冒頭独白
以降原作軸(オリジナル展開)
vs上弦の参
「大丈夫、」
同じ作りの顔、同じ色の瞳と髪、同じ波長の声。唯一違うのは、その額に
「アンタならできる。だってアンタは――――」
――――
****
煉獄と猗窩座の一挙手一投足に集中していたとき、ふと、季節はあることに気が付いた。目に映るものの動きがゆっくりと流れていく、まるでスローモーション。しかも、脳や筋繊維すら目視することができる。通常ではあり得ない、不可思議としか言い様のない現象だ。
「(これ、は…?)」
動揺を隠すように、細く、細く、細く。蜘蛛の糸よりなお細く息を吐き出し、瞬きもせずに
「(
――――季節には、
されど、あくまでも記憶は記憶であり、絶対にその通りになるとは限らない。変わる、もしくは変えられる可能性は、決してゼロではないのだ。そもそも
「(人体の中身が見えるのは、ちょっと気持ち悪いな)」
そう思いながら、顔をしかめるだけだ。その次の瞬間、煉獄が繰り出した技と、猗窩座が繰り出した技が交差する。互角のように見えるが、明らかに煉獄の方が力と速さで負けていた。その証拠に、相殺しきれなかった拳撃が煉獄に襲い掛かる。
通常では視認できないようなものが、一つ一つ、確かに見えている。このままでは、煉獄は致命傷を負いかねない。そう思った瞬間、季節の体は動いていた。
「(水の呼吸、肆ノ型)」
――――“打ち潮”
拳撃を丁寧に弾き落としていく。二発ほど弾き損ね、それぞれ煉獄と季節の体に傷をつけたが、致命傷ではない。派手に舞い上がる粉塵を隠れ蓑にして、距離を取る。気付けば、左目に映っていた不可思議な世界は消えていた。
おそらくこの時、季節は猗窩座の頸を斬れた。だが、直観的に、
そうして、当初の思惑を思い出す。ただ、時間が稼げればいいのだ。――――雨が降り出すまでの時間さえ、稼げれば。夜明けが近いはずの空は、分厚い雲で覆われはじめ、薄っすらと雨の匂いを運んでくる。もうそろそろのはずだ。
粉塵が晴れ、猗窩座が感情を削ぎ落した顔で、季節を見つめていた。季節もまた、背中に庇った煉獄の荒い呼吸音を聞きながら、静かに見つめ返す。
視界の端には、炭治郎の他に伊之助の姿もあった。闘いに介入できないか隙を窺っているようだが、自殺行為でしかないからやめてほしい。季節のそんな思いが伝わったのか、伊之助はその場から動こうとはしなかった。
「心踊る戦いに横槍を入れるとは、無粋な輩もいたものだと思ったが」
不快感を滲ませる匂い。顔も苛立ちを露わにし、猗窩座の額に青筋が浮かぶ。
「その顔、
唇を戦慄かせ、犬歯を擦り合わせながら猗窩座は激昂した。
「その髪!瞳!見紛うはずもない……俺が頸を持ち帰り、あの方に見せしめとして殺された!貴様は!!あの鬼の、
瞬間、猗窩座の目の前に半ばから折れた刃が迫った。
**
(煉獄杏寿郎)
季節の剣撃を体を後ろに引いて回避し、猗窩座はお返しとばかりに拳を振るい、続けざまに上段蹴りを繰り出す。それを軽やかに躱し、季節は、ふ、と笑ってみせた。
「猗窩座」
空を指し、目を細める。
「
「――!?」
何か、思い当たる節があったのだろう。猗窩座は術式を展開し、拳を握り、撤退ではなく対峙を選んだ。確かに、猗窩座の実力であれば、俺と季節を相手にしても逃げおおせられるだろう。それなのにもかかわらず、ここで対峙することを選んだのはなぜなのだろうか。
対して、季節は刀を構えもせず、猗窩座すら見ずに空を見上げている。俺が一歩前に出ようとすれば、襟首を掴まれて後ろに引かれた。
「季節」
放して欲しいという意味を込めて名を呼ぶ。
「煉獄、君にあの鬼の頸は斬れないよ」
唐突な、思いもよらぬ言葉に矜持が刺激された。瞬間的に込み上げてきた怒りのまま口を開く。
「ならば君には斬れると言うのか!」
「斬れる」
