雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/19 加筆修正

炭治郎が手鬼を斬るまで




 ――鬼殺隊。

 その数およそ数百名。政府からは正式に認められていない組織。だが、古より存在していて、今日も鬼を狩る。しかし、鬼殺隊を誰が率いているのかは、謎に包まれていた。


 ――鬼。

 主食・人間。人間を殺して喰べる。いつ、どこから現れたのかは不明。身体能力が高く、傷などもたちどころに治る。斬り落とされた肉も繋がり、手足を新たに生やすことも可能。体の形を変えたり、異能を持つ鬼もいる。太陽の光か、特別な刀で頸を斬り落とさない限り殺せない。


 鬼殺隊は、生身の体で鬼に立ち向かう。人であるから傷の治りも遅く、失った手足が元に戻ることもない。それでも、鬼に立ち向かう。――人を守るために。


炎が消えぬように
壱 春の催花雨


 春。早く咲けと花を急き立てるように振る雨の中、足早に駆けて行く者がいる。腰に刀を差し、夜明けの空に似た羽織をはためかせ、人目を避けるように。

 

 

「――しくじったなぁ」

 

 

 時折崩れかける膝を叱咤し、唇を噛み締めながら。走って、走って、走って。藤の花が彫られた門戸を見つけると、一段と速度を上げて。見計らったかのように開かれた戸の中に転がり込むと、そのまま濡れてぬかるんだ地面に倒れ込んだ。

 心配そうに、あらあらと、顔を覗き込むお婆さん。いつもなら笑顔でお喋りに興じるのだが、生憎とそんな余裕などなかった。

 耳の奥に響く心臓の音。段々と感覚がなくなっていく指先。じわりじわりと滲み出てく何か。いや、何か、と濁す必要はないのかもしれない。体内から失われているのは、血だ。生きていくうえで欠かすことの出来ないもの、生命の息吹。

 鉄臭さが鼻を突き、視界が霞んでいく。気が遠くなっていく。それでも、ここで死に絶えるつもりは毛ほどもない。ただ、休息を取るだけだ。数日か、数週間か、数ヶ月か――それとも数年間か。どれ程の長さになるか、分からないけれど。

 

 

「――――お館様に、伝言を」

「はい」

「鬼は、十二鬼月では、なかった。ただ、血気術が、厄介で」

「はい」

「己の血を、空、気に混ぜ、て、吸わ、幻、術を見、せ、る」

「はい」

「と、どめを、刺し、きれず、も、しわ、けない、と―」

「――はい」

 

 

 そこから先の、記憶はない。ただ、お婆さんの声が震えていた事と、微かな梅の香りだけは、記憶している。

 

 

 

**数年後**

 

 

 

(竈門炭治郎)

 

 

「もう教えることはない」

「えっ」

 

 狭霧山に来て一年後、突然そう言われた。一瞬聞き間違いかと思ったけれど、同じ言葉を繰り返されて現実だと知る。そのままの流れで、俺は大岩の前まで連れて来られた。

 そこで鱗滝さんは、岩を斬れたら“最終選別”に行くことを許す、と言った。――岩って、刀で斬るものだっけ?首を捻る俺を置いて、鱗滝さんは山を下りていく。

 "教えることはない"。その言葉通り、鱗滝さんはそれから何も、教えてくれなくなった。何をすべきか必死に自分の頭で考えて、何か良い案が浮かぶわけでもなく。結局俺は鱗滝さんに習ったことを毎日繰り返した。

 けれど、半年経っても、岩を斬ることはできなかった。俺は焦った。何かが足りていないのだと思うけれど、何が足りていないのか分からない。鍛錬か、素質か。暗い考えが頭を過って、振り払うように頭を岩に打ち付けた時だった。

 

 

「みっともないし、危ないからやめな」

 

 

 ピンッ、と糸が張り詰めたような。それなのにどこか柔らかな、不思議な声が聞こえて来た。ハッとして上を見ると、人がいた。気配はなく、匂いもしない。狐のお面をつけている以外、目立った特徴もない。

 ただ、そこにいるのが当たり前のように、自然体で。その人は岩に腰かけていた。顎を乗せた右肘を、胡坐をかいた膝に乗せて、俺を見下ろしている。……見下ろしてる、んだよ、な?

