雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/22 加筆修正

冒頭独白
以降原作軸(オリジナル展開)
vs上弦の参


拾伍 逢うこと叶わば

「大丈夫、」

 

 

 同じ作りの顔、同じ色の瞳と髪、同じ波長の声。唯一違うのは、その額に()()()()()()()

 

 

「アンタならできる。だってアンタは――――」

 

 

 ――――()()()()()()()

 

 

****

 

 

 煉獄と猗窩座の一挙手一投足に集中していたとき、ふと、季節はあることに気が付いた。目に映るものの動きがゆっくりと流れていく、まるでスローモーション。しかも、脳や筋繊維すら目視することができる。通常ではあり得ない、不可思議としか言い様のない現象だ。

 

 

「(これ、は…?)」

 

 

 動揺を隠すように、細く、細く、細く。蜘蛛の糸よりなお細く息を吐き出し、瞬きもせずに()()()()()()()。何も映さないはずの左目に、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「(()()は、()だ)」

 

 

 ――――季節には、()()と言うものの記憶がある。その記憶の中に、今生きている現実が物語として描かれたものがあった。その物語によると、煉獄はこの戦いで死に、遠からず宇随が大怪我を負って柱を辞める。そして、記憶の最後は、産屋敷耀哉(お館様)が己の身を犠牲にして、鬼舞辻無惨に特攻を仕掛けるところで終わっている。

 されど、あくまでも記憶は記憶であり、絶対にその通りになるとは限らない。変わる、もしくは変えられる可能性は、決してゼロではないのだ。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()がいる時点で、乖離は始まっている。そして、妹弟子が原作通りに亡くなり、弟弟子が二人とも最終選別から帰還した時、確信した。

 閑話休題(それはともかく)。季節の記憶の中に、()()()()()の知識はない。前世が死んだ後に出てきた設定(はなし)なのだろう。そう思いこそしても、季節は今己の身に起きていることの重大さを、いまいち理解できていなかった。

 

 

「(人体の中身が見えるのは、ちょっと気持ち悪いな)」

 

 そう思いながら、顔をしかめるだけだ。その次の瞬間、煉獄が繰り出した技と、猗窩座が繰り出した技が交差する。互角のように見えるが、明らかに煉獄の方が力と速さで負けていた。その証拠に、相殺しきれなかった拳撃が煉獄に襲い掛かる。

 通常では視認できないようなものが、一つ一つ、確かに見えている。このままでは、煉獄は致命傷を負いかねない。そう思った瞬間、季節の体は動いていた。

 

 

「(水の呼吸、肆ノ型)」

 ――――“打ち潮”

 

 

 拳撃を丁寧に弾き落としていく。二発ほど弾き損ね、それぞれ煉獄と季節の体に傷をつけたが、致命傷ではない。派手に舞い上がる粉塵を隠れ蓑にして、距離を取る。気付けば、左目に映っていた不可思議な世界は消えていた。

 おそらくこの時、季節は猗窩座の頸を斬れた。だが、直観的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったのだ。ここで討ってしまった方が良いことは、重々承知している。だが、これから先、どこかで対峙するのかもしれない。また炭治郎や他の誰かに、試練をもたらすのかもしれない。そんなことを考え、季節は無意識に頸を斬ることをやめた。

 そうして、当初の思惑を思い出す。ただ、時間が稼げればいいのだ。――――雨が降り出すまでの時間さえ、稼げれば。夜明けが近いはずの空は、分厚い雲で覆われはじめ、薄っすらと雨の匂いを運んでくる。もうそろそろのはずだ。

 粉塵が晴れ、猗窩座が感情を削ぎ落した顔で、季節を見つめていた。季節もまた、背中に庇った煉獄の荒い呼吸音を聞きながら、静かに見つめ返す。

 視界の端には、炭治郎の他に伊之助の姿もあった。闘いに介入できないか隙を窺っているようだが、自殺行為でしかないからやめてほしい。季節のそんな思いが伝わったのか、伊之助はその場から動こうとはしなかった。

 

 

「心踊る戦いに横槍を入れるとは、無粋な輩もいたものだと思ったが」

 

 

 不快感を滲ませる匂い。顔も苛立ちを露わにし、猗窩座の額に青筋が浮かぶ。

 

 

「その顔、()()()()()()……!!あの方に靡かぬ大江山の裏切り者、人と交わり鬼としての誇りを捨てた愚か者!!」

 

 

 唇を戦慄かせ、犬歯を擦り合わせながら猗窩座は激昂した。

 

 

「その髪!瞳!見紛うはずもない……俺が頸を持ち帰り、あの方に見せしめとして殺された!貴様は!!あの鬼の、()()()()()()だな!?」

 

 

 瞬間、猗窩座の目の前に半ばから折れた刃が迫った。

 

 

**

 

 

(煉獄杏寿郎)

 

 季節の剣撃を体を後ろに引いて回避し、猗窩座はお返しとばかりに拳を振るい、続けざまに上段蹴りを繰り出す。それを軽やかに躱し、季節は、ふ、と笑ってみせた。

 

 

「猗窩座」

 

 

 空を指し、目を細める。

 

 

()が降るぞ」

「――!?」

 

 

 何か、思い当たる節があったのだろう。猗窩座は術式を展開し、拳を握り、撤退ではなく対峙を選んだ。確かに、猗窩座の実力であれば、俺と季節を相手にしても逃げおおせられるだろう。それなのにもかかわらず、ここで対峙することを選んだのはなぜなのだろうか。

