雨をつれてくる男   作:破月

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オリキャラが登場します。

2019/07/22 加筆修正

冒頭数百年前の話
独白を挟んで中盤から原作軸
vs上弦の参


拾肆 明日君と

 ――――時は鎌倉時代初期。武家の棟梁が猛威を振るい、幕府の求心力がまだ強かった頃。酒呑みの鬼が源何某(みなもとのなにがし)に討たれてから久しく、閑古鳥すら鳴いていた大江山。そこに鬼がひとり、隠れ住んでいたことをご存知だろうか。

 命からがら生き残った同輩たちが山を降り、各地に散らばって早百云年。それでも、ひとり大江山に残ったその鬼を。

 

 

「――――退屈も過ぎれば人どころか鬼だって殺すぞ…?」

 

 

 かつて酒呑童子の館があった大江山のさらに奥深く。そこに、時代錯誤も甚だしい、軽妙洒脱な()()()()()の屋敷が建っている。そんな屋敷を四角く囲む垣根の手入れをする男がいる。その背に、嗄れた声がかかった。

 

 

雨師(うし)殿は働き者ですなあ」

「あー……退屈だったけど、“誰か訪ねてこないかな~”とは少しも思ってなかったんだけど」

「まあまあ、そんなことを仰らず」

 

 

 振り返れば黒い袈裟を身につけた坊主が立っていた。男は剪定用に改良したハサミを片手に、あからさまに顔を顰める。すると坊主は背負っていた風呂敷を降ろしてニヤリと笑った。

 

 

「本日はお願いがあって参りました」

「本日()、の間違いでしょ。どうせ雨を降らしてほしいって話なんだろ?」

「いやはや、流石雨師殿。この老いぼれの考えなどお見通しでしたか」

「いや考えるまでもないよね、アンタが他の用事でここに来たことあった?」

「ところで雨師殿、ご存知か?巷では、この山に鬼の残党が隠れ住んでいる、という噂が流れているようで」

「……アンタ、強かだよね」

「ええ、伊達に六十云年生きてはおりませぬゆえ」

 

 

 差し出された風呂敷を受け取り、中身の検分を始める。塩に干物と野菜が数種類、いつも通りの内容だ。

 

 

「人間にしちゃ、長生きだよねえ」

「しかし、最近は腰が痛みましてな。そろそろ倅に跡を継がせようかと思っております」

「へえ、そう?アンタの息子さんって、アンタに似ないで物腰柔らかだよね」

「家内に似て顏も気立ても良くて、自慢の倅でございますれば」

「あっそ……明日、朝から雲を呼んで二日ほど雨を降らせるから、百姓たちにはそう伝えといて」

「畏まりました。感謝いたします、諏江臥殿」

 

 

 もう大分。呼ばれなくなって久しい名前を呼ばれ、男は苦く笑う。

 

 

「ここで名前呼ぶとか、ズルイ奴だなアンタは」

「お褒めに預り恐悦至極」

「いや、褒めてないんだけど…」

 

 

 剃髪を撫で擦り、してやったり顔の坊主が忌々しい。それでも、この生温い関係を続けているのは、何となく――――ではなくて。

 

 

「(()()()()()()()()()、アンタみたいな人がいたら面白かっただろうになぁ)……茶でも飲んでいきなよ、山下りの前に一息入れな」

「おお、雨師殿の淹れる茶は絶品ですからな!では、有り難く」

 

 

 少しだけ、過去が惜しいと思っているからだ。

 

 

****

 

 

 古い文献を調べていると、平安時代から、"すえふし"という名がよく見られるようになる。何を生業としていたのか、その情報は至る所に散見している。が、その割に、これ、といった定かな記録があるわけではない。

 有力なのは陰陽師だったという説だが、それは"雨を降らせた"という一文が根拠となっている。おそらく雨乞いの儀式のことなのだろう。時代背景を考えても、妥当だと考える者が多かった。意外にも多かったのは、医者だったのではないか、という説。だが、残念ながら根拠になりそうなものはない。

 確かなのは、帝への拝謁を許される程度の地位にいたこと。なので、それなりに裕福だったに違いない。しかし、何をどうやってそんな地位を手に入れることが出来たのかは、謎に包まれている。ただ、大正時代まで家が続いていることを考えると、歴代当主たちの手腕が優れていたことが伺える。家系図もしっかりと残っており、当然のように初代まで遡ることが出来た。

 けれど、ひとつだけ。無視することができない、不可解な記録が残っている。それは、季節家を興したのが“()()()()()()()()()()()()()、というものだ。そして季節家の男児は、()()()()をもって生まれると()()()()()()()()()()()という。

 歴史学者達は、これを一種の比喩(たとえ)だと考えた。季節家初代当主は()()()()()()()()()()()()()()()だった。そして、男系子孫で力を使えた者は()()()()だった。そんな風に結論付けたのである。

 ――――果たして、正解(しんじつ)は如何に?

