雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/22 新規追加

平安時代の話


遠い記憶の話
幕間ノ弐 医者の叔父さん


 艶やかな黒髪、切れ長の瞳、スッと通った鼻筋。誰が見ても美形と称える(かんばせ)の男は、一方で、病的なまでに青白い肌をしていた。まさに、美人薄命とは彼のための言葉ではないかと思わせる境遇。人々は悲劇と言わんばかりに嘆き、悲しみ、憐れんだ。

 だが、男にはそれが何よりも屈辱的だったに違いない。表では好青年の皮を被り、裏で荒々しく他人を罵る男の姿を知る者が、一人だけいる。

 

 

「大人しくくたばってくれれば良かったのに、下手に延命治療とか受けないでさぁ。そうすればきっと、未来は幾分か明るくなったはずだよ?」

 

 

 後の歴史で語られることになるであろう、未曾有のの災害や戦争が起こることは回避できずとも。所詮は()()()()()()()()()()なら、どうとでも変えられるのではないか、と。そんなことを思い、しかし、やはり無理だったのだと遅まきに理解して。

 眼下に広がる血溜まりの中央で、若い女を喰うその(おに)の姿を目に焼き付けながら。

 

 

「――――所詮俺は、()()()()()()()()()()()()()()ってことだ」

 

 

 苦々しく、嗤った。

 

 

****

 

 

 ふと気が付いた時、五十路間近で緩み切ったはずの体が、幼児体型になっていた。否、それは大いに語弊がある。正しくは、幼児になっていた、だ。年の頃はギリギリ少年と呼べる程度。両手はふくふくとして小さく、まるで紅葉のようだ。夢かと思って抓った頬は恐ろしく柔らかく、そして、残念なことに痛みを訴えてくる。

 どこぞの名探偵を思わせるシチュエーションだが、どうやら現実らしいぞ、と肩を落として周囲を見回した。

 右手側には、板張りの床と数枚の畳、そして衝立がいくつか置かれた部屋がある。双六や貝合わせなどの玩具が散乱しているところを見ると、どうやら子供部屋らしい。随分と昔の記憶だが、歴史の資料集などで見た覚えのある光景だ。そう思いながら左へと視線を移す。

 左手側には、それはもう見事な日本庭園が広がっていた。梅の木が溢れんばかりに花を咲かせ、傍にある池にひらひらと花弁を落とす。それを、餌と間違えた池の中の魚が、水面から顔を出して食らう。

 昭和、平成、令和と三つの時代を生きた事がある身でも、これほどまでに幻想的な景色は見たことがない。心の中で絶賛して、己の服装を確認する。随分と手触りのいい生地の――――狩衣。そして、その場に崩れ落ちた。

 

 

「平安時代かよ、ここ…」

 

 

 こうして。己が転生とかいう昨今ありがちな設定に巻き込まれたことを、少年は理解した。“pi○iv(進○ゼミ)で見たやつだ!”という心の叫びを押さえこみ、膝についた土を払って立ち上がる。深呼吸を一つ、ひとまずこれで落ち着こう。

 他に何か、確認しておくことは何だろうか。時代は恐らく平安。藤原何某が栄華を極めている時代か、源氏と平氏がいがみ合っている(乳繰り合っている)時代か。少なくとも、最初期ということはないだろう。

 そんなことを考えながら、庭の方へと歩き出した少年の目に。

 

 

「――――っ!?」

 

 

 ()()は映った。

 

 

「――――?」

「どうかなさいましたか?」

「……いえ、気のせいだったようです」

「そうですか、では参りましょう」

「ええ」

 

 

 大きな池を挟んだ対岸に、()()はいた。慌てて梅の木の後ろに隠れたため、その姿を見たのは一瞬だが、その一瞬で十分だった。二人組の男の、その片方に見覚えがあった。――――見覚えが、ありすぎた。

 “前世”とかいうもので、己の子供たちに誘われて、一緒に見たとあるアニメ。たった一話で心惹かれ、原作コミックを大人買いしたのはいい思い出だ。その創作物に出てくる、諸悪の根源とも言うべき存在。その存在に、男は酷似していた。見間違い言うには、余りにもはっきりとこの目に姿が焼き付いている。

 

 

「……鬼舞辻、無惨」

 

 

 鬼たちの頂点に立つ、冷酷無慈悲な男。永遠を望み、陽の光を渇望する男が、()()()()()()()()()。それはつまり。

 

 

「原作はまだ、始まってない…!!」

 

 

 もしかしたら、変えられるかもしれない。悲劇を起こさず、平和な未来を、()()()()に与えられるかもしれない。そう考えた少年は、弾かれたようにその場から駆け出した。

 叔父がとある貴族の専属医として招かれる、という話を聞いた。その話を耳にしたのは昨日のことだ。それを思い出した幼児は、“もしかして”と、足の運びを速める。少年の記憶が確かであれば、叔父は花を専門に扱う医者だったはずだ。その中には()()()()()()()()もあったと記憶している。

 今ならまだ、間に合うはずだ。叔父を止めるには、今しかない。

 

 

「(叔父さんがまだ鬼舞辻と接触していませんよーに!!)」

 

 

 心の中で願いつつ、玉砂利を蹴り上げて庭を走り抜けた。

 

