雨をつれてくる男   作:双葉破月

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2019/07/22 加筆修正

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原作軸
vs上弦の参後、蝶屋敷


拾漆 仰ぐ天こそ

 雨の匂いがする。馴染み深い、濡れた土と草の匂いだ。この目が何かを映すことはもう二度とないけれど、この匂いだけは一生忘れることはないのだろうと。そう思う。

 

 

「お邪魔してるよ、耀哉」

「ああ、」

 

 

 湿った風が頬を撫で、雨の匂いが強くなる。幼い頃に出会った剃髪の男や、津衣鯉よりも濃い雨の匂いを纏う彼は。

 

 

「いらっしゃい――――諏江臥」

 

 

 産屋敷家(わたしたち)雨師(まもりがみ)

 

 

****

 

 

 微睡みの中遠い――――過去の記憶を夢に見ていた気がする。そうか、もしかしたらこれが()()()()()というものなのだろう。

 

 

「――あ、」

 

 

 思わず零れ落ちたその声を、何だが久し振りに聞いたような気がした。

 

 

「……全く、御寝坊さんですね」

 

 

 彼女(×××)によく似た顔が声が、藤の花に似たその瞳が愛おしい。

 

 

「お帰りなさい、」

 

 

 ふわりと。鼻を掠めていったの、藤の薫り。――――――――ああ、そうか。

 

 

季節さん(あなた)

 

 

 俺が()()()()()()()()のは、()()()だった。

 

 

****

 

 

(我妻善逸)

 

 蝶屋敷に戻って数日が経つ。

 汽車に乗っていた二百人余りの乗客に、重軽傷者はいても死者はいないと聞いて酷く安心したのが一昨日(おとつい)のこと。

 怪我の状態が酷かった炭治郎は、腹部の傷が一番深くて、呼吸での止血が遅れていたら死んでいたかもしれないって。幸い臓器に傷はついていないらしい。良かったね。

 煉獄さんもそれなりに怪我をしていたけど、炭治郎に比べたら軽傷の部類。季節さんが身を挺して護ってくれたらしく、そうでなかったら死んでいたかもしれないと。どこを見ているのか分からない瞳を細めながら言っていた。

 伊之助はぴんぴんしてて、禰豆子ちゃんは相変わらず眠そう。俺も頭を打ったけど特に後遺症はなかった。なので、皆のところを見舞って回ってる。まあ、体のいい暇潰しってところかな。

 一番の重傷者は季節さんで、五年間の昏睡から回復しと思ったら、また昏睡してる。しのぶさん曰く、一週間もしない内に目を覚ますらしいんだけど、本当かな?那田蜘蛛山の一件から傷が完治していなくて、そこに追い打ちをかけるように無茶をした。それで今回の昏睡。

 寝汚い人だと思いません?って冗談交じりにしのぶさんは言っていたけれど、彼女から聞こえる音はとても心細そうだった。そして季節さんの婚約者でしのぶさんのお姉さんであるカナエさんも、ちょっとだけ寂しそうだ。

 煉獄さんは自分の治療も終わらぬうちから、季節さんの部屋に居座った。ベッド脇の椅子に腰かけて、眠り続ける季節さんを見つめている。表面上は元気そうだけれど意外にも落ち込んでいるらしかった。

 炭治郎は手当てが終わった翌日から鍛錬を始めて、案の定しのぶさんに叱られた。なほちゃん、きよちゃん、すみちゃんの三人にも泣きつかれて、アオイちゃんも憤慨した様子で気にかけてる。羨ましいと思ったのは内緒だ。

 伊之助は山に籠ると言ってそれきり、数日間音沙汰がない。きっと元気にしてるんだろうけど、ちょっと心配だったりする。ご飯とかどうしてるのかな、アイツ。

 ふとした瞬間、汽車での戦いのことを思い出す。どんなに鍛え抜かれた“音”がする人でも、上弦の鬼には歯が立たなくて、死にかけるんだと知った。今回はたまたま運が良かっただけで、運が悪かったら、俺たちの内の誰かが死んでいたかもしれない。。