 

 

「さて、呆けているだけじゃ時間が勿体ないね。早速だけど、打ち合おうか」

「えっ」

「稽古をつけてあげる、ってことさ」

「ええっ?」

「本当は、ただ見守ってるだけのつもりだったんだけど」

「えっと、」

「君はまだ何も身につけられていないし、自分のものに出来てもいないみたいだから。我慢できずに出て来てしまった」

「…自分の、もの」

「そう。特に、鱗滝さんに習った“全集中の呼吸”とか」

 

 

 いやぁ、参ったねと。肩を竦めるこの人は、鱗滝さんや呼吸のことを知っているらしい。それならきっと、この人も鱗滝さんに師事したことがあるのだろう。どこからともなく取り出した木刀を構え、君も早く、と俺を急かす。

 

 

「君は、呼吸法を知識として覚えたに過ぎない。まず体そのものに分からせなくては意味がない」

「体に……」

「そう。鬼とは命のやり取りをするんだ、普通、頭で考えてる余裕なんてものはない」

 

 

 確かに、と俺は頷く。それ相応の鍛練を積んで実力が伴い、鬼との戦闘経験が豊富であればその限りでもないのだろうけど。

 

 

「だから、叩きこもう。血肉に、骨の髄に。鱗滝さんが教えてくれた全ての極意を、決して忘れることなど無いように」

「やってます!毎日やってるんです!!必死で!!でも全然駄目で、前にっ…進めないんだ!!これ以上!!」

「それでも、進め」

 

 

 息を呑む。目の前に狐のお面があった。少しだけ苛ついた匂いと裏腹に、駄々っ子を宥めすかすような声が耳朶を打つ。

 

 

「男に生まれたのなら、前に進む以外の道なんてないんだよ」

 

 

 その言葉に、自然と体は動いていた。声を挙げて、刀を振るう。ふと、目の前の人が笑ったような匂いがした。

 

 

**

 

 

 いつの間にか俺は気絶していて、目が醒めると可愛らしい女の子がいた。けれど俺はそんなことはお構いなしに、さっきまでの冷めやらぬ興奮を語っていた。

 

 

「あの人凄いんだ!一撃が凄く重くて、無駄な動きが一切なくて!!本当に綺麗だった!!あんな風になりたい俺も!なれるかな?!あんな風に……!!」

 

 

 俺の話を呆気にとられて聞いていた女の子が、ふわりと笑う。そして、きっとなれるよ、と。鈴を転がしたような声でそう言った。

 

 

「私が見てあげるもの」

 

 

 その女の子は“真菰(まこも)”と言った。あの狐面の人の名前は教えられないけれど、真菰たちは“季津(すえつ)”と呼んでいるらしい。なので、俺もそう呼ぶと良いとも教えてくれた。本名は本人から聞いたほうがいいでしょ、と笑って。

 “真菰”は、俺の悪いところを指摘してくれた。無駄な動きをしているところや、癖がついているのを直してくれる。なぜ、そうしてくれるのか。どこから来たのか。聞いても教えてくれない。

 

 

「私たち、鱗滝さんが大好きなんだ」

 

 

 この言葉は真菰の口癖だった。季津さんと真菰は、兄妹ではないらしい。季津さん自身もそうかは分からないが、真菰は孤児だったのを鱗滝さんに育ててもらったそうだ。

 

 

「姿は見せてないけど、他にも子供たちがいるんだよ。皆でいつも、炭治郎のことを見てるの」

 

 

 真菰は少し変わった子だった。言うことがふわふわしている。

 

 

「“全集中の呼吸”はね、体中の血の巡りと、心臓の鼓動を速くするの。そしたら、すごく体温が上がって、人間のまま、鬼のように強くなれるの」

 

 

 とにかく肺を大きくすること。血の中に沢山、沢山、空気を取り込んで。血が吃驚したときに、骨と筋肉が慌てて熱くなって強くなる。真菰はそう言ったが、正直よく分からなかった。どうやったらできるのかと尋ねた俺に、真菰は小さく笑って言った。

 

 

「死ぬほど鍛える。結局、それ以外にできることないと思うよ」

 

 

