雨をつれてくる男   作:破月

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拾漆、拾捌の文末に人物紹介を追加しました。


今回の話で季節の年齢がバレる……。


過去話
終盤、原作軸と独白


拾玖 されど我が身に

 ゴゥゴゥと燃え盛る技に魅入り、その姿が格好良いと憧れた。俺とは違う厚い胸板や、広く逞しい背中、太い腕が羨ましかった。研鑽を怠らぬその姿勢に、尊敬の念すら抱いていた。

 それが、なんだあの体たらく。()()()()()()()()()()()そこまで動揺することもなかったが。挫けてしまった人間が、あんなに脆く情けないものとは思わなかった。

 柱にまで上り詰めた実力者だろう?二人の子を持つ父だろう?無力さにうちひしがれた?追い討ちをかけるように妻が死んだ?成程、確かに。挫折も、別離も、人の心を容易に変化させる力を持つのだろう。

 ――――それなら、俺は。

 絶対に折れることのない、太く強靭な柱になってみせよう。そうして、煉獄槇寿郎(憧れたあの背中)を超えてやる。

 

 

「――――なぁんて、考えてた日もあったよな~」

 

 

 たった一言認めた手紙を翳して、彼は笑った。

 

 

****

 

 

 どれだけ待っても訪れない(終わり)に、槇寿郎は恐る恐る顔を上げた。果たして、そこに、顔から表情を抜け落とした少年が立っていた。

 

 

「興が覚めた、がっかりだ、拍子抜けだ」

「は、?」

 

 

 目が合ったかと思うと、少年は唾を吐き捨てるようにそう言った。苦り切った、心の底から失望したと言わんばかりの声で。その様子に、槇寿郎は思わず素っ頓狂な声を挙げる。

 

 

「あーあ、アンタとなら楽しく死合えると思ってたのに、期待して損したわ」

 

 

 しかし、少年は槇寿郎のことを気にする素振りも見せずに刀を納め、やれやれ、と肩を竦めた。

 

 

「死が目前にまで迫ってんのに足掻きもせず諦めるとか本当にあり得ねぇわ腑抜けてるにもほどがあるっつーかこれで次期炎柱とか反吐が出るアンタの上司の目は節穴なんですかね??まあ?こっちも??殺す気なんて毛ほどもありゃしなかったけど??それを見抜いた上で力を抜いた風にも見えなかったしなぁ??最初の威勢だって長続きしねぇしやる気はどこに行ったんだって話だよそれでも年上なわけ??男の象徴ついてる????」

「――――」

 

 

 一呼吸で言い放たれた言葉の数々に目を白黒させながら、槇寿郎は思った。

 

 

「(く、口が悪い…)」

 

 

 年下に説教されているという情けない現実からは、一旦目を背けておく。

 一見すると、身なりも容姿も整っているため、良家の子息に見えるのだが、ひたすら口が悪い。穏やかに細められた両目と、にこやかな口許、そして多分な毒を孕んだ口調。というか、温度差が激しい。ご両親も矯正には手を焼いているのではないだろうか。

 

 

「あと!!勘違いしてそうだから言っておくと、俺は今年で十二だ!!」

「嘘だろう!?どう見ても十以下だろう!!??」

「間違いなく十二ですぅ!!これから成長期が来るんですぅ!!」

「親からきちんとした食事を与えられているか?」

「与えてもらってるわ!?馬鹿にすんなボケェ!!!!」

「それならいいが……いや、やはりその小ささはいかがなものかと…」

「余計なお世話だよ!!次会う時には追いつくどころか追い越してんだからな!?」

「うむ、期待していよう」

 

 

 肩を怒らせ、ギャンギャンと捲し立てる少年の姿に、槇寿郎は近所の御老人が飼っていた犬の姿を重ねる。あそこの犬も、槇寿郎を見るたびにギャンギャンと吠えて来たものだったが、つい先日寿命を迎えたとかで御老人が気落ちしていたこともついでに思い出した。そんな槇寿郎の思考を読んだかのように、少年は心底嫌そうな顔をして、俺は犬じゃない、と呟く。

 それもそうか、と頷いて頭を撫でようと手を伸ばす。どうせ逃げられるだろうと思っていたのだが、少年は案外素直にその手を受け入れ、大人しく頭を撫でられていた。そうして、不意に槇寿郎は藤の香りを嗅ぎ取った。そして、合点がいったと口角を上げる。