 季節さんがいたから、何とか生きて上弦の鬼を退けることができたんだと、煉獄さんは苦い顔で話していた。冗談だろって思ったけど、その時の煉獄さんからはすごく苦しそうな音が聞したから、可能性は高いと思う。

 どんな強そうな人だって苦しい事や悲しい事がある。だけどずーっと蹲ってたって仕方ないから、傷ついた心を叩いて叩いて立ち上がる。煉獄さんはきっとそういう人だし、炭治郎と伊之助も似た感じ。

 季節さんは飄々としていて正直よく分からない。あの汽車で、鬼になった母親を斬ったというから、誰よりも傷ついてるはずなんだろうけど。……だから、起きてこないのかな?なんて、ね。

 そんな季節さんからは。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 優しい、雨の音がする。

 

 

「ああ、いらっしゃい」

「――――って、起きてるぅう!!!?」

「お饅頭あるけど食べる?」

「あ、ありがたく――――って、ちがぁああう!!」

 

 

 季節さんの部屋に、いつもある煉獄さんの姿はなかった。その代わりに、カナエさんがいた。貰った饅頭を床に叩き付けそうになって、踏みとどまる。食べ物は粗末にしちゃいけないって、誰かが言ってた!!でもさ!!まさか起きてるとは思わないじゃん!?

 

 

「津衣鯉さんに作り方を教えてもらって作ったの、お口に合うと良いのだけど…」

「えっ?!手作り?!ほわぁっ!!!?」

「刀は握れなくなっても、お菓子を作るくらい簡単よ」

 

 

 美人の手作り!!握ってしまって少し形が崩れてしまったけれど、カナエさんが持つお重には見栄えも美しい饅頭が綺麗に詰められていた。ちょっと重い話が聞こえたような気もするけど、気のせいということにして。季節さんから教えてもらったということにも驚いたね!こ、これが手作り…?店で売ってるものと遜色ない出来栄えで……ひぇえええ、食べるのが勿体ないね!?そんな俺の心情を察してか、季節さんが饅頭を一つ手に取って頬張る。

 

 

「うん、美味しい」

 

 

 善逸も食べてみて、と勧められて俺も一口齧る。皮は薄めで餡子は甘め、後から薫るのは紫蘇だろうか。ともかく、美味しい。渋いお茶を一緒に飲んだらもっと美味しいに違いない。

 

 

「美味しいなぁ……あの、これ、炭治郎に持って行っていいですか?」

「ええ、それは構わないけど……」

「いないんじゃないかな、病室に」

「え」

 

 

 それは、つまり、どういうことだろう?まさか、しのぶさんに無断で病室を抜け出したとか言うんじゃないだろうな??そんなことしたら、那田蜘蛛山の後の季節さんみたいに正座させられて??三時間の説教が待ち構えてるぞ??

 ……そういえば、煉獄さんがいないのはなんでだろう?大抵は庭で刀を振るってるか、季節さんの部屋にいるのに。念のため覗いた煉獄さんに与えられた個室にもいなかった。……あれ?これはもしかして、もしかすると、もしかしちゃったり??

 

 

「勘のいい子だねぇ」

 

 

 すん、と。鼻を鳴らした季節さんが、苦笑を浮かべながら俺を見た。困惑する俺の匂いを嗅ぎ取り、ご想像の通りだよと言う。カナエさんも少しだけ困り顔で頷き、せめて書置きしていけばいいのにねえ、と言う。うん、どうやら俺の予想は外れてくれなかったようだ。深呼吸を一つして、饅頭をもう一ついただく。それを何とか咀嚼して、一拍。

 

 

「ぃいいいいいいやぁあああああああ!!??馬鹿なの!?炭治郎も煉獄さんも馬鹿なんですかぁああぁあああ!!!???」

 

 

 狭い個室に、俺の絶叫が木霊した。カナエさんの言う通り、書置きくらいはしていこう!?季節さんも居なくなってるって知ってたなら、止めるなりしてくれても良かったんじゃない!?そんなことを思いつつ、また一つ饅頭を口に運ぶ。本っ当に美味しいねこの饅頭!!

