雨をつれてくる男   作:破月

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身内が入院したり、法事があったりと、私生活の方が慌ただしく連載再開後の投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。


ご存じの通り、煉獄さんが生き残ったため、この後は原作にない話がいくつか続きます。
章題にも「遠い記憶の話」とあるように、過去の話も書いていく予定です。
それらが終わりましたら、原作の流れに戻りまして、遊廓編に突入します。……たぶん。

え?津衣鯉とカナエの馴れ初め??……あー、また後で、かな??



前半原作軸、煉獄家訪問(オリジナル展開)
後半過去話(オリジナル展開)


拾捌 晴れならむ

(竈門炭治郎)

 

 不意に、煉獄さんの歩みが止まった。危うく背中にぶつかりそうになり、何とか踏みとどまる。どうしたのだろうかと背中から顔を出せば、そこに、煉獄さんによく似た顔つきの男の子がいた。箒を手に、門前の掃除をしている。

 

 

「――千寿郎」

「!!」

 

 

 ぽつり、と。煉獄さんが落とした呟きに、男の子が反応する。そして、信じられないものでも見たかのように、目を大きく、丸く見開いた。

 

 

「ぁに、うえ……?」

「…うむ、」

 

 

 柔らかく、温かい、そんな匂いが鼻を掠める。

 

 

「ただいま戻ったぞ」

 

 

 そう言って、煉獄さんは笑った。

 

 

**

 

 

「先程は失礼いたしました…」

 

 

 目元に朱色を乗せて、千寿郎君は恥ずかしそうに深々と頭を下げた。先程、というのは、門前でのことか。突然の煉獄さんの帰宅に、驚いたのか、安心したのか。その両方だと思うけど、千寿郎君は堰を切ったように涙を流したのだ。

 失礼な事なんて一つもない。どんな知らせが届いたのか詳細は知らない。けれど、煉獄さん――お兄さんが上弦の鬼と戦って負傷したとくれば、心配にもなる。

 俺だって、禰豆子が俺の知らない所で負傷したと聞けば、心配する。もしかしたら、陽の光に焼かれてしまったのかもしれないと不安になる。だから、決して、千寿郎君の涙は恥ずかしいものなんかじゃない。

 

 

「千寿郎君の心配は、当然のものだと思います。俺には妹がいるんですけど、俺だって――――妹が怪我をしたと人伝に聞いたら、卒倒する自信があります」

 

 

 苦笑しながら言えば、肩の力が抜けたらしい千寿郎君が小さく笑った。ひかえめなその笑顔は、豪快な煉獄さんとは真逆の印象を受ける。それでも、よく似た顔つきなことに違いはない。二人とも、ご両親のどちらに似たのだろうか?

 

 

「粗茶ですが、どうぞお飲みになってお待ちください」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 差し出されたお茶を有り難くいただく。口一杯に芳しい薫りが広がり、これは良い茶葉を使ってるな、と思わず唸ってしまった。こんなに美味しいお茶が、粗茶な訳がない。そんな俺に、千寿郎君がまた小さく笑った。

 

 

**

 

 

「父上宛に手紙を二つ、預かっております」

 

 

 そう言って、杏寿郎は己の懐からそれらを取り出し、畳の上に並べて置いた。ピクリと父の――槇寿郎の眉が跳ね、俯きがちの視線が持ち上がる。誰からのものか、言葉なく尋ねられ、杏寿郎は言った。

 

 

「一つはお館様から、もう一つは……季節津衣鯉からです」

 

 

 槇寿郎が弾かれたように顔を上げ、そして、杏寿郎が差し出した手紙を――特に季節からだというそれを――凝視する。

 “煉獄槇寿郎殿”と、流れる様な捉えどころのない筆跡。で記されている。やや右上がりになる癖も、やたらと“寿”の字が上手いことも、十数年前のあの頃のままで。ほんの少しだけ、懐かしさに口許が弛む。

 ――――あの男は、今もまだ雨の香りを運んでいるのだろうか。ふと、槇寿郎はそんなことを思う。

 季節からの手紙を手に取る。本来ならば、お館様からの物を先に読むべきなのだろう。だが、槇寿郎は、久方に寄こされた知古からの手紙にこそ、興味が引かれていた。

 

