシッと揃えられた折り目は、清楚感を醸し出すには十分なもので、ハッキリ言うとめちゃくちゃ可愛い。それは男女共に認める事実だ。だから、それ目当てでこの高校を志願する生徒も多く、その影響か校内はその制服に見合う華のある女子ばかりだ。
つまり、俺ら男子からすると眼福の極みであり、勉学や理不尽な学校生活へのモチベーション維持にもなっていたのだ。それらが季節のせいで見れないとなると、些かながら残念な気持ちになるのは仕方がないことであろう。
「この年ローマは五賢帝時代の中で最大の領土を統治する事になり……」
「せんせー、もうチャイム鳴ってるんですけどー」
その声に、窓から教室内へ視線を戻すと、人の列の中の誰かが教師に向かって文句を言っていた。それに乗じてか、数人の生徒が調子づいたように言葉を続ける。
「時計の見方分からないんですか〜?」
「早くご飯食べたいんだけど~」
「授業時間割にちゃんと従ってくださーい」
私語厳禁で静寂に満ちていた教室が、途端に耳が膜を帯びるほどの騒音に包まれる。皆が比較的興味ない世界史で、しかも四時間目なのだ。大事な昼休みがそんなことの為に削られてしまっては、皆の反感を買うのは必然だろう。
その騒音の中で、ある者は夢の中から引き起こされて眼を擦り、ある者は「やってらんねー」という風に教科書を投げ込むように仕舞い、見覚えのあるやつに関しては弁当箱を構えて今にも席を立とうとしていた。いや、お前に関しては準備早すぎだろ。
ここまでの批判を受けてもなお、教壇に立つ教師は話し足りないのか、黒板と時計を苛立たしげに交互に睨みつけていた。しかし、生徒たちにはもう授業を受ける気がないと分かったのだろう、大きくため息をつくと、
「……今日は終わり。次の授業までに今回の復習をしておくように」
と、不機嫌そうに荷物をまとめて、黒板も消さずに教室を後にしていった。
その瞬間から椅子や机が一斉にガタガタと動く音が鼓膜を震えさせる。やはり皆お腹が空いていたのだろう。教科書を片付けるのももどかしく、いつものグループで机をくっつけて、あれやこれやと談笑を開始していた。
「ごはんだー!」
俺もみんなに倣い、机の上に置いてあった世界史の教科書を机の中に仕舞っていると、ものの一番に昼食の準備を終えていた女子生徒が、そのグループ群の間を縫うように走り抜けて俺の机をバンッと叩く。
「ほらみんな、早くごはん食べよ!」
「分かったから耳元で叫ぶな。あと顔近い」
顔と顔が触れ合う寸前まで接近してきたので、顔を背けつつ息が当たらない程度まで距離をとる。
「別にこれくらい普通だよ? ほら、さっさと机の上片付けて!」
彼女──真澄優子は男女間の間柄を全く気にしない、言わば性に無頓着な子だ。それに加えて、素直で分け隔てなく誰にでも話しかけ、極めつけには無駄に明るいため、よく男子を勘違いさせているらしい。
「優子、そんなにカズにベタベタしてると瞳奈子ちゃんに殺されるぞ?」
そんな俺らを見兼ねた拓海が、小柄な優子の頭をポンポンっと撫でつつ、さり気なく彼女を俺から遠ざけてくれる。
「んにゃ、頭ワシワシするな〜! 私は子供じゃなーい!」
「とか言いつつ結構嬉しそうだな」
俺のツッコミにアハハっと笑いつつ、その手を止めることの無い拓海。対して優子は少しだけ頬を赤くしつつ、近くにあった椅子に不機嫌そうに腰を下ろした。
「流石拓海。よく飼い慣らしてるな」
「だろ?」
自慢げに胸を貼る男子。いや、マジで飼ってんのかよ。
俺の前の席を移動させて机同士をくっつけると、いそいそと弁当箱の包みを開き始める二人。次いで二人同時に「いただきます」とあいさつをすると、優子は女子とは思えないくらい豪快に、拓海は手のひらに収まるくらいのおにぎりにかぶりついていた。俺はそれを頬杖を突きつつ欠伸をしながら眺める。
「ってか和樹今日は弁当じゃねーの? 無いなら早く購買行かないと売り切れるぞ?」
口をもぐもぐと動かしながら拓海が俺に問う。
「ん? 弁当だよ」
「んじゃあ、早く食べろよ。あの根暗眼鏡のせいで、ただでさえ昼休み削られてんだから」
そう言いながら、弁当箱をつつく拓海。根暗眼鏡とはあの世界史教師のあだ名だ。縁の大きい黒メガネに、目が隠れるほど長い前髪。何かを決めるときに優柔不断でオロオロしだすせいで、彼は生徒からそう呼ばれている。
「あるっちゃあるが、今俺の手元にはないんだよ」
「と、言うと……?」
優子が首をかしげて、頭にはてなマークを浮かべる。
「要するにヒナが──」
「カズくん」
俺の言葉を遮る聞きなれた声に、後ろを振り向く。そこには両手に持った包の片方を俺の方に突き出している瞳奈子の姿があった。
「お待たせ」
「ん。サンキュ、ヒナ」
「いえいえ。たまーになら、今日みたく作ってきてもいいんだよ?」
「それは味次第だな」
「なにそれひっどーい」
瞳奈子が口元を軽く押さえて、コロコロと笑う。彼女は自身の弁当箱を俺の机の上に音もなく置くと、隣の子に「ごめん、机借りてもいい?」と了承を取ってから、埃を立てないように慎重に机を運び出す。許可もなくいきなりドカッと座ったどっかの男女二人とは大違いだ。
「なるほどなぁ、和樹は愛妻弁当かぁ」
拓海が羨ましそうに呟く。
「愛妻ではないけどな」
それに対して、ツッコミを入れながら、弁当箱を開く。