 

 

「……君は、藤の家紋の家の子だったのだな」

 

 

 利用したことは無いが、煉獄家がある町の近くに藤の家紋の家があることは知っていた。恐らく、その家の子なのだろう。古く、大きな家で、それこそ鬼殺隊が作られた当初からあるのではないかとすら言われている。

 そんな家の子であれば、刀を手にするのも納得がいく。ただ。()()()()()()()と言う点だけは、どうにも解せなかった。

 

 

「君は何のために、その手に刀を取ったのだ?」

 

 

 やや腰をかがめ、少年と目線を合わせながら問う。槇寿郎がしゃがんだことに少年は舌を打ったが、睨むように見つめ返してこう言った。

 

 

「護りたいからだ。それ以外に何がある」

 

 

 ――――()()?そう問いかけるのは簡単だが、槇寿郎はあえて追及はしなかった。

 

 

「……そう、か」

 

 

 強く、訴えかけてくる眼差しだった。恵みの雨をたっぷりと浴びて育った草木のように瑞々しいその眼差しは、どこかほの暗さを湛えていた。少年の髪をぐしゃぐしゃにする勢いで頭を撫でまわし、やめろと言いながら離れて行く小さな体。その瞳に暗さはなく、酷く安堵した。そっと息を吐き出して、髪を整える少年に呼びかける。

 

 

「なあ、俺の名は煉獄槇寿郎という。君のことは何と呼べば?」

「……季節の“季”に島津の“津”で、“季津(すえつ)”とでも呼べよ」

「ふむ、偽名か」

「本名を名乗る義理はねぇ」

「それもそうか…だが少し寂しいな」

「……次に会う事があった教えてやるよ」

「その時には、背が伸びていると良いな」

「余計なお世話だバーカ!!!!」

 

 

 そう言って、少年は駆けていく。

 ――――件の剣士の正体が判明し、刀を握る理由を聞くことは出来た。だが、結局、()()()()()鬼を斬る理由までは分からない。ただ、なんとなく、槇寿郎には想像がつく。

 

 

「……鬼を憐れんでいるから、笑って見送るのだろう」

 

 

 刀を交えたからこそ分かることもある。少年の太刀筋は真っ直ぐで、迷いがなく、狂気を感じない。ただただ、綺麗な太刀筋で刀を振るっていた。十二とはいえ、まだ体も出来上がっていないあの小柄な少年が、だ。弛まぬ自己研鑽、そして羨ましいほどの剣才があってこそ出来上がったものだ。

 まして、藤の家紋の家の子であるのならば、よほどのことが無ければ鬼たちのように堕ちていくこともあるまい。すっかり見えなくなった少年の姿を脳裏に焼き付けながら、暮れ始めた空を見上げる。

 

 

「季津、か……」

 

 

 会いに行ってみるのもいいかもしれない。煉獄家から少年の生家までは、そう遠くはない筈だから。そうだ、瑠火も連れて行こう。きっと彼女も、あの少年を気に入る筈だ。

 

 

「うむ、そうしよう」

 

 

 我ながら良い案だとほくそ笑み、豪雨が降ったとは思えぬ乾いた地面を踏みしめて帰路につく。――――それから数日後のことだ。槇寿郎が一山超えた先での任務を終えた頃、鎹鴉がとんでもない情報をもたらした。

 

 

「藤ノ家紋ヲ擁ク季節家ガ鬼ニヤラレタァ!!ヤラレタァ!!」

 

 

 脳裏で、あの少年がニヤリと笑う。

 

 

「なんだと?生き残りはいるのか!?」

「生キ残リハァ!!嫡子ノ季節津衣鯉ィタダ一人ィ!!」

「季節、津衣鯉…?」

「現在行方ヲ捜索中ゥ!!()()()()()()()()()!!()()()()()()()()()()!!」

「――――――――季津だ」

 

 

 その日は、酷い雨が降っていた。

 

 

****

 

 

(煉獄杏寿郎)

 

「――――父上?」

 

 

 ハッと顔を上げると、息子が訝しげな表情でこちらの様子を窺っていた。自分によく似た顔つきの、妻と――瑠火とよく似た心根の、大事な息子が。

 

 

「……杏寿郎」

 

 