 

「…………あれは、息災か」

「あれとは、季節のことでしょうか?」

「ああ」

「五体満足、という意味であれば、息災です」

「ふん……」

 

 

 ――――季節(あれ)の自己犠牲など、今に始まったことではない。もっとずっと前から、季節(あれ)はそういう男だった。それでも、最後の線引きを違えた所だけは、一度も見たことがない。季節(あれ)は決して、()()()()()()()()()()()

 

 

「今回もまた、昏睡したと聞いたが」

「今朝には目覚めておりました。そして、この手紙を」

「…………そうか」

 

 

 ――――きっと。顔を合わせる度に言い争っていたのだ、この手紙も罵倒から始まるに違いない。そんな予感に口元を歪める。今でこそ飄々とした口調が板についているが、出逢った当初の季節(あれ)は、ただただ口の悪い餓鬼だった。杏寿郎たちには、想像もつかない話だろうが。

 

 

「…………」

 

 

 そろり、と手紙を開く。長ったらしい説教が書き列ねてあるのだろうと思っていた。けれど、そこにはただ一言。

 

 

 “約束は果たした”

 

 

 そう、書いてあるだけだった。

 

 

****

 

 

 煉獄槇寿郎が()()と出会ったのは槇寿郎が柱になる、ほんの少し前だったように思う。その頃、鬼殺隊の間では、“笑いながら鬼を狩る剣士”の噂が流れていた。

 

 

 柔らかく 温かく 清らかな

 仏の様な笑顔を浮かべて

 

 容赦なく 慈悲もなく

 哀憫さえもなく

 

 鬼の手を、足を、首を

 ()()()()()()()

 

 斬り落として

 

 斬り落として

 

 斬り落とす

 

 

 鬼が、“いい加減、もう殺してくれ”と懇願するまで終わらない。鬼をして“鬼の所業”と言わしめ、酷く恐れられる、そんな剣士の噂だ。

 鬼殺隊の中でも、“鬼とは相容れぬ、全て滅するべし”という過激思想派の連中が、その剣士を絶賛していた。反対に、“悪鬼は斬らねばならずとも、鬼との和解は不可能ではない”と主張する者たちには蛇蝎のごとく嫌われていた。

 そんな噂の剣士だが、不思議なことに誰一人としてその剣士の顔を知らなかった。

 

 

 “射干玉の髪が美しい少年だった”

 

 “狐の尾を複数生やした女だった”

 

 “天狗のような顔をした男だった”

 

 “鈴のような声で笑う少女だった”

 

 

 剣士を見た隊士たちの証言は、見事にばらばらだった。性別も、年齢も、その特徴も。一貫性など全くない、証言の意味をなしていない。これはもう、偽りの姿を見せられているのだとしか思えない、そんな状況だった。

 ただ。その中に、一つだけ、奇跡的に共通する証言があった。

 

 

 “――――雨がね、降ってきたんですよ”

 

 

 地面がぬかるむほどの雨が、ほんの一瞬降ってくる。それが晴れると視界を深い霧が覆い、何も見えなくなる。そうすると、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。

 それは、先ほどまで自分が戦っていた鬼の声によく似ていた。そうして、段々と霧が晴れてくると、()()の姿が見えてくる。

 

 

 “ああいうのをきっと、()()()()って言うんでしょうね”

 

 

 全ての証言が、ここで終わっていた。それに目を付けたのは、先代様だった。今代のお館様――耀哉様はまだ生まれて間もなかったと記憶している。

 先代様からの手紙には、どうにかして、その剣士と接触できないか試みてほしい、という旨が書かれていた。その剣士が近くにいるときは()()()()()()()()()()()()、と。

 それから。その手紙の言葉通り、多くの隊士が接触しようとしたが、すべて失敗に終わる始末。柱からさえ逃げおおせるというのだから、下級隊士たちは絶望した顔で諦めていた。

 そんな中、槇寿郎だけが、運よく件の剣士との接触することが叶ったのだ。――否、あれは接触したというより、遭遇した、と言ったほうが正しいかもしれない。

 別段、槇寿郎も接触することを諦めていたわけではない。ただ、目撃情報が多数上がる場所を調べた時に、あることに気が付いたのだ。なぜか、剣士の目撃情報は、槇寿郎の自宅近くに集中していた。