 

 

****

 

 

 ――――炎の呼吸弐ノ型、“昇り炎天”。

 刀の軌道を追うように炎が舞い、炭治郎へと襲い掛かった鬼が軽い身のこなしで距離を取る。縦に斬り裂かれた腕は、致命傷のように見えるも一瞬で元に戻ってしまった。再生の速さ、圧迫感、そして鬼気。どれをとっても凄まじく、これが上弦か、と煉獄は思う。

 対して、季節は特に気負った様子もなく、極自然体で立っている。しかし、炭治郎を除く誰もが、彼がそこにいることに気が付けないでいる。それも当然。季節は天泣を発動させていた。気付かれたのでは元も子もない。

 そんな季節と炭治郎の目の前で、鬼と煉獄の問答が始まった。

 

 

「なぜ、手負いの者から狙うのか、理解できない」

「話の邪魔になるかと思った。俺と、お前との」

 

 

 たかがその程度のことで、炭治郎を殺そうとしたか。短絡的な思考とも思えるが、そうではない。こちらは人間、相手は鬼。そこに、決定的な違いがある。

 

 

「君と俺が、何の話をする?初対面だが、俺は既に君のことが嫌いだ」

 

 

 煉獄が言えば、そうか、と鬼が頷く。

 

 

「俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると、虫酸が走る」

 

 

 物事の価値基準が違う。それもそうだ。同じ人間でさえも、物の捉え方や考え方は、一人一人違っている。相手が鬼ともなれば、違っていて当然なのだろう。故に、何を思い、何を大事にし、何を誇りとするか。どう考えても共有できそうにないと煉獄は言う。そうか、と再び鬼は頷いた。

 

 

「では素晴らしい提案をしよう。お前も鬼にならないか?」

 

 

 なるわけがない。

 

 

「ならない」

 

 

 季節の内心と煉獄の言葉が重なる。しかし、鬼はそんなことはどうでもいいとばかりに話を進めた。

 

 

「お前の強さは見れば解る、柱だな?練り上げられたその闘気……()()()()()()()()

 

 

 興奮した様子の鬼を前に、冷静に、淡々と、煉獄は会話を続ける。

 

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

「俺は猗窩座。杏寿郎、なぜお前が()()()()()に踏み入れないのか教えてやろう。人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ」

 

 

 故に、鬼になろう、と鬼は言う。そうすれば、百年でも二百年でも鍛錬し続けられ、強くなれるのだからと。…確かにそれは、魅力的なことなのだろう。だが、煉獄にとって魅力的かと問われればその限りではない。

 

 

「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ」

 

 

 そう語る煉獄の横顔は、ただただ静かだった。

 

 

「老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは肉体に対してのみ使う言葉ではない。――この少年は、弱くない」

 

 

 侮辱するな。

 

 

**

 

 

 煉獄の言葉に、炭治郎がハッとした様子で顔を上げる。話が繋がらない、不思議な人だと思っていた。その強さは間違いなく一級品で、遠い存在だと感じてもいた。そんな人が、今、炭治郎を弱くないと言ったのだ。

 それで、何も感じるものがないと言ったら、それは嘘だ。

 

 

「何度でも言おう。君と俺とでは、価値基準が違う」

 

 

 静かに、しかし猛々しく。その気迫はまるで炎のようで。

 

 

「俺は、如何なる理由があろうとも、鬼にはならない」

 

 

 ()()()()、と炭治郎は思った。

 

 

**

 

 

 薄く、細く、小さく。折れた刀を手に、己の存在を際限まで空気に溶け込ませ、静かに呼吸をする。炭治郎に気付かれたのは驚いたが、些細なことだ。猗窩座と煉獄、この二人に存在を悟られなければ、それでいい。猗窩座も、煉獄も、己の心の思うがままに動けばいい。そうすれば、きっと。

 

 

「(その瞬間(とき)はやってくる)」

 

 

 狙うは、彼らの気炎が最高潮に達する、その一瞬。恐らく、介入するのならばそこしかない。逆に言えば、その時にしか()()()()()()

 

 

「――――、」

 

 

 つい、と空を見上げる。夜はまだ明けそうになく、星々が輝いている。しかし、それももう間もなくすれば、見えなくなるだろう。そうなるように、()()()()()のだ。

 

 

「今まで殺してきた柱たちに、炎はいなかったな!そして俺の誘いに頷く者もなかった!!なぜだろうな?同じ武の道を極めるものとして、理解しかねる。選ばれた者しか、鬼にはなれないというのに!」

 

 

 素晴らしい才能を持つ者が醜く衰えていくのが辛い、耐えられない。だから死んでくれ、若く強いままに。空中で身を翻しながら、猗窩座がそう宣う。

 虚空を拳で打てば、衝撃波のようなものが煉獄へと届く。距離を取られたまま戦われると、頸を斬るには厄介だろう。煉獄もそう思ったのか、一瞬で猗窩座との距離を詰めた。

 

 

「この素晴らしい反応速度!」

 

 

 拳と剣撃の応酬。

 

 

「この素晴らしい剣技も!失われていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか!!」

「誰もがそうだ、人間なら!!当然のことだ!」

 

 

 煉獄の叫びに、炭治郎が身じろぐ。しかし、それを目敏く見つけた煉獄本人によって、行動を抑制された。

 

 

「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!」

 

 

 ――本来なら。柱が二人いる場合、一人が鬼を抑え、もう一人が一般人を避難させる。それが当然の判断であり、優先されるべき事項だ。五年前のようにその場にとどまる事もあるが、あれは例外的措置に過ぎない。

 そして、今。上弦の鬼(猗窩座)と乗客との距離は遠く、わざわざ避難誘導ためにここを離れずとも問題はなかった。今、この時、季節が優先すべきものが何と問われたらなら。彼は迷うことなくこう答える。

 

 

「(煉獄、君の命だ)」

 

 

 たとえ罵られ、詰られようとも。その決意は覆らない。

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