2019/07/22 加筆修正
冒頭数百年前の話
独白を挟んで中盤から原作軸
vs上弦の参
――――時は鎌倉時代初期。武家の棟梁が猛威を振るい、幕府の求心力がまだ強かった頃。酒呑みの鬼が
命からがら生き残った同輩たちが山を降り、各地に散らばって早百云年。それでも、ひとり大江山に残ったその鬼を。
「――――退屈も過ぎれば人どころか鬼だって殺すぞ…?」
かつて酒呑童子の館があった大江山のさらに奥深く。そこに、時代錯誤も甚だしい、軽妙洒脱な
「
「あー……退屈だったけど、“誰か訪ねてこないかな~”とは少しも思ってなかったんだけど」
「まあまあ、そんなことを仰らず」
振り返れば黒い袈裟を身につけた坊主が立っていた。男は剪定用に改良したハサミを片手に、あからさまに顔を顰める。すると坊主は背負っていた風呂敷を降ろしてニヤリと笑った。
「本日はお願いがあって参りました」
「本日
「いやはや、流石雨師殿。この老いぼれの考えなどお見通しでしたか」
「いや考えるまでもないよね、アンタが他の用事でここに来たことあった?」
「ところで雨師殿、ご存知か?巷では、この山に鬼の残党が隠れ住んでいる、という噂が流れているようで」
「……アンタ、強かだよね」
「ええ、伊達に六十云年生きてはおりませぬゆえ」
差し出された風呂敷を受け取り、中身の検分を始める。塩に干物と野菜が数種類、いつも通りの内容だ。
「人間にしちゃ、長生きだよねえ」
「しかし、最近は腰が痛みましてな。そろそろ倅に跡を継がせようかと思っております」
「へえ、そう?アンタの息子さんって、アンタに似ないで物腰柔らかだよね」
「家内に似て顏も気立ても良くて、自慢の倅でございますれば」
「あっそ……明日、朝から雲を呼んで二日ほど雨を降らせるから、百姓たちにはそう伝えといて」
「畏まりました。感謝いたします、諏江臥殿」
もう大分。呼ばれなくなって久しい名前を呼ばれ、男は苦く笑う。
「ここで名前呼ぶとか、ズルイ奴だなアンタは」
「お褒めに預り恐悦至極」
「いや、褒めてないんだけど…」
剃髪を撫で擦り、してやったり顔の坊主が忌々しい。それでも、この生温い関係を続けているのは、何となく――――ではなくて。
「(
「おお、雨師殿の淹れる茶は絶品ですからな!では、有り難く」
少しだけ、過去が惜しいと思っているからだ。
****
古い文献を調べていると、平安時代から、"すえふし"という名がよく見られるようになる。何を生業としていたのか、その情報は至る所に散見している。が、その割に、これ、といった定かな記録があるわけではない。
有力なのは陰陽師だったという説だが、それは"雨を降らせた"という一文が根拠となっている。おそらく雨乞いの儀式のことなのだろう。時代背景を考えても、妥当だと考える者が多かった。意外にも多かったのは、医者だったのではないか、という説。だが、残念ながら根拠になりそうなものはない。
確かなのは、帝への拝謁を許される程度の地位にいたこと。なので、それなりに裕福だったに違いない。しかし、何をどうやってそんな地位を手に入れることが出来たのかは、謎に包まれている。ただ、大正時代まで家が続いていることを考えると、歴代当主たちの手腕が優れていたことが伺える。家系図もしっかりと残っており、当然のように初代まで遡ることが出来た。
けれど、ひとつだけ。無視することができない、不可解な記録が残っている。それは、季節家を興したのが“
歴史学者達は、これを一種の
――――果たして、
****
――――炎の呼吸弐ノ型、“昇り炎天”。
刀の軌道を追うように炎が舞い、炭治郎へと襲い掛かった鬼が軽い身のこなしで距離を取る。縦に斬り裂かれた腕は、致命傷のように見えるも一瞬で元に戻ってしまった。再生の速さ、圧迫感、そして鬼気。どれをとっても凄まじく、これが上弦か、と煉獄は思う。
対して、季節は特に気負った様子もなく、極自然体で立っている。しかし、炭治郎を除く誰もが、彼がそこにいることに気が付けないでいる。それも当然。季節は天泣を発動させていた。気付かれたのでは元も子もない。
そんな季節と炭治郎の目の前で、鬼と煉獄の問答が始まった。
「なぜ、手負いの者から狙うのか、理解できない」
「話の邪魔になるかと思った。俺と、お前との」
たかがその程度のことで、炭治郎を殺そうとしたか。短絡的な思考とも思えるが、そうではない。こちらは人間、相手は鬼。そこに、決定的な違いがある。
