雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/22 加筆修正

冒頭過去話
以降原作軸(オリジナル展開)
vs上弦の参終結


拾陸 洒涙雨

 ――――その鬼は。

 鬼舞辻(あの方)に次ぐ長命で、しかし、決してあの方の言葉に従うことのない、自由な(愚かな)鬼だった。

 

 

「つまらん奴だな、アンタは」

 

 

 あの方の命で訪ねてきたと伝えた俺に、その鬼はそう言い放った。退屈そうな顔で、心から残念だという声音で。俺は酷く、出鼻を挫かれた気分になった。

 

 

「どうすれば話を聞く気になるんだ?」

 

 

 ひきつる頬を押さえ尋ねる。そうだなあ、と間の抜けた声。そして。

 

 

「アンタが人間だった頃の話を聞かせてくれる、とか?……うん、それがいい、そうしてくれ」

「は?」

 

 

 思いもよらぬ提案だった。それだけでいいのかと思う反面、難しいことを言うとも思う。他の鬼ならばある程度は話せたのかもしれない。だが、生憎と俺は人間だった頃の記憶を持ち合わせてはいなかった。期待には応えられそうにない、と言うと、その鬼は哀しそうに目を伏せた。

 

 

「憐れだな」

 

 

 囁くように言われ、首を傾げていると手招かれる。己が座る隣を指して、そんなところにいないでこっちに来いと。趣ある数寄屋造りのこの屋敷は、この鬼がまだ若かった時分に自ら建てたものらしい。いったい何年前のことなのか疑問に思う。

 

 

「ところで、アンタが人間だった頃に一度会ってる身としては、忘れられていることに心が傷ついたんだが」

「は?」

「冗談だ」

「冗談……?どこから…?」

「さあて?」

 

 

 どこからだろうなぁ。ケラケラと童子のように笑い、俺が腰を下ろすのを確認すると、徐に空を見上げた。空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降りだしそうに見える。

 

 

「つまらなく、憐れなアンタに、善いものを見せてやろう」

 

 

 なんの脈絡もなくそう言われた。その瞬間、ザアッと。桶の水をひっくりかえしたような雨が降りだし、一瞬で霧に変わる。目を白黒させていると、視界の悪い霧の奥でなにかが揺らぎ、徐々に近づいてくるのが見えた。

 次々と起こる予期せぬ現象に、情けなくも固まっていた俺の頬に、細くしなやかな指が触れた。…触れた、と思った。

 しかし、実際は指が触れる前に反射的に拳を振り抜き、()()を振り払っていた。本能が警鐘を鳴らしている。これはダメだ、嵌まってしまえばもう二度と拳を握ることはできなくなる、と。

 勢いのまま隣に座っていた鬼の胸ぐらを掴み、文句を言おうと口を開く。ふざけるな。何だ今のは。俺に何をした。そう言おうとして、何も言えなかった。そんな俺に愉快だと口端を歪め、鬼は言った。

 

 

「俺は誰にも傅かないし、靡かない。だからといって、従わせようと俺の子孫(こども)達に手を出してみろ。――――その時は、その喉笛喰い破ってやる」

 

 

 瞳孔が縦に裂けた新緑の瞳が、俺を射抜く。そして、次の瞬間にはゴトリ、と鈍い音を立てて頸が落ちた。――――俺の、頸が。ヒュッと喉の奥が鳴り、背中が粟立つ。体の崩壊の兆しはないが、気分は最悪だった。

 

 

「どうせこいつの目を通して、こっちを見てるんだろ?」

 

 

 俺の頸を持ち上げ、目を覗き込み、狂気すら孕んだ笑みを浮かべて。

 

 

「上弦かお前自身が来いよ、こんな()()()じゃあ相手にならんから」

 

 

 ――――なぁ、無惨。その言葉を最後に、俺の意識は落ちた。

 

 

****

 

 

 猗窩座は気づいていた。季節が、“雨が降る”と言ったあの瞬間に、戦い続けることは悪手でしかないと。

 まだ鬼になったばかりで、上弦ですらなかったあの頃。まんまと術中に嵌り、恥を晒したのは良い……そう、良い(悪い)思い出だ。簡単に頸を落とされ、()()と言われたことは忘れもしない。()()()()()()()()()()。そう思っていた猗窩座の矜持を事も無げにへし折った。故に、あの鬼を――――諏江臥を殺すのは己だと決意した。

