ご存じの通り、煉獄さんが生き残ったため、この後は原作にない話がいくつか続きます。
章題にも「遠い記憶の話」とあるように、過去の話も書いていく予定です。
それらが終わりましたら、原作の流れに戻りまして、遊廓編に突入します。……たぶん。
え?津衣鯉とカナエの馴れ初め??……あー、また後で、かな??
前半原作軸、煉獄家訪問(オリジナル展開)
後半過去話(オリジナル展開)
(竈門炭治郎)
不意に、煉獄さんの歩みが止まった。危うく背中にぶつかりそうになり、何とか踏みとどまる。どうしたのだろうかと背中から顔を出せば、そこに、煉獄さんによく似た顔つきの男の子がいた。箒を手に、門前の掃除をしている。
「――千寿郎」
「!!」
ぽつり、と。煉獄さんが落とした呟きに、男の子が反応する。そして、信じられないものでも見たかのように、目を大きく、丸く見開いた。
「ぁに、うえ……?」
「…うむ、」
柔らかく、温かい、そんな匂いが鼻を掠める。
「ただいま戻ったぞ」
そう言って、煉獄さんは笑った。
**
「先程は失礼いたしました…」
目元に朱色を乗せて、千寿郎君は恥ずかしそうに深々と頭を下げた。先程、というのは、門前でのことか。突然の煉獄さんの帰宅に、驚いたのか、安心したのか。その両方だと思うけど、千寿郎君は堰を切ったように涙を流したのだ。
失礼な事なんて一つもない。どんな知らせが届いたのか詳細は知らない。けれど、煉獄さん――お兄さんが上弦の鬼と戦って負傷したとくれば、心配にもなる。
俺だって、禰豆子が俺の知らない所で負傷したと聞けば、心配する。もしかしたら、陽の光に焼かれてしまったのかもしれないと不安になる。だから、決して、千寿郎君の涙は恥ずかしいものなんかじゃない。
「千寿郎君の心配は、当然のものだと思います。俺には妹がいるんですけど、俺だって――――妹が怪我をしたと人伝に聞いたら、卒倒する自信があります」
苦笑しながら言えば、肩の力が抜けたらしい千寿郎君が小さく笑った。ひかえめなその笑顔は、豪快な煉獄さんとは真逆の印象を受ける。それでも、よく似た顔つきなことに違いはない。二人とも、ご両親のどちらに似たのだろうか?
「粗茶ですが、どうぞお飲みになってお待ちください」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたお茶を有り難くいただく。口一杯に芳しい薫りが広がり、これは良い茶葉を使ってるな、と思わず唸ってしまった。こんなに美味しいお茶が、粗茶な訳がない。そんな俺に、千寿郎君がまた小さく笑った。
**
「父上宛に手紙を二つ、預かっております」
そう言って、杏寿郎は己の懐からそれらを取り出し、畳の上に並べて置いた。ピクリと父の――槇寿郎の眉が跳ね、俯きがちの視線が持ち上がる。誰からのものか、言葉なく尋ねられ、杏寿郎は言った。
「一つはお館様から、もう一つは……季節津衣鯉からです」
槇寿郎が弾かれたように顔を上げ、そして、杏寿郎が差し出した手紙を――特に季節からだというそれを――凝視する。
“煉獄槇寿郎殿”と、流れる様な捉えどころのない筆跡。で記されている。やや右上がりになる癖も、やたらと“寿”の字が上手いことも、十数年前のあの頃のままで。ほんの少しだけ、懐かしさに口許が弛む。
――――あの男は、今もまだ雨の香りを運んでいるのだろうか。ふと、槇寿郎はそんなことを思う。
季節からの手紙を手に取る。本来ならば、お館様からの物を先に読むべきなのだろう。だが、槇寿郎は、久方に寄こされた知古からの手紙にこそ、興味が引かれていた。
「…………あれは、息災か」
「あれとは、季節のことでしょうか?」
「ああ」
「五体満足、という意味であれば、息災です」
「ふん……」
――――
「今回もまた、昏睡したと聞いたが」
「今朝には目覚めておりました。そして、この手紙を」
「…………そうか」
――――きっと。顔を合わせる度に言い争っていたのだ、この手紙も罵倒から始まるに違いない。そんな予感に口元を歪める。今でこそ飄々とした口調が板についているが、出逢った当初の
「…………」
そろり、と手紙を開く。長ったらしい説教が書き列ねてあるのだろうと思っていた。けれど、そこにはただ一言。
“約束は果たした”
そう、書いてあるだけだった。
****
煉獄槇寿郎が
柔らかく 温かく 清らかな
仏の様な笑顔を浮かべて
容赦なく 慈悲もなく
哀憫さえもなく
鬼の手を、足を、首を
斬り落として
斬り落として
斬り落とす
鬼が、“いい加減、もう殺してくれ”と懇願するまで終わらない。鬼をして“鬼の所業”と言わしめ、酷く恐れられる、そんな剣士の噂だ。
鬼殺隊の中でも、“鬼とは相容れぬ、全て滅するべし”という過激思想派の連中が、その剣士を絶賛していた。反対に、“悪鬼は斬らねばならずとも、鬼との和解は不可能ではない”と主張する者たちには蛇蝎のごとく嫌われていた。