 腕が、足が、千切れそうな程。肺が、心臓が、破れそうな程、刀を振った。それでも、季津さんには勝てなかった。――――半年経つまでは。

 その日俺が挑みに行くと、季津さんは真剣を持っていて。

 

 

「ようやっと、男の顔になったね」

「今日こそ、勝ちます」

 

 

 真正面からの勝負は単純だ。より強く、より早い方が勝つ。勝負は一瞬で決まった。――この日、この瞬間、初めて。俺の刃が先に、季津さんに届いた。俺が勝った時、季津さんは笑った。とても嬉しそうな、安心したような笑顔だった。

 

 

「……勝ってね、炭治郎。()()()にも」

 

 

 気付くと季津さんは消えていて。季津さんの面を斬ったはずの俺の刀は、岩を斬っていた。俺が勝てた理由は、“隙の糸”の匂いが分かるようになったからだ。誰かと戦っている時、俺がその匂いに気付くと糸は見える。糸は俺の刃から、相手の隙に繋がっていて。見えた瞬間に、ピンと張る。俺の刃は強く糸に引かれて、隙を斬り込む。

 ――ただ、あの一瞬。季津さんがわざと隙を見せたような気がするのは、俺の考えすぎだろうか?

 

 

**

 

 

 迎えに来てくれた鱗滝さんに、よく頑張った、凄い子だと頭を撫でられ、抱きしめられた。不覚にも涙が込み上げてきて、荒く目元を擦る。

 

 

「“最終選別”、必ず生きて戻れ。儂も妹も、此処で待っている」

 

 

 山を降りて小屋に戻り、髪を切り終えると、鱗滝さんがお面をくれた。季津さんや、真菰が身に付けていた物と、よく似ている。厄除の面と言い、悪いことから守ってくれるそうだ。そして、眠り続ける禰豆子は連れて行けないので、鱗滝さんに預かってもらう。

 

 

「鱗滝さん行ってきます!季津さんと真菰によろしく!!」

 

 

 それだけ言い置いて、前を向く。だから、俺は気付くことができなかった。

 

 

「――炭治郎、なぜお前が……」

 

 

 俺を見送ってくれた鱗滝さんが、、溢した呟きに。

 

 

「あの子たちの名を知っている」

 

 

****

 

 

「季津さん」

 

 

 真菰は不安げな顔で季津を見上げた。

 

 

「炭治郎、勝てるかな?」

 

 

 どうだろうね、と笑って返し、少しだけ考えるふりをする。

 

 

「努力はどれだけしても足りないものだ。それは君も、知っているだろう」

 

 

 季津は面の下で目をつぶり、脳裏に炭治郎の姿を思い浮かべる。他の子を後ろに庇い、大型の異形の鬼を前にして、刀を構えるその姿を。

 

 

「やっぱり炭治郎も負けるのかな?アイツの頸硬いんだよね…」

 

 

 季津さんは知らないだろうけど、と。少しだけ落ち込んだ真菰の言葉に、確かにと頷く。確かに、季津は真菰を、鱗滝に師事した子供たちを食った鬼のことを知らない。否、それは間違いだ。()()()()()()()()()()()()()()、というのが正しい。

 けれどそれは、季津には真菰にはない知識があったからで。だから、不安に思うことなどなかった。

 

 

「負けるかもしれないし、勝つかもしれない。ただ、そこには一つの真実があるだけさ」

 

 

 この勝負の結果は分かり切っているが、それを説明しようにも“竈門炭治郎は主人公だから”というのは通じないだろう。だから季津は、知識の中にある言葉を、本来ここにいるはずだった少年の代わりに口にした。

 

 

「炭治郎は誰よりも硬く、大きな岩を斬った男だという、ね」

 

 

 遠ざかる意識の向こう。季津は確かに、竈門炭治郎(物語の主人公)が鬼の首を斬った姿を見た。




竈門 炭治郎
 原作の主人公。鬼となった妹の禰豆子を救い、家族の仇討ちを目指す、心優しい少年。当作品では、語り部となってもらうことが多いと思われる。季津とは兄弟弟子関係で、狭霧山では遠慮なしに叩き上げられた。大岩を斬れた時、主人公がわざと隙を見せてくれたのだと思っている。そのうち面と向かって問いただすかもしれないし、問いたださないかもしれない。
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