雨をつれてくる男   作:破月

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2019/07/21 加筆修正

原作軸
かまぼこ隊集合、藤の家まで
途中真菰の独白あり


弐 夏の白雨

 長らく意識が無かった隊士が目を覚ました。

 その知らせを産屋敷邸にもたらしたのは、水柱の片割れの青年だった。宍色(ししいろ)の髪を振り乱し、喜々とした表情で。産屋敷耀哉の目にそれが映ることはないが、手を引いた娘たちが事細かに教えてくれた。乱れた呼吸も、潤んだ瞳も、全て。

 

 

「――本当に、喜ばしいことだ」

 

 

 耀哉のその言葉に、宍色の髪の青年は耐え切れずに嗚咽を漏らした。同じ育手に師事し、目標でもあった存在が、ようやっと意識を取り戻したのだ。一時は命も危なく、もう二度と目を覚まさないかもしれないとさえ言われていた。奇蹟の回復だ、涙も自然と溢れてくるのだろう。

 

 

「五年か……長かったね」

 

 

 五年。それが、件の隊士が昏睡していた年数だ。十二鬼月ではなかったとはいえ、それに近い実力を持った鬼と対峙し、負傷した。その場に、この青年もいたのだ。

 隊士は、青年と、他に一般人二十名ほどを庇いながら戦ったのだという。実力が劣っていた訳ではない。ただ、庇うものがあったから、その実力を十分に発揮できなかっただけで。――本人にしてみれば、そんな言い訳はしない、と言うだろうけれど。

 

 

「過ぎたことだ、己の鍛練不足だと彼も言うだろう。だから、あまり自分を責めてはいけないよ、錆兎」

「――はい」

 

 

 気配が遠ざかり、湿った土の香りが鼻を衝く。おそらく雨が降るのだろう。

 

 

「雨、か」

 

 

 彼の隊士は雨を連れてくる。季節折々の、雨を。

 

 

「また、君が降らせる雨を感じることができるんだね」

 

 

 嬉しいよ、津衣鯉。そう言って、耀哉は笑った。

 

 

****

 

 

(竈門炭治郎)

 

 最終選別を合格し、鱗滝さんのもとに戻った俺を出迎えたのは禰豆子だった。ようやく目を覚ました禰豆子を抱きしめて、その禰豆子ごと鱗滝さんに抱きしめられる。

 よく帰って来た、と言う鱗滝さんの声がちょっと震えていたことや、涙の匂いがしたことは、気付かないふりをしておく。むしろ俺も泣いていて、その時は気にしている余裕なんてなかった。

 それから十五日後。編笠に風鈴、ひょっとこのお面という、強烈な印象の鋼鐵塚さんから、俺の日輪刀を貰った。

 日輪刀は持ち主によってその色を変えるため、別名色変わりの刀と呼ばれるらしい。鋼鐵塚さんには赤く染まると期待されたが、生憎と俺の日輪刀は真っ黒に染まった。期待を裏切られたと、子供のように癇癪をおこした鋼鐵塚さんを余所に、鱗滝さんが黒い刀について教えてくれた。

 色変わりした日輪刀は、それぞれの色ごとに特性がある。しかし、黒い刃になる者は数が少なすぎて、詳細が分からないのだという。分からなすぎて、出世できない剣士は黒い刃なのだと言われているのだとか。ちょっとだけ残念に思ったとか、そんなことはない。ないったら、ない。

 程なくして、鎹鴉が伝令を持ってきた。北西の町で毎夜毎夜少女が消えている、その原因を探れというものだ。いきなりの事で驚いたが、初仕事だ。気合を入れて取り組もう。

 通気性は良いが、濡れにくく燃えにくいという特別な繊維でできた隊服に袖を通す。雑魚鬼の爪や牙ではこの隊服を裂くことすらできない、と鱗滝さんは言った。それから、昼間、禰豆子を背負う為の箱を、鱗滝さんは俺にくれた。非常に軽い“霧雲杉”という木で作り、“岩漆”を外側に塗って固めた頑丈な箱だ。