 対して、季節は刀を構えもせず、猗窩座すら見ずに空を見上げている。俺が一歩前に出ようとすれば、襟首を掴まれて後ろに引かれた。

 

 

「季節」

 

 

 放して欲しいという意味を込めて名を呼ぶ。

 

 

「煉獄、君にあの鬼の頸は斬れないよ」

 

 

 唐突な、思いもよらぬ言葉に矜持が刺激された。瞬間的に込み上げてきた怒りのまま口を開く。

 

 

「ならば君には斬れると言うのか!」

「斬れる」

 

 

 即答。俺は目を見開き、左右で目の色が違う季節の顔を凝視する。面を着けている時と変わらない、何の感情も浮かんでいない顔だった。素顔すら能面のようで、思わず背筋が粟立った。

 その季節の瞳には、猗窩座の姿が映っている。ポツリ、と。俺の頬を何かが濡らす。――――雨だ。燃え盛る炎を鎮ませる、空の涙だ。

 

 

「君は強い、それは確かだ。弱い者を守るのに十二分の強さを持っている」

 

 

 襟を掴んでいた手が離れていく。

 

 

「弱者を守るのが強者の務め――――確かにその通りだ。己の命を(なげう)つことでしか守れない――――そんな時もあるだろう。だが、忘れているようだから言わせてもらおう。()()()()()()()()()()……違うか?」

「!!」

 

 

 ガツン、と。頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。盲点だった、と言ってもいい。季節はつい最近まで意識不明であったし、目覚めた今も本調子ではない。まして、既に一戦終えた後だ。刀は折れ、疲労の色も濃い。故に俺は、己と同等かそれ以上の力を持つ季節のことですら、守るべき弱者だと無意識に判断していた。

 たとえ病み上がりだろうと、季節は“柱”だ。襲名したばかりではないか、という指摘は尤もだ。だが彼は、五年前、否、それよりも前から“柱”になるよう打診されていた。鬼殺隊きっての実力者だ、俺が守るべくもなく己で己の身を守れる強者だ。それを無意識だろうが、守ろうとするなど烏滸がましいにもほどがある。

 

 

「話は終わったか?」

 

 

 瞬きの一瞬で、俺の目の前から季節殿の姿が消えた。その次の瞬間、爆発音が響き、衝撃波が襲う。その発生源へと視線をやれば、剣撃と拳撃が幾重にも重なり残像が残っている。

 右斜め下からの切り上げ、それを側面から拳が叩こうとすると刃先を返し、手首を斬り落としにかかる。敢えて手首を斬らせ、反対の拳が鳩尾に伸びれば刀の峰で受け、上体を逸らして後方に二度回転。体勢を立て直し半身で刀を構える。実に見事な手合いだ。

 刀を握る手に力が入り、沸々と心の臓の奥が沸き立ってくるような感覚がする。このまま、見ているだけでいいのか。良い訳がない。季節は言っていた、()()()()()()()と。ならば、俺がここで燻ぶっている訳にも行くまいよ。

 

 

「助太刀しよう!」

「はは、助かるよ」

 

 

 全集中の常中を用いて季節の隣に並び、刀を構えた。

 

 

**

 

 

 隣りに煉獄、目の前に猗窩座。空を覆う雨雲は今にも泣き出しそうで、準備は整ったと言って良い。腰を落とし、瞼を閉じ、深く息を吸う。

 

 

「(大丈夫…あの人も言っていた、()()()()()()、と)」

 

 

 瞼を開け、飛び出しざまに煉獄の耳元に伝言を落とす。季節と同時に飛び出した猗窩座の拳が目の前に迫る。

 

 

「ここで!!」

 

 

 瞬きを一つ――――隙の匂いがした。

 

 

「死ね!!」

 

 

 猗窩座の拳が急所に伸びる。寸前で刀を滑り込ませるが、勢いよく汽車の方まで吹っ飛ばされた。背中を車体に強打し、息がつまる。隙を晒したのは此方の方だったらしい。炭治郎の悲鳴と伊之助の怒号が聞こえ顔を上げると、猗窩座の拳が煉獄を貫こうとしているのが見えた。

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

 間に合え、と心の中で叫んだ。

 

 間に合うさ(間に合うわ)、と誰かが言った。

 

 二つの手に背中を押されるように踏み出した一歩は。

 

 

――――ズガァアァアアンッ!!!!

 

 

 落雷に紛れ、掻き消える。ザァッ、と降り出した雨は、しかし一瞬で止んでしまった。尤も、最初からこれを狙っていたため、特に問題はないのだが。代わりに、大地に染み込んだ雨が蒸発し、空気中に溶け込んでいく。

 原理を知っている季節をして、不思議だと思う光景。まるで早送りでも見ているかのようだ。しかし、これで――――準備は整った。

 

 

()()()()()()()

 

 

 自分以外の動きが酷く緩慢で、また、あの()()()()()を見ているのだと気付いた。気持ちが悪いのは確かだが、この時ばかりはこの訳の分からない世界に感謝しよう。ただ、左右の瞳で映すものが違うせいで、酔いそうになるのは如何ともしがたい。

 片目を閉じればいいのかもしれないが、何となく、それでは駄目な気がした。故に、季節は両目を見開いたまま、煉獄と猗窩座の間へと体を滑り込ませたその瞬間、視界が真っ白に染まる。そして、ゆっくりと、煉獄と猗窩座の目が見開かれていくのを左目が捉えた。

 立ち直りが早かったのは猗窩座で、視界の不明瞭さをものともせず、そのまま拳を振り抜こうとする。その気配を察した煉獄もまた、刀を握り直し気炎を高める。それを待って、季節は術式を完成させた。

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