平安時代の話
中盤から戦国時代の話
それから数年が経った。
少年は今日、元服の儀を迎えると同時に都を離れる。僅かな供回りと、祖父と共に。少年は門に寄りかかり、叔父が愛用していた薬箱を抱え、ぼんやりと空を見上げていた。祖父は供回りと何事かを話している。
父と母はここにはいない。なぜなら、少年は勘当されており、それを憐れんだ祖父が元服させた上で連れ出す――――という
そうして、少年は旅立つ。前世の記憶を思い出してから十年、言い換えれば――――鬼舞辻無惨が鬼となって十年が経ったということだ。
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かつて、都一番と名高い姫君がいた。その姫君は、ある日唐突に輿入れの準備を始めたかと思えば、瞬く間に整え都を出て行ったという。何でも
真偽は定かではないが、そのような噂は尽きない。いつの時代も、他人の不幸を笑って悦に浸る人間は存在する。
確かに、その姫君は病を患っていた。治療法も特効薬も存在しない、
意識がはっきりしていたのは幸いだったが、化け物になってしまったことに変わりはない。とは言え、大事な娘であることも確かだ。父母は姫君をどうにか人並みに幸せにしてやりたいと思った。
そこで藁にも縋る思いで頼ったのが稀代の陰陽師、
「
姫君の嫁入りが決まり、とある鬼の嫁取りが人知れず決まった瞬間だった。
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季節は巡り、鬼や妖怪、怪異などが身近に感じられていた平安時代は遠い過去となった。大江山に巣食った
ついには群雄割拠の戦国時代が始まり、多くの
「“古くから鬼退治の伝説が残る大江の山奥深くに、何でも鬼が住んでいるらしい。そんな噂を耳にしたのだが、これはお前のことだろう。そろそろ潮時かと思うのだが、いつ儂のもとに参じるのか疾く知らせよ”――だぁ?」
幕府の使者だという男が持ってきた文から顔を上げ、男は怪訝な顔で使者を見た。使者は情けなくも視線をさまよわせ、顔面汗だくになりながら、はい、と消え入りそうな声で答える。随分と気が弱そうな使者だ、男はそう思いながら文を板間に置いた。
「ふむ……ようは、足利家へ助力しろということか。一体何様のつもりだ?公方様ってか?全く、あの阿呆は地位に権力が残ってるとでも思ってるのかね、馬鹿々々しい……」
呆れ顔を隠さずそう言った男に、使者は縋るように口を開く。
「し、しかし!かつて御助力を願った初代様には快く、お力をお貸しくださったと……!!」
「あれは俺の
一刀両断。情け容赦なく発言を切り捨てられ、取り付く島もない。
「そもそも、又太郎は俺の助力を得られるとは思ってなかったし、俺も力を貸したのは六波羅探題の一件のみ。以降何の音沙汰もなく、曾孫が里帰りする際に土産を持たせてくる程度の関係」
「で、ですが初代様を幼名で呼ばれるということは、親交があったのでは…?」
上が阿保だと、部下も阿保なのか。うんざりだと言いたげに肩を竦め、頬杖をついた男は使者を煩わしげに見つめた。
「……俺、こう見えて結構爺だし、年下をどう呼ぼうがどうでもよくない?それに、見た目が変わんないから山に籠ってる訳で、又太郎もそこらへん気にしてくれてね。個人的な接触は皆無。あーあと、お気づきでないようだから言わせてもらうけど……」
「は、はい」
「足利傘下に俺の
「――――、」
「これだけ手掛かりをやったんだ、俺の返答が何か分からないとは言わせんぞ?」
男のこめかみに血管が浮き上がり、薄く開いた口元から鋭い犬歯が覗く。細められた新緑の瞳は、瞳孔が縦に割れて爛々と輝いていた。言いようもない恐怖が背を駆け抜け、使者は噛み合わぬ歯をがちがちと鳴らす。つ、と押し返された文を震える手で持ち上げ、視線に促されるがまま立ち上がる、と。
「お帰りはあちらだ、使者殿。くれぐれも、公方によろしく……な?」
「ひ、ぃいッ!!」
強烈な殺気を向けられ転げるように走り出す。草履を履くのも忘れ、供すら置いて山道を駆け下りて。置いていかれた供の者たちも慌ててその背を追って下山していく。その姿を見送り、男はやれやれと肩を竦めた。
「いやぁ、相も変わらずでいらっしゃる」
ひょっこり、と。丁寧に手入れされた垣根の向こうから顔を見せたのは、いつかにいた坊主と似た若者だ。遠い記憶の中で黒い袈裟姿の坊主が、ニヤリと笑った気がした。
「権力に靡かぬのは流石ですが、ああも邪険にされたのでは憐れですね。奥方様がご健在でしたら、今頃お説教されていたのでは?」
「……かもなぁ」
「あ、これ。母からの差し入れの菊の花です。そろそろですよね、奥方様の御命日」
旦那様の所へ行くと言ったら、持っていけと言われて。その言葉と共に差し出された花を受け取り、いつも悪いなと屋敷に上がるように促す。開きっぱなしだった戸を潜る若者の背を見つめ、ふと、足を止めた。
――――
しかし、女と男は同じ鬼のようで同じではなかった。どちらも人造の鬼であることに違いは無いが、男は十六分の一という僅かなものだが
男が太陽に焼かれなかったのは、そのためだ。“青い彼岸花”と言う薬と、
合わせて、男は先祖返りでもあった。高祖父譲りの力でもって、雨を呼ぶ。そうして、いつの間にか
「雨師様?」
「ああ、今行く」
その日、空は、雲一つない青空だった。
少年/男
平安時代に生まれ、鬼舞辻無惨が人だった頃の姿を知る人物。季節家の祖、その名を“
諏江臥の高祖父は中国の“雨師”という神様である。故に鬼舞辻のように太陽を畏れる必要もなく、人の血肉を喰らうこともなかった。根本が少しだけ違う存在である。
さらに、神様を
都を離れ、大江山に居を移した理由は多々あるが、一番は鬼舞辻に感付かれたというのが大きい。鬼舞辻も“青い彼岸花”を調合した医者の親族の動向は監視していた。諏江臥が“青い彼岸花”について何らかの情報を持っていると思っていた。が、まさか自分と同じように鬼になっているとまで考えが及ばなかった。
大江山に移り住んでまもなく、諏江臥は嫁を貰うことになる。結果から言えば、妻とは仲睦まじく、子供にも恵まれ幸せだったと言えるだろう。妻は戦国時代に亡くなり、彼は一人、大江山で生きていく事になる。
明治時代に入り、ついに猗窩座によって鬼舞辻のもとへと引き摺り出され殺されるまで。
故人であるが、津衣鯉とは面識があるようだ。はたして、彼は本当に殺されたのだろうか――――?
実は転生者。五十路間近の二児のパパ、研究職についていたオタク気質。週刊誌は学生時代から欠かさず読んでいた。本誌派のため、原作知識量は津衣鯉に勝る。
記憶は薄れていくものだと分かっているので、文字におこしている。ただ、
口調がやや幼いのは外見年齢に引っ張られているから。ただし、威厳のある喋り方も勿論できる。