 最後に、鱗滝さんは禰豆子の状態について憶測を語った。人の血肉を喰らう代わりに眠ることで体力を回復しているのかもしれないと。

 

 

**

 

 

 狭霧山を出てから、短期間で色々な事が起きた。初任務にして単独任務を終えて浅草へ。そこで、家族の仇かもしれない鬼舞辻無惨と遭遇。さらに珠世さんと愈史郎に出会い、禰豆子を人に戻せる可能性に光明が差した。苦戦を強いられた二人組の鬼が十二鬼月ではなかったのには、流石に驚いたけど……。

 二人と別れ次の任務地へ向かう途中、女の子にすがり付く善逸を見つけた。色々あって一緒に行動し、山奥にある屋敷へと向かう。そこには"稀血"の少年清とその弟妹(きょうだい)達、そして猪頭の被り物をした伊之助がいた。

 苦心しながらも十二鬼月だった鬼を倒し、鬼に喰われた人たちの埋葬をする。山を下るときに善逸が清の弟を連れて行く、と駄々をこねた。なので気絶させることで強制的に黙らせる。

 それから、鴉が藤の花の香り袋を吐き出して清に渡した。鬼除けらしい。“稀血”であることで、また鬼に狙われることもあるかもしれない。だから、それを持ち歩けとのことだった。鴉の体のどこに入ってたかは、気にしちゃいけない。

 伊之助は鬼殺隊の隊員と力比べをして刀を奪い、最終選別のことや鬼の存在について聞き出したのだそうだ。“育手”も介さない選別参加の後、鬼殺隊に入隊。型破りなやつだと思う。それから、人の名前を覚えないというか、話を聞かない。…そんな次元じゃない気もするけど。

 鴉に導かれるまま辿り着いたのは、藤の花の家紋の家だった。負った怪我が完治するまで、ここで休息を取れということらしい。俺、今回怪我したまま鬼と戦ったんだけど。そう呟くと、ケケケッ、と鴉は鳴いた。その笑い方はなんなんだ。

 戸を開けて現れたお婆さんに招かれ、食事をいただき、布団まで敷いてもらう。まさに、至れり尽くせりとはこの事だ。そんなお婆さんに対して、妖怪だ何だと善逸が煩いので、思わず手が出たのは不可抗力だと思う。

 鴉の話では、この藤の花の家紋の家は、鬼狩りに命を救われた一族であり、鬼狩りであれば無償で尽くしてくれると言う。お婆さんは医者も呼んでくれた。結果、三人とも肋が折れていることが発覚。伊之助が四本、俺が三本、善逸が二本。おまけに、伊之助は俺が頭突いた額が痛々しく腫れていた。素直に申し訳ないと思う。ごめんな……。

 

 

****

 

 

(真菰)

 

 多少の濃い薄いはあるけれど、年中霧が山を覆う狭霧山。当然来訪者は少なく、やって来るのは近隣の猟師や私の兄弟子ばかり。特に、次期水柱と呼び声高い兄弟子は、忙しいはずの任務の隙間を縫うようにして頻繁に顔を見せに来ていた。

 雨上がりの空を思わせる不思議な色合いの髪に、夜明けの空に似た羽織。新緑の瞳は常に優しく細められ、笑みを絶やさぬ彼。

 

 

「いい加減、腹をくくったらどうだ」

「何のことかな、鱗滝さん」

「柱の襲名だ。お館様から打診があったのだろう、なぜ断った」

「断りますよ、そりゃあ。俺は柱になりたくないんですもん、継子ですらないですし」

「…継子でなかろうと、だ。現状、柱に次ぐ階級であるお前が、いつまでも平隊士でいられる訳が無かろう。鬼の討伐数も十分であるのだし、実力ある者の宿命だと思って、早々に襲名するといい」

「ええー」

 

 

 鱗滝さんの言葉を意にも介さず、からからと笑う。季節は、夏。胸いっぱいに吸い込んだ空気が、土の匂いを運んでくる。そんな、平和なある日の一幕。そんな風に毎日が続くのだと思っていた。けれど、そんなのは嘘だ。鱗滝さんは今も一人、狭霧山で暮らしている。私は最終選別で命を落とした。実力が足りなかったとは思わない、ただ、心が未熟だっただけだ。