「君と俺が、何の話をする?初対面だが、俺は既に君のことが嫌いだ」
煉獄が言えば、そうか、と鬼が頷く。
「俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると、虫酸が走る」
物事の価値基準が違う。それもそうだ。同じ人間でさえも、物の捉え方や考え方は、一人一人違っている。相手が鬼ともなれば、違っていて当然なのだろう。故に、何を思い、何を大事にし、何を誇りとするか。どう考えても共有できそうにないと煉獄は言う。そうか、と再び鬼は頷いた。
「では素晴らしい提案をしよう。お前も鬼にならないか?」
なるわけがない。
「ならない」
季節の内心と煉獄の言葉が重なる。しかし、鬼はそんなことはどうでもいいとばかりに話を進めた。
「お前の強さは見れば解る、柱だな?練り上げられたその闘気……
興奮した様子の鬼を前に、冷静に、淡々と、煉獄は会話を続ける。
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座。杏寿郎、なぜお前が
故に、鬼になろう、と鬼は言う。そうすれば、百年でも二百年でも鍛錬し続けられ、強くなれるのだからと。…確かにそれは、魅力的なことなのだろう。だが、煉獄にとって魅力的かと問われればその限りではない。
「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ」
そう語る煉獄の横顔は、ただただ静かだった。
「老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。――この少年は、弱くない」
侮辱するな。
**
煉獄の言葉に、炭治郎がハッとした様子で顔を上げる。話が繋がらない、不思議な人だと思っていた。その強さは間違いなく一級品で、遠い存在だと感じてもいた。そんな人が、今、炭治郎を弱くないと言ったのだ。
それで、何も感じるものがないと言ったら、それは嘘だ。
「何度でも言おう。君と俺とでは、価値基準が違う」
静かに、しかし猛々しく。その気迫はまるで炎のようで。
「俺は、如何なる理由があろうとも、鬼にはならない」
**
薄く、細く、小さく。折れた刀を手に、己の存在を際限まで空気に溶け込ませ、静かに呼吸をする。炭治郎に気付かれたのは驚いたが、些細なことだ。猗窩座と煉獄、この二人に存在を悟られなければ、それでいい。猗窩座も、煉獄も、己の心の思うがままに動けばいい。そうすれば、きっと。
「(その
狙うは、彼らの気炎が最高潮に達する、その一瞬。恐らく、介入するのならばそこしかない。逆に言えば、その時にしか
「――――、」
つい、と空を見上げる。夜はまだ明けそうになく、星々が輝いている。しかし、それももう間もなくすれば、見えなくなるだろう。そうなるように、
「今まで殺してきた柱たちに、炎はいなかったな!そして俺の誘いに頷く者もなかった!!なぜだろうな?同じ武の道を極めるものとして、理解しかねる。選ばれた者しか、鬼にはなれないというのに!」
素晴らしい才能を持つ者が醜く衰えていくのが辛い、耐えられない。だから死んでくれ、若く強いままに。空中で身を翻しながら、猗窩座がそう宣う。
虚空を拳で打てば、衝撃波のようなものが煉獄へと届く。距離を取られたまま戦われると、頸を斬るには厄介だろう。煉獄もそう思ったのか、一瞬で猗窩座との距離を詰めた。
「この素晴らしい反応速度!」
拳と剣撃の応酬。
「この素晴らしい剣技も!失われていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか!!」
「誰もがそうだ、人間なら!!当然のことだ!」
煉獄の叫びに、炭治郎が身じろぐ。しかし、それを目敏く見つけた煉獄本人によって、行動を抑制された。
「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!」
――本来なら。柱が二人いる場合、一人が鬼を抑え、もう一人が一般人を避難させる。それが当然の判断であり、優先されるべき事項だ。五年前のようにその場にとどまる事もあるが、あれは例外的措置に過ぎない。
そして、今。
「(煉獄、君の命だ)」
たとえ罵られ、詰られようとも。その決意は覆らない。