 こんな偶然はあるのだろうか?もしかしたら、あちらから接触してくるつもりでは?そんなことを考えた末に槇寿郎がとった行動は、()()、である。こんなにも自宅近隣で目撃情報が上がるのならば、普段通りに暮らしていれば接触ないし遭遇するのではないのだろうか。そして、その考えは見事的中した。

 意識的に探していたわけでも、接触しようと奮闘していたわけでもなかった。そして、槇寿郎の目の前に、その剣士は現れた。任務を終えて帰宅する、その道中の出来事だ。

 

 

「……君、が…?」

 

 

 刃こぼれ一つない刀を手に、ぬらりと光る赤を散らして。年端もいかぬ、曇天によく似た髪色の少女がそこにいた。その次の瞬間には、槇寿郎と変わらぬ身丈の男の姿に変わり、次いで妖艶な女の姿に変わる。

 最後に、()()()()()()()()()()()の姿に変わる。そして、ニィッと笑った。

 

 

「死合おうぜ、兄ちゃん」

「――っ、!!」

 

 

 反射的に刀を抜き、鎬で受けた剣戟は酷く重い。柄を握る手がじんと痺れ、思わず舌を打つ。子供と思って侮っていてはやられる。少年は()()()()と言った、隙を見せれば――――死ぬ。肺いっぱいに空気を取り込み、ゴゥと燃やす。

 

 

「舐めるなよ!!」

 

 

 相手は鬼ではない。鬼のように強いのは確かだが、少年は()()()()()()()()()()

 

 

「はっはぁ!舐めてんのはそっちだろーが!!」

 

 

 口が裂けるのではないかと思うほど口角を釣り上げ、少年は楽しそうに笑っている。槇寿郎は嫌悪感を抱いた。お館様の手紙には、鬼殺隊への勧誘を、とも書かれていた。が、そのご意向には沿えそうにない。

 上段からの袈裟斬りを躱し、切っ先を踏みつけ地面に縫いとめる前に躱される。下段からの斬り上げを鎬で受け、巻き取りながら距離を詰める。鍔が迫り合う前に、思い切り上から刀を押し付けた。ここで刀を落としてもおかしくないのだが、少年は体を右に半歩ずらしただけで逃げてしまう。

 巧い、と思う。刀の使い方も、己の体の使い方も、何もかもが。自分の技量に疑問を持ってしまいそうになるほど、少年は巧かった。それはつまり、強い、ということでもある。

 槇寿郎には、自分がこの少年に勝つ姿が想像できなかった。柱から逃げおおせたというのも、本当の事だろう。

 

 

「鬼相手じゃねぇからって、出し渋ってんじゃねぇ!!使って来いよ!!あんたの呼吸!!!!」

 

 

 かなり興奮しているのか、少年の目が爛々と輝き、瞳孔が細くなる。むわっと、体にまとわりつような蒸し暑さが充満した。そして、ぽつり、と空から一滴。次の瞬間、滝にでも打たれたかのような衝撃が、全身を襲う。

 

 

「極限までその身を燃やせよ!!!!俺が全部鎮火してやらァ!!!!」

 

 

 豪雨をものともせず、刀を振り下ろす少年に、槇寿郎は死を覚悟した。跡継ぎも継子も出来ぬまま、俺は果てるのか。口惜しさと怒りが、心を穿つ。そうして、大人しく首を差し出した時、ピタリと雨が止んだ。




竈門炭治郎
 我らが長男、とんでもねぇ炭治郎。今回、禰豆子は季節とカナエに預かってもらった。煉獄家へと向かう道すがら、涙腺に大打撃。槇寿郎さんにはノー頭突き、千寿郎君とは茶飲み友達になる予定。煉獄さん、俺は強くなりたいです!!

煉獄千寿郎
 下がり眉が特徴の煉獄家次男、鬼殺隊には所属していない。別称、色変わりの刀と呼ばれる日輪刀の色が変わらず、兄の継子になれないことに苦悩していた。炭治郎との出逢いで、前向きな思考を手に入れる。父上、お酒は一日一杯までです。
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