そんな噂の剣士だが、不思議なことに誰一人としてその剣士の顔を知らなかった。
“射干玉の髪が美しい少年だった”
“狐の尾を複数生やした女だった”
“天狗のような顔をした男だった”
“鈴のような声で笑う少女だった”
剣士を見た隊士たちの証言は、見事にばらばらだった。性別も、年齢も、その特徴も。一貫性など全くない、証言の意味をなしていない。これはもう、偽りの姿を見せられているのだとしか思えない、そんな状況だった。
ただ。その中に、一つだけ、奇跡的に共通する証言があった。
“――――雨がね、降ってきたんですよ”
地面がぬかるむほどの雨が、ほんの一瞬降ってくる。それが晴れると視界を深い霧が覆い、何も見えなくなる。そうすると、どこからともなく悲鳴が聞こえてくる。
それは、先ほどまで自分が戦っていた鬼の声によく似ていた。そうして、段々と霧が晴れてくると、
“ああいうのをきっと、
全ての証言が、ここで終わっていた。それに目を付けたのは、先代様だった。今代のお館様――耀哉様はまだ生まれて間もなかったと記憶している。
先代様からの手紙には、どうにかして、その剣士と接触できないか試みてほしい、という旨が書かれていた。その剣士が近くにいるときは
それから。その手紙の言葉通り、多くの隊士が接触しようとしたが、すべて失敗に終わる始末。柱からさえ逃げおおせるというのだから、下級隊士たちは絶望した顔で諦めていた。
そんな中、槇寿郎だけが、運よく件の剣士との接触することが叶ったのだ。――否、あれは接触したというより、遭遇した、と言ったほうが正しいかもしれない。
別段、槇寿郎も接触することを諦めていたわけではない。ただ、目撃情報が多数上がる場所を調べた時に、あることに気が付いたのだ。なぜか、剣士の目撃情報は、槇寿郎の自宅近くに集中していた。
こんな偶然はあるのだろうか?もしかしたら、あちらから接触してくるつもりでは?そんなことを考えた末に槇寿郎がとった行動は、
意識的に探していたわけでも、接触しようと奮闘していたわけでもなかった。そして、槇寿郎の目の前に、その剣士は現れた。任務を終えて帰宅する、その道中の出来事だ。
「……君、が…?」
刃こぼれ一つない刀を手に、ぬらりと光る赤を散らして。年端もいかぬ、曇天によく似た髪色の少女がそこにいた。その次の瞬間には、槇寿郎と変わらぬ身丈の男の姿に変わり、次いで妖艶な女の姿に変わる。
最後に、
「死合おうぜ、兄ちゃん」
「――っ、!!」
反射的に刀を抜き、鎬で受けた剣戟は酷く重い。柄を握る手がじんと痺れ、思わず舌を打つ。子供と思って侮っていてはやられる。少年は
「舐めるなよ!!」
相手は鬼ではない。鬼のように強いのは確かだが、少年は
「はっはぁ!舐めてんのはそっちだろーが!!」
口が裂けるのではないかと思うほど口角を釣り上げ、少年は楽しそうに笑っている。槇寿郎は嫌悪感を抱いた。お館様の手紙には、鬼殺隊への勧誘を、とも書かれていた。が、そのご意向には沿えそうにない。
上段からの袈裟斬りを躱し、切っ先を踏みつけ地面に縫いとめる前に躱される。下段からの斬り上げを鎬で受け、巻き取りながら距離を詰める。鍔が迫り合う前に、思い切り上から刀を押し付けた。ここで刀を落としてもおかしくないのだが、少年は体を右に半歩ずらしただけで逃げてしまう。
巧い、と思う。刀の使い方も、己の体の使い方も、何もかもが。自分の技量に疑問を持ってしまいそうになるほど、少年は巧かった。それはつまり、強い、ということでもある。
槇寿郎には、自分がこの少年に勝つ姿が想像できなかった。柱から逃げおおせたというのも、本当の事だろう。
「鬼相手じゃねぇからって、出し渋ってんじゃねぇ!!使って来いよ!!あんたの呼吸!!!!」
かなり興奮しているのか、少年の目が爛々と輝き、瞳孔が細くなる。むわっと、体にまとわりつような蒸し暑さが充満した。そして、ぽつり、と空から一滴。次の瞬間、滝にでも打たれたかのような衝撃が、全身を襲う。
「極限までその身を燃やせよ!!!!俺が全部鎮火してやらァ!!!!」
豪雨をものともせず、刀を振り下ろす少年に、槇寿郎は死を覚悟した。跡継ぎも継子も出来ぬまま、俺は果てるのか。口惜しさと怒りが、心を穿つ。そうして、大人しく首を差し出した時、ピタリと雨が止んだ。
竈門炭治郎
我らが長男、とんでもねぇ炭治郎。今回、禰豆子は季節とカナエに預かってもらった。煉獄家へと向かう道すがら、涙腺に大打撃。槇寿郎さんにはノー頭突き、千寿郎君とは茶飲み友達になる予定。煉獄さん、俺は強くなりたいです!!
煉獄千寿郎
下がり眉が特徴の煉獄家次男、鬼殺隊には所属していない。別称、色変わりの刀と呼ばれる日輪刀の色が変わらず、兄の継子になれないことに苦悩していた。炭治郎との出逢いで、前向きな思考を手に入れる。父上、お酒は一日一杯までです。