 ()()()()()。それが、最適解だと確信したのは、上弦となってもう一度諏江臥と対面した時だ。諏江臥の術は、最低、術者の意識さえ刈り取れば解除される。ならばあとのことを考えると殺しておく方が早いと考えた。

 だから、撤退ではなくこの場に留まることを選んだのだ。

 

 

****

 

 

「壱式――――“霧幻(むげん)”」

 

 

 季節がその単語を口にするのとほぼ同時、煉獄の日輪刀が猗窩座の頸に食い込み、猗窩座の拳が煉獄の腹を貫いた。――――と、猗窩座は思っているだろう。だが、それは違う。

 

 

「す、ぇふ…し……ッ!!」

「すまん、煉獄」

 

 

 君は少し、眠っていてくれ。そう煉獄の耳元で囁き、力なく崩れ落ちる体を肩に担ぎあげて離脱する。頭がクラクラするのは、単純に血を流しすぎたからだろう。

 勝負は決した。後は、猗窩座がさっさと立ち去るのを待つだけだ。だが、簡単に引いてくれるだろうか?それだけが不安だった。

 

 

「(()()()()()()()()使()()のは無理があったな……)」

 

 

 薄れ始めた霧の向こうで、猗窩座がぎゃあぎゃあと喚いている。鬼になれ、と言っているのが聞こえた。――――相手が幻であるとも知らず、ご苦労なことだ。その滑稽さに薄っすらと笑みを浮かべ、ようやっと辿り着いた木立に煉獄を隠す様に横たえる。

 猗窩座は変わらず、煉獄の幻に語り掛けている。否、あれはもう、幻とは言えないだろう。質量を伴った、煉獄の分身といって良い。あれを一瞬で生み出すのは骨が折れたが、一番は“霧幻”を発動させるのが大変だった。

 雨雲を呼ぶ和歌はいつも唱えているものとは違っていたし、雨を霧に変換した瞬間に体の中から何かがごっそりと抜き取られていった。正直、頭は痛いし吐き気もする。このまま意識を失ってしまいたい、とも思う。だが、それをやればこの術式が解除され、一世一代の大博打が無駄になってしまう。それだけは、何が何でも阻止しなければいけない。

 

 

「(せめて、日が昇るその時までは――――)」

 

 

 その願いが届いたのか、山間(やまあい)から朝日が差し込み始めていた。

 

 

**

 

 

 昇ってくる朝日から逃げるように、猗窩座は森へと身を翻した。その背に追い縋るように、炭治郎が投げた黒刀が突き刺さる。

 

 

「逃げるな卑怯者!!逃げるなァ!!!」

 

 

 炭治郎の絶叫に、一瞬、猗窩座の動きが止まった。爆発的に怒りと憎悪が膨れ上がる。

 

 

「(逃げているのは鬼殺隊(おまえら)からではなく、太陽からだ)」

 

 

 何を言っているのか、あのガキは。脳味噌が頭に詰まっていないのだろうか?それに、勝負はついているのだ、煉獄はもう間もなく力尽きる。

 

 

「逃げるな馬鹿野郎!!卑怯者!!」

 

 

 炭治郎の叫びを受けながら、朝日が昇り切る前に、猗窩座は姿を完全に消した。

 

 

「煉獄さんの方がずっと凄いんだ!!強いんだ!!煉獄さんは負けてない!!誰も死なせなかった!!」

 

 

 ぎゃんぎゃんと喚く炭治郎を、いつもならば宥められる側の伊之助が、狼狽えながら見つめている。その姿を横目に、季節は大分効果が薄まってきた術式をようやっと解除した。そして、横たえた煉獄の隣にうつ伏せに倒れ込む。

 

 

「……ちょっとの間だけど、随分と慕われたな」

 

 

 掠れた声でそう言えば、案の定意識を取り戻していたらしく、うむ、と力のない返答があった。

 

 

「とても嬉しく思うのだが……どう収拾をつけるつもりだ?」

 

 

 そうだなあ、と。煉獄の問いかけに、季節は力なく笑った。

 

 

「とりあえず、煉獄の分身はまだ消えてないから、それを消してからにしようか」

「……よもや、よもやだ」

 

 

 ――――生きている。身を起こしながら苦笑する煉獄を見上げ、季節はじわりじわりと押し寄せてくる達成感に浸る。そろそろ意識を保っているのも辛くなってきたなぁ、と。しきりに瞬きを繰り返していると、ふっ、と意識が遠のく。