 変化が起きたのは、最近。鱗滝さんのもとを、一人の男の子が訪ねて来てからだ。彼とは違う、別の兄弟弟子から紹介されてやって来たというその子は、とても優しい子だった。鬼になった妹を人に戻そうと、頑張っている子。鬼殺隊には向かないと思った。鱗滝さんもそう思ったに違いない。けれど、一緒にいた彼はそうは思わなかったらしい。

 ある任務で重傷を負い、意識不明の重体のまま五年も眠り続けていた兄弟子。体から離れ、魂だけで彼方此方揺蕩っていた彼は、男の子――炭治郎の姿を認めると、それは嬉しそうに笑った。あの子は強い剣士になる。そう言って、大岩の前に立ちつくす炭治郎の前に姿を見せた。

 彼がそこまで絶賛するのなら、きっと、素晴らしい剣士になるのだろう。私もあれやこれやと口を出して、炭治郎が少しでも強くなれるように。――少しでも長く生きられるように、兄弟子に協力した。半年後、炭治郎は見事大岩を斬ってみせた。そして、藤襲山へと向かい、仇を、討ってくれた。……ああ、本当に。

 

 

「優しい子」

 

 

 私の呟きが聞こえたのか、兄弟子は柔らかな笑顔で頷いた。瞬きの一瞬で、兄弟子の姿は消えて。私は他の子供たちと一緒に、空を見上げる。珍しく晴れ間がのぞく狭霧山で、なるほどなぁと。なんだか笑えて来てしまった。

 

 

「季津さんは雨の日しか外に出ないから」

 

 

 語弊がある、と言われそうだけれど強ち間違いでもないと思う。雨は降っていなかったけれど、一年中霧に覆われたこの山は、さぞかし居心地が良かったに違いない。でも、彼は生きているから。私たちみたいに、ずっとここにはいられない。次に会うのは、きっと。

 

 

「お役目を終えて、散々生き抜いたあと、だよね」

 

 

 そう、信じたい。

 

 

****

 

 

(竈門炭治郎)

 

 一夜明けて。痛む肋を押さえながら起き上がると、狙い澄ましたように障子が開け放たれた。一瞬、禰豆子が灰にならないかと慌てたが、朝日が部屋に入り込むことはなかった。そのかわりに、ぬるい風と共に湿った土の匂いが鼻をくすぐる。おはよう炭治郎、と。聞き覚えのある声が俺を呼んだ。

 

 

「男子三日会わざれば括目して見よ、とはよく言ったものだ」

 

 

 温かい、血の通った――生きている人の匂いがする。

 

 

「狭霧山にいた頃よりももっと、良い顔つきをしている」

 

 

 嬉しそうに、楽しそうに、ころころと表情を変える声音。ところどころ傷みが見える狐の面は、左目の下に雫が三つ描かれている。夜明け色の羽織を揺らし、腰に刀を差して。

 

 

「それじゃあ、初めましてをやり直そうか」

 

 

 のそのそと善逸と伊之助が身を起こすのを横目に、俺は布団を蹴り上げていた。

 

 

「初めまして、竈門炭治郎。俺の名前は――」




鱗滝 左近次
 鬼殺隊の剣士の“育手”で、炭治郎の師匠。元水柱、水の呼吸の使い手で、炭治郎同様鼻が利く。押しかけ弟子の季津は想像以上に仕上がり、富岡と錆兎も申し分ない。帰ってこなかった真菰や他の子たちのことは残念だが、原作の彼よりは打ちひしがれていないかもしれない。それもこれも、頻繁に遊びに来る季津のせいだったりする。これで任務もちゃんと熟しているのだから、叱り難いらしい。

錆兎、真菰
 原作では、二人とも故人だが、当作品では錆兎が生存している。季津により、戦い方の矯正があったためと思われるが、詳細は不明。現在は冨岡義勇と共に、水柱を務めている。真菰は原作と変わらない。ただ、季津のことは本当の兄のように慕っていた。
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