即答。俺は目を見開き、左右で目の色が違う季節の顔を凝視する。面を着けている時と変わらない、何の感情も浮かんでいない顔だった。素顔すら能面のようで、思わず背筋が粟立った。
その季節の瞳には、猗窩座の姿が映っている。ポツリ、と。俺の頬を何かが濡らす。――――雨だ。燃え盛る炎を鎮ませる、空の涙だ。
「君は強い、それは確かだ。弱い者を守るのに十二分の強さを持っている」
襟を掴んでいた手が離れていく。
「弱者を守るのが強者の務め――――確かにその通りだ。己の命を
「!!」
ガツン、と。頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。盲点だった、と言ってもいい。季節はつい最近まで意識不明であったし、目覚めた今も本調子ではない。まして、既に一戦終えた後だ。刀は折れ、疲労の色も濃い。故に俺は、己と同等かそれ以上の力を持つ季節のことですら、守るべき弱者だと無意識に判断していた。
たとえ病み上がりだろうと、季節は“柱”だ。襲名したばかりではないか、という指摘は尤もだ。だが彼は、五年前、否、それよりも前から“柱”になるよう打診されていた。鬼殺隊きっての実力者だ、俺が守るべくもなく己で己の身を守れる強者だ。それを無意識だろうが、守ろうとするなど烏滸がましいにもほどがある。
「話は終わったか?」
瞬きの一瞬で、俺の目の前から季節殿の姿が消えた。その次の瞬間、爆発音が響き、衝撃波が襲う。その発生源へと視線をやれば、剣撃と拳撃が幾重にも重なり残像が残っている。
右斜め下からの切り上げ、それを側面から拳が叩こうとすると刃先を返し、手首を斬り落としにかかる。敢えて手首を斬らせ、反対の拳が鳩尾に伸びれば刀の峰で受け、上体を逸らして後方に二度回転。体勢を立て直し半身で刀を構える。実に見事な手合いだ。
刀を握る手に力が入り、沸々と心の臓の奥が沸き立ってくるような感覚がする。このまま、見ているだけでいいのか。良い訳がない。季節は言っていた、
「助太刀しよう!」
「はは、助かるよ」
全集中の常中を用いて季節の隣に並び、刀を構えた。
**
隣りに煉獄、目の前に猗窩座。空を覆う雨雲は今にも泣き出しそうで、準備は整ったと言って良い。腰を落とし、瞼を閉じ、深く息を吸う。
「(大丈夫…あの人も言っていた、
瞼を開け、飛び出しざまに煉獄の耳元に伝言を落とす。季節と同時に飛び出した猗窩座の拳が目の前に迫る。
「ここで!!」
瞬きを一つ――――隙の匂いがした。
「死ね!!」
猗窩座の拳が急所に伸びる。寸前で刀を滑り込ませるが、勢いよく汽車の方まで吹っ飛ばされた。背中を車体に強打し、息がつまる。隙を晒したのは此方の方だったらしい。炭治郎の悲鳴と伊之助の怒号が聞こえ顔を上げると、猗窩座の拳が煉獄を貫こうとしているのが見えた。
「――――――――ッ!!」
間に合え、と心の中で叫んだ。
二つの手に背中を押されるように踏み出した一歩は。
――――ズガァアァアアンッ!!!!
落雷に紛れ、掻き消える。ザァッ、と降り出した雨は、しかし一瞬で止んでしまった。尤も、最初からこれを狙っていたため、特に問題はないのだが。代わりに、大地に染み込んだ雨が蒸発し、空気中に溶け込んでいく。
原理を知っている季節をして、不思議だと思う光景。まるで早送りでも見ているかのようだ。しかし、これで――――準備は整った。
「
自分以外の動きが酷く緩慢で、また、あの
片目を閉じればいいのかもしれないが、何となく、それでは駄目な気がした。故に、季節は両目を見開いたまま、煉獄と猗窩座の間へと体を滑り込ませたその瞬間、視界が真っ白に染まる。そして、ゆっくりと、煉獄と猗窩座の目が見開かれていくのを左目が捉えた。
立ち直りが早かったのは猗窩座で、視界の不明瞭さをものともせず、そのまま拳を振り抜こうとする。その気配を察した煉獄もまた、刀を握り直し気炎を高める。それを待って、季節は術式を完成させた。