 

 

「さて、竈門少年や猪頭少年に、何と説明したものか……」

 

 

 どうしたらいい?と、煉獄が尋ねてくる。返事をしようと口を開くが、掠れた呼吸がこぼれるだけだった。

 

 

「……季節?」

 

 

 何だよ、煉獄。

 

 

「季節」

 

 

 だから、何だってば。

 

 

「季節!聞こえているのなら返事をしろ!」

 

 

 聞こえてる、聞こえてるから――――。

 

 

「――――そ、な…お、おごぇ、だ、すな、て…」

 

 

 瞼が落ちる。ぷつり、と何かが切れる様な音がした。

 

 

「れ――――煉獄さんが灰になったぁああああぁああああ!!!?」

 

 

 意識を失う直前、そんな、炭治郎の叫びを聞いた気がした。

 

 

****

 

 

「無惨様」

()()()()は見つけたのか?」

「調べましたが、確かな情報は無く。存在も確認できず――………“青い彼岸花”は見つかりませんでした」

「で?」

 

 

 表情を変えず、声の波長も変えず、淡々と。対して、無惨、と呼ばれた少年は冷え切った声で先を促した。

 

 

「無惨様のご期待に応えられるよう、これからも尽力いたします。ご命令通りとまではいきませんでしたが、二人の柱の内、一人は始末いたしました。もう一人も再起に時間はかかりましょう。それから――――」

「お前は何か思い違いをしているようだな、猗窩座」

 

 

 ミシリ、と。全身に圧がかかるが、それでも猗窩座の表情は動かない。

 

 

「たかが柱……それを再起不能にしたからなんだと言うのか?鬼が人間に勝つのは当然のことだろう。私の望みは鬼殺隊の殲滅。一人残らず叩き殺して、二度と私の視界に入らせないこと。複雑なことではないはずだ、それなのに未だ叶わぬ…どういうことなんだ?」

 

 

 段々と圧が強くなっていく。全身にひびが入り、喉奥から血がせり上がってきた。

 

 

「お前は得意げに報告するが、あの場にいた鬼狩りは大半が生き延びた。なぜ始末してこなかった?わざわざ近くにいたお前を向かわせたのに…猗窩座――猗窩座――――猗窩座――――猗窩座!!」

 

 

 ごふり。口に鉄の味が広がる。

 

 

「お前には失望した。まさか、柱でもない剣士から一撃を受けるとは、“上弦の参”も堕ちたものだな」

 

 

 下がれ。

 

 

**

 

 

「貴様の顔……!!覚えたぞ、小僧。次会った時はお前の脳髄をぶちまけてやる!!!」

 

 

 ――――やっぱり、アンタは憐れだなあ。




猗窩座
 上司のパワハラが酷い中堅社員的立場の(おに)。過去、とある鬼に()()と言われ、以来その言葉を覆さんがために己の腕を磨き続けた。上弦の座を手に入れ、弱いと言った鬼を倒してなお、彼は強さを求め続ける。それが、それだけが、己を証明するものだと思いながら。

煉獄杏寿郎
 生存ルートに足を踏み入れた我らが兄貴。本当はもっとボロボロになったところで季節が乱入する予定だったし、なんなら腹を貫かれる寸前まで行くはずだった。しかし、結果は原作以上にぴんぴんしている。作者の予定では、原作とほぼ同じ流れで、()()()()退()()()()()()()()()()。後に登場して「実は生きていた!」的な展開にするはずが見事に予定が狂ったので、もしかしたら炭治郎が継子になる未来もあるかもしれない(展開は未定)。

季節津衣鯉
 先取りが激しい当作主人公。鬼にも気づかれない程気配を薄くできるって、結構すごいと思う。今回、“透き通った世界”への扉を開くことになったが、もう一度、今度は意図的に開けと言われたら無理かもしれない。また、完全に失明している左目が右目には映らないものを映すことも判明した。訳が分からないよ。
 煉獄を救えたことに安堵して気絶した。今回も一番怪我が酷いかもしれない。

・諏江臥式血鬼術
 詳細は追々

・壱式 “幻霧(げんむ)
 霧で幻を見せる。目くらましの他、相手の注意を逸らすことも可能。術の応用で、質量を持った分身を作り出すことも出来るが、反動がでかい。
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