 口に出して漸く、その名を久しく口にしていなかったことを思い出した。呼ばれた息子も目を見開いて、心なしか驚いているように見える。一度、手元の手紙に視線を落とし、もう一度顔を上げて息子の名を呼ぶ。

 

 

「杏寿郎」

「――――は、はい」

 

 

 歯切れの悪い返事。いつもの威勢をどこかに置いてきてしまったかのように、掠れた声。緊張しているのはお互い様だ。

 

 

「杏寿郎」

「はい」

 

 

 仕切り直すようにもう一度。うまく噛み合った視線を外さず、真っ直ぐに。

 

 

「よく、帰って来た」

「――――は、」

「聞こえなかったか?」

「は、いえ、その、聞こえて、おりますが……」

「……フッ、」

 

 

 視線をあちらこちらに走らせ、落ち着かぬ様子の息子。思わず口許が弛み、同時に、途方もない後悔が押し寄せてくる。

 

 

「お前は、上弦の鬼と戦い、生きて、その鬼の情報を持ち帰った。父として、師として、こんなにも嬉しく、誇り高いことはない」

「――――っ、」

「ありがとう、生きて帰って来てくれて――――お前は私の誇りだ」

「――ち、ちうえ…っ!!」

 

 

 ぼろり、と。大きな瞳から滴が溢れて落ちては、畳に染みを作っていく。それを、成人した男が簡単に涙を見せるものではない、と笑いながら拭ってやった。

 

 

「……父上、」

「ん?」

 

 

 大人しく目尻を撫でられていた杏寿郎が、眉尻を下げてふわりと笑う。

 

 

「……ただいま、帰りました」

「――――ああ、おかえり」

 

 

 その顔は、亡き妻(瑠火)によく似ていた。

 

 

****

 

 

 槇寿郎と季津少年の出逢いから二年。

 槇寿郎は炎柱として活躍し、私生活では待望の第一子が誕生。非常に充実した日々を送っていた。それでも、季津――もとい季節津衣鯉のことを忘れた日は、一日たりともない。

 妻である瑠火に二年前の出来事を、耳にタコができるほど話して聞かせて。まだ目も開かぬ赤子の息子にも、寝物語がわりに聞かせてやる。

 瑠火は嫌な顔一つせず、繰り返されるその話を聞いていた。そして、話に区切りが着くと、必ず最後にこう言うのだ。

 

 

「きっと、逢えます」

 

 

 その言葉を聞くと、決まって、槇寿郎はホッとしたような顔をする。安心したいのだろう。未だ行方の知れぬあの少年が、生きていることを信じたいのだ。だから、瑠火は同じ言葉を繰り返す。

 

 

「きっと、逢えますから」

 

 

 お名前を教えてもらうと、約束したのでしょう?背が伸びたなと、からかってやりたいのでしょう?きっとその少年も同じようなことを思っています。だから、大丈夫。

 

 

「きっと、逢うことが出来ます」

 

 

 その数日後、槇寿郎はある任務先で狐面の少年と遭遇することになる。




煉獄杏寿郎
 さつまいもご飯が好物な煉獄家長男、現炎柱。父の言葉に涙腺が刺激を受けて思わずポロリした。戦っている最中は、後進を守るためなら死も許容できた。が、父の言葉に生きていて良かったと心から思った。父上!!共に鍛練しましょう!!

煉獄槇寿郎
 つい今しがた気力を取り戻した煉獄家大黒柱、元炎柱。季節とは現役時代に面識があり、かつての鱗滝と解霜のような関係性を築いていた。季節とどんな約束を結んだのかは後程わかる、はず。これ以上不貞腐れてはいられないな。

煉獄瑠火
 槇寿郎の精神的柱と言っても過言ではなかった、杏寿郎と千寿郎の母。故人。季節と会ったのは一度だけだが、初めて会った気はしなかったと言う。病床に沈む前、季節宛に手紙をしたためた。津衣鯉さん、槇寿郎さんと杏寿郎、千寿郎をよろしくね。

季節津衣鯉
 再びの昏睡から目覚めた主人公、年齢バレの回。
 目覚めたとき、目の前に杏寿郎の顔があって思わず叫びそうになった。病み上がりで固形物を食べて良いのか、という突っ込みはいらない。
 槇寿郎と出逢ったのは、まだ前世の記憶が戻る前。大分口が悪かったが、親の前では素直だった。再会は二年後、この時季節は十四歳。槇寿郎には生まれて間もない息子がいた。
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