「幕間・生まれながらの鬼」及び「幕間・大江山の雨師」をベースに大幅修正
平安時代の話
鬼舞辻が叔父を殺害してから、数週間が経つ。
「うーん?」
燦燦と照り付ける太陽の下、少年は大きく首を捻っていた。
「“鬼”は日光が弱点じゃなかったか…?」
そう、そうなのである。鬼は日輪刀という刀で頸を斬られると命を落とし、日光を浴びても命を落とす。そういう
そして、少年は“鬼”である。犬歯は獣のそれのように鋭く、爪は一日でも手入れを怠ると尖ってしまう。浅い傷は瞬きのうちに治るし、やや深い傷でも一日かからずに完治する。流石に頸を落とすことはしていないが、おそらく、日輪刀でさえなければ、頸を落とされても生きているのではないだろうか。
人間を食べたいという欲もわかず、なんなら普通の人間のように食事ができる。ただ、吸血衝動だけはあるので、生血を摂取するようにしている。ただし、これも人間のものにこだわる必要が無かった。
ちなみに、少年の家族は“鬼”に、というか“怪異”に理解がありすぎる人たちであった。そのため、少年の奇行を奇行とは思わずに見ていたことを報告しておく。閑話休題。
そして、検証の最後。“鬼”の天敵とも言えるのが日光だった、はずなのだが。
「どこも焼け落ちないんだよなぁ」
ここ数週間の出来事を思い出してみるが、太陽の克服に関係がありそうなものは何も思い当たらない。 前述したとおり、“怪異”に理解がある家族にも話を聞いてみたが、有力な情報は出てこない。
これはいよいよ、最後の砦に向かうしかないのかもしれない。狩衣が汚れるのも気にせず地面に蹲って頭を抱え込み、いわゆる“ごめん寝”状態になりながらそう思った。
「でもなあ」
最後の砦――――それは、祖父のことだ。少年が鬼になろうとしたのを止めず、むしろ背中を押してくれた人。陰陽術と占星術を学んでいるだけあって、家族の誰よりも思考回路がぶっ飛んでいる。そう考えると、人間を鬼にする薬を調合した叔父は可愛いものだったのかもしれない。……いやいやいやいや、そんなことはないな?
一瞬、とんでもないことを思ってしまったが、今考えるべきなのは祖父に話を聞きに行くか否か、である。そして、決意を固めて立ち上がった少年の目の前に、祖父はいた。
「ぅおえっ!?」
「驚かせたか」
そう言われ思わず頬が引き攣った。気配も足音もさせずに近寄って来られたら、誰だって驚く。しかもそれが、ちょうど考えていた人物だったなら尚更。素直に驚いたと返せば、すまんと短い謝罪が戻ってきた。
そんな祖父は、掛け軸を片手に持っていた。その掛け軸に見覚えがあり、どこで見たのかと記憶を辿る。――――そうだ、祖父の部屋に飾ってあったものだ。少年が見つめているのに気づいたのだろう。掛け軸を地面の上に拡げ、中身を見せてくれた。
その動きに一切の躊躇はない。汚れとか、気にしないんだろうか。現れた絵を見つめながら、そう思う。
「儂の祖父だ」
ヤベェ奴だ。少年はそう思った。スンッと真顔になり、顔を覆って天を仰ぐ。血縁者の中でも群を抜いてヤベェ奴、叔父さんなんてやっぱり可愛いもんだった。
祖父の部屋に飾ってあった掛け軸は、祖父の言い分を信じるのなら祖父の祖父を描いたものであるらしい。が、見た目はよくある御伽草子に出てくる鬼のような形相をしている。本当にこれは人間なのか?という少年の問いに、祖父は神様だと言った。
胡散臭いこと極まりないが、その証拠と言えばいいのか、祖父は
確かに、少年は祖父が雨雲を呼ぶところを見たことがあった。時の帝に命ぜられ、雨乞いの儀を、陰陽師を押しのけて成功させたのだ。強く印象に残っている。それは、祖父の祖父――――少年にとっての高祖父からの遺伝なのだと言う。そして、それは少年も同じだと、祖父は言った。
「お前は爺様と同じ力を持っている」
最初は半信半疑で聞いていたが、祖父にやり方を教わりやってみると本当に呼ぶことができた。何ということでしょう。
「案外鬼の術ってことも……」
「そうだな、爺様は鬼だったのやもしれん」
少年の呟きに、祖父が頷いた。早い掌返しですね、神様だって言ったのは祖父なのに。……とすると、だ。高祖父は鬼だったのだろうか?御伽草子に出てくるそれのように角がある訳でもない。ただ
仮に、高祖父が本当に鬼だったとしよう。彼は
「お前はこれから、波乱の道を行く」
不意に、祖父がそう言った。
「これは予言ではない、
少年と同じ、新緑色の――家族の中で祖父と少年しか持ちえない――瞳が、キラキラと輝いている。
「お前は激動の時代を生きることになる」
「――――」
祖父の言葉が、その通りとなったと分かるのは、これからずっと後の話。少年は、平安から
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鬼として新生したばかりであれば、同じ鬼である少年でも鬼舞辻を倒すことは可能だと思っていた。だが、可能性はあくまでも可能性。百パーセント出来る、と断言できなければ実行するべきではなかったのだ。
「はー、流石鬼の首領様ってか?」
鬼舞辻は異様に警戒心が強かった。原作で珠世という鬼が言っているように、臆病なのだろう。けれどそれは、生存戦略においてはとても重要な素質であると言える。臆病さは、死にたくないという生存本能に裏打ちされたものだ。
そんな訳で、少年の“鬼舞辻無惨暗殺作戦”は座礁に乗り上げた。
実行した計画は二つ。一つは食事に毒を混ぜること。もう一つは、暗殺。どちらも、叔父が遺した毒を使った計画だ。――――叔父が調合した毒ならいけると思ったのだ。
その毒は、
次に暗殺。こちらは忍を雇い、彼らが使う獲物に藤の毒を塗るよう言伝た。しかし、これも失敗。万全を期して十人ほどの忍が暗殺に向かったそうだが、生還したのはただ一人。その一人も精神をやられて譫言を繰り返すだけになってしまったらしい。
何の関係もない者が死に、協力してくれた者が犠牲となって。そのことへの後悔が、少年の腹の中に鉛を落としこんだかのように、深く沈んでいく。
「犠牲者を減らしたいって思ってるのに、増やしてどうするよ…」
それを何と言い表せばいいのだろうか。強制力?修正力?何にせよ、少年が抗うには強大すぎる何かに違いなかった。だから結局、少年は鬼舞辻を倒すことを諦めた。