 

**

 

 

 結論を述べれば、目論見は失敗した。むしろ、最初から破綻していたと言ってもいい。叔父は既に鬼舞辻と接触していて、さらには薬も渡した後だった。さっき見かけたのがそうだったらしい。

 これで、“鬼が誕生する”という未来が定まってしまった。思わず脱力して床の上に突っ伏し、叔父を大変驚かせてしまったことは、申し訳ないと思っている。叔父の手を借りて立ち上がり、内心複雑な思いで感謝を述べた。――――叔父はいつ、鬼舞辻に殺されるのだろうか。そんな考えが脳裏を過り、口の中が乾いていく。

 

 

「心配してくれてありがとう。でもね、あの方は聡明な御人だから安心して欲しい。滅多なことなんて、起きやしないさ」

 

 

 そう言って笑う叔父に、酷く泣きたくなった。その滅多なことが起きるんだよ、とは口が裂けても言えず。そうして、ふと、思う。

 

 

「(叔父さんは何を思って、()()()()()()()()()()()()()()?)」

 

 

 原作ではそのあたりのことは、あまり詳しく語られていない。分かっているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいたこと。その医者が()()()()()()()()()()()()こと。そして、調合された薬が()()()()()()()()()()()()()だったこと。それくらいだ。

 その善良な医者とやらも、試作段階では、“青い彼岸花”が人間を鬼にするとは知らなかった?ただ、病状の改善だけを思って調合していた?――――本当に?

 

 

「どうしたんだい、××?」

 

 

 この瞬間、少年には叔父が、何か得体のしれないモノのように思えた。心優しく、多くの人を救えるようにと医者を志した、高潔な意志の持ち主。だからきっと、鬼舞辻のことにも心を痛めているのも、確かなのだろう。だが、それで試作段階の薬を渡すのはどうなんだ、と思ってしまう。

 

 

「……あのね、叔父さん」

 

 

 それでも、少年にとっては大切な家族だ。疑うことはしたくないし、そう遠からず殺される運命にある人だ。だから、しっかりと覚えておこうと思う。

 

 

「ぼく、()()()()()()()()が見たいなぁ」

「赤くない曼珠沙華とは難しいな……」

「ないの?」

「ない!……と言いたいところだが、実はあるんだ」

「ほんと!?」

「ああ、本当だとも。明日にでも案内してあげよう、今日はもう遅いからね」

「――――――――うん!」

 

 

 叔父の人となりを。

 

 

****

 

 

 あれから一年が過ぎた。病状の悪化を辿る鬼舞辻に、叔父は酷く心を痛めていた。それでも、何とかこれ以上の悪化は止めようと苦心している姿を見ると、少年の心も酷く痛んだ。

 

 

「(だぶん、もうそろそろなんだよな)」

 

 

 鬼舞辻が痺れを切らすのも、もう直ぐだろう。もって一ヶ月、早くて今日か明日にでも、叔父は殺されてしまうかもしれない。

 

 

「(助けられなくて、ごめんね)」

 

 

 自分に、叔父を助けられるだけの力があればと、そう思わずにはいられない。だがもう、時間はない。だから、これから先、残った家族にだけでも被害が及ばないようにする事だけを考えよう。

 

 

「――――俺も鬼になるのが手っ取り早いのかな」

 

 

 陽の下を歩けないのは辛い。だが鬼殺隊も存在しない現状、鬼舞辻に対抗するにはそれが一番良いようにも思える。そうすると、どうやって鬼になるかが重要になってくる。

 安全なのは、叔父の手元にある薬を服用することだろう。万人に効くという前提が必要ではあるが、おそらく、少年も鬼に変じる筈だ。危険な賭けとなるのは、鬼となった鬼舞辻の血を分け与えられることだ。鬼舞辻から与えられた血に打ち克ち、その後は鬼舞辻の呪いを解かなければならない。面倒な事ばかりだ。

 顎を撫で擦り、自室の床の上に寝転がっていると、入り口に影が差した。誰が来たのかとそちらを見ると、偏屈爺と名高い祖父がいた。人前に出るのを嫌い、陰陽術や占星術の研究に明け暮れ、帝の命があって漸く表舞台に出てくる引き籠り。無駄に博識で口達者、陰陽寮に誘われたこともあると言うが、それを蹴っ飛ばした奇特な人。それが、祖父だ。

 

 

「××、鬼になりたいのか?」

 

 

 能面のような顔で、祖父がそう尋ねてきた。全身から血の気が引いていき、口ごもる。聞かれていた、聞かれてしまった。どうやってこの場を逃れようかと考えるが、焦りもあって何も思い浮かばない。あ、やら、う、やら、単語にもならない声を漏らして視線を泳がせる。

 

 

「なればよかろう」

「え」

「ただし人は喰うな」

「……」

 

 

 あっけらかんと祖父は少年にそう言った。聞き間違いかと思って祖父を見つめるが、それ以上何も言わない。ただ、のっそりと少年に近寄って来て頭を撫でただけ。

 

 

「……人を護る、鬼になるよ」

「うむ」

 

 

 その日の夜、少年は叔父の薬箱から“青い彼岸花”をいくつか拝借した。

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