 もー、知らん!炭治郎の分なんて残してやらないからな!!カナエさんの!!手作り饅頭は!!俺が!!全部!!食べるからァッ!!アッ、もちろんしのぶさん達の分はちゃんと残しておくよ?伊之助の分は…あいつ、帰って来なさそうだから残さなくてもいいよね!!

 

 

「喉に詰まらせないようにな」

「お茶入れてくるわね」

 

 

 ふぁーい(はーい)。――――いや、ちょっと待って?

 

 

ひふふぉひふぁふぉふへふひふぁん(いつ起きたの季節さん)!?」

「えっと、ついさっき?」

「そうね、ついさっきね」

「ふぁ?!」

 

 

 し、しのぶさァーーんッ!!!!戦犯!!戦犯がここにいますよォッ!!!!

 

 

****

 

 

(竈門炭治郎)

 

 数歩先にある、煉獄さんの背中を見つめる。腹を庇いながら歩く俺を気遣ってくれているらしく、その歩みはとても緩やかだ。

 ふと見上げた空には、鎹鴉が二羽、飛んでいる。旋回したり、上昇したり、急降下したり。戯れるように空を舞う二つの黒は、とても美しく思えた。

 照りつける日差しに息を吐き、傷口のある腹を押さえて前を向く。いつの間にか距離が開いてしまったようで、少し離れた先で煉獄さんが立ち止まっていた。肩越しに振り返り、竈門少年、と。俺の名前を呼んで笑いかける。

 

 

「――――ッ、」

 

 

 その瞬間、鼻の奥がツンと痛んで、目の前が大きく歪む。どうしてかは、分からない。分からないけれど、この瞬間がとても尊いもののように思えて涙が滲む。慌てて空を仰ぎ、目尻にたまった滴を雑に拭った。――――雲が少ない空はどこまでも清々しくて。

 

 

「竈門少年」

 

 

 すぐ側で名前を呼ばれ振り返る。と、炎のような色合いの髪が揺れ、意志の強い瞳が真っ直ぐに俺を射抜いていた。

 

 

「生きているということは、素晴らしいな」

 

 

 その言葉に、酷く胸を打たれた。

 

 

「理由は分からんが、唐突にそう感じた」

 

 

 そして、君に伝えねばと思った。煉獄さんはそう言って、温かな笑みを浮かべる。一瞬、ギョッと目を見開いたのは、俺の涙腺が決壊したからだろう。形容しがたい感情を訴える胸元を、抑え込むように蹲る。

 でも、大丈夫、分かってるんだ。この涙は、辛さや悲しさから来るものじゃない、嬉し涙なんだって。この胸を騒がせる感情の名前こそ分からないけれど、それだけははっきりしているから。

 

 

「……煉獄さん」

 

 

 くしゃくしゃの泣き顔のまま仰いで目を合わせる。

 

 

「俺、強くなりたいです」

 

 

 技量だけじゃなく、この心ももっと強く。

 

 

「強く、なりたいんです」

 

 

 煉獄さんのように。それから――――季津さんのように。

 

 

「……うむ!それでは君は俺の継子になるといい!!」

 

 

 そう言って、煉獄さんはニヤリと笑った。




我妻善逸
 カナエさんの饅頭を美味しくいただいた、汚い叫びに定評のあるビビリ。気絶すると強い。あの後、しのぶさんが笑顔で「どいつもこいつもですよ」と言いながら拳を振っているのを見て見ぬふりした。美人が怒ると恐いんだね。

胡蝶カナエ
 料理の腕に定評がある、美人さん。紫蘇入り饅頭の作り方は季節に教わった。現在は蝶屋敷と季節の屋敷(旧藤の花の家)を行き来している。結婚する日は近いかもしれないし、まだかもしれない。私の準備は出来てるわ。

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