中にはハート形にケチャップが乗ったハンバーグやきんぴら、ハムやレタスなど、栄養の事も愛情の事もきちんと考えられた、いわゆる百点満点の光景が繰り広げられていた。その内容の良さに、拓海と優子が「おぉ……」と感嘆の声を上げる。
「え、えへへ……ちょっと頑張っちゃった」
瞳奈子が自分の髪をクルクルと指に絡めながら、恥ずかしそうに呟く。小さい頃からの、彼女の照れ隠しの癖だ。
「これを愛妻と言わずになんというんだ?」
拓海に震える声でそう言われて、うーんと首を捻る。
「……なんだといわれても、ただの弁当だろ」
「和樹くんって中々酷い方ですね」
「うおっ!?」
誰もいないと思っていた背後から声がして驚いて振り向くと、午前中の授業に参加していなかったはずの女子生徒が蔑むような顔をして俺を見下ろしていた。
「あら驚かせちゃいました?」
「おー、美奈。仕事おつかれさん」
拓海がそう言うと、蔑み顔から一転、彼女は「ありがとうございます」と可愛らしくニコッと笑うと、スカートの裾を抑えつつ、瞳奈子の隣の誰も使ってない椅子に姿勢よく座った。
彼女の名前は柏崎美奈。可愛らしい声音で物腰は柔らかく、長く伸ばした黒髪も相まって、学校中の男子から『女神様』と奉られている。しかし彼女はそのことに嫌悪感を抱いているらしく、奉っている男子とは会話もしたくないと憤っていたが。
「もうすぐクランクアップなんだっけ?」
「はい、明日の撮影で私の出るシーンはすべて終わりですね」
彼女は最近注目を集めている女優で、今度有名な監督の映画に出演するそうだ。今日はそれの撮影だったらしく、顔に少しだけ疲労の色が見える。
「あんま無理するなよ」
「……可能な限り、体調には気を付けていますよ」
拓海の心配に、拗ねたように唇を尖らせ。ぶっきらぼうに言う。多分俺らには分からない苦労やストレス、何より女優としての彼女なりのプライドがあるのだろう。
「それにしても、瞳奈子ちゃんが急にお弁当作ってくるなんて珍しいですね」
「うぇ!? そ、そうかな?」
急に話を振られて、瞳奈子が驚いたように言う。
「少なくとも私が学校に来ているときは一度も見たことがありません」
「確かに、言われてみればそうだな」
美奈の言葉に、拓海が卵焼きを一口で頬張りながらウンウンと頷く。
彼らの問いかけに対し、瞳奈子は手に持ったお茶のペットボトルに口をつけつつ、
「昨日、カズくんとの賭けに負けちゃってね。その罰ゲームとして、私が作ってきたってこと」
と、少しだけ悔しそうにそう呟いていた。
「そうなんですね……。ところで、その罰ゲームの内容って何だったんですか?」
今度は俺の方に意味ありげな視線を向けながら、話を振る彼女。なんかコイツ、今日はやたらと他人の話を聞きたがるな……。でもまぁ、特に秘密にするっていう内容でもないし、ここは別に正直に話しても良いだろう。
「ありきたりなやつだよ。『勝ったほうが負けたほうの言うことをなんでも一つ聞く』ってやつ」
「あら、それで和樹くんは今日のお弁当を希望したんですね」
「まぁ、そうだな」
俺が同意すると、美奈がため息と共にヤレヤレと首を横に振る。
「……意気地なし」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは?
その真意を問おうと、美奈の方を向く──直前に美奈が座っていた椅子からガタッと音を立てて立つと、俺の傍まで来る。
「お、おい……どうし──」
問うより早く、彼女の細く綺麗な腕が俺の胸元に伸びてきて、その手が俺のシャツをガシッと掴んだ。
「なんで瞳奈子ちゃんのナイス☆バディを堪能できるかもしれないチャンスを、こんなことの為に不意にしてるんですか!? バカなんですか? バカなんですよね!?」
「いやほんと何言ってんのあんた!?」
今をトキメク有名女優とは思えない発言に、つい声を荒げてツッコんでしまう。日頃ストレスが溜まっているとはいえ、ここまで欲求不満を露わにする女の子が果たして今までいたであろうか。……ていうか性格変わりすぎだろ。
「ナ、ナイスバディなんかじゃないよ〜、美奈」
現役女優の言葉に、顔を赤くして見悶える瞳奈子。そんな彼女を傍目に女優が俺に顔を近づけると、コソッと耳打ちをしてくる。
「多分、瞳奈子ちゃんはそういう意味も込めて言ってたんだと思うよ? 和樹くんの貞操観念どうこうじゃなくて、ちゃんと瞳奈子ちゃんの気持ちを汲んであげなきゃ」
最後にフッと耳に息を吐きかけられ、背中に嫌な電撃が走る。恨みを込めてそちらを見ると、現役女優は唇に人差し指を当てて笑顔で自分の席へと戻って行った。
変なプレッシャーから解放されて、崩れた襟を整えながら息を吐く。
友人のことを思っての発言なんだろうけど……。果たして美奈はどれくらい瞳奈子のことを考えて発言したのだろうか。
机を並べて談話する皆を一瞥する。
皆は、どれくらい瞳奈子のことを知っているのだろうか。少なくとも俺は、ここにいる誰よりも瞳奈子のことを知っていて、誰よりも大事にしているという自信がある。
それなのに、何も考えてないだの失礼だの、言いたい放題言いやがって……。
弁当箱に最後に残ったハンバーグの一切れを少し苛立たしげに貪りながら、俺は昨日の”賭け”の時のことを思い出していた。