雨をつれてくる男   作:破月

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前半のは八巻巻末の番外です。
つたないのは仕様と思ってください。

中盤から原作軸
上弦の参襲来


拾参 牛車洗い

 お腹がすいた。悲しい、虚しい、苦しい、寂しい。そんな日々だった。だけど、ある日ぷつんと音がして、何もつらくなくなった。貧しい暮らしの中、親に売られた時でさえ、悲しくはなかった。

 

 

「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 

 鈴を転がしたような声が、呼び止める。

 

 

「その子はどうして、縛られているのでしょうか。罪人か何かなのですか?」

 

 

 蝶の髪飾りをした、綺麗な女の人が二人いた。前にいる人はニコニコ笑っていて、後ろの方にいる人は仏頂面をしている。どうして、この人たちは声を掛けて来たのだろう。考えてみようとしたけれど、やめた。

 

 

「……見てわかるだろ、蚤だらけで汚ぇからだよ。それに、逃げるかもしれねぇしな」

 

 

 男がそう言う。けれど、それすらどうでもいい。

 

 

「こんにちは、初めまして。私は、胡蝶カナエといいます」

 

 

 あなたの名前は?わざわざ目線を合せるように腰を折って、その人はそう言った。名前なんかねぇよ。男が代わりに答える。親がつけていないからだ、と。

 

 

「もういいだろ、離れろや」

 

 

 そう言って、男がその人に手を伸ばそうとして、もう一人の人に弾かれた。痛そうな音がする。

 

 

「姉さんに触らないでください」

 

 

 そう、姉妹だったの。でも、それもどうでもいいな。何なんだ、と男が言う。お喋りしたかったらお金を払え、とも言う。それなら、買います、ともう一人の人が懐に手を入れて。

 

 

「これで、足ります?」

 

 

 何かをばらまいた。橋の上で、紙切れが風に煽られ、硬貨が散らばる。してやったり、と笑うその人が、早く拾った方がいいと言っていた。いいのかしら、と姉さんと呼ばれた人と、いいの!とそれに返した人に手を引かれて。――――二人の手、温かかったな。

 

 

「姉さん、この子全然だめだわ。言われないと何もできないの。食事もそうよ、食べなさいって言わなきゃずっと食べない、ずっとお腹鳴らして」

「まあまあ、そんなこと言わずに。姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなあ」

「だって!自分の頭で考えて行動できない子はだめよ、危ない。一人じゃできないのよ」

「じゃあ一人の時はこの銅貨を投げて決めたらいいわよ、ねーカナヲ」

「姉さん!!」

「そんなに重く考えなくていいじゃない、カナヲは可愛いもの!」

「理屈になってない!!」

 

 

 その人はほわほわと笑って言った。

 

 

「きっかけさえあれば、人の心は花開くから大丈夫」

 

 

 いつか、好きな男の子でもできたら。

 

 

「カナヲだって、変わるわよ。――――私が、そうだったみたいに」

 

 

 心から幸せそうに、その人は笑っていた。

 

 

「ところで、しのぶは錆兎ちゃんと冨岡ちゃん、どっちが好み?」

「ね・え・さ・ん!!」

 

 

****

 

 

 ゴガァッ、と。形容し難い音の後に、凄まじい断末魔が響く。それに呼応するように汽車全体が揺れ、車体が、まるで蛇のようにのたうち回る。このままだと横転するだろう。煉獄、と名を呼ぶと同時に飛び出していった背中を見送り、季節は笑った。

 

 

「――――ぁあ、くそ。死なせたくねぇな」

 

 

 取り繕えず口を突いて出た言葉は、彼らしくない粗野なものだった。否、元来彼の口調は粗野だ。けれど、それでは威圧的だからと、父の話し方を真似るようになった。それが思いの外はまり、染みつき、今ではあのうさん臭い話し方へと昇華された。

 それはともかく。いよいよ、である。

 

 

「ここからだ、ここからなんだ」

 

 

 揺れの中、倦怠感に包まれた体を無理やり動かして立ち上がる。折れてしまった刀身の方を拾って鞘に落とし、刀の柄を強く握りしめて窓の外を睨み付けた。夜空には雲一つなく、雨は降りそうにもない。それもそうだ、今回季節は()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 ガガガ、と何かが擦れる音が響き、人一倍大きな揺れと共に汽車が止まった。思いがけず体勢を崩し、壁に頭を、座席に背中を強かに打ち付ける。情けない話だが、未完成の技を放った影響で足腰に力が入らないのだ。

 鍛え方が足りないと言われればそれまでだが、病み上がりだ、当然のことと受け入れるしかない。だから、泣き言を溢すのは後にしよう。

 

 

「(雨の呼吸はダメだ、あれはどうやっても煉獄の炎を消してしまう。ここは、水の呼吸を使っておくべきか?雨よりは、相性の悪さはないとは思うが……いや、それなら()()()の方が使い勝手はいいのか?だとしたらすぐにでも()()()()()()()間に合わねぇ…)」

 

 

 呼吸を整え、散らかる思考を何とか纏めあげる。事ここに至って、ぐだぐだと考えているのは時間の無駄でしかない。

 

 

「よし」

 

 

 ――――往こう。

 

 

「“千早ふる神もみまさば立ちさばき天のとがはの樋口あけたまへ”」

 

 

 口早に唱えて立ち上がる。腹はとうに決まっている。ならば、その目的を果たすために全力を尽くすべきなのだ。そうすれば、仮令(たとえ)、この命を使い捨てることになったとしても、後悔はしない。

 

 

「…いや、使い捨てたらカナエに叱られるか」

 

 

 前言撤回。捨てるのはやめて、ちゃんと命を拾って帰ろう。炭治郎たちと、煉獄と。絶対に、生きて帰るのだ。それをもって、原作と別離しよう。だってこの世界は、紙面上の出来事でも何でもない、まぎれもない現実なのだから。

 

 

****

 

 

(魘夢)

 

 体が崩壊する、再生できない。負けたのか?死ぬのか?俺が?馬鹿な…馬鹿な!俺は全力を出せていない!!人間を一人も喰えなかった。汽車と一体化し、一度に大量の人間を喰う計画が台無しだ。こんな姿になってまで……!!これだけ手間と時間をかけたのに…!!

 脳裏に、焔のような頭髪の男の姿を思い浮かべる。三百人も人質を取っていたようなものなのに、それでも押された、抑えられた。

 黄色い頭の男を思い浮かべる。アイツ…アイツも速かった。術を解ききれてなかったくせに…!!

 口枷をつけた、黒髪の女を思い浮かべる。あの娘、鬼じゃないか。何なんだ。鬼狩りに与する鬼なんて、どうして無惨様に殺されないんだ。

 

 

「(くそォ、くそォ!!そもそも……!!)」

 

 

 あのガキ、花札のような耳飾りをしたガキに術を破られてからが、ケチがつき始めたんだ。あのガキが悪い…!!あのガキだけでも、何とか殺したい…そうだ、あの猪も!!ガキだけなら殺せたんだ、あの猪が邪魔した。並外れて勘が鋭い、視線に敏感だった。

 それに、協力するはずだった女の鬼が早々にやられたのも大きい。もう一人の顔面に傷のある男に執心しやがって!!こっちが優勢かと思えば、あっさりやられやがった…!!

 炎の男と傷の男、恐らくどちらも柱だ。柱が二人も乗ってるなんて、聞いちゃいない…ッ。

 

 

「(負けるのか、死ぬのかァ…!!ああああ、悪夢だあああ、悪夢だあああ)」

 

 

 ――――鬼狩りに殺され続けるのは、いつも底辺の鬼たちだ。上弦が、あいつらだけが、ここ百年顔ぶれが変わらない。あいつらは山ほどの鬼狩りを葬っている、鬼狩りの柱さえも葬っている。下弦以下の鬼がむざむざ殺され続ける中で、あいつらだけが。

 それほどまでに、上弦とは異次元の強さなのか?あれだけあの方に血を分け与えられても、俺は上弦に及ばなかったというのか…?

 

 

「(ああああ、やり直したい、やり直したい)」

 

 

 何という惨めな、悪夢…だ……。

 

 

「――――お休み魘夢。今度は好い夢を見られるよう、祈っているよ」

 

 

 既に崩れ落ちた筈の耳が、そんな声を拾った気がした。

 

 

****

 

 

(竈門炭治郎)

 

 ぬっ、と。煉獄さんの顔が視界に現れた。

 

 

「全集中の常中ができるようだな!感心感心!」

 

 

 夜空に響く声でそう言われ、続けざまに柱への第一歩だと教えてくれた。気のせいかな、しのぶさんと季津さんの二人は、そんな事一言も言ってなかった気がする。

 

 

「柱までは一万歩あるかもしれないがな!」

 

 

 心なしか楽し気に見える。頑張りますと返事をするも、煉獄さんは聞いていないのか、腹部から出血している、と言ってきた。この人、伊之助とは違う意味で話を聞いてくれない。

 

 

「もっと集中して、呼吸の精度を上げるんだ。体の隅々まで神経を行き渡らせろ」

 

 

 言われた通りにやろうとして、呼吸が荒くなる。集中、集中だ。煉獄さんの声に耳を傾け、全神経を体に集中させる。

 

 

「血管がある、破れた血管だ」

 

 

 段々と呼吸が一定の拍を刻むようになり、静かになってきた。もっと集中しろ、と煉獄さんが言う。その瞬間、頭の中に出血部位の画が浮かんだ。

 

 

「そこだ、止血。出血を止めろ」

 

 

 歯を食いしばり、息を止める。トン、と額を小突かれ、集中、と言われる。ギュウ、と手拭いを力いっぱい絞ったような感覚と共に、詰めていた息を吐き出した。そんな俺に、煉獄さんはうむ、と頷く。

 

 

「呼吸を極めれば、様々なことができるようになる。何でもできるわけではないないが、昨日の自分より、確実に強い自分になれる」

 

 

 身に染みる言葉だった。呼吸を極めた道の先に、この人が――――柱たちがいる。冨岡さんや、錆兎さん、そして、季津さんも。

 

 

「……はい」

 

 

 そう答えた俺に、煉獄さんは満面の笑みを浮かべた。そして、皆無事で、怪我人こそ多いものの命に別状はないことも教えてくれた。

 

 

「君はもう無理せず――――」

 

 

 ドオン、と。煉獄さんの言葉を遮る轟音に、土煙が舞う。煉獄さんは刀に手を添え、轟音がした方に体を向けた。うるさいくらい警鐘を鳴らしている心臓に手をあてて、俺は何度か目を瞬かせた。

 いつのまにか、煉獄さんの傍には季津さんが立っている。気配は薄く、特徴的な雨の匂いもあまりしない。手には半ばから刀身の折れた刀を持っていた。そして、静かな面持ちで、土煙の奥にいる()()を睨み付けている。

 季津さんの視線を追いかけていくと、ジャリ、と。地面を踏みしめる音が聞こえた。

 

 

「来たか…」

 

 

 季津さんの囁きが耳に届き、俺はその()()の正体を知る。

 

 

「上弦の、参」

 

 

 瞬間、目の前にその兇器